2017年は、日本の自動車メーカーに注目すべき動きがある。ひとつにトヨタは2017年1月1日付けで組織改編を行ない、これまでモータースポーツユニット開発部とスポーツ車両統括部の統括組織として「TOYOTA GAZOO Racing Factory」が存在していたが、それを再編し「TOYOTA GAZOO Racing Factory TGR開発部」として一本化した。その結果、他の社内カンパニーよりかなり小規模ながら、社内カンパニー扱いとなる動きをした。
そのTGR開発部の担う役目は、ワークスとしてのスポーツ車両開発というコアな部分と、カスタマー向けモータースポーツ用のユニット開発で、「もっといいクルマづくり」の原点となる組織なのだ。
具体的には世界に向けたコンプリートカー・ブランドの「GRMN(GAZOO Racing tuned by Meister of Nürburgring)」、G’s系モデル(ボディ補強などによりハンドリング性能を高めたモデル)、「86」に代表されるトヨタの通常ラインアップ・モデルとは一線を画すスポーツモデルなどの、企画、開発の拠点という位置付けと役割がより明確になった。
■日産、スバルの動向
日産は、2017年4月25日にNISMOブランドのロードカーの開発拠点として、新たにオーテック・ジャパン内部に「NISMO CARS」という企画、開発の拠点を新設し、NISMOモデルの拡大を図る計画を発表した。
そもそも日産は中期経営計画「日産パワー88」で、カルロス・ゴーンCEOはNISMOを重要なサブブランドと位置付け、グローバルに展開することを明言しており、それがより本格的に始動し始めたわけだ。
トヨタ、日産以外にスバルも、中期経営計画「際立とう2020」で、STIブランドのグローバル展開、特にアメリカ市場でのプレゼンス強化を計画している。
つまりGAZOOのGRMN、日産のNISMOモデル、スバルのSTIモデルなどはいずれも本体から派生したサブブランドと位置付けられている。
■多ブランド戦略とは?
さて、現在ではブランドという言葉には様々な意味が付け加えられているが、本来は商標を意味している言葉だ。自動車の世界では、独自の商標、マークを付けて販売するのが常識だが、ひとつの自動車メーカーがひとつのブランドを販売するとは限らない。
多ブランド戦略で有名なGMは、世界一の自動車メーカーとして隆盛を誇っていた時代には、キャデラック、シボレー、ビュイック、ポンティアック、オールズモビル、サターン、GMC、ハマーなどのブランドが存在し、さらに古い1900年初頭から数えると合計50以上のブランドが存在した。
GMは、ライバルのフォード創業者のヘンリー・フォードが、T型モデルを1908年から1927年まで単一生産し続けたのに対し、多ブランド戦略で対抗して逆転勝利した歴史は有名だ。だが、それ以降はすべての階層の人に、すべてのライフスタイルに合わせた商品をラインアップする戦略で世界ナンバーワン企業に駆け上った。
しかし、こうした多ブランド戦略は、アメリカの高度経済成長が減速の時代を迎え、さらに日本、ドイツ、韓国などからの輸入車が拡大し、そうした市場競争の中では縮小を余儀なくされている。その結果、GMの現在のブランドは4ブランドにまで絞られているわけだ。
こうした例からも分かるように、現在のようなグローバルな巨大市場での販売において、自動車メーカーが戦うには、もはや多ブランド戦略は通用しなくなったと言えるだろう。
■サブブランドの登場
一方、現在のスポーツ・イメージに特化したサブブランドの流行の原点は、BMW モータースポーツ社の存在を忘れる訳にはいかない。もともとBMWは1961年にBMW 1500を発売して以降は、最も軸のブレない強固な企業ブランドとして認知されてきた。
そのBMWがモータースポーツ用のエンジンを開発する子会社としてBMWモータースポーツ社を1972年に設立。レース用エンジンの開発を行なっていたが、その後はBMWオーナー向けのドライビングスキルのトレーニングも担当する。
そして、1979年に初めて市販スポーツモデル「M1」を発売した。その後、1980年代にはM3 、M5など少量生産の高性能スポーツモデルをラインアップし、BMW M、つまり「M」ブランドとして世界的に認知されることになった。
アウディは少し遅れて、1983年にモータースポーツ車両の開発のためにクワトロ社を設立。WRCで活躍したクワトロ・シリーズを開発している。同社も1994年に少量の高性能スポーツモデル「RS アバント」を発売。その後は超高性能モデルのRSシリーズ、市販モデルベースにスポーツチューニングしたSシリーズをラインアップする戦略を展開した。そのクワトロ社は、2016年末に「アウディ スポーツ社」に改称している。
メルセデスは1999年に、チューナーのAMG社を買収し、2014年から正式にメルセデスのサブブランドとして位置付けられ、その後は急速にAMGモデルのラインアップを拡大している。
■サブブランド戦略とは
こうしたドイツ・プレミアムメーカーが競って高性能スポーツモデルを開発するサブブランドを抱えるようになったのはなぜだろうか?
サブブランドとは、本来の自社ブランドのポジションの上位、あるいは下位によりコンセプトを絞り込み特化したブランドを構築する戦略で、そのブランドが持つコンセプトを共有しつつ、そのブランド自体には含まれない、あるいは実現できない要素を追加し、付加価値を高めるというブランド戦略だ。
言い換えれば、第一義的に、自社のブランドのスポーツ・イメージを強化・補強する存在であり、第二に通常の市販モデルより付加価値の高い商品を求める限定的な顧客層の満足度を高める存在といえる。
そしてアウディは、先陣を切って量産モデルにこの概念を導入し、多層的なサブブランドを展開した。例えば、市販モデルのスポーツ仕様をSライン(現在はSportと表記)とし、クワトロ社が開発したスポーツサスペンション、エクステリア、インテリアのパーツを採用。より高性能なエンジンチューニングや、サスペンション、内外装で仕上げた高負荷価値モデルをSモデルと位置付けた。
もちろんこれらの2車種、つまり、Sライン(Sport)、Sモデルは通常のライン生産で造られるが、最上位に位置するRSモデルはクワトロ社(現アウディ・モータースポーツ社)がハンドメイドで造り上げ、少量生産の超高性能モデルとする3層のラインアップとしている。が、これはもちろんクワトロ社の高性能スポーツ・イメージをライン生産車にも有効利用しようという狙いがある。
この手法はBMWもすかさず追従し、現在はベース車に対してSport、M Sport、最上位のMモデルの3層展開としている。
こうした高付加価値の商品開発を行なうために、今ではサブブランドとはいえ、各社とも専用のビル、実験設備、組み立て工場を備え、従業員数も1000人を遥かに超える規模になっているのだ。
BMW、アウディ、メルセデスが発端になった、スポーツ指向の強いサブブランドの展開と成功により、量販メーカーのフォルクスワーゲンもR社を設立し、ライン生産車にRライン仕様を設定している。また、ルノーはルノー・スポールとアルピーヌ社という2本立て戦略を採用するなど、他社にも大きな影響を与えているのだ。
こうした動きを背景に、現在、始動しつつある日本の自動車メーカーのサブブランドのポジショニングは、ドイツ3メーカーの影響を受けたと言えるが、サブブランドを構築する体勢は、トヨタのTGR開発部、NISMO CARS、スバルSTIのいずれも小規模であり、本格的なサブブランドとしてのグローバル展開を実現するには、まだしばらくの時間が必要だろう。