2016年3月10日に発売となった燃料電池車「クラリティ フューエル セル」を公道で試乗する機会があった。まだ法人向けのリース販売だけで個人向けには販売されていないが、次世代型のクルマに一足早く試乗させてもらった。<レポート:高橋 明/Akira Takahashi>
燃料電池車と言われても・・・という人も多いだろう。燃料電池車とは電気自動車のことなのだ。普通の電気自動車と違うのはコンセントから充電するのではなく、自分で発電しながら電気で走るというところに大きな違いがある。また、発電するために水素を使っていることも大きな特徴で発電するための燃料電池スタック=発電装置で水素を化学反応させて、発電している。
だからEV車とは区別されているものの、運転する状況となればEV車と同じだ。パワートレーンは電気モーターで、モーター出力は130kW/300Nm。燃料電池スタックで発電し、発電された電気は駆動用バッテリーのリチウムイオンバッテリーに蓄電される。
ホンダ クラリティFCの特徴のひとつには、この燃料電池スタックの小型化に成功したことが挙げられる。先行発売されているトヨタ・MIRAIの燃料電池スタックと比較してみると、その大きさの違いが分かるだろう。したがってこの燃料電池スタックをどこに車載するのか?という違いがありMIRAIはフロア下に格納し、クラリティFCは走行に必要な構成部品のすべてをボンネット内に収めている。
ボディサイズは全長4915mm×全幅1875mm×全高1480mmでホイールベースは2750mm。一方、トヨタ・MIRAIは全長4890mm×全幅1815mm×全高1535mm、ホイールベースは2780mmとほぼ同等のサイズで、クラウン、アコードと同じくらいの大きさだ。しかし、MIRAIは4人乗りでこのあたりに違いはある。
■インプレッション
さて、このクラリティFCだが北米を主眼に置いて開発されたようだ。そのためかどうかわからないが、シートはソファ的で柔らかい。サスペンションもよく動きフリクションを感じさせない動きでソフトなダンパーという印象。ハンドルはホンダらしくきびきびとした切れ味があって、小舵角でも良く動くようにセットアップされていた。
また、ドライブモードも設定されスポーツモードがあるのもホンダらしい。このスポーツモードを選択すると、さらにきびきび感がでてアクセルレスポンス、ステアリング応答の小気味良さが増す。しかしながら、いい意味でのソファ的な乗り心地のシートフィールは変わらないので、どことなくしっくりこない印象だ。ノーマルモードでもステアリング、アクセルレスポンスはきびきびしていて、シートやサスペンションはソフトでゆったりした動きを感じるといった印象で、どこか目標値を決めた統一感があってもいいと感じた。
エクステリアは個性的なデザインでフロント、リヤともにオーバーハングが大きく歴史は繰り返すのかもしれないと思えるデザインだ。特にリヤフェンダーがタイヤをカバーするようなデザインはインサイトを思い起こす。しかし、このエクステリア・デザインは最先端の空力理論が投入されたデザインであることは言うまでもない。
フロントまわりは未来的な印象なのだが、ボンネットの先端がグリルに残っているデザインで隙間が小さければ気にならないのだが、比較的広い隙間が開いているものだから気になってしまった。リヤデザインでは初代のCR-Xを思い出させるような、そしてリヤスポイラーで後方視界を分割するデザインだ。
トランクスペースは水素タンクの張り出しがあり、制約されるがそれでもキャディバッグ3本が詰める広さは確保しているという。このあたりも普通に使えるクルマを意識しての開発という意図がわかる。
インテリアはシンプルだ。ホンダらしくダッシュボードは低く、開放感があり運転席からの視界に注力した設計になっている。それなりにホイールベースのあるモデルなので、キャビンフォワードの必要性を感じないが、やはり広いにこしたことはないのか、Aピラーは前進している。
シートは前述のようにソファ的な座り心地で、シート表皮にも高級感があっていいが、クルマのシートとしてのホールド性やしっかり感はもう少し欲しいところ。開放感のある視界でホールド感の薄いシートだから、どことなく落ち着かない。速度が上がり狭い視界となるような場面では包まれ感や囲まれ感のほうが安心度は高い。
ギヤ・セレクターはセンターコンソールにボタン配置され、ウッドパネルで囲われている。ボタンの押し間違えがないようにリバースの「R」には二重のロックがあり、誤操作を防いでいる。またミッションのように減速ギヤは持たないので前進の「D」とニュートラルの「N」、後退の「R」、駐車の「P」ボタンの順で並ぶ。Pボタンの先にスポーツモード用のボタンがあるが、走行中に切り替えようとすると、Pを押してしまいそうになるので、どうしても前方の視界を切る必要があった。
走行フィールでは、燃料電池の場合、純粋なEVのようなトルクの立ち上がりにならないらしいがクラリティに試乗する限り、純EVとの差を特に感じるようなことはなかった。とても力強く、出足からトルクを感じる加速をする。そして走行音は非常に静かで乗り心地が良くフリクションを感じないダンパーは気持ちいい。また、風切り音も聞こえずわずかに給水やエアポンプの音がする程度で、滑らかな走行が味わえる。
■クラリティFCのこだわりと特徴
さて、クラリティの特徴はここまで書いたようにパワートレーンをボンネット内にすべて納めているところと説明した。と言うことは、それだけ各ユニットが小型化できているわけで、そこにはホンダらしく技術へのこだわりでもあると感じた。
何が小型化されたのか?パワートレーンは大きく分けて6つに分類でき、小型化の特徴が分かるパーツをみてみよう。まず、新開発されたFC昇圧コンバーターはボンネットを開けると目の前に飛び込んでくる部品だ。スタックで発生した電気の電圧を昇圧し、高電圧でモーターを駆動するSiCパワーモジュール(電力変換モジュール)を採用し、小型高出力化を実現している。電動ターボ型のエアコンプレッサーは空気供給圧力を従来比1.7倍にしパワーアップ。そして大型の燃料電池スタックは従来比33%の小型化が実現している。
燃料電池スタックを大幅に小型化ができたポイントとして、セル数を30%削減したことだ。セル内のガスの拡散性や生成水の排出性を高めることで発電性能を1.5倍に高め、また、セル構造も改良し、薄型のセルユニットとし、ホンダ独自のウエイブ流路セパレーターを採用している。そのためガスの拡散性が拡大でき、2枚のMEA(膜電極接合体)と3枚のセパレーターで1ユニットを構成することで、冷却流路を削減し薄型を実現している。
こうしたことで、セル数削減を実現している。さらに、搭載レイアウトも縦置きから横置きにし、90度前傾させてボンネット内に搭載し、全体のパッケージ化がコンパクトとなったわけだ。
■70MPaと35MPaの違い
もうひとつ大きなポイントとして水素充填に関して、ひとつ知っておきたいことがある。水素を発電用の燃料として使うためにはクルマに水素充填する必要がある。その場合、かなりの高圧圧縮した水素を充填する必要があり、トヨタは70MPa、ホンダは開発初期からFCX クラリティまで35MPaの水素を使用し、新型クラリティFCからは70MPとしている。
70MPaと高圧にしている理由はJC08モードでの航続距離を600km以上確保、つまりガソリン車と同等の航続距離にするためである。
ただ、充填圧力を70MPaとするためには、水素ステーションで水素用の高圧コンプレッサーを稼動させるため相当なエネルギーを消費することも事実だ。
当然、高圧縮であるほど密度は高いので、航続距離は延びる。したがってガソリン車の代替車として普通に利用することが前提であれば、より高圧縮であるほうが有利だが高圧で充填するためにはコンプレッサーで圧縮する必要がある。あるいは、時間をかけて高圧にする必要がある。高圧になればなるほど大容量の電力を消費すること明らかだ。
ホンダは35MPaにこだわってきた理由としてSHSと呼ばれる水素充填装置も同時に開発していることがある。それが35MPaであり、コンプレッサーを必要としないで高圧の水素充填が可能となるステーションが建設できるからだ。この技術は東京工業大学の水素エネルギー研究で著名な岡崎健教授も絶賛するもので、高い評価をしている。
SHSがコンプレッサーを必要としないで圧縮水素が充填できる仕組みとは、高圧による加圧水電解ができるということで、気体の状態で加圧せず水を加圧してから化学変化させているのがポイントだ。また、従来の常圧水電解と機械式コンプレッサーによる高圧水素製造の代替する手法として、差圧式高圧水電解スタックとしたこともポイントだ。このスタックは酸素極側と水素極側がともに高圧状態に保たれている一般的な高圧水電解スタックとは異なり、酸素極側は常圧であり水素極側のみ35 MPaの高圧状態に維持されているという特徴をもっている。
従って70MPaで充填すれば航続距離は750km程度が走れるが、35MPaになると、その半分ほどの航続距離になってしまう。だが、圧縮するためのコンプレッサーに使う電力は不要だし、ホンダは今回のクラリティFCまで70MPaを選択しなかった理由がそこにあるわけだ。
ホンダはこの先のステップとして、SHS2という充填ステーションの進化版、ポータブルサイズのソーラーステーションを開発している。だからなにもガソリンスタンドの代わりとなる水素ステーションへ行かずとも、どこの家庭にも普及させられる可能性のあるステーションを可能としているというわけだ。
しかしながら、トヨタ・MIRAIに合わせるように70MPaで今のところ進んでいる。クラリティも70Mpaでの充填が可能ではありつつ、自社開発のSHSだと満タンにならない、というもどかしさを抱えてのリース販売が開始されたというわけだ。