フィアット500に搭載された革新的な2気筒エンジンの“ツインエア”には、世界制覇を狙うほどの壮大な計画が隠されていた。今年中にもノンターボのNA仕様や天然ガス(CNG)仕様が追加され、来年にはターボの高出力版も登場する。さらに将来的にはディーゼルエンジンでの実用化や、ハイブリッドシステムとの結合まで視野に入れての開発が進められていたのだ。
2011年7月25日、フィアット・パワートレーン・システムズ社の生産技術部門・ガソリンエンジン担当チーフコーディネーターのヴィットリオ・ドリア氏が来日し、フィアット500に搭載されているツインエア・エンジンの技術プレゼンテーションが行われた。
ドリア氏は現在は生産技術部門に所属するが、もともとFPT(フィアット・パワートレーン・テクノロジー)社でツインエア・エンジンの開発を担当してきた。ドリア氏が語るツインエア・エンジンの概要と今後の展開についてのプレゼンテーションにより、改めてツインエア・エンジンのスケールの大きさが実感できる。
小型車用パワートレインの革新のパイオニア
FPT社は1980年代から小型乗用車用コモンレール式ディーゼル直噴システムを開発しており、この分野でのパイオニアであると同時に、その後の技術的な方向性を決定したという。またF1用のトランスミッションの構想に端を発したセレスピード(AMT)、1970年代から着手されていた電気自動車(パンダ・エレットラ)など、現在に求められるパワートレイン技術の多くを先進的に取り組んできたという歴史も改めて強調した。
近年では、小型ディーゼルエンジン用のマルチジェットII(多段噴射用インジェクター)、ガソリンエンジンでは究極的なダウンサイジング・コンセプトによるツインエア・エンジンに代表されるマルチエア技術、6速乾式DCTなどの小型乗用車をリードするテクノロジーを実現し、小型車セグメントをリードしているのは紛れもない事実なのだ。
この結果、ヨーロッパでの最近4年間はフェラーリ、マセラッティなどを含むフィアット・グループがCO2排出量では最小、つまりトップになっており、フィアットグループの平均は125.9g/kmとなり、フィアット・ブランドのみに限れば123.1g/kmを達成している。
FPT社は今後の展望として、「水素エネルギーの利用は限定的に留まる」、「EVは電池のエネルギー貯蔵能力に限界があるため主流にはなり得ない」、「天然ガスは石油に代わる唯一の代替燃料となり得る」、「ハイブリッド車は現状ではコストが高く、大幅なコスト低減が見込まれる2020年以降には普及が加速する」と考えている。言い換えると「2030年頃までは内燃エンジンがパワーユニットとして主流であり続ける」と考えているのだ。したがってツインエア、マルチエアのテクノロジーは2030年代に向けての必須の存在だとドリア氏は強調している。
次世代マルチエア技術の展望
このような前提の下で、マルチエア技術のディーゼルエンジンでの実用化についても研究が進められている。マルチエアを採用することで吸気の幅広い制御が可能であり、同時に小型ディーゼルでは外部EGRに頼らず、効率の高い内部EGRを使用することで、より少ないデバイスで排ガス規制に対応できるとしている。また大型ディーゼルについてもマルチエア技術の採用で、燃費、排ガス性能ともに向上できる高いポテンシャルを備えているとしている。
ガソリンエンジン用の技術としては、さらに進化したバルブ開閉モードの追求、燃料噴射の直噴化、ターボチャージャーの進化などの採用により、より高い高い動力性能と優れた燃費性能を実現する計画だ。
代替燃料としては天然ガス、バイオメタンを想定している。フィアット社はすでこれまでににヨーロッパにおける天然ガスエンジン車のマーケットリーダーとなっているが、今後もこれらの燃料をメインテーマに、ツインエア・エンジンと組み合わせる。天然ガスはガソリンより耐ノック性が高いため過給圧を高めることができ、高出力でありながらCO2はガソリンの50%に抑えることができるという。また天然ガスに30%の水素を添加した混合ガス燃料も有望としており、この場合はCO2を12%低減できる。一方のバイオ燃料では食物に依存せず、製造コストの安いバイオメタンがもっとも有望で、エンジンの大きな改造なしでCO2の大幅削減が可能になる。
さらに、ツインエア・エンジンはハイブリッドシステムを組み込むポテンシャルが与えられている点でも、きわめて戦略的な開発が行われたことを物語っている。ダウンサイジング・コンセプトのツインエア・エンジンに1モーター式のハイブリッドシステムを組み込んだDCTを装着することが容易で、シティカー向けユニットとして最適だという。このタイプでCO2は20%低減できる。
またこのハイブリッドシステムのメリットは、ツイアンエア搭載車をほとんど手を加えることなくオプション設定として商品化できる点も大きな特徴になっている。ハイブリッド車もCO2削減効果は大きいが、A/Bセグメントにおけるハイブリッド車はコストが高すぎるため、電池のコストが許容できる水準にまで下がると予想される2020年頃までは一般的な普及は厳しいという見方もしている。
このような高い拡張性を持つFPT社の技術をさらに幅広く展開することで、ヨーロッパにおけるCO2削減のリーダーであり続けることがフィアット・グループの必達目標としている。
ツインエア・エンジンの開発構想
ツインエア・エンジンのコンセプトは次のような構想の下で開発された。
A/Bセグメント用のエンジンは近年のターボ、電子制御バルブタイミング、直噴化などを装備することで、ディーゼルエンジンに近い燃費レベルを達成でき、より排ガス規制が厳しくなるディーゼルエンジンに対して競争力を持つ。したがって、可変バルブタイミング&リフト機能を持つマルチエアを採用し、気筒数をできるだけ減らし、小排気量・大トルクのターボチャージングを行うエンジンを実現するということだった。
1.0Lを切る排気量のエンジンとしてツイアンエアは企画されたが、3気筒か2気筒かは大きな検討テーマとなった。3気筒と比べて2気筒の有利な点は、最適な気筒あたり排気量と摩擦抵抗の小ささである。一方デメリットとされる1次振動はバランサーシャフトを採用することで、バランサーシャフトを装備しない3気筒エンジンに勝ることができるとしている。
もちろん2気筒エンジンのパッケージサイズや重量は、A/Bセグメントの小さなエンジンルームにより適合しやすく、ハイブリッドシステムとの整合性にも優れている。また2気筒は点火プラグ数が2本、カム駆動はチェーンで、メンテナンスコストでも有利…、さらには開発や生産のコストも3気筒より2気筒の方が低減できるといった総合的な事前評価の結果、2気筒エンジンの開発がスタートしたわけである。
ツイアンエア・エンジンは、同等出力の自然吸気4気筒エンジンに比べ、CO2を最大30%も低減できるのだ。
なお、このツイアンエアは、2011年には自然吸気、天然ガス(CNG)というふたつのバリエーションが新たに追加されることになっており、2012年にはターボの高出力版(105ps)が登場する予定だ。
ツインエア・エンジンのキーポイント
875ccの排気量で、ボア・ストロークは80.5×86mmで、特にこの80.5mmというボア径が最適とされている。また圧縮比はヨーロッパ標準の95オクタンガソリンで10.0とされ、ターボ過給されることを考慮すると高めである。シリンダーボアは製造段階でダミーヘッド装着により真円ボア加工が行われている。したがって、ピストンリングなども低張力化されるなど、内部摩擦抵抗の低減策も徹底されているはずだ。
電子制御油圧駆動のマルチエア(吸気バルブ側)は、FPT社とドイツのシェフラー(INA)社との共同開発で、シェフラー社が他社に販売した場合はFPT社にロイヤリティが入るようになっているそうだ。
マルチエアは、可変バルブリフトを行うことでスロットルレスシステムとなるが、補助的な電子スロットルバルブは装備されている。またコスト的な制約もあって、燃料噴射はポート噴射としている。より大幅に性能向上が見込める直噴化は次のステップとされている。バルブ駆動はチェーンによるSOHCで、排気バルブはローラー式フィンガーロッカーアーム(油圧ラッシュアジャスター内蔵)で駆動される。
バランサーシャフトは2個のローラーベアリング支持で、1度単位での回転バランス精度を保持する。シリンダーヘッドの燃焼室にはスキッシュエリアが設けられ、低流速時の均質混合を促進するようになっている。小型ターボはマニホールド一体型で熱容量を小さくするとともに、最高過給圧は1.4気圧ときわめて高い。また耐熱温度も950度と高く、高出力スポーツカーエンジン並みの能力を備えていることにも注目したい。
マルチエア機構は、カムシャフトの回転により加圧・蓄圧された油圧を電子制御ソレノイドバルブが制御して吸気バルブの開閉を行う。したがって、カムの回転とは無関係に吸気バルブを開閉、リフト変化させることができ、しかも他の電子制御機械式の可変バルブリフト機構より摩擦抵抗が小さいのが特徴だ。
ツインエアのバルブ開閉モードは複数あるが、吸気バルブの早閉じ、遅閉じ、2段階開閉などを行っており、ミラーサイクル運転、大量EGR運転などを切り替えていることがわかる。言い換えれば、一般的な可変バルブタイミング機構なしでミラーサイクルやEGRを達成しているので、きわめてシンプル、かつ合理的だと言えよう。
またターボと吸気制御により、875ccという小排気量エンジンにもかかわらず、1900rpmで最大トルクを引き出し、3500rpmまで最大トルクを維持するという最新の性能を達成している。こうした低回転・大トルクの特性により、より高いギヤで走行できるわけである。このため、他社の同クラスと比べ、ツイアンエア・エンジンは出力、燃費において突出した存在であり、セグメントにおけるベンチマークとなっていることがわかる。
多彩な展開が盛り込まれたツインエア・エンジン
第2世代のツインエアでは直噴化のほかに、排気バルブの可変タイミングの採用、0W/30という低粘度オイルの採用、より徹底したミラーサイクル運転を追求することになるという。これらにより、さらに一段と燃費の向上、CO2の削減が可能になるのだ。
また天然ガス(CNG)エンジン仕様では80g/kmを狙っている。この天然ガスエンジンは出力的にも現在のガソリン・ツインエアと遜色ないレベルで、80psが実現できるという。
トランスミッション部にモーターを組み込むことで簡単に成立する1モーター式パラレルハイブリッドシステムは、EV走行、ブレーキ回生、モーターによる加速ブースト、プラグインハイブリッドなどが想定されている。
しかしながらA/Bセグメントではハイブリッドシステムのコストが車両価格に上乗せされると価格競争力が大幅に低下するため、FPT社では電池の価格が大幅に下がると予想される2020年頃までは、量産化は時期早尚と考えているようだ。
ツインエアは単にダウンサイジング・コンセプトによる新しいエンジンというだけではなく、将来にわたる拡張性や多用途性などを当初から盛り込んだきわめて戦略的な、大きな構想の下に企画されたエンジンであることが改めて確認できる。
文:編集部 松本晴比古