完璧な勝利を手にしたその先は SUBARU/STI、ニュル24時間で見せた“強さ”の本質【ニュルブルクリンク24時間レース2026】

真冬のような寒さの中で始まった24時間

2026年5月16日(土)午後3時、ニュルブルクリンク24時間レースのスタートが切られた。朝の気温は3度、昼間でも11度までしか気温は上がらず、真冬並みの寒さだ。さらに雨、風、ひょう、雷まである「ニュルウェザー」を肌で感じながら各々がタスクをこなしていく。

参戦マシンを3グループに分け、第2グループの9列目にカルロ・ヴァン・ダムがドライブする#88SUBARU WRX NBR CHALLENGE2026のマシンが見えた。午後3時03分、第2グループのスタートが切られた。路面コンディションは「ノーマル」と表示されている。どん曇りの空だが雨は降っていない。

今年のニュルブルクリンク24時間レースは過去最大の参加台数に迫る161台(最大165台)がエントリーし、マックス・フェルスタッペンの参戦もあり観客は過去最高の35万2000人が来場。その誰もがスタートと同時にグランドスタンドから、名物コーナーから、そしてギャラーリーコーナーに陣取ったファンの間から歓声が上がる。いかにもドイツらしい迫力のうなり声だ。

ライバルGTIの速さと、揺るがないSUBARU/STI

みんなの視界から消えて12分後、第2グループが戻ってきた。トップは#50のフォルクスワーゲン・ゴルフGTI Clubsport24hだ。カルロは2番手につけているが、やや差が開いている。予選の状況は既報しているが、思わぬ伏兵とも言えるGTIの速さがあり、ガチ対決なのかと気を揉んだ。

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しかし、チームの誰もが心配をしておらず、「とにかく24時間をトラブルなく走り切ること」を目標にしており、そうすれば当然クラス優勝はついてくると考えているのだ。その自信の背景のひとつに、過給圧を下げていることと、ブーストボタンを設置していることがある。

だから、予選でも決勝でも最速ラップタイムは狙わない、過去の最大周回数を上回ることも狙わず、トラブルが出なければ、自然と結果につながるという考えだ。もっとも周回数に関してはイエローフラッグの回数や天候、赤旗、などチームの努力では変えられない条件があるため、目標に設定すること自体に無理はある。

最速ラップもこの本番レース前の4月の予選レースで井口卓人が従来のラップタイムを8秒も上回る8分43秒021を記録しており、WRX最速タイムを更新している。だから本番の24時間レースではリスクのあることを避けていたわけだ。

ニュルウェザーに翻弄された予選

実際、木曜、金曜の予選でもニュルウエザーの影響が大きく、イエローが全くないドライ路面でクリーンな走行ができたのは佐々木孝太とカルロだけだった。

しかも孝太は1ラップしかチャンスはなく9分06秒239というタイムで予選54位というタイムだった。そしてカルロも似た様な状況で、コースインしてグランプリコースのみを回ったあと、フルコースに入り9分02秒568を記録する。だがカルロはこの時、今季はじめてフルコースを走ってのタイム計測だったのだ。だから翌ラップにアタックにいったが、雨が降り出しアタックを中止している。

つまり、フルアタックをしていない状況なので、GTIとの差はそれほど大きくない、というのがドライバーたちの印象であり、監督の沢田拓也も気にする様子はあまり見せていなかったのだ。

燃費と安定性で築いたレース支配

スタートから1時間が経過するとライバルの#50のゴルフGTIがピットインをした。どうやら7ラップ運用のようで、その時点でWRXはトップにたち、燃費の点でも8ラップ運用のWRXに勝ち目があったわけだ。さらにイエローなどペースが落ちれば9ラップ運用を可能にするほど、WRXには余裕があったというわけだ。

その後トップに立ったWRXはカルロ→孝太→井口卓人→久保凜太郎のローテーションで、4、5スティントをそれぞれが担当する。4時間経過、5時間経過では井口、凜太郎の二人がドライブする時間帯だったが、イエローの出ていない周回がないほどクラッシュが続出していた。

レースが終わって手元の集計では111台の完走であり、50台ものマシンがグリーンヘル(緑の地獄)の餌食になっていたのだ。

AWDとカットスリックが生んだ強さ

闇夜に浮かぶニュルブルクリンク城

スタートから6時間ちかい夜8時30分ごろ、夕日が出てきた。カルロは夕日に向かって順調に走行している。

とはいえ、孝太も井口も凜太朗もニュルウェザーの中を走行し、コースはイエローフラッグが毎周回どこかでコード60(60km/h規制)がある。それでも、WRXはレインタイヤを使わずに走行している。

沢田監督によれば「タイヤはスリックのソフトとミディアム、それとカットスリックがあって、レインも3タイプ持ってきましたが、AWDの良さとマシンバランスがよく、スリックのソフトだと雨の中、かなり走れるとドライバーも言ってましたので、他チームがレインを履いている状況でも、われわれは一度もレインを使わないで走り切りました」と語っている。

真夜中に訪れたアクシデント

深夜3:20分。ドライブシャフトの交換作業を行う

事件は夜中とチェッカー目前で起きる。

レース好きの間で囁かれていることだが、レース開始から12時間以上が過ぎた午前3時20分、ルーティンのピットインのタイミングで、前を走行するマシンがクラッシュした。

WRXは影響を受けることはなく、ピットに戻ってルーティンのブレーキローター交換作業をした。一方で、マシンから振動がでると無線があったので沢田監督は丁寧にチェックすることをメカニックに指示している。すると、リヤの左側ドライブシャフトのブーツが破れており、グリスが出ているのを見つけた。

即座に沢田監督はドライブシャフト交換を指示し30分ほど費やして修復を完了している。これはピットイン前の他車のマシンがクラッシュした際、なんらかのカーボンパーツが当たったのだろうと予想できる。

これは予想できないアクシデントではあるが、予防的交換作業を行なったことで、この後、何事もなく走行を再開することができたのだ。

朝日とともに見えた“完璧な勝利”

ガッチリ握手するSTI賚社長(左)と高津総監督

これを「真夜中のアクシデント」とするのか。微妙な出来事だったが、それでもトップの座を譲ることなく、ライバル#50ゴルフGTIには数周回遅れの差をつけており、トップのままWRXはレースに戻れているのだ。ただ、総合順位ではピットイン前が35位だったのが、47位まで下がってしまった。

そして午前6時40分ごろ朝日が昇った。朝日を浴びて走るWRXはイキイキと、そして揚々として走っているように見える。総合順位も40位まで戻している。すべてが順調だ。

レース開始から24時間後、凜太郎はチェッカーを受けた。総合32位。8回目のクラス優勝。139周を走り3527.5kmを走破した。

You made it!

「自然と戦う」ことで鍛えられるクルマ

レース後、高津益夫総監督は「レースも自然と戦うスポーツなんだというのを実感しています。これだけの自然環境の変化がある中でトラブルを起こさないで完走する難しさを感じました」と。

高津総監督はSUBARUに在籍していた時はWRXのVAB型、VAG型のPGM(開発責任者)であり、STIに移籍してからは主にS209、S210のコンプリートカー製作に深く関わっている。

総監督という立場で、レースが、サーキットがクルマを鍛えることを体験し、そのフィードバックをしていくことが使命だと話す。しかもトラブル対策ではなく、ポジティブに「ここを強化すればもっとよくなる」ことをこのレースで学んでいくのだという。

ドライバーたちが語った進化の実感

チェッカー後の佐々木孝太は「やりました!勝ちに来て勝てるレースではないので、そのニュルで勝てたのは大きいし、SUPER GTの悪い流れを、このニュルの勝利からSUBARU全体のいい流れになってくれればいいなと思います。この難しいコンディションの中で勝てたのは素晴らしいと思う。とくにファルケンタイヤのカットスリックとAWDのマッチングが抜群に良かったですね」とSUBARUのモータースポーツ全体を労い、いい流れをひとつ作ることができたわけだ。

井口は「いやー楽しかったぁ」と開口一番。

「天候はすごく難しかったけど、スタートからゴールまで、クルマのバランスとタイヤの感覚はずっと良くて、いつでもプッシュすればタイムが出そうな手応えが最後までありました。それも全部メカニックが準備をしてくれたのがこの結果につながったのだと思います。それにコンディションが難しかったので少し余裕を持って走っても、いいペースで走行できたのは去年からの進化だと感じました」

ファルケンタイヤの小川エンジニアと喜ぶ井口卓人

凜太郎は「僕はニュル24時間は3回目ですけど、初めて赤旗のないレースで楽しかったですね。それと僕のスティントはニュルウザーが多くないっすか?乗ると小雨がつづくっていう感じで、でもクルマは安定していたしバランスも良かったので、スリックでぜんぜんいけました」

この後、タカハシに向かってサムアップ!で応えたカルロ・ヴァン・ダム。凜太朗はチェッカーを受けて走行中。

カルロも「コンディションが頻繁に変わるので、簡単ではなかったレースだけど、エキサイティングだったよ。クルマのバランスもパフォーマンスもすごく良かったし、クラス優勝できて良かった。エンジン、ミッション、それにチームワークが強かった。ドライブシャフトの交換も素早かったし、そうした判断も進化した証拠だよ。去年があまりよくなかったから今年は、このチームを誇りに思うね。日本人はすごいよ」

ピットに戻ってきた久保凜太郎とともに歓喜に沸いた

SUBARUブランドを体現した24時間

チーフメカニックの宮沢竜一は「うん、近年の中で一番納得のできるレースだったと思います。2019年の時以来の勝ち方ですよね、強いWRXを見せることができて満足してます」

そして賚(たもう)STI社長は「ドキドキしました。今年は24時間走り切って結果を出してこの先に繋げることが非常に重要だと考えていましたから。来年以降、SUBARUはモータースポーツ活動を強化していくので、我々の力でそれを盛り上げていくことを見せることができたと思います」と。

SUBARU/STIにとって、ニュルブルクリンク24時間レースは、SUBARUのブランド「ウイルダネス」と「スポーツ」につながる活動であることが伝わってくる。

高津総監督が言うようにレースは自然との戦いでもあり、まさにウイルダネスとスポーツの両立がSUBARUブランドなのだと改めて理解できる出来事だったと思う。

究極の一般道でクルマを鍛える――言い尽くされたニュルを説明する言葉だが、そこには自然の中で、環境変化があっても安心・安全につながるクルマづくりがこうして築き上げられていくのだと。

さて、2027年はどんなマシンでどんなレースを見せてくれるのか、すでに待ち遠しくなっている。

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