ルノー、日産自動車、三菱自動車は2019年3月12日、横浜の日産グローバル本社で、ルノーのジャンドミニク・スナール会長、ティエリー・ボロレCEO、西川廣人CEO、益子修CEOが出席して記者会見を開き、3社のアライアンスのオペレーションやガバナンスを監査する、アライアンス・オペレーティングボードを設立することを発表した。
ポスト・ゴーン体制
アライアンス・オペレーティングボードとは3社の提携業務に関する監査役会を意味する。監査役会の役割は、様々な事業、共同プロジェクトの執行を総合的に評価、監査する最高意思決定機関となる。
今回、新たに3社で「アライアンスの新たなスタートおよびアライアンスボードの設立覚書」が合意され、その発表の記者会見となった。新たな覚書の内容は次の通りだ。
1:ルノー、日産、三菱の各社はアライアンスの大きな成功を認識している。3社は今後もアライアンスの継続を全面的に支持し、強化を願うものである。
2:アライアンス発足20周年を迎えるにあたり、アライアンスの「新たなスタート」をここに誓約する。
3:ルノー、日産、三菱の代表者で構成されるアライアンス・オペレーティングボードを設立し、ルノー、日産、三菱のさらなる協力を推進し、担保するものとする。
4:アライアンスボードは、RNBVについては、NMBVに代わり、アライアンスのオペレーションおよびガバナンスを監督する唯一の機関となる。アライアンスボードは、アライアンスの「新たなスタート」の唯一の顔として、主たるけん引役となる。
5:アライアンスボードは以下4 名を中心に構成される。アライアンスボードの議長となるルノーの会長以下ルノーのCEO、日産のCEO、三菱のCEOで、アライアンスボードによるオペレーション上の意思決定は、WIN-WINの精神に基づき同ボードメンバーの合意により行なうものとする。
6:ルノーの会長がアライアンスボードの議長を務めるものとする。
7:アライアンスボードは事実上、RNBVに代わり、RNBVが担ってきたガバナンス機能を果たすものとする。RNBVは存続し、アライアンスボードの予備として機能するものとする。RAMAおよび関連するマネジメント協定および権限移譲の効力は継続するものとする。実際面では、アライアンスボードにおける協力により、コンセンサスに至り、当事者によって実行に移されるものと考える。
8:ルノーの会長は、日産の指名のもと臨時株主総会の承認をもって、同社の取締役に就任する予定である。ルノーの会長が、日産の取締役会副議長(代表取締役)に適した候補者であると想定される。ルノーと日産の両社は、日産の会長およびその他事項に関するガバナンス改善特別委員会による提言を待望している。
9:アライアンスの力強い歴史は、アライアンスボードによってより一層、強化され、アライアンスのWIN-WINの取り組みが継続し、加速化することを期待している。既存のアライアンスおよび各企業の組織の支援のもと、アライアンスボードに直接レポートし、迅速な意思決定を図ることで、より機敏に共通の戦略的プロジェクトの実行に重点的に注力することを通じ、事業活動は向上し、加速化することを期待する。
この覚書が意味するものは何か? ゴーン氏の逮捕以来、不透明だった3社のアライアンスの運営、統括の手法が、今回新設されたアライアンスボードの合議制で行なわれることになり、ポスト・ゴーン体制が明確になったといえる。しかしアライアンスボードの議長はジャンドミニク・スナール会長であり、ボードメンバーはティエリー・ボロレCEOと合わせルノー側が2名、日産、三菱が各1名という構成で、合議制とはいえルノーがリーダーシップを握っていることに変わりはない。
スナール氏は「アライアンスの精神を取り戻したい。アライアンスの精神とは完全にバランスの取れた迅速な意思決定のプロセスです。しかも各社の文化を尊重し、そしてブランドを尊重するという精神だでもあり、今回はアライアンスの再スタートを意味します」と語っている。
なお、実際の3社のアライアンスでの業務は、個別のプロジェクトを立ち上げ、それぞれのプロジェクトリーダーが責任を持って業務を行なう。アライアンスボードに対して報告を行ない、アライアンスボードは各プロジェクトの監督、支持を与える形で運営される。
ゴーン氏と従来のアライアンスの位置づけ
従来の3社アライアンスではカルロス・ゴーン会長(ルノー会長兼CEO、日産会長、三菱会長)が3社を総合的に統率し、実際のオペレーヨンはルノーと日産についてはRNBV(登記上の本社はオランダ)、日産と三菱についてはNMBV(登記上の本社はオランダ)という統括会社を通じて行なっていた。
もちろん最初はルノーと日産の統括会社RNBVだけだったが、2016年秋に日産が三菱と資本提携しMNBVが誕生した経緯がある。日産の危機を短期間で回復させたのはゴーン氏であり、日産と窮地に陥った三菱の資本提携の決断をしたのもゴーン氏のため、ゴーン氏のワントップ体制は必然的であったともいえる。
またゴーン氏は出身企業のルノーでも会長兼CEOという全権を握っている。それは当然ながらルノーの大株主であるフランス政府の意向であり、2018年で退任する案もあったがゴーン氏は会長兼CEOに再任されている。これもフランス政府の承認により実現している。
しかし2018年11月に、ゴーン氏は東京特捜部に逮捕され、起訴された。そして2019年3月6日に108日間の勾留を経てようやく保釈が認められ、東京拘置所を出た。ゴーン氏は日産においては会長職は解任されているが、取締役には留まっており、3月11日の日産の取締役会に出席の意向を表明したが、東京地裁が許可せず、これは実現していない。
ポスト・ゴーン体制が新たに構築されたとはいえ、現状ではアライアンスボードは合議制であり、明確に全体の舵取りを行なうリーダーシップを持つキーパーソンは今の所は不在である。
どうなる日産?
なお今回のアライアンス・オペレーティングボードの決定以外に、ルノーのジャンドミニク・スナール会長が4月初旬に開催される日産・臨時株主総会で、日産の取締役会副会長に選任されることも決定している。ルノーは、これまでのように日産の会長職を求めず、副会長で十分だとしており、日産の西川CEOは諸手を上げて歓迎している。
日産は、ゴーン氏を会長職から解任したが、その後の取締役会の構成をどうするかについては、空席となっている会長職も含めて外部メンバーにより構成される、日産ガバナンス改善特別委員会の提言に従うとしている。
スナール氏が日産の副会長に就任することは決まっていても、ゴーン体制下での責任や、過去の決議に対する責任を持つ西川CEOの去就、そして新会長の人事は不透明である。しかしルノーとしては、日産の取締役会に複数のメンバーを派遣すれば十分と考えているのだ。
現状ではっきりしているのは、ルノーと日産の本質的な関係は、今回のアライアンスボードが作られても不変だということである。その証拠に、RAMA(ルノーと日産の関係を規定する協定「改定アライアンス基本合意書」)、ルノーと日産のアライアンス業務の推進会社RNBVはそのまま存続するのだ。つまり今回のアライアンスボードの新設は、あくまでアライアンス業務の決定や調整を行なう組織であり、ルノー、日産の資本関係や位置づけを変更するものではないからだ。
したがって、日産の西川CEOが求める2社の関係見直しは、先送りにされているし、これに関しては日産の思惑通りに進むとは考えられない。また三菱はアライアンスの重要性を認識し、アライアンスの安定的な維持を求めており、日産とはスタンスが違っている。
スナール氏は、「今回はそうした資本関係などを考えるのではなくなく、これからのアライアンスの進むべき方向を決めたことが重要だ」と語っており、西川CEOの望むような話は先送りされている。
2人のキーパーソン
2018年11月以外、日産の西川CEOはゴーン会長を告発し、ゴーン体制の暴走、ゴーン体制の意思決定の不明瞭さをアピールしていたが、ルノーの新首脳部のスナール会長とボレCEOは、日産、三菱を新しいアライアンス・オペレーティングボードという場に招き入れることで懐柔したといってもよいのかもしれない。
ここでは改めて、ルノーの新ツートップのプロフィールも確認しておきたい。ジャンドミニク・スナール会長は最高ランクのパリ経営大学院を卒業後、フランス有力企業の主に財務畑のマネージング業務を経て2005年からミシュランの最高財務責任者(CFO)となり、2012年からはミシュランのCEOに就任した。そして2019年1月にルノーの会長に転身。もちろんこの人事はフランス政府の意図によるもので、フランスでトップレベルの財界人を、日産との交渉役として登用したといえる。
一方、ルノーのティエリー・ボロレ氏は、2018年11月にゴーン氏の逮捕を受けてそれまでの最高執行責任者(COO)から最高経営責任者(CEO)代行となり、2019年2月に正式にCEOに就任した。ボロレ氏はパリ第九大学を卒業後ミシュランに入社し、トラックタイヤ部門の生産・品質管理の業務、その後は日本ミシュランに出向して乗用車タイヤの生産管理、タイでのトラックタイヤ工場の設立業務を担当し、2002年航空機タイヤ部門の副社長を努めた。その後2005年に大手サプライヤーのフォルシアに移り、中国でのビジネス、工場新設を担当し、2010年にはフォルシアのR&D、排ガスシステム部門、品質管理、購買各部門を統括する副社長に就任した。
そしてボロレ氏は2012年にルノーからスカウトされ、調達部門担当の副社長となり、2013年にはチーフ・コンペティティブ・オフィサー(CCO:商品力向上担当)に就任。その後COOとなるという経歴を持ち、ルノーに入社したのはゴーン氏のスカウトといわれている。財務畑のスナール氏とは違って、自動車関連の生産管理や調達の専門家だ。
スナール氏、ボロレ氏ともにミシュラン出身であるのが共通項で、このことは、フランスにおいてミシュランは、自動車企業より上位に位置づけられる国家的な企業であることを物語っている。
日産は4月8日に臨時株主総会を開催し、現在も取締役のカルロス・ゴーン氏、グレッグ・ケリー氏の取締役解任と、ルノーのジャンドミニク・スナール会長を取締役に選任する。ルノーは3月下旬に取締役会を開催し、今後の経営指針を決定する。
また日産は6月に開催される定期株主総会で、外部の弁護士などで構成する「ガバナンス改善特別委員会」からの提言をもとにして、他の取締役の選任、退任について改めて提案する予定となっている。まだまだルノー、日産の行方は流動的だが、その一方で3社はもはや切っても切れない関係にあるのも確かである。