2018 STIマシンのエンジン、トランスミッションはどうなってるの?

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7

今回はSGT(スーパーGT)とNBR(ニュルブルクリンク24時間レース)のキモとなるパワートレーンの取材ができたので、その詳細をお伝えしよう。<レポート:編集部>

■SGTエンジン

BRZに搭載されているエンジンはEJ20型+ターボ。GT300クラスは軒並みV8型エンジンを搭載しているモデルが多く、排気量も4.0Lあたりから6.2Lくらいまでの大排気量車が多い。

そんな中、スバルはEJ型の水平対向4気筒 2.0Lにターボという組み合わせで参戦している。SGTは性能調整という主催者によるBOP(Balance of Performance)が行なわれているので、ベース車両の走行性能が異なっていても、性能が均衡するようになっている。そのためレース展開としては、僅差の争いが繰り広げられ、見ているほうはハラハラ、どきどきのレースを楽しむことができるわけだ。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 GT300 86
SGTは開幕してしまうとテストが自由にできない。開幕前のテストは非常に重要だ

BOPにより、エンジンの違いや排気量の違いがあっても差はないと考えたくなるが、実際は出力特性が大きく異なるので、チューニング技術を磨く必要はある。例えばV8型6.2LのAMG GT3とBRZの2.0Lターボではコーナー立ち上がりでのトルクの出方が違う。NAの大排気量は太いトルクで力強く立ち上がるが、ターボ車はレスポンスよく過給して立ち上がっていくという違いがある。

FIAのGT3規則ではこのBOPは、加速性能、最高速度、空力性能という3つの項目において、PW(Performance Window)という性能許容範囲があり、その枠内に収まるように性能調整を行なっている。スバルBRZはJAF-GT300レギュレーションのため、そのFIAのBOPは当てはまらないが、似たようなPWにおけるBOPで性能調整をされているわけだ。具体的には、BRZのBOPは、エアリストリクターを装着されており、吸気量を制限されている。そのため、パワーは絞られている。昨年のレースを思い出すと、コーナーは速く直線で抜かれるということが多くあった。それは最高速度がGT3マシンよりも遅いということであり、馬力が出ていないということでもある。

しかしBRZの戦い方としては、パワーは絞られていても、運動性能で速く走るというコンセプトでマシン開発をしている。ただ、このリストリクターのサイズはかなり絞られており、いくら運動性能を高めたところでも相当苦しいレース展開は強いられている、というのが昨年の結果なのかもしれない。

この記事か公開されるタイミングでも今季のBRZに対するハンデに関してはチームに伝えられることはなく、昨年のトップスピード不足を、リストリクターのサイズ拡大という判定に期待したいところだ。だが、そこはGTA(主催者)の判断を待つしかない。

■高効率エンジンを目指す

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 GT300 86 エンジン開発担当 土岐文二
SGTのエンジン開発を担当する土岐文二氏

とはいえ、エンジン開発を止め、ハンデが軽くなることだけを期待しても進歩がないわけで、現状、できる範囲で最新の進化を狙っていきたい、というエンジニアの熱い思いはある。今季のSGTマシンのエンジン開発を担当している土岐氏によれば、今季は出力アップを目指す方向ではなく、フリクションを減らし、レスポンスを良くし、ドライバーが気持ちよく走れるエンジンにしていく、という方向で開発しているということだ。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 GT300 86 シリンダーヘッド 燃焼室
高効率な燃焼を目指し、エンジン内部も見直す

搭載するレースエンジンはおよそ2500kmのライフがあり、2レースから3レース走った後に、完全にオーバーホールをする、という流れで設計している。そして、まずはターボに関するチューニングから話を聞いた。

ターボは、ウエストゲートバルブで排圧を逃がしてタービン速度をコントロールしているが、そのソレノイドのレスポンスを上げ、ドライバーの要求トルクに対して、リニアに過給できるようにチューニングしたという。応答性と収束性を上げることにより、ドライバーは気持ちよく、ドライビングに集中できるようにしている。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 GT300 86 ドライサンプ オイルパン オイルポンプモーター
新規に製造したドライサンプのオイルパンとモーター

それと、ドライサンプでオイル回収方法を変更してフリクションを減らすことを考えている。もともとドライサンプは採用しているが、オイルの回収システム自体を効率のいいものにした。それは、オイルパン形状とオイルポンプの見直しで、ポンプはコンパクトで高性能なのものに変更している。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 GT300 86 オイルパン
ドライサンプモーターを組み込んだ状態

こうすることで、泡だらけになったエンジンオイルを気体とオイルに分離する気液分離の効率があがり、遠心分離され気泡がなくなった綺麗なオイルを供給できるというようになる。また、ケース内の負圧のコントロールもうまく調整できるようになったということで、エンジン自体のポンプロスを低減することができるのだ。

つまり、供給側と回収側の双方の効率をよくし、低フリクション、ポンプロスを減らすことを狙った仕上げになっているということになる。

エンジン自体は、高効率燃焼というのがどのエンジンでも目標である。だが、EJ型にはWRCの時代からレースでのノウハウは蓄積されており、簡単にできることはある意味やりつくしているという。しかし、ここ数年解析ツールの進化によって、これまで不可能とされていたことが、できるようにもなってきている。エンジン自体の進化、つまり、高効率燃焼を目指せる環境にはなってきたということになる。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 GT300 86 クランクシャフト
EJ20型のクランクシャフト

狙いとしては、高速燃焼で熱効率を上げることで、効率があがれば燃費もよくなるわけで、耐久レースであるSGTでの給油時間短縮には効果が期待できる。

もうひとつSTIの特徴をお伝えすると、ECUにかかわる連携の良さもある。これはマクラーレンのECUを使いモーテックのソフトでエンジンコントロールをしているが、これはWRCに参戦していた時代から踏襲している方法だ。

それは、開発の担当者や現場のメカニックも含め、多くの関係者が情報を共有できる環境を作っているということだ。モーテックのソフトは比較的安価で、オープン化されているため、開発側で変更を判断したときに、現場でも容易に対応ができるというメリットがあるからだ。

こうして、EJ型エンジンの歴史は長いが最新のテクノロジーを投入して、今季のSGTへ参戦していくわけだ。このあとは、GTAからの今季のハンデがどうなるか?注目したい。

■トランスミッション

エンジンの特性を最大限に引き出すのはトランスミッションだ。そこでSGT用のトランスミッションについて開発担当の上保氏に話を聞いた。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 GT300 86 NBR トランスミッション開発担当 上保政洋
NBR、SGT両方のトランスミッション開発を担当する上保政洋氏

2017年からヒューランド製のトランスアクスルへと変更している。ミッションを後方へ移動させた狙いだが、16年のレース時に、ときどきリヤ荷重が不足し、ドグがうまく噛み合わずシフダウンができないという症状があったためだという。ギヤ自体はシーケンシャルのドグミッションで、3ペダル。発進時のみクラッチを使って走っている。

そのためミッションをリヤに搭載する形式のトランスアクセルを選択し、これまでの重量配分が52:48から51:49へと変化した。

運用に関しては17年仕様からの変更はなく、今季も同様にレースごとにセットアップしていくことで戦うことになる。具体的にセットアップというのは何か?を聞いてみた。

まず、サーキットごとに特徴があるので、ギヤ比の変更が必要ということがある。当然、もてぎのようなストップ&ゴーの多いサーキットから富士スピードウエイのようにハイスピードのコースもあるわけで、ギヤ比変更が必須であることは容易に想像がつく。

驚いたのは、5月の富士スピードウエイと8月の富士スピードウエイのレースでは異なったギヤ比のミッションとしていることだ。気候が違うことから、空気の充填効率が変化し、8月の灼熱ではやはりエンジンのパワーは出ない。そのダウンしたパワーを補うために、ローギヤード化やクロスレシオ化、ファイナルギヤの変更などなど、さまざまな組み合わせの変更が行なわれる。

言われてみれば、なるほどと思うし、1秒の中に十数台ひしめくGT300 のレースだけに重要な変更ポイントであることが分かる。そして、ノウハウはかなり蓄積されているので、そうしたデータを参考に全部で20パターンほどあるそうだが、組み合わせを駆使して戦うことになる。

■NBR WRX STI

2018NBRマシン スバルWRX STI。左から辰己総監督、山内英樹選手、井口卓人選手、STI平川社長

ニュルマシンのWRX STIは市販車がベースであるため、通常の搭載位置に積んでいる。ただし、ミッションはSGT同様にヒューランド製でドグを使ったノンシンクロのシーケンシャル式だ。そして2017年からはパドルシフトを採用したが、変速ショックが大きくレース本番ではクラッチを使ってダウンシフトをしていたという。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 NBR WRX
今季はギヤ比の変更をし、レースに強いマシンに仕上げている

今季はこのシフトショックが改良のポイントとなった。シンクロメッシュ機構を持たないため、ドグをいかにショックなく噛み合わせるかということになるが、一番大きく影響したのはイナーシャ(慣性)だということだ。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 NBR WRX ヒューランド製ミッションギア
ヒューランドのドグ。ギヤ自体もテーパーになっていない

どういうことかというと、重たいものを端につけて回転運動させると、勢いがついて慣性力が強く働く。そのため、ドグが噛み合うときにショックがでるという理屈だ。そこで、今季はフライホイールをさらに1~2kg軽量化し、クラッチプレートも小型化するという手法を取っている。

これは現在小倉クラッチに発注している段階で、その軽量化されたセットでのテスト走行はまだ行なわれていない。おそらく、この記事が掲載されるころにはテストされていると思うが、最もホットな情報だ。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 NBR WRX ミッション ヒューランド
ミッション本体にはHEWLANDのロゴが刻印されている

そして、今季は17年仕様よりも若干ローギヤード化したセットをヒューランド社に発注しているという。こちらも未搭載のままだが、間もなくテストされるはずだ。

このシフトショックを改善する目的だが、やはり、コーナリング中に、しかも左足ブレーキを使っているような状況でダウンシフトした時に、ショックが車体に伝われば姿勢維持に影響が出る可能性があり、ドライバーは不安に思う。したがってショックなく変速できればドライバーの不安はなくなり、コーナリング速度も上がることが期待できるからだ。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 NBR WRX ミッション 特注アダプタープレート
メインケースとフロンデフとのアダプタープレートは専用に製作

ちなみに、NBRのWRX STIマシンのトランスミッションは、変速ギヤとメインケース、インプットシャフト、それにフロントデフとのアダプタープレートをヒューランドに発注しており、フロントデフやセンターデフ、リダクションギヤなどは量産品である。もちろん、ギヤ比に関してはSTIからのオーダーで製造依頼している。

驚いたことに2013年まではすべて量産部品で参戦していたというから、スバルの車両づくり、品質については安心度の高いものであることがわかる。

テスト結果によっては、2018年のニュルブルクリンクでは予選と決勝でギヤ比変更を行なう可能性もある。その際、ミッションの積み替え作業が必要で、ディーラー選抜のメカニックたちの技量の見せ所でもある。

余談だがこのNBRへの挑戦プログラムでは、メカニックは全国のスバルディーラーのメカニックが担当している。レース専門メカニックではないのだ。これは普段ディーラーで市販車の整備を行なっているメカニックたちの中から選抜されたメンバーで、レースという過酷なシーンでも正確で確かな作業ができることの裏返しでもあり、また、マシンもメカも量産ベースで特殊なものではない、というスバルらしいこだわりという一面でもあるのだろう。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 上保政洋 土岐文二
この二人がSTIマシンの心臓部を開発している

さて、次回のNBRは軽量化されたフライホイールとローギヤ化されたミッションのテスト結果。さらにマスターバックを復活させながらのブレーキ大径化、左足ブレーキの駆使、アンチラグなしでのタイムアタック、空気抵抗、ダウンフォースといったところの最終チェックになる。3月22日はいよいよドイツに向けてマシンは空輸される。

そしてSGTのBRZは3月17、18日に岡山国際サーキットで公式テストが行なわれる。エンジンの低フリクション化、空力ボディによる変化などがチェックポイントになるだろう。また、タイヤも本番用と同じレベルでテストされるため、サスペンションセッティングも大詰めを迎えることになる。

2018レースカーから探るSTIの先端技術 Vol.7 STI本社建屋
東京三鷹にあるSTI本社

PS:残念ながらNBRのエンジンに関しては、今回取材できていない。折を見てレポートしたい。

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*取材協力:SUBARU TECNICA INTERNATIONAL

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