【ZF】横置きエンジン用9速ATを世界で初めて開発 詳細解説

2010年からデビュー間近とアナウンスされていた、ZF社の世界初となる9速ATがついにベールを脱いだ。6月7日に行われたVDI(ドイツ技術者協会)が主催する自動車用トランスミッションに関する国際会議「Transmissions in Vehicles 2011」で、その概要が公開されたのだ。

世界初の乗用車用9速ATは「9HP(HPとはトルコン+遊星ギヤの頭文字を使用した製品のZF社の呼称)」と呼ばれるが、すでに2010年の時点で、ZF社から2011年にデビューすることが予告されていた。

実は2011年5月に横浜で開催された自動車技術会主催の「人とくるまのテクノロジー展2011」で、その開発コンセプトメイキングに関する講演と実物展示が行われることになっていた。

しかしながら、3月に起きた東日本大震災と福島原発事故のため、テクノロジー展では講演のみが行われ、9HPの実物の日本への配送は中止されてしまったのだ。

将来の主力は小型FF車向けATと決定

世界初の乗用車用9速AT、それも横置きエンジンを前提とした小型FF車向けのトランスミッションはどのような経緯により決定されたのか。

ZF社は従来から乗用車用としてはマニュアルトランスミッション(MT)、オートマチックトランスミッション(AT)、デュアルクラッチトランスミッション(DCT)を開発・製造しているが、いずれも縦置きの大排気量エンジン向けであった。

(図1)この図を見ると、まだMTの需要も世界レベルでは高い

しかし、同社の2015年までのトランスミッションに関する世界市場予測(図1)では、フロント横置きエンジン用AT(すなわち小型FF車向け)の需要が着実に上昇基調にあり、このマーケットをターゲットにする必要があることが確認された。

また、フロント横置きエンジン用のトランスミッションは、従来よりはるかに量産体制を整える必要があることはいうまでもない。

クルマとしては、B/Cセグメントがターゲットで、エンジン性能は最大トルク280Nm、最高回転数7000rpmを想定している。

(図2)いずれの方式でも6速以上の変速段数を想定していた

このマーケットを狙うにあたりZF社は、遊星ギヤを使用したステップATとDCTのいずれが有利かを比較検討している。結果的にはステップATを選択することになったが、その場合の構想(図2)は、HP(トルコンを使用した遊星ギヤシステム)、P(遊星ギヤシステム)の2種類を検討した。Pはトルコンではなく湿式多板クラッチを発進装置として使用する。なおHPは、すでに発売している大型FR用の8速AT(8HP)の技術を採用し、全域ロックアップを行うため二重のねじれダンパーを、Pでは発進時の振動を吸収するデュアルマス・フライホイールを使用する。いずれも超ワイドな変速比幅をターゲットにしていた。

8速ATか9速ATか

(図3)この図では6速と9速に問題ありとの評価にも見えるが…

次に遊星ギヤ式のステップATでのギヤ段数とギヤセット配置、変速装置の配置の関係をコンセプトスタディとして検討している(図3)。マトリックスの水色は合理的な選択、茶色は不合理な選択、オレンジ色は過剰に複雑な選択と類別された。

市場には横置きエンジン用としては6速は存在するが、より広い変速比幅やエンジン回転数の低減を追及し、市場での優位性を得るためにZFは7速以上のギヤ段数が必要との結論に達する。

しかし6速以上のギヤ段数にするとシステムは複雑化する、7速と8速はシステム的に同等、8速に1個の変速装置を追加するだけで9速化が可能であることがわかった。

もちろん、9速化が実現すれば超ワイドな変速比幅、超クロスレシオ、そして世界初の乗用車用9速ATを実現できることになる。

(図4)スペースの制約を一気にブレークスルーする可能性が生まれた

横置きエンジン用8速ATの機構レイアウトの検討(図4)で、従来の縦置き用の8HPのギヤセットの配置を変更し、2速・3速ギヤセットは放射状とするといったことに加え、同じスペースで9速化が可能であることがわかった。

言い換えれば、左右方向の寸法の制約が厳しい横置きエンジン用のトランスミッションで9速化できることが確認されたのだ。

 

DCTの可能性も検討された…

一方でZF社では、デュアルクラッチ・トランスミッション(DCT)にした場合の比較・検討も行われた。

(図5)DCTのメリットも当然捨てがたいものがあった

DCTの特徴(図5)はコンパクトなギヤセット配置ができることがメリットで、7速ギヤセットと4個のシンクロナイザーで成立する。変速抵抗損失が少なく、コンパクトかつ軽量であることもDCTのメリットだ。しかし、7速以上は機構的に極めて困難であることも事実だ。

またDCTでは変速クラッチのモジュールは、完全ウエット多板クラッチ式(N-DKG)、ウエットクラッチ式(F-DKG)、乾式クラッチ式(T-DKG)といったバリエーションが存在するのも特徴だ。

ATとDCTのコスト比較

(図6)製造コストの面では、DCTの不利は否めない

次に製造コストの比較となる(図6)。いずれも同一条件を仮定した場合の比較で、ドイツでの新工場・新製造ラインを投資すること、年間約20万基の生産を見込む、開発費も含むという比較表であり、左から8速トルコンAT、8速多板クラッチAT、乾式クラッチ式DCT、ウエットクラッチ式DCT、ウエット多板クラッチ式DCTで、DCTがいずれもコストが高いことが、この図からも見てとれる。量産基数が20万基以上になればさらにDCTのコストは高くなる。

その理由は、ATの方がプレス部品や鋳造部品が多いことが挙げられる。

したがって、9速ATであってもDCTよりコストを低減できることになる。

燃費と動力性能の比較

(図7)ロスを減らして効率を高めることが進化への道だ
(図7)損失を抑えて効率を高めるという目標はいつの時代も不変だ

9速ATを実現するにあたっては(図7)、すでに8速ATで実現しているギヤ/ベアリング/トルクコンバーターの最適化によるパワー損失の低減はもちろん、クラッチ/ブレーキ/シンクロ/ベアリングシールの改良による変速抵抗の低減も進められた。作動は油圧と電動アクチュエーターのシステムにより、より高い効率が追及されている。

(図8)走りはAT、燃費はDCTが有利も、9速化で燃費でも対等に…
(図8)走りならAT、燃費ならDCTという図式も、9速化で変化が生じた

また燃費低減と動力性能の比較(図8)もシミュレーションしている。もちろんこの場合はギヤ比、発進システムの考慮、発進ダンパー、車両の慣性重量を同等化したものだ。発進動力性能ではトルク増大するトルコンを持つATが有利であり、燃費ではよりシンプルなDCTが有利だが、ATでも8速化でDCTと同等の燃費レベルに近づき、9速化することで乾式クラッチ式DCTとほとんど同等になることがわかる。

ZF社の出した結論

ステップATとDCTの技術評価の結論としては、AT、DCTのいずれも横置きエンジン用として適合する。搭載性とコストでATがやや有利。燃費に関しては乾式DCTがやや有利。しかし、発進トルクではトルコンを持つATが有利となる。

以上の総合的な評価により、トルコン+遊星ギヤ式ステップATがよりよい選択だと結論付けられている。このようなコンセプトスタディ、事前評価を経て、世界初の小型FF車用9速ATの開発が決定されたのだ。

9HPの変速比幅は9.81

今回、正式に公表された9HPは2種類がラインアップされ、最大許容トルクは280Nm〜480Nmまでカバーできるようになっている。つまりBセグメントからCセグメントのディーゼルターボまで対応できるようになっているのだ。

また基本設計は、これまでのFR用8HPと同様に完全にモジュール化され、基本ブロックにアダプターを結合することで通常のFF以外に、トルコンレスの多板クラッチ式スタートシステムや4WD車、ハイブリッドシステムにも対応できる。またスタートストップシステムも組み込むことができる。

なお、標準のトルクコンバーターは発進専用のデバイスで、発進後は全域ロックアップを行い、そのために多段トーショナルダンパーを備えている。ZF社ではアメリカやアジア市場では、トルコン式のスムーズな発進装置が不可欠としている。

9速ATの性能では、変速比幅は9.81ときわめてワイドレシオで、各ギヤ段はクロスレシオ化されている。当然ながらハイギヤード化されているため、現存する6速ATとの比較で、燃費は16%向上する。また巡航でのエンジン回転数では、120km/hで6速ATは2600rpmであると仮定すると、9HPでは1900rpmに下げることができる。

9HPの構造は4個の遊星ギヤセット、6個の変速装置を採用。遊星ギヤの配列は直列式ではなく一部にラジアル配列を採用した。またクラッチは多板式ではなく油圧制御のかみ合い式クラッチを採用し、低抵抗、高効率化を図っているのも大きな特徴だ。通常の多板クラッチ+ブレーキ方式より摩擦、引き摺り抵抗が大幅に低減されているわけだ。

変速時間は全域ロックアップと変速装置の改良により、DCTに勝るとも劣らず、ドライバーには検知できないレベルに短縮されている。

9HPのもうひとつの大きな特徴は、飛ばしシフトができることだ。したがって9速→6速といった変速が可能で、省燃費と意のままのスポーティな動力性能を両立させていると言える。9HPを制御するのはATSYSとASISというふたつのTCUで、ATSYSはクラッチの制御や学習機能、フェールセーフを受け持ち、ASISは走行状況やドライバーの意図、エコモードやスポーツモードなどに最適な変速の制御を担当している。

なお、コントロールユニット(TCU)は内蔵式メカトロモジュールとされ、、ZF社内製としている。TCUのパフォーマンスには十分な余裕があり、将来的は約30%の演算能力アップも可能として、自動車メーカーの要求に適合できるようにしている。

4WDやハイブリッドにも対応

9HPの拡張性として、トランスファーケースを追加することで4WDに対応し、4WDシステムとしてはZF社は燃費に優れたオンデマンド式4WD(AWD Disconnect)も提案している。

スタートアンドストップのシステムは、8HPと同様に電動ポンプを装備せずコイルスプリングにより油圧を発生させるメカニカルな装置を備え、加速スタンバイの速度も電動ポンプ式をうわまわる。

さらにパラレル式ハイブリッドシステムにも適合し、トルコンのスペースを電気モーターに簡単に置き換えることができるようになっている。

9HPはまずアメリカの新工場で生産が立ちがる計画になっており、最初に9HPを搭載するのはアメリカ車と予想される。さらに次のセールスターゲットはアジアの自動車メーカーになるだろう。ヨーロッパではB/Cセグメントは依然としてMTが主流で、それ以外にDCT、AMTといったバリエーションが存在するので、9HPは次世代のCセグメントカーに照準を合わせたものと予想される。

文:編集部 松本晴比古

ZFジャパン公式サイト

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