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フォルクスワーゲンが、2005年に初めてゴルフに搭載した1.4 TSIエンジンが、近年のダウンサイジング・コンセプトを主導することになった画期的なエンジンとされている。その「ダウンサイジング・コンセプト・エンジン」とは、直訳すると排気量を縮小したエンジンということになる。
ダウンサイジングの意味するもの
しかし、排気量を減らすのがダウンサイジングなのかというと、それでは理解としては不十分だ。つまり、「ダウンサイジング」の本当の意味はもっと深いのだ。一般的にはダウンサイジング・エンジンの本当の狙いが理解されておらず、混乱を招いている。
まず、ダウンサイジング・コンセプトの基本は、基準となるエンジンより大幅に排気量を縮小する、基準となるエンジンと同等か、それ以上のトルクを得るために、ターボ、スーパーチャージャーによって過給する、過給とマッチングがよくさらにトルクを増大させることができる直噴を採用する…といったことが要件となる。
つまり、排気量は小さくしながら、過給器によって排気量以上の空気を押し込み、直噴システムにより燃焼室冷却効果、充填効率を高めて、大トルクを引き出すということだ。
以前に、ある自動車メーカーの有名なエンジン設計課長と、ダウンサイジング・コンセプトについて話をしたことがあるが、ターボ過給技術が普及したことで、排気量を小さくしたエンジンをベース・エンジンとするという構想は1990年を過ぎた頃には着想していたという。しかし、さすがに、そのメーカーがラインアップしているエンジンをすべてダウンサイジング化するという決断は困難だったという。もちろんそれは技術的というよりは経営的な決断が必要であることはいうまでもない。
小排気量化のメリット
基準となるエンジンに比べて小排気量のエンジンに置き換えるということは、まずエンジン内部の摩擦抵抗を減らすことができる。2.0Lエンジンを1.4Lに縮小すれば摩擦抵抗が小さくなり、例えば1.5L 4気筒エンジンを1.0L 3気筒エンジンに縮小すれば摩擦抵抗を減らせ、構成部品も減らすこともでき軽量化、コストの低減も実現する。
しかし、自然吸気エンジンのままでは当然ながら出力、トルクも排気量の縮小に伴って低下してしまう。出力トルクを基準エンジンと同等か、それ以上とするためにはターボなど過給器が必要となり、その分のコストは高くなる。また、過給により大トルクを引き出せば、ピストン、コンロッド、クランクシャフト、メタルなどの部品はその大トルクに対応して強化しなければならないので、その分のコストもアップする。さらに直噴化などによってもコストは上がる。
そのため、ターボなど過給器を使用するダウンサイジングは、コスト低減には繋がらず、むしろ自然吸気の基準エンジンよりコストが上がるということを指摘する声も多い。また摩擦抵抗を基準エンジンより小さくするためには、ローラーロッカーアームの採用など動弁系にもコストを掛ける必要がある・・・など、総合的にはコストが高く、摩擦抵抗も狙いほど小さくできないというのだ。
しかし、忘れてはいけないのが、ダウンサイジング・コンセプトにはエンジンの低速化という要素があるのだ。ここを見落としている解説が多い。自然吸気エンジンでは最高回転は6000~7000rpmに設定され、最大トルクの回転数も4000~5000rpmとなるのが一般的だが、ターボで過給するダウンサイジングは出力特性を大幅に変更し、最高回転数は5500~6000rpm、最大トルクは1500~4000rpmというトルクバンドの広い回転ゾーンで引き出すというのが重要なポイントだ。
つまりディーゼル・エンジンのような低回転/大トルクのエンジン特性にするわけだ。日常では最大トルクの回転域内で運転することができる。加速時でもエンジン回転を高回転まで引っ張る必要がないので、それだけバルブ・スプリングのセット荷重を低め、つまり摩擦抵抗を減らすことができるのである。
また、摩擦抵抗を減らすために油水温の電子制御(ウォーターポンプ、油圧ポンプの負荷の低減、あるいは電動化)、過給圧の電子制御なども採用され、コスト上昇要素はさらに増えるが、摩擦抵抗を抑えることができる。
さらにBMWやフィアットのように連続可変吸気バルブ・システムを採用すればポンピング損失も大幅に終えることができる。このように、ダウンサイジングは、摩擦抵抗の低減とエンジンの低速化、そして基準エンジンを上回るトルクの大きさが最大のメリットなのだ。
ダウンサイジングに必要なもう一つのポイント
ダウンサイジング・コンセプトに批判的な人は、コストの高さに加え、過給エンジンはより高負荷では空燃比を出力空燃比(約13.1)からさらに濃いガソリン冷却空燃比(11.0~12.0)にせざるを得ず、高負荷での燃費性能は悪いという指摘もしている。
ガソリン冷却空燃比とは、ターボ・エンジンの場合、高負荷時や高回転時に、燃焼室の燃焼温度が高くなり過ぎ、点火プラグやピストンの表面などが高熱になる。そして、その熱により破損が起こるのだが、それを防ぐためには、ガソリンによる燃焼室の冷却を行なっている。したがって本来必要な空燃比より濃い空燃比、つまり、ガソリン供給が多いということになってしまうのだ。ダウンサイジングしたターボ・エンジンの現実として、こうしたことは、ノッキング対策、高熱対策という観点から不可避となっている。
とは言え、実際にはダウンサイジング・エンジンの最大トルクは1500~4000rpmと低く、幅広い回転域にあるが、これを生かす方法がある。それは変速比幅が広いトランスミッションと組み合わせることだ。そうすると、この最大トルクのバンド内で走ることができ、加速時でもアクセル開度を大きくする、つまり高負荷を使用する必要がないということになる。つまり、エンジンを4000rpm以上回す必要がないレベルで、加速性能は確保できるという理屈になるわけだ。
実際、フォルクスワーゲンは、ダウンサイジング・エンジン「TSI」と組み合わせるために6速、7速DSG(デュアルクラッチ・トランスミッション)を新規開発している。トルコン・スリップが発生するATや変速のたびに高い油圧でプーリーを作動させるCVTより、効率がよくダイレクト感も強いという理由でDSGを開発したのだが、より変速比の幅を広げ100km/h 巡航時で2000rpm以下になっているのだ。
従来の常識では1.8~2.0Lクラスのクルマは100km/h巡航時は2300rpm付近だったが、2000rpm以下になったわけで、もちろんこれは燃費の向上だけではなく、静粛性の向上にも効果がある。また、ダウンサイジング・エンジンに組み合わされるのが必ずしもDSGとは限らず、トルコンのロックアップ式多段AT、またはCVTでも実現することができる。
したがって、ダウンサイジング・エンジンは、変速比幅の広いトランスミッションと組み合わせることで、より大きなメリット、真価が得られるということが、もうひとつの重要なポイントである。
本当の意味のダウンサイジング
このようにダウンサイジング・エンジン+変速比幅を広げた新しいトランスミッションの組み合わせが、本当の意味のダウンサイジング・コンセプトだが、もちろんこれを全面的に採用するには自動車メーカーとしては大きな投資が必要になり、経営的な決断が迫られることはいうまでもない。
実際この点が大きなハードルになり、日本の自動車メーカーはダウンサイジング・コンセプトの採用に躊躇せざるを得なかったのだ。日本においては日産のHR12型エンジン、トヨタの1.2Lの8NR-FTS型、2.0Lの8AR-FTS型、スバルのFB16 DIT型、スズキのK10C型ブースタージェット・エンジン、ホンダL15Bターボなど限られた機種しか存在していない。
それとは対称的に、ヨーロッパ、アメリカのメーカーでは、ダウンサイジング・コンセプトがメイン・トレンドになり、燃費性能を重視するコンパクトカーだけではなくプレミアム・クラスまでも一斉にダウンサイジングに舵を切っている。
排気量5.0~6.0Lエンジンは4.0Lツインターボに、3.0L自然吸気エンジンは2.0Lターボに、2.0L自然吸気クラスは1.5L~1.2Lターボに、そしてアメリカではV8がV6へ、V6が2.0Lターボへと切り替えが進んでいる。
またさらに次のステップとしては、フォルクスワーゲン・グループのように、NEXTダウンサイジングとしてライト・サイジング・コンセプトを打ち出していることも注目される。
フォルクスワーゲンではライト・サイジング、アウディではB-サイクルと名付けているこの新エンジン群は、アトキンソン・サイクル+ターボ過給により、常用域でのさらなる燃費性能の向上と高負荷域での動力性能を両立させようというコンセプトである。
もちろん背景には企業平均燃費向上、排出CO2削減という大きな課題をどのようにクリアするかというテーマが掲げられており、そのためにはダウンサイジングを一歩さらに前進させた縮小した排気量でのアトキンソン・サイクル+ターボ過給という手法が選ばれているが、これがまた新しいトレンドを巻き起こすのか、注目しておきたい。
また、これらの考え方の背景には各国の燃費試験モードが大きく影響しており、実用燃費のための技術プラス、モード燃費のために生まれてきた技術という一面があることも忘れてはならない。