2013年6月にZF社が世界のモータージャーナリスト向け最新技術の説明会と試乗会を開催し、そこで同社の様々な最新テクノロジーに触れる機会があった。すでに世界初となる9速ATの情報はレポートしている(既報の記事)。今回はZF社のシャシーテクノロジーの中で、サスペンションの最新レポートをお送りしよう。
ZF社は1994年より、CDCと呼ばれる連続可変ダンピングシステムを市場に投入している。今回発表したCDCは、第4世代となるCDCで、センサーをダンパー本体から制御ユニット内に一体化したものだ。それとサブコンパクトカーおよび小型商用車をターゲットにしたCDC 1XL(one axelと読む)の説明もあり試乗体験できた。
このCDC(連続ダンピングコントロール)という物を少し説明しておくと、ZF社の考える連続可変ダンピングシステムの哲学は「アドバンス・スカイフック」という概念に基づいている。空中から理想的なバネ系で吊り下げたようになることをイメージしている。つまりアクティブサスペンションコンセプトの延長線上にあるセミアクティブ・サスペンションと言える。
減衰力をリアルタイムで制御するその仕組みは、センサーが路面からの状況、車両の走行速度、ドライバーの操作によるクルマの動きを検知し、ダンパー内の作動油の流れを電子制御されたバルブによってコントロールしている。
その結果コーナーでは遠心力に対してロールを少なくするために硬めに調整し、直進状態に戻れば乗り心地を優先した減衰に戻る。また、ブレーキング時には前輪側の減衰力を高めて不要なピッチングを減らすという制御を瞬時に行なうことができる。「コンフォート」「スポーツ」などのモード選択と言えば、「あ?あれか!」とピンとくる人も多いだろう。これらの減衰力の切り替えができるタイプの多くは、このZF社のCDCが採用されているわけだ。
第4世代となったCDCはその「動き」を検知するセンサーが制御ユニットに一体化され、ダンパー本体の軽量化、部品点数、メーカー組み立てラインでの工数、取付けスペース、配線作業などが削減できる新製品としている。
これらのCDCはこれまでアッパーグレードのモデルに多く搭載されてきた。たとえばアウディ、アルピナ、BMW、ポルシェ、ベントレー、メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲン、フェラーリ、マセラティ、オペル、ロールスロイスなどで、これまでおよそ1400万本ものCDCが各社に納品されている。
■小型車向けの連続可変ダンパーCDC 1XL
そして今回レポートするもうひとつのアイテムがCDC 1XLである。こちらは上級セグメント用ではなく、サブコンパクトクラス、小型商用車用で、主にトーションビームのレイアウトを持つ車両用の連続可変ダンパーだ。これはリヤだけの装着で、フロントはノーマルのまま。こちらのテスト車両に試乗できたのでインプレッションをお伝えしよう。
このクラスはクルマが小さくホイールベースが短いため、空車状態と積載状態で前後の重量配分が大きく変化し、後輪側の負担重量がおよそ2/3まで増えることがしばしば起こる。そうなれば当然、走行安定性を優先するために、空車時、積載時での快適性はネガティブな方向になってしまうのは、多くの人が経験しているだろう。
このCDC 1XLはドライビングダイナミクスと快適性の両方を向上させる切り札とも言えるものだ。試乗車はBセグメントのオペル・コルサ。テスト車両ということで、ノーマル、スポーツ、オートマチックの3段階を切り替えて体験できた。試乗コースはシュバインフルトのADAC施設内(日本のJAFに相当)にある低中速のサーキットコースで、4人乗車の状態でテストを実施した。
テストではエンジニアが助手席に座り、モードの切り替えを行なった。最初は「ノーマル」モードで周回し、ロールの感じや荷重移動した際の動きなどを身体にインプット。このノーマルモードを基準に判断することになる。
次に「スポーツモード」に変更し、コースイン。全体に減衰力が上がるため、硬めの印象に変化しサーキットではこちらのほうが安心感が高まる。コーナーでも進入時の姿勢の乱れなどもノーマルより安定するので、突っ込みやすくなる。反面、急激なハンドル操作をした場合、たとえばスラロームなどの場面ではリヤの接地性が希薄になる傾向は感じられた。
そして「オートマチック」モードだが、これがいわゆる連続可変ダンピングシステムで、リヤダンパーだけ可変に動くわけだ。コーナーの進入やスポーツモードよりやや柔らかいかもしれないという程度の差しか感じない。そしてコーナリングは安定してロールからヨーを感じさせ、立ち上がりでもリヤ荷重(FF)はしっかりかかる。急激なハンドル操作をしても、追従性は高く、このオートマチックがベストな選択だと感じる。まさにエンジニアの狙い通りなのだろう。
それぞれの違いは、レーシングドライバーのように完璧にミスなく荷重コントロールをできるドライバーであると、このCDC 1XLの大きな差異は感じないかもしれないが、一般ドライバーであれば、完璧なドライブは不可能であり、その分ダンパーの働きがサポートしているというのを感じられるのだ。さらに、1人乗車、4人乗車、荷物の空車、積載というドライビングテクニック以外にも影響する要素を、ダンパーがコントロールしてくれるのだから、条件が変わってもいつもと同じようにドライブでき、いつもと同じようにクルマは反応するのだ。
開発エンジニアによれば、このテスト車両は自分の私物(笑)であり、廉価なモデルにこそ装着してその効果が高いという。そして、廉価モデルが上のクラスと同等の走りになるということに魅力を感じているという。実際のフィーリングも、サスペンションがマルチリンクになったかのように思える連続可変ダンピングシステムだった。
具体的な納品先は明かしてもらえないが、A、Bセグメントからサブコンパクトクラスで、トーションビーム構造というオーソドックスなレイアウトのモデルに搭載することを前提で開発しているので、日本車にも搭載の可能性はある。ただし、電子制御のリヤダンパーのコストはどうなのだろうか。あまり高ければ意味のないものになるだろうし、採用するメーカーとしては迷うことになるかもしれない。
■工場でも様々な発見が! 撮影NGなのが残念…
後日、ZF SACHS(ザックス)の工場見学をした際、ダンパーに使われるオイルはドイツの潤滑油メーカーであるFUCHS(フックス)製であることを知った。ダンパーの性能を決める重要なポイントはオルフィスバルブのチューニングと考えることが多いが、実はこうした専用開発されたオイルの配合がキーなのだ。したがって普通はそのメーカーすら明かされないことが多い。
さらに工場ではCDCのコントロールバルブがインナータイプのCDCiと外にあるCDCe、そしてコントロールバルブが2か所あるCDCe2の3タイプを見ることができた。CDCiの「i」は内部を意味するinternalで、「e」は外部を意味するexternal、そして2は2個ついていることを意味する。
さらにABC(active body control)と言われるボディコントロールのシステムとして、モーターを内蔵したスタビライザーを利用し、ローリング、ピッチング、上下動のコントロールをするシステムの実物も見学できた。しかし撮影禁止のために写真がない。可変ダンパーの原理や構造は今では特別なものではないが、製造技術には重要な企業ノウハウがあるのだろう。
また、新たにスプリングシートのアッパー部が上下するハイドロシステムも開発され、高級車に装着されるようだ。これはダンパーだけでなく、スプリングレートすら可変にしてしまうという次世代サスペンションだ。
これらのアイテムが採用されるモデルはメルセデスのSクラス、ポルシェ・カイエンやパナメーラ、ロールスロイス、VWトゥアレグ、BMWなどで、こうした高級車の多くにZF社のシャシーテクノロジーが採用されているということがわかる。