新型NSXの本当の性能 ホンダ長年の夢「スーパーハンドリング」

マニアック評価vol470
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1990年にデビューした初代NSXは、世にあるスーパーカーではなく、誰でも操ることができ、誰でも楽しめる新世代スポーツカーとして登場した。つまり、当時すでにブランド価値が確立していたスーパースポーツカーとはまったく価値観が違う、新しいカテゴリーのスポーツカーとされた。

そのため、ミッドシップ、オールアルミの骨格&ボディとすることでの軽量さを追求し、同時に優れた視界、実用的なラゲッジスペースを確保した、他に類がないスポーツカーに仕上げられていた。

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初代NSX

2016年8月に発表された2代目となる新型NSXは、16年間生産された初代の名称を受け継ぎ、ヘリテージを継承させようとしているが、実際には新型NSXの本質的なコンセプトはまったく異なっている。しかし、2代目NSXを技術的フラッグシップと考えれば、もうひとつ別のホンダの技術コンセプトを結晶させたという意味で、初代NSXの技術的な挑戦と重なり合う部分があるといえる。つまり、技術への挑戦だ。

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新型NSXのコンポーネンツ・レイアウト

新型NSXは507psの3.5L・V6ツインターボ・エンジン、3モーターとリチウムイオンバッテリーを組合わせたハイブリッド・スポーツカー。しかしハイブリッドのスーパースポーツカーはすでにマクラーレンP1、ラ・フェラーリ、ポルシェ918スパイダーなどで採用されており、現時点では最新のテクノロジーとはいえない。

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新型NSXのハイライトは、フロントに2個、エンジン直後に1個のモーターを備え、ホンダはこのシステムを「SH-AWD」(スーパーハンドリングAWD)と名付けている。これこそホンダが長年追求してきたテクノロジーの象徴なのである。

■ βメソッド

SH-AWDの元祖といえる存在が1991年の東京モーターショーに出展されたコンセプトカー「FS-X」だ。FS-Xとはフューチャースポーツ・セダンの略で、3.5L・V6エンジンを搭載し、「ATTS」アクティブ・トルクトランスファーシステムと名付けられた左右輪の駆動力配分システム、つまりトルクベクタリングを備えていた。

このコンセプトカーはもちろん実走でき、ジェーナリストもステアリングを握っている。この駆動トルク配分によるハンドリング性能の向上は、栃木研究所の芝端康二氏らが研究・開発していた技術である。ハイパワーの4WD車の各輪の駆動力を自在に制御することで、意のままのハンドリング性能を実現する技術であるが、当然ながらその前提として高出力の4WDモデルである必要がある。しかし、ホンダはFF駆動のモデルが主流で、FS-Xのようなモデルがなかなか実現できなかったため、市販化されたのは1996年発売の5代目プレリュードのタイプSにATTSの名称で初採用された。

プレリュード タイプS(1996年)
プレリュード タイプS(1996年)ATTS搭載したため、フロント・サスペンションにはダブルジョイント式ダブルウイッシュボーンを採用している

つまり本来のコンセプトとは異なりFFモデルの前輪用の左右駆動力配分システムとしてデビューした。ATTSは遊星ギヤと左右輪用の油圧クラッチを組み合わせ、コーナリングの外輪を増速して駆動力を高め、内輪側は減速する仕組みだ。

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ATTSユニット。前輪の左右でトルクベクタリングを行なう

このシステムは、アクセルの踏み込み量とステアリングの切れ角。それに車速と横Gをあわせてドライバーの意思と旋回状態を把握し、ATTSユニットをコンピュータ制御するというフィードフォワード制御が特徴。また、ヨーレイトセンサーからのフィードバック回路も設けてあり、フィードフォワードの制御量を監視するという仕組みになっている。

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ATTSの構造

このドライバーの意思を先読みするフィードフォワード制御により左右駆動力配分を行ない、最適なヨーモーメント(ヨーレート)を発生させコーナリングするというコンセプトは、「βメソッド」と名付けられている。

従来のヨーモーメント制御は、目標ヨーレート、または目標スリップ角に合わせて駆動ベクタリングを行なうという技術は知られていたが、実際にはこうした目標値に追従させるヨーモーメント制御では、ドライバーの操舵に対する遅れが発生するタイヤの過渡特性に影響されることが避けられなかった。

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βメソッドの基本理論

βメソッドでは、目標ヨーレートと車体の実際のスリップ角から得られるフィードバックと、前輪操舵角から得られるフィードフォワードを組合わせることで、車体にすべりが生じているような状態でも正確にヨーレートを設定することができ、ドライバーの意思通りの、安定性と旋回のしやすさを両立させることができるということだ。

■ SH-AWD

SH-AWDは4輪駆動力自在制御システムと訳されるが、駆動力に十分な余裕のあるハイパワーのAWD車に最適なシステムとされる。ATTSが出発点となり、SH-AWDという構想の下で、実現したのが2004年に発売されたレジェンドだ。

2004年に登場した4代目レジェンド
2004年に登場した4代目レジェンド

このレジェンドはエンジンからリヤ駆動ギヤの間に遊星ギヤを採用し、前後駆動力配分は30:70~70:30の可変配分、後輪は左右輪で0~100%の駆動力可変配分を行なうことで、ドライバーの意思通りのハンドリング性能を実現したものだ。

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レジェンドのリヤに搭載する電子制御機械式SH-AWD

このシステムはレジェンドからアキュラTLXへと継承されていく。しかし、これらの駆動力可変配分は遊星ギヤ、電磁クラッチ、または油圧クラッチの圧着力により駆動力配分を行なうため機械的な応答性、クラッチの磨耗などメカニカルな課題を避けることができない。

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2004年型レジェンドのSH-AWDの制御システム

ホンダが目指してきたSH-AWDを究極的な完成形に導いたのが駆動モーターによる駆動力制御である。モーターであれば作動の遅れがなく、精密に駆動力を制御でき、さらに減速方向では回生により減速トルクの配分も実現する。まさに究極の駆動力によるヨーコントロール・システムなのだ。

周知のように5代目レジェンド(アキュラRLX)で、3モーターを使用したスポーツハイブリッドSH-AWDでそれは実現した。フロントには3.5L自然吸気、最高出力314psのエンジンと、出力47psの電気モーター1基を内蔵した7速DCTを、リヤは最高出力37psのモーターを左右各1個装備している。

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5代目レジェンドの3モーターシステムによるSH-AWD

このシステムは前輪駆動、後輪駆動、AWDなどを走行状況に合わせて切り換え、さらにコーナリング時には、リヤの2モーターの片側で外側後輪を駆動し、内側はもう一方のモーターによる回生で減速力が発生。これによりクルマにヨーモーメントが発生しコーナリング性能が向上し、ステアリング操作とドライバーがイメージした走行ラインに忠実に、安定感を持って曲がる、つまりオン・ザ・レール感覚を生みだすのだ。

新型NSXは、このレジェンドのシステムを前後反転させたシステムとなっており、もちろんエンジン出力はレジェンドよりはるかに強大だ。またフロントの2モーターの各出力もアップされている。

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新型NSX

このため、アクセルを踏んだ瞬間にモーターの駆動力が遅れなく強力にシームレスに加速し、エンジンだけでもモーターだけでも得られない加速フィールを実現。さらに驚異的な回頭性とオン・ザ・レール感覚のハンドリングにより、従来のスーパースポーツではできなかった低中速の切れの良さと高速での優れたスタビリティを両立。これが新型NSXの目指したトルクベクタリング=ダイレクト・ヨーコントロールによるスーパーハンドリングという境地であり、ニュー・スポーツ・エキスペリエンス(新しいドライビング感覚)だ。

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ダイレクト・ヨーコントロールによるスーパーハンドリングとは、ステアリングを切り、その瞬間の目標ヨーレートに最適なヨーモーメントを発生させてコーナリングするというイメージで、コーナリングではあくまでもドライバーがステアリングを切るというドライビング・スタイルであることに注目しておきたい。

言い換えると、後輪のパワースライドを多用するようなドライバーにとってはステアリングを切る=アンダーステアというイメージを持つこともある。こうした点も踏まえてサーキット試乗レポートを読むと面白いかもしれない。

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