2014年の世界耐久選手権(WEC)シリーズは、第1戦となる4月20日のシルバーストン6時間レースで開幕を迎える。これに先立ち、トヨタがニューマシン「TS040」を発表した翌日、3月28日~29日の2日間、南仏のポールリカール・サーキットでFIA主催のWEC参戦チーム合同テストが行なわれた。
この合同テストにはLMP1クラスのワークスチーム、トヨタ、ポルシェ、アウディがついに顔を揃えた。このテストは2日目の土曜日は強風が吹き、コースコンディションが悪化したので、金曜日のナイトセッションで各チームともベストタイムを記録した。16年という長いブランクを経てのLMP1クラスカムバックを果たしたポルシェチームは、事前のプレスリリースでは謙虚で、やや弱気なコメントを発表していたのだが、やはりポルシェはポルシェだった。
■ポルシェ919ハイブリッド
ベストタイムはポルシェ919ハイブリッドがものにしたのだ。919ハイブリッドが搭載するエンジンの公表出力が500psで、トヨタTS040のエンジンより出力は低いが、そのポテンシャルの高さは最初のテストで明らかになった。
もっともポルシェAGのマティアス・ミューラー会長は、「ル・マン用プロトタイプの開発できわめて重要だったのは、このクラスに新たに課されたエネルギー効率に関する革命的なレギュレーションでした。2014年シーズンで勝利するのは最速の車両ではなく、規定された量のエネルギーで最も長く走れる車両です。そして、まさにこれこそが自動車メーカーが挑戦しなければならない課題です。919ハイブリッドは、我々にとって最速の移動研究室であり、これまでポルシェが製造した中で最も高度なレーシングカーです」と語っているが、ヒントはここにある。燃費が圧倒的に優れ、しかも速いことが求められるのだ。
ポルシェ919ハイブリッドは、2.0L・V型4気筒ガソリン・直噴ターボエンジンを選択している。つまり徹底したダウンサイジングコンセプトなのである。この新開発エンジンの出力は、500ps/9000rpmで、トヨタTS040の3.7L・90度V8ガソリンエンジンの最高出力520psよりは劣る。
ハイブリッドシステムは、フロントアクスルにモーター兼発電機を配置し、減速エネルギーの回生と駆動を行ない、前輪を駆動した状態では4WDとなる。今シーズンからさらにもう1セットのエネルギー回生システムの搭載が許されるため、ポルシェはエンジンの排気ガスでジェネレーターを駆動し、排気ガスの熱エネルギーを回収する排気熱エネルギー回生システムを採用している。このシステムはV4エンジンのバンクの谷間に配置。つまりホットサイド・インサイドのレイアウトだ。排ガスによりターボ過給と、熱エネルギーの回生を行なうのだ。前輪の減速エネルギー回生とこの排ガスエネルギー回生により得られた電力はアメリカのA123社製の高性能リチウムイオン電池に蓄積される。ちなみに最高回生エネルギーは最終的に6MJ(メガジュール)と決定し、奇しくもトヨタが選んだ6MJ(メガジュール)と同じだ。電池に蓄積された電気エネルギーは、必要なシーンで、前輪のモーターと排ガスエネルギー回生システム=電動ターボに供給される。
■アウディR18 e-tronクワトロ
ポルシェは919ハイブリッドを開発するために2年半の時間をかけたが、アウディは2012年後半に新規則に対応したマシン開発を開始し、1年半をかけて熟成してきた。車名はR18のままだが、実質的にはまったくの新開発だ。アウディのLMP1開発責任者は2014年型マシンに関して、「発想を根本的に変えました。これまでのような出力の追求ではなく、エネルギー消費をどれだけ低減できるかと言う限界に挑戦しているのです」と語っている。
3月25日、アウディR18 e-tronクワトロ、そして2014年用のニューカラーリングは異例のデビューを果たした。過去9回の優勝と、ルマン24時間レース最多優勝記録を持つアウディファクトリードライバーのトム・クリステンセンが、ルマンの街の中心部に位置するサン・ジュリアン大聖堂からサーキットまでの一般公道ををドライブし、ニューマシンをお披露目した。
美しい街並みを抜け、特別招待を受けた各国のジャーナリストやゲストが拍手で迎えるウェルカムセンター前の特設会場まで、ブガッティサーキット1周を含めたおよそ10kmの公道パレードの模様が、多くのTVクルーやカメラマンによって、インターネットライブ中継を含み、世界中に配信された。
アウディR18 e-tronのハイブリッドシステムは、エンジンは新開発で従来より燃費性能を30%も向上させたターボディーゼルV6エンジンを搭載。この新開発エンジンは従来の3.7Lから4.0Lに排気量をアップし、同時に燃費を大幅に向上させているのだ。このエンジンにターボと排ガスエネルギー回生システムを装備している。もちろん前輪には駆動モーター兼減速エネルギー回生システムを搭載する。つまりこのシステムレイアウトはポルシェと共通している。ただし、アウディは回生された電力は改良型のフライホイール式ジェネレーターに蓄積するシステムだ。そして回生エネルギーは最大2MJ(メガジュール)を選択しているつまりアウディは、ポルシェ、トヨタより少ない回生エネルギーを選び、エンジン本体の燃費のよさを最大限に生かそうという戦略なのである。
エンジンの排ガスエネルギー回生&電動ターボ制御は、エンジン本体の過給圧制御と合わせきわめて複雑な制御ロジックで、エンジンの設定過給圧力高いオーバーブースト時はオーバーブーストした分だけ回生に振り分け、逆に電動ターボとして機能する場合は通常の過給圧をブーストする役割を果たすと推定される。
アウディは2014年マシンは870kg台にまで軽量化を行なう一方、更なる新技術の投入を行っている。R19は2013年までフルLEDによるマトリックスライトシステムを採用していた。多数のLEDの発光を運転状態に合わせて制御することで、照射方向を自在にコントロールするシステムだ。アウディ社の技術開発担当取締役のウルリッヒ・ハッケンベルク博士は、「我々は、よりシャープでよりパワフル、そしてエネルギー消費の少ないレーザーライト技術を開発しています。我々は、この技術をルマン参戦マシンに搭載して実証実験を行ない、その後、世界初のレーザーライトを搭載した市販モデルを発売する計画です」と語っている。
またLMP1車両の開発責任者クリス・レインケ氏は、「アウディのレーシングカー開発にあたり、ドライバーがより安全でより快適でいられることを非常に重要視しています。夜間の視認性向上は、その中で最も核心的な要素です。従来のマトリックスビームLEDヘッドライトだけでも、ル・マンで非常に大きなアドバンテージがありますが、これにレーザーライトが加わることで、これまでにない、さらに大きな優位性を獲得します」と語っている。
レーザー発光技術を使用したレーザーライトは、より均一で的確な光を投射することができる。新開発のヘッドライトはマトリックスLEDとレーザーライトが複合したユニットとされ、このユニットは、インテリジェント・コーナリングライト機能も持っている。サーキット走行中のマシンの位置に応じて、ドライバーがステアリングを切り始める前からヘッドライトがコーナーを照らす機能を持っているのだ。
ドライバーによれば、従来タイプよりはるかに優れた夜間視認性を持っており、昨年より飛躍的に進化している。レーザーライトの光はより明るく、適切な場所を集中的に照らし、例えばコーナーのクリッピングポイントがより遠距離からクリアに見ることができるという。