■クルマを深く理解するために、企画背景を知ることも重要
スズキから発売された新型バレーノはスイフトと同じBセグメントに属するモデルで、「スイフトの後継モデルになるのか?」などの憶測があった。しかし、真実はまったく違ったところにある。開発背景についてチーフエンジニアである伊藤邦彦氏に聞くことができた。<レポート:高橋 明/Akira Takahashi>
なぜ、同じセグメントにしかも同じグローバルモデルという位置づけのクルマが誕生したのか? 少しクルマに詳しい人であれば疑問を持っただろう。そしてスイフトはこのままフェードアウトしてしまうのだろうか?という的外れな憶測もあったわけだ。
バレーノのもうひとつの話題としてインド生産と言うことも話題だ。発表会の時、事情をよく知らない偏見に満ちた記者から「インド生産で大丈夫なのか?」という質問が飛び出し、さすがの鈴木修会長も「ムッと」する場面があった。新興国のイメージがあるインドだけに分からなくもないが、マルチ・スズキ(インドの現地会社名)の生産能力は77万台/年あり、過去30年にわたってインド国内はもちろん欧州に出荷している実績もある。
この2つの話題に関し、チーフエンジニアの伊藤氏からは「じつは、インド国内の事情が影響しています。スイフトは現在でも好調な売れ行きを維持していて、スイフトが一般化するほど浸透しているほど、たくさんスイフトが走っているんです」という。つまり、日本でいえばカローラやフィット、ヴィッツみたいなもので、何も特別なモデルということではなく、一般にたくさん走っているモデルになったということを言っている。
そして「韓国・現代自動車(ヒュンダイ)のi20の存在が大きかったのです。グローバルBセグメントのハッチバックで、インドにある工場で生産され、ヨーロッパなど各国に輸出されているi20が好調な売れ行きを示していました。スイフトのライバルになるのですが、急激に販売台数を伸ばし、スイフトでは足りなかった後席の広さや荷室の広さをもっているんです」と。インド国内でのシェアではマルチ・スズキは約40%で韓国の現代は約20%だという。しかし、シェアの伸び率は驚異的であり、i20に対抗するモデルの必要性も高まっていたわけだ。
■インド市場がキーポイント
そこで、バレーノの商品企画がスタートした。バレーノはインド国内での需要を満たすために、後席の居住性と荷室の広さが必須。そして欧州へ出荷するのであれば、ハッチバックスタイルが王道という事情がある。デザインコンセプトはこうした要件を踏まえてスタートし、バレーノはBセグメントハッチバック、スイフトよりややサイズアップした上級に位置するモデルとして誕生することになる。イコール、このポジションであれば欧州でも勝負していけるということで、従ってインド生産となった。そして、インド、欧州をメインマーケットとしたモデルという位置付けで、現代自動車のi20を撃墜する使命を持っていることがわかる。
具体的に商品企画が日本市場中心でスタートしなかったために、5ナンバーサイズにとらわれず、3ナンバーサイズのボリュームのあるデザインが実現している。また、インド国内では1.2Lの自然吸気エンジンとディーゼルの設定で、欧州では同様に2種類設定するが、新たに1.0L+ガソリンターボも設定する。また、5速MT仕様も当然欧州では設定される。そして日本ではこの1.0Lターボ+6速ATと1.2L自然吸気+CVTの2本立てというラインアップになる。もちろんインドではNEXA(ネクサ)という上級ブランドで販売され、スイフトより上位に位置する。
こうした背景を背負ってデビューしたのが、今回の新型バレーノということになる。したがって欧州、インドをメインで販売するモデルだが、スイフトほどキビキビとはさせていないため、国内導入モデルと欧州仕様との差はほとんどなく、このセグメントとしては国内のライバルに対し、レベルの高い仕上がりという見方もできる。
■マネサール工場での生産
一方スズキのインド国内における生産工場だが、2か所ある。グルガオン工場はニューデリー近郊にあり1983年から製造を開始している。こちらで製造される主なモデルにはS-CROSS、ALTO、WAGON R、GYPSY、ERTIGAなどがある。それともうひとつの工場がマネサール工場で2006年より生産開始した最新の生産工場だ。今回のバレーノはこちらで製造されている。マネサール工場ではバレーノの他にSWIFT系全般が製造され、年間77万台の生産実績がある。また、鋼材は今回980Mpa級のハイテン材を使用しているが、鋼材は日本からマネサール工場へ送り込むというこだわりもみせている。
工場の生産設備も最新のもので、浜松・相良工場と変わらないレベルの設備で、高張力鋼板用の5200tプレス機や1100機もの溶接ロボットなど最新設備との説明もあった。さらに品質管理では日本人の多くが駐在し、スズキの製品として問題のない品質レベルを確保する業務も担っているという。
バレーノは日本で開発され、欧州で細かなチューイングやテストが繰り返されている。ドイツにあるスズキのテスト拠点を中心にアウトバーンはもちろん、イギリスでの足回りセッティング、北欧での寒冷地テスト、南欧での酷暑、高地のエンジン適合、アルプス山岳路テストなどを実施している。そして言うまでもなくスズキの品質基準に基づいて製造されているわけだ。
こうしてマネサール工場で生産されたバレーノはインド・ムンドラ港から輸出され、日本の豊橋港を経由して、スズキの湖西工場で完成車検査を受け出荷されているのだ。
前述したが、バレーノは日本のために開発されたモデルではなく、インドの上級モデルとして企画がスタートし、イコール欧州で通用するレベルとして開発している。それを国内に逆輸入しているから随所に欧州テイストが感じられるモデルというわけだ。こうした開発の背景を知ると商品の見え方も一味違ってくるから不思議なものだ。