佐賀県唐津市で4月10~11日、全日本ラリー選手権第3戦「ツール・ド・九州2021 in 唐津」が前戦に続いて無観客で開催され、SUBARU WRX STIの新井敏弘/田中直哉(富士スバルAMS WRX STI)は無念のリタイアに終わった。優勝は福永修/齊田美早子(アサヒ☆カナックOSAMU555ファビア)。2位にも柳澤宏至/安井隆宏(ADVAN CUSCO FABIA R5)が入り、R5マシンのシュコダ・ファビアが1-2フィニッシュとなっている。
1台で強力ライバルを迎え撃つ
新型コロナウイルス感染症拡大の影響で開幕戦がキャンセルされ、第3戦にして実際は2戦目となる今年の全日本ラリー選手権。文字通り日本一のラリードライバーを決める最高峰のJN1クラスは、昨年までとはまったく違った様相を見せている。
変動要因はニューマシンの参入だ。ひとつはFIA(国際自動車連盟)のR5規定 (現在の正式名称はラリー2規定)マシン、シュコダ・ファビアR5が2台参戦してきたこと。もうひとつが、昨年の最終戦でデビューしたTOYOTA GAZOO Racing渾身のモータースポーツベース車、GRヤリスの勢力拡大だ。特に今回の唐津からは、長年SUBARU勢のライバルとして三菱ランサーエボリューションを操り、最高峰クラスで9度の王座に輝いた実績を持つ奴田原文雄が自らのチームを立ち上げ、新しいコ・ドライバーでGRヤリスに乗るということで大きな注目を集めた。
迎え撃つSUBARU WRX STI勢はディフェンディング・チャンピオンの新井大輝(ひろき)がWRC(世界ラリー選手権)を含む海外ラリー参戦のため不在、前戦の「新城ラリー2021」でレグ1首位だった鎌田卓麻もレグ2で見舞われたアクシデントによる負傷療養中のためコ・ドライバーの松本優一と共に欠場となり、新井敏弘の1台のみという状況となった。
新井は「新城ラリー2021」で見事優勝を飾っているが、ファビアR5とGRヤリスという“新興勢力”に対しては「前回、GRヤリスは早々にリタイアしているので、実力はまだ未知数。R5はもう別格のクルマなのでスペック的には全然敵わない。この間は雨だったり、ドライバーがクルマに慣れてないとかで助かったけど、普通の状況なら1kmで1秒以上は離される」と警戒感を隠さない。
もちろん、新井も無策でこの一戦に臨んだ訳ではない。前回は納得のいかなかった足回りのセッティングに関して、昨年の唐津のデータをもとにタイヤとのマッチングも含めて対策を施してきた。同じ舗装ステージとはいえ新城と唐津では路面のμが違うため成否は実際に走り出してみないと分からないが、「劇的とまではいかないかもしれないけど、より曲がりやすくなっていると思う」(新井)と、ある程度の手応えをつかんでラリーを迎えていたのだ。
限界ギリギリの走りで首位発進も……
改良作業の成果はいきなり表れた。オープニングステージとなる10日(土)のSS1 UCHIURA 1。わずか4.37kmのステージで、新井は2番手タイムの柳澤(ファビアR5)に1.8秒差をつけるベストタイムをマークする。だが、そのまま逃げられるほど今年のJN1は甘くない。続くSS2、今回最長の11.42kmを誇るSS2 SANPOU REVERSE 1で新井はスピンを喫し、20秒ほどのロスタイムを喫して5番手に順位を落としてしまった。
このステージでベストを刻んだのは、昨年までのSUBARUから今年はGRヤリスに乗り換えた勝田範彦/木村祐介(GR YARIS GR4 Rally)。2番手タイムは奴田原/東駿吾(ADVAN KTMS GRヤリス)がマークし、GRヤリス勢がポテンシャルの高さを見せつけるかたちとなった。
SS1の再走となるSS3では福永のファビアR5がベストタイムをマーク、SS2の再走となるSS4では奴田原のGRヤリスがベストと、ラリーの主導権は目まぐるしく入れ替わり、奴田原〜福永〜勝田〜柳澤のオーダーで僅差のまま競技初日は終了した。
スピンで遅れた新井は懸命に挽回を図るものの、SS3は3番手タイム、SS4は5番手タイムにとどまり、首位・奴田原と25.9秒差の5番手と順位は変わらないまま。サービスに戻ってきた表情は厳しかった。
「とにかく攻めていかないとダメな展開だと思っていた。SS1では限界ギリギリでベストタイムを出せたけど、SS2では4速を使う左コーナーで土手にリヤをヒットしてしまった。少し色気を出しすぎたかな。あそこでマフラーにダメージを受けてパワーダウンして、そのあとのふたつのステージはペースが上がらなかった。それにしても、R5だけじゃなくGRヤリスも速い。明日も難しい戦いが続くと思う」
新井自身が記憶にないほど、「久しぶりのスピン」だったという。これまで数々の修羅場をくぐってきた歴戦の名手に限界を超えさせるほど、今年のJN1の戦いは厳しいのだ。そしてこのスピンは翌日の展開にも大きな影響を与えることになる。
残っていた痛手。痛恨のエンジンストップ
競技最終日の11日(日)、唐津の空は前日に続く快晴。完全ドライ路面でSUBARU WRX STIはGRヤリスとファビアR5にどこまで対峙できるのか。果たしてSS5 SHIRAKIKOBA 1(7.82km)では福永〜柳澤のファビアR5勢が1-2となり、新井は3番手タイム。続くSS6 HACHIMAN 1 (6.05km)では奴田原〜勝田のGRヤリス勢が1-2、新井は福永と柳澤にも遅れをとり、5番手タイムに留まった。総合順位は福永〜奴田原〜勝田〜柳澤のオーダーとなり、新井の5番手は変わらない。
ステージの性格を考えればJN1クラス3車種の傾向は一目瞭然だ。ストップ&ゴーの多いステージではエンジンのピックアップと運動性能に勝るファビアR5が速く、なだらかなコーナーの多いステージでは軽量を活かしてコーナリング時のボトムスピードを落とさずに済むGRヤリスが速い。R5はラリー専用の純粋なレーシングカー、GRヤリスもモータースポーツ参加に特化して企画されたクルマであり、それぞれが得意分野で真価を発揮すると、“市販車ベース”の面影を最も色濃く残すグループNに近いWRX STIはライバル2車種に対して突出したアドバンテージがなく苦しい。
そして迎えたSS7 BIZAN 1(7.82km)で、さらなる試練を新井が襲った。残り3km地点でWRX STIがまさかのガス欠症状に見舞われたのだ。なんとかステージをフィニッシュして総合5番手の座こそ守ったものの、僅差で首位争いを展開するファビアR5とGRヤリスの4台からは致命的な遅れとなった。
トラブルの原因は正確にはファクトリーに戻ってクルマをバラしてみるまで不明なものの、サービスに戻った新井は「昨日も燃料の量がおかしい兆候があったので、土手に当たった時にタンクが凹んでフロートがスティックしたか、何かあるのかもしれない」と前日のスピンの影響があるのではと分析した。
サービス(=マシン整備)を挟んでラリーは残り3SS、SS7の再走となるSS8での新井は2台のファビアR5に次ぐ3番手タイムで、最後まで諦めない姿勢を示す。しかし、続くSS6の再走となるSS9、スタートから1km地点でWRX STIのエンジンが突然、止まった。痛恨のリタイアである。
優勝争いは、福永がそのまま逃げ切り全日本ラリー選手権最高峰クラスでの自身2勝目を達成。2位には、この日猛烈な追い込みを見せた柳澤が最終SS10で奴田原をわずか0.1秒逆転し、この結果、ファビアR5勢の1-2フィニッシュという衝撃の結果となった。3位奴田原、4位は勝田で、GRヤリスがまだラリーデビューしたばかりのクルマであることを考えれば上出来の順位であり、今後への手応えは十分だろう。
ライバルは手強いが、諦めずに戦う
リタイアした新井がサービスに戻ってきたのは、JN1からJN6までのすべてのクラスの完走車がフィニッシュし、会場の後片付けもほぼ終わる頃。悔しい結果に終わったものの、全力を尽くしたその表情はさっぱりしていた。
「SS9のスタートと同時にピストンが棚落ちした。朝のセクションでガス欠のまま走っているので、そこでダメージを受けてしまった可能性が高い。まあ、悪い時はこんなものだよ」
前戦の優勝でポイントリーダーとして今大会に臨んだが、リタイアによって獲得ポイントはゼロ。ランキングは3位に後退した。次戦は5月2日〜3日に愛媛県久万高原町を拠点に開催される「久万高原ラリー」。3戦連続の舗装ラリーとなり、強力なライバルを相手にSUBARU WRX STIの厳しい戦いは続く。
「今回はかなり全開だった。あのペースをずっと続けるのはかなり難しかった。でもそんななかでも、足回りの対策が当たっていいタイムが出せたり、ポジティブな点もあった。R5に勝つのは本当に大変だし、GRヤリスもさらに速くなるはずだけど、こっちは重箱の隅をつつくような改善を続けながら、舗装ではなんとかポイントを積み重ねて、WRX STIの持ち味である操安性の良さなどを使ってグラベルラリーではしっかり勝っていきたい、やるしかないね」
新井の言うとおり“格上”のR5マシンにドライバーがさらに慣れ、生まれたばかりのGRヤリスも今後の熟成でパフォーマンスを上げてくれば、この後のラリーは今大会以上に困難な戦いとなることが予想される。しかし、SUBARU WRX STI勢には長い間培ってきた各ラリーへの経験がある。全日本ラリー選手権はまだ2戦を終えたばかり。タイトル獲得へ、前進あるのみだ。