スバル STIの先端技術 決定版 Vol.3
スバルSTIが戦うレースは国内のスーパーGT300の他に、ドイツ・ニュルブルクリンクで開催される24時間耐久レースがある。SUBARU WRX STI NBR チャレンジ2018の参戦車両は市販されるWRX STIをベースに安全基準や軽量化などレース用に適合させたモデルだ。2017年は他車との接触や火災という目を疑うようなアクシデントでリタイヤしてしまったが、2018年はどんな戦いになるのだろうか。チーム監督の辰己英治氏に聞いてみた。<レポート:編集部>
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ーー辰己
火災の原因はいろいろあると思いますが、大切なのは同じことを繰り返さないことですね。インジェクターの取り付けも含め、これまで以上に慎重に作業をしていきます。ですが、レースでは予測できない事態が起こることもあります。ですので、エンジン停止、車速ゼロを検知したら燃料を止める。これまで2秒で止めていたのですが、これを0.5秒で止まるように変更しました
確かにアクシデント対策は必要だろうが、決められた車両重量なども含めレギュレーションの中で対策をしていく必要がある。さて、気になる2018年だが、マシンのエンジン、ボディなど各部位でどのような変更をして挑むのか具体的に聞いてみた。
ーー辰己
エンジンはエアリストラクターが昨年と同様に37φです。そのため15ps以上低下しています。だから、パワーのないところでどうやってタイムを出すか?というのが基本的な考えですね
参戦するWRX STIは2015年、16年と2年連続クラス優勝しているため、17年からリストリクターのサイズが1サイズ絞られ38φから37φへと制限されている。SP3Tクラスの排気量は2.0Lのターボ車で駆動方式に制限はないがリストリクター径には違いがある。
また、AWDで出場するWRX STIは、車両重量は1220㎏だが、2輪駆動はFFでもFRでも50kg軽い1170kg。しかしながら、ライバルのアウディTT RS2、レクサスRCは1250kgとして、リストリクター径の大きい39φで参戦している。さらに、WRX STIと比較しタイヤ幅で+1インチ、燃料タンク+10Lという条件で参戦している。
エアリストリクターサイズが大きければパワーは出せるわけで、「うちはトップスピードが出ない。240km/hくらいで、下りでやっと252、3km/h出るくらい。アウディやレクサスはもっと出てますからね」というように、エアリストリクターの差はそのままパワー差、トップスピードの違いに出ているわけだ。
ただし、パワーは出せても車重があれば、ブレーキも厳しくなるし燃費も落ちるわけで、そうしたことも踏まえると車両づくりは難しい。しかしながら、スバルの参戦背景には市販車に使う技術をレースでも使うという考えもあり、AWDを捨てる選択肢はない。もちろん搭載するエンジンも純レースエンジンを作って参戦という思考すらない。
ライバルのアウディTT RSは2.5Lの5気筒エンジンを搭載しているが、ニュルブルクリンク24時間レース用にはショートストローク化し排気量を落とした2.0Lの5気筒エンジンで360psの出力になっている。クラスはSP3TのFF2WDだ。この搭載するエンジンは、アウディ・スポーツ社が専用開発しているモータースポーツ用のエンジンで、レース用をベースにしたV10型エンジンの派生エンジンなのだ。
一方、WRX-STIが搭載しているEJ20型は、すでにデビュー以来29年を経ているエンジンで、実績、信頼性は十分だが、最高出力では、ライバルに対しては苦しい。
こうした車両事情を踏まえると辰己監督が言う「パワーのないところでどうやってタイムを出すか?」という課題が重くのしかかる。
ーー辰己
ターボはアンチラグ(ミスファイアリング・システム)を採用して、パーシャルからのパワーのツキをよくするように変更します。そのためタービンも各社テスト中でして、いいのを探しています。そうすれば、コーナーでの速さはこれまでより良くなり、少しでもパワー不足が補えると思います。だけど、反面アンチラグにすると熱の問題も出てきて、いまやっている作業はそこをひとつひとつ潰していく作業ですね
アンチラグは故意に排気マニホールド部でミスファイア燃焼させる技術だ。アクセルオフ時に排気タービンが遅くなり減速し、コンプレッサーに送られるエアも行き場がなくなる。そのため再加速のときにターボラグが生じるが、シリンダー内を失火させ、エキマニ内で燃料を燃焼させその高温の排気ガスの流れでタービンの回転を落とさないという技術だ。
スバルはWRCなどラリーではこの技術を使っていたはずだが「ラリーのSSは距離が短くて20kmとか30kmで、ニュルのように連続して走行し続けるわけでないので、熱対策には別の考えが必要なんです」という。
ーー辰己
市販車では鋳物を使っていて熱に対する耐久性は問題ないのですが、レース用に材料置換しているものが多く、そうした部位が熱でやられて割れたりするんですね。パワーが落ちてもタイムを稼ぐ方法はあるんですけど、簡単にはいかないですね。エキゾーストの中で高温燃焼しているから、プロペラシャフトとかDOJ(等速ジョイント)も熱を持つんで、クーリングシステムを考えないとね。今は熱害対策中です
エンジンでのパワー不足を補うタイム稼ぎの秘策はアンチラグという技術だった。そうなるとエンジン特性もこれまでとは異なるはずだ。ターボラグがなくなりレスポンスが俄然よくなる。そうなればトランスミッションのギヤ比変更も必要になるだろう。
ーー辰己
今、手持ちのギヤ比は17年仕様しかないので、作ってもらっています。もっと有効的にエンジン特性を使いたいですから、その適合は難しいし、時間がかかります
ギヤはシーケンシャルで17年からはパドルシフトを採用していた。そのあたりでの問題はなかったのだろうか?
ーー辰己
パドルの適合はだいぶ手の内に入ってきました。去年も耐久性など問題はなかったのですが、変速ショックが大きかったので、ドライバーの判断でクラッチを使っていたようです。AWDで変速ショックが大きいと挙動に変化が出てFRともFFとも違う動きが出ます。その分ドライバーは神経を使うわけで、負担も大きいです。それに加えてドライバーはその変速ショックの大きさから、『これは24時間持たないんじゃないか?』という不安があったことも事実です。実際には耐久性は十分でしたが今は、そこの問題が改善されスムーズに変速できているので、今年はシーケンシャルのメリットが十分生かせると思います
AWDでは内部循環トルクが常にあるため、シフトチェンジのときに大きなショックが加わればタイヤへの影響は少なからず起きるということなのだろう。そうするとデフにも変更が必要になるのだろうか?
ーー辰己
やはり、リヤデフ、センターデフ、フロントデフと見直しをしています。1月の富士でのテストではドライバーからデフに関してはいいフィーリングだという回答でした。やったことは以前よりもリヤデフ、センターデフを弱めたことですね。結局デフは弱いほうがいいんです。強いと効く!という印象がありますが、タイムを出すときは、それが少し邪魔をしていると思います。だからアウディがトルセンを使っている理由が理解できます。機械的にはつながっていても4輪フリーで動けるというのがいいですね。4輪別々に動くというのが本来の姿なんだと思います。そこを拘束すると、AWDだとアンダーステアになるわけで、結局滑りだしたときにどう止めていくのか?ということで本来、LSDは要らないんじゃないか?って思ってます
この発想の背景にはWRCで活躍したペター・ソルベルグの話が興味深い。
ーー辰己
ペターはいつもデフを弱めてほしいとリクエストしていましたね。でもエンジニアはデータ上これだけ滑っている。だから弱めたらダメだという会話をしていました。ペターは空転したほうが速く走れると言ってましたが、エンジニアは、空転はロスだと言ってました。私は、空転はOKだと思うんです。タイヤはスリップしたほうがいいんだ。レーシングタイヤは違うんだ。タイヤの進化と共に、空転してもトラクションが出る、横力も出る。40%も50%もスリップさせても問題ないと思う。突拍子もない発想だけど、データばかりではダメですね。データ重視だと、ある一部分しか見えない。レースは全部つながっているから、そうした見方も必要だと思いますね
確かにレーシングタイヤは密着するわけで、そこが滑るとロスと考えるのが普通だが、ドライバーのフィーリングとは必ずしも合致しないことが起きる。そこをエンジニアはどうくみ上げてマシンのセットアップにつなげるのか、ということがポイントになるのだろう。
さて、タイムを縮めるためにブレーキにも着手している。
ーー辰己
エンジンパワーがなくなり、その分アンチラグで稼ぎ、さらにブレーキでも稼ぐ。コーナリングも稼ぐ。レーシングドライバーは左足ブレーキを使っています。でもマスターバックがあるとうまく踏めないので、18年はマスターバックを取りました。マスターバックをとっちゃっても効かせるにはどうしたらいいか?ということをやってます。まず、カーボンブレーキは規則で禁止されていますので、サイズアップですね。ローターもキャリパーも。そうするとパッドの摩材も重要ですけど、いまの54mmから64mmまで摺動幅が増えます。さらに耐摩耗性もあがり、有効半径が増えるので効きが良くて長持ちするということになります。そのため、パッドの選定をしていて、MAXに踏んだときはすでに問題はないですが、微小に踏んだとき、コーナリングのアプローチで使いたいようなときに、今は少し効きが足りない感じで、摩材探しというところです。
ブレーキとリンクしてタイヤの問題はどうなのだろうか?
ーー辰己
去年のタイヤは全く問題がないタイヤでした。10数ラップニュルで走ってタレないタイヤですから、去年のタイヤに対する信頼は高いです。ですが、今年は寒い時期に行なわれることを考慮し、追加で低温で使えるタイヤを開発中です
クルマを速くするといのは、あっちをやれば、こっちに問題が・・・というイタチごっこだと辰己監督は言う。だが、それもひとつずつ解決するためにアイディアを出し、研究し、発想の転換が必要となっているのだろう。さて、最後にボディの空力について聞いてみた。
ーー辰己
見た目がだいぶ変わったと思います。フロントマスクも空力を考えCd値を低減しましたし、上部についていた空気導入孔を変更して、リヤデフ・クーリング用にはリヤドアから取り入れるように変更しました。だいぶ綺麗になったとおもいます。風洞ではCADで作ったデータでシミュレーションして作っています。Cdも減ったのですがダウンフォースが少し足りてないような気がしていますが、ドライバーはちょうどいい感じだというので、これから本番にむけての実走テストで見ていきます。
ーー辰己
風洞で180km/hでテストして、いい結果が出てもレースではイコールではなくて一つの目安でしかない、ということを踏まえて開発しなければならないです。つまりレースで180km/hの一定速ってあるのか?ということです。一瞬で通り過ぎる車速ですよね。270km/hから1コーナーに向けて2Gを超えるような強烈な減速をする。180km/hは一瞬でしかなく、しかも車両の姿勢も違う。だから180km/hでの風洞データで云々しても意味がない。3次元的に想像できるエンジニアがいないとダメで、それはドライバーの意見を聞かないと分からないんです
実走行を再現できる風洞は存在しない。あるデータからイメージを膨らませて開発していかなければいけないという話でもある。
こうしてSUBARU WRX STI NBR チャレンジ2018は着々とマシン開発は進んでいる。3月にはおそらくシェイクダウンテストが公開されるはずだ。辰己監督の考えがどこまで反映できたマシンに仕上がってくるのか非常に楽しみでもある。本番は5月12日、13日だ。
*敬称略
> 特集 スバル STIの先端技術 決定版
*取材協力:SUBARU TECNICA INTERNATIONAL