【WEC2017】ル・マンで勝つためにトヨタは何をやったのか?

2016年のル・マンでの惜敗。残り3分の悲劇「I’ve no power,no power」悲痛な叫び声が無線機に響く。中嶋一貴がトップでチェッカーを受けるはずだったのに… 2017年は雪辱の年だ。すでにシルバーストーン、スパ・フランコルシャンの2レースを終え、トヨタGAZOO RACINGは連勝中だ。

2016年のル・マン。残り3分。誰もが予想しない結末だった
2016年のル・マン。残り3分。誰もが予想しない結末だった

2017年5月、ル・マンまであと一か月というタイミングでトヨタ・GAZOO RACINGは報道向けに記者会見を開いた。2017年度のマシン説明会だ。GR開発部部長の村田久武氏から、前回の反省を踏まえ、トヨタは何をやってきたのか説明を受ける。

WECトヨタ GAZOO RACIGの村田久武氏
WECトヨタ GAZOO RACIGの村田久武氏が長年ハイブリッドレーシングカーをけん引する

TS050hの解説の前段として、村田部長からGRカンパニーの開発部として近い将来、夢のレーシングハイブリッドカーを市販することも視野に入れて、開発することになったと説明があった。つまり、トヨタのハイブリッド技術の最先端であるWEC開発チームは、WECのマシン開発過程で知り得た知見を市販車輌にフィードバックしていく役目を新たに担ったということだ。

海外の自動車メーカーにおけるレース活動というのは、自動車会社のエリート集団であり、そこで得た情報を市販車(レースカーも市販車にも)にフィードバックするというのが一般的で、日本のようにレース活動が市販車両開発と関連していないというのは逆に珍しいケース。GR開発部のタスクとは、特にドイツメーカーのように、開発のトップ集団がWECマシンを開発し、その知見を市販車に活かしていくというスタンスでの携わり方になったというわけだ。

また、パワートレーン開発に関わる関係者は社内だけにとどまらず、関連企業の協力もあるので、開発過程での情報は関係部署に還流される構造もあり、今後は一緒に成長していくということも付け加えられた。

■トヨタのハイブリッドレーシングカー

レクサスGS450h THS-R
2006年十勝24時間に参戦したレクサスGS450hはTHS-Rというハイブリッドレースマシン

さて、近年でのトヨタのWEC挑戦は2006年からスタートしている。当時はレーシングハイブリッドという概念は世界中見渡しても存在せず、トヨタだけがトライしていた。当時トヨタが持っていたTHSⅡというハイブリッドシステムをサーキットに持っていったらどうなるのか?ということからレースがスタートしている。

翌2007年に十勝24時間レースに出場して完走し、その経験からレーシングハイブリッドの方向性が決まったという。そこから毎年開発は続けられ、レース用ハイブリッドシステムとしては2017年のWECマシンが第7世代になるそうだ。それがル・マンに出場するTS050hというモデルだ。

■2016年の反省を踏まえ

2017年のマシンはレギュレーションに従ってモノコックはキャリーオーバー。また、エアロに関してはフロントスプリッターの最低地上高が15mm上げられ、16年が50mmだったところが65mmに変更されている。またリヤデフューザー高も200mmから150mmに下げられ、幅も1100mmから1000mmに狭められているため、面積も大幅に縮小するレギュレーション変更が行なわれている。

2017年エアロに関してもレギュレーション変更があった
2017年エアロに関してもレギュレーション変更があった

これらのレギュレーション変更は、ダウンフォースを半減させることが目的であり、安全の観点からも速くなり過ぎたコーナリングスピードを落とすことだ。そのため16年のパワートレーンスペックで、このレギュレーションに適応した車体で走ると、ラップタイムで4秒遅くなる、ということだ。

もちろん、それではレースに勝てない。レギュレーション変更は全チームに適応されるものの、ル・マンに勝つためには、レギュレーションに適合させつつ、エアロダイナミクス性能の見直しをするのは言うまでもない。また、それ以外も徹底的に見直しを行ない、すべてが新開発され、それはサスペンション、クーリングレイアウトにまでおよぶ。肝心のパワートレーンも、スペック表では16年モデルとみかけは同じだが、内容は全く異なっているという。

■対策として

これらの変更を受け、まず、エアロダイナミクスでは、徹底的なドラッグ(抵抗)の削減を試みた。空力の効率は、ある一定量のダウンフォースを出すために、どれだけのドラッグをかけるのか?という割り算のアルゴリズムがあり、当然16年モデルよりも効率的なエアロダイナミクスを達成できているという。

具体的には、床下のダウンフォースが最も効果的なことが分かっているので、床下に徹底的に空気を流し込み、フロント、リヤのダウンフォースを復活させるというコンセプトの設計をしたということだ。

■エンジンは馬力を出し、キネティックエネルギーでリカバリー

肝心のエンジンはどう変更したのか。トヨタの開発コンセプトはエンジンで馬力を出してクルマを走らせ、その運動エネルギーをキネティックエネルギーとしてリカバリーするという方向だ。F-1やWECポルシェのように排気エネルギーを利用したURHSコンセプトとは異なる方向性もユニークだ。

ハイブリッド

さて、レースで使用できる燃料は毎年削減されていて2017年は前年比-10%だという。そうなれば、燃費が良くなければダメで、馬力も出し、速く走りながら前年より燃費がいいという要件が求められていることになる。燃費がいいということはエンジン自体の熱効率が良くなければだめだ。

2012年13年のWECにTS030ハイブリッドで参戦
2012年13年のWECにTS030ハイブリッドで参戦

入れた燃料でどれだけ馬力を出せるのか?=熱効率を上げ、それ以外のエネルギーは排気損失や冷却損失、フリクションで消えているのが現状。ポルシェは排気エネルギーに着目し、トヨタはエンジンの熱効率に注力という違いがある。

トヨタはその熱効率を高くするために燃焼方式の考え方を一新している。ズバリ、リーンバーン燃焼だ。そのためにヘッド、クランク、シリンダーブロックを新設計しなおしている。現在の熱効率はディーゼルエンジンを凌駕するレベルになったという。V8エンジンで参戦した当時から、毎年熱効率は改善し、とくに2015年、16年、17年と飛躍的に熱効率を改善する技術が開発されたという。そして馬力もV字回復できたとしている。

TS040ハイブリッドは2014年、15年とWECを戦う
TS040ハイブリッドは2014年、15年とWECを戦う

さらに、レースオペレーション全体で考え、フルコースイエローやピットレーン走行など、制限速度が設けられるタイミングが必ずある。そうしたときにも片バンク停止したり、モーター走行にしたりと、トータルでの効率を上げることも設計に盛り込まれているのだ。

■バッテリーとモーター、回生

さて、内燃機関の磨き上げと同様に、ハイブリッドシステムも磨かれている。まず、おおまかな概念から説明すると、一般的な市販車輌は70km/hから0km/hまで減速するのにだいたい30秒程度で減速し、回生している。それがレースカーだと速度差150km/hを5秒程度で減速回生していて、エネルギー回生量で言えば60倍の違いがある。そして溜めるエネルギーの量としては10トントラック分の量を溜める能力が必要になるという。

2016年はTS050ハイブリッドに
2016年はTS050ハイブリッドに

例えばユーノディエールで360km/hまで車速を上げ、そこから3.5秒くらいで減速し、つまりその短時間でドカンとエネルギーを溜める必要がある。そして充電されたエネルギーをそこから8秒間くらいの加速に使い、一気に放電することが求められている。

つまり充放電の効率を高めることが求められているということで、その効率が悪いと回生できるエネルギー量は少なく、熱損失もありそれを冷却し、ということになって損失が増えていく。反対に効率がよくなればクルマは速くなるという理屈だ。

2017年モデルのTS050ハイブリッドはマシン名など変わらないが、大きく進化している
2017年モデルのTS050ハイブリッドはマシン名など変わらないが、大きく進化している

その効率を上げるにはどうしたらよいか。理科で分かるE=IR(電圧=電流×抵抗)で抵抗を下げると放熱量が下がり効率は上がる。出力(W)=仕事量は電圧×電流で求められるが電圧を上げると電流が下がり、抵抗値も下げれば効率があがるという解が見えてくる。

17Y TS050ハイブリッド
17Y TS050ハイブリッド

となれば、電圧を上げることが必須で、こうした暴力的な充放電をできるバッテリーは当然世の中にはなく、そこもトヨタが独自で開発をしている。そのバッテリーの自作には電池セルの電極開発や電解液の開発までトヨタで行ない、その結果システム電圧は16年モデルが750Vだったものが17年モデルでは815Vまでアップさせることができたのだ。

さらに高耐熱化に対してはこれまで最高65度Cをオペレーション温度としていたが、今回は85度Cで使うことができるようになったという。そうなれば冷却装置自体もコンパクトにでき、冷却損失も小さくなり、高効率への寄与は高くなる。

17Y TS050ハイブリッド
17Y TS050ハイブリッド

また、冒頭でGR開発部が持つ新たなタスクとして、こうして得られた新技術が近い将来市販車へフィードバックされることは、簡単に想像でき、より高性能な市販ハイブリッドレースマシンや市販車が出回ることがイメージできる。

■8MJジュールクラス

この暴力的な充放電の使い方は、ル・マンを7つのセクターで分けているが、1セクターあたりで計算すると3秒間に2.4トンのクルマを一気に48mの高さまで持ち上げるエネルギーをだすことに匹敵し、それを1周あたり7回繰り返しているということだ。その使える燃料量と出力とでクラス分けされている。

17Y TS050ハイブリッド
17Y TS050ハイブリッド

こうした激しい充放電の繰り返し=強烈にエネルギー回生し、暴力的に加速へリカバリーする、加速補助を繰り返しながらドライバーは24時間走り続けいるのがル・マン24時間レースということだ。

トヨタの2017年型TS050hは、ル・マンに勝つために、マシンとしてはエアロダイナミクス性能を磨き、内燃機関の効率を磨き、キネティックエネルギーも磨く。こうしたことすべてが高効率を目指す磨き方であり、総合的な効率の良さでポルシェに、そしてル・マンに挑戦しているということだ。
頑張れトヨタ、頑張れニッポン!

ル・マン制覇とシリーズチャンピオンを目指す!WEC GAZOO RACING
ル・マン制覇とシリーズチャンピオンを目指す!WEC GAZOO RACING
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