初参戦から15年。2009年に辰己英治(たつみ ひではる)率いるSUBARUのメンバー(当時:富士重工業)はドイツ・アイフェル地方にあるニュルブルクリンクサーキットで毎年行なわれる24時間レースに参戦を開始した。
そして2024年、辰己は自身のラストレースとしてニュルブルクリンクのノルドシュライフェに立った。
ーー「クルマ一台を見れるエンジニアになって欲しい」「速いクルマを作ることで量産技術へのフィードバックがあり、量産技術の延長線にその技術があることもわかる」
これがニュル24hに挑戦する理由でもあった。そして「クルマづくりの常識を疑え」というのも辰己の口癖でもあった。
1年前、2023年のニュル24hは新型WRX S4での参戦だった。これまでのWRX(VA型)からエンジンが変わりボディサイズも大きくなった新型WRX(VB型)は、すべてを見直すことから始まり、レース用に改造していった。
そこにはクルマづくりの常識では語られない辰己アイディアがいくつも盛り込まれているのだ。
ーー「まだ富士重工業にいた頃、いろんなクルマを試しに作った。STIの社長になった賚(たもう)ちゃんと一緒にね、レガシィのルーフやBピラーを切ってオープンカーをつくってね、ボディの強度とか『これで走れるのか』みたいなことを随分とやった。そうしたらね、常識とは違ういろんなことが出てきて、わかったことがたくさんあった」
そうした辰己の知見がこのWRX S4に投入され、それを一緒に製作する沢田拓也監督や渋谷直樹技術監督、宮沢竜太チーフエンジニアは間近で見て見知を引き継いでいる。
エンジンは名機EJ20型ターボから新世代のFA24型ターボになり、排気量も2.0Lから2.4Lへと拡大されている。ボディサイズが大きくなったことで、タイヤサイズも変わり、よりハイグリップとなることでラップタイムの向上が期待された。
そして挑んだ2023年はエースドライバー、カルロ・ヴァン・ダムが走行中にスタビライザーの取り付け部が破損し、コントロールを失った。WRXはガードレールに接触。
同時多発的にエキゾースト・マニホールドが割れターボへの過給もできていなかった。ピットに戻ったWRXはエンジン交換という大作業を行ない、5時間以上に及ぶピット作業ののちコースに復帰した。
この経験から2024年のWRXは万全を期し、検証を繰り返してドイツへ空輸された。
ドイツではニュル24hに初参戦となる久保凛太郎がドライブし、4月中旬に行なわれるQFレースに参加した。ティム・シュリックとともに2レースを消化し、ティムは8分52秒005をマークし2023年より3秒短縮。そして久保も8分56秒097をマークして順調な仕上がりを見せていた。
いざニュルブルクリンクへ
迎えたニュル24hのレースウイークでは、ここまでマシントラブルもなく順調にきている。したがって「2024年は絶対にクラス優勝」は必然なのかもしれない。2024年のドライバーはカルロ・ヴァン・ダム、ティム・シュリックと例年どおり。そして22年にステアリングを握った佐々木孝太と新人久保凛太郎の4名だ。ニュル24hの予選は3回行なわれ、その3回の中で4名のドライバーは2周の計測が義務付けられている。
木曜日に最初の予選Q1が行なわれる。じつは予選の前に公式練習やフリー走行をする時間は全くなく、いきなりQ1予選から始まるのがニュル24hだ。予選は1時間45分。
今年のニュルは肌寒く、また日差しが出ると暑い。日本人にはTシャツからダウンジャケットまでが必要な気候だ。現地人はTシャツ&短パン野郎を多く見かけるのだが。
ーー「こっちの人は動物感が強いよね、雨降ってても傘を差さないし、濡れても全然平気じゃない。ブルブルって身震いして雫を落としたらおしまい、みたいな感じで日本人には真似できないよね。そういうのが何かクルマづくりにも関係しているのかもしれない」
どこからでもヒントを得ようという辰己の観察眼だ。
午後1時からのQ1予選は、開始直前に雨は止んだ。が、所々でウエットが残っている。とくに北コースの状況はわからない中、久保とティムはほぼドライで走れることができ、9分フラットをマークしているので順調だ。そしてカルロがタイムアタックに入ろうとした時、再び雨が降り、しかも土砂降り。カルロはスリックタイヤのままだが無事ピットに戻ってきた。レインタイヤでのタイムアタックは無意味なので、佐々木孝太が新しいレインのチェックをしてセッションは終了した。
ところが、ガレージに戻り点検をすると、ブローバイガスが想定より多く排出していることがわかった。
安全の最大値
エンジンは新品が2機とQFレースで使った1機の合計3機。新品の2機は全く同じもの。なぜブローバイガスが多いのか?原因が掴めない。ここで交換したとしても同じ結果になるかもしれない。そうした不安を辰己は口にし「エンジンはわからない。専門家に任せているけど、ここではわからないみたい」
しかし判断をしなければならない。オイルの継ぎ足しが追いつかいほどの排出なのか微妙というが、もっとも安全な判断は何か?辰己はエンジン交換を決め、作業が始まる。
ーー「あのまま夜間走行のQ2を走らせて、もしダメだったらエンジン交換が夜中の作業になるでしょ。メカニックの負担が大きいしリスクも増えるから、明るいうちにゆっくり作業してもらえば安全だと思う」
Q2予選はナイトセッションだ。夜8時から11時30分まで3時間半の予選を行なう。これもフリー走行がないため、ここでさまざまなセットアップができるというわけだ。ここでは佐々木孝太が義務周回をこなすため走行しQ2を終了している。
ピットに戻りブローバイガスを確認すると「問題なし」となった。夜間の予選はヘッドライト等の確認ができ、セッション終了した。
ベストラップ更新
予選Q3は金曜の午後1時から再び1時間45分の予選が始まる。路面はドライでカルロがタイムアタックをする。しかし、サポートレースの影響かコース上に土が出ている箇所があることや、ドライとはいえ間欠ワイパーを使う程度に小雨が降っている。
それでもタイムアタックをし8分53秒089をマーク。総合43位、クラストップを記録した。カルロから佐々木孝太に変わり、佐々木はまだウエットしか走行しておらず、はじめてドライを走る。それでもときどきワイパーが動いていた。
佐々木は「エコモードで走っても安定していて走りやすい。これなら決勝は9周スティントでいけると思います」とコメントしている。
そして最後はティムが走行して全ての予選を終了した。ティムは「アタックモードとエコモードともに8分57秒台で似たようなタムが出せて乗りやすい。下り坂は全く同じ感じで走れるし、コーナリングも同じフィールで走れる。ロングストレートでパワーの差を感じるけど、タイムに違いがでないので問題ない」
ーー「ドライバーはね、パワーの出方を感じていて、ドカンときた方がいい。エコモードはだいたい20psくらい落としているけど出力特性は同じで全体にダウンさせている。そうするとドカンがない。だからドライバーはモワ・パワーってなるけど、じつはパワーがない方がタイムが出ることもあるんですよ」
今回のレースには2つの制御プログラムが組み込まれている。過給圧を下げ全体に出力を下げた「エコモード」と予選で使う「アタックモード」。決勝はエコモードで走り、9周でドイラバー交代をする作戦だ。燃費をよくしてブレーキパッド交換を1回といった具合に想定。それでもラップタイムは落とさないのがエコモードだ。
ーー「ドカンってくるとタイヤに負担がかかって滑るでしょ。またアクセルも踏めないことも起こる。エコモードだと踏んだままコーナーに入れたりするから、結果的にはタイムは落ちない。だからドライバーのフィーリングに合わせてクルマを作ると『勝利』とは違うところにいくことがあるんですよ」
ドライバーのフィールに合わせたクルマづくりをすると、ある意味尖ったマシンになるのかもしれない。踏めない状況を作ることになると。逆にパワーを抑え、踏んだまま走れる状況をつくる、そうした「コースやタイヤ」に合わせたマシンづくりをしていくのが辰己英治だ。
*敬称略
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