雑誌に載らない話vol39
トヨタ86、スバルBRZの共同開発プロジェクトは前代未聞の展開となった。2007年から始まったそのいきさつから、まもなく発売される86/BRZの知られざる部分にスポットライトを当ててみた。
共同開発の内側
トヨタは2007年にMR-Sの生産を打ち切った。ミッドシップ・スポーツカーのMR2は1999年に生産を終了し、MR-SはMR2と同じミッドシップながらコンセプトを大きく変えデビューしたが、1世代・8年間のライフで終わった。
またスペシャルティ・スポーツクーペとして1970年から7世代にわたってモデルを受け継ぎ、ブランドが確立されていたセリカも2006年に生産が打ち切られており、2007年7月のMR-Sの生産終了によりトヨタにはスポーツカー系の車種はなくなってしまったわけだ。
もちろんスポーツ系車種の廃止の理由は採算に見合わないということだが、当然ながら社内にはスポーツ車種の断絶による企業イメージの低下を危惧する声は存在し、商品企画部や製品企画室における独自の勉強会や企画の立案、提案も行われたという。
しかし、それらは通常の投資コストと採算を類推すれば承認されるはずもなかったといえる。しかしその中で、2005年にトヨタがスバルと提携したことを利用して、スバルと共同開発し生産を委託するという案が登場する。
実はMR2、MR-Sはトヨタが企画しセントラル自動車に開発と生産を委託していた経緯がある。トヨタはセントラル自動車以外にもトヨタ自動織機、関東自動車、ダイハツ、日野などに開発・生産委託する事業を以前から展開しているが、それらがトヨタ圏の企業であるのに対し、スバルとの共同開発では企業文化が異なるという点で異例である。しかしその一方で、今回はスバルは独立企業であり、自社ブランドでの販売も前提の共同開発となれば開発費を折半することができるわけだ。
トヨタの新しいスポーツカー商品企画は、ハードウエアをピュアスポーツカーに特化することと、かつてのAE86(レビン/トレノ)のようなブランドイメージの再構築といった二面性を抱いてスバルと共同開発することになったように感じられる。
トヨタがスバルに、このスポーツカー開発企画を提案したのは2007年であった。これがトヨタ86/スバルBRZ開発のキックオフとなった。両社の役割分担はトヨタが商品企画とデザインを担当し、スバルが開発、設計、製造を受け持つ。豊田社長(企画スタート時は副社長)直轄プロジェクトの統括責任者としてトヨタの製品企画室・多田チーフエンジニアが担任し、スバル側は通常の車両開発責任者であるプロジェクトマネージャーではなく、商品企画本部・副本部長・上級プロジェクトゼネラルマネージャーの増田氏が担任することになった。なお、両社ともこの企画は特命プロジェクト扱いになり、トヨタでは通常の社内各部署の稟議を経ることなく、少人数の独断専行型でプロジェクトが進行できた。スバル側は、プロジェクト重視で通常の採算性が半ば無視されたという。
こうした両社の事情により、通常の営業見通し、コスト計算や社内のプロジェクト評価に関して、暴走状態でプロジェクトは進行したといえるかもしれない。もちろん開発中の評価は両社でそれぞれが行う。しかしそれぞれの評価は問題ないとしても、評価データの擦り合わせには困難が伴った。両社の社内設計基準や、評価時の数値データの評価基準でかなり隔たりがあったからだ。当初はそれをどのように扱うかが大きな議論になったようだ。
↑開発に先立って試作されたFR性能実証プロトタイプ。BL型レガシィがベースのFR駆動を採用
トヨタがスバルの株式を8.9%を所有し、いずれは共同開発事業が行われることは双方が認識していたが、スバルとしてはスポーツカーの共同開発企画になるとは明確には予想していなかったようである。
トヨタ側はデザインを担当するとともに、商品企画としてはAE86をイメージした小型FRモデルと考え、スバルと共同開発するからには水平対向式エンジンを搭載するという絞り込みを行っていた。また、単なる小型スポーツカーというだけではなく、新たなブランドとなることができるような質的な高さを求めていた。
しかしスバル側は、スポーツカーというならインプレッサの4WDプラットフォームをベースに、新規開発中であったFB型エンジンを搭載するという現実的な素案を固めていた。したがって、まず最初は水平対向式エンジンを搭載することは前提でも、4WDかFRかは大きな論点となったのはいうまでもない。
これを解決するために、1世代前のBL型レガシィを台車(ベース車)としてFR用に水平対向型エンジン(当時はNAのEJ20型)を搭載したFR性能実証試作車を製作してポテンシャルを双方で確認した。その結果、水平対向エンジンとFR駆動方式の組み合わせのポテンシャルの高さが確認され、企画はようやく動き始めることになる。なお、後には先行開発試作車として、先代インプレッサをベースにしたFR試作車も作られた。
新型スポーツカーの基本構想は、水平対向式エンジンのメリットを最大限に引き出すことに尽きた。メリットとは、直4エンジンを搭載するよりはるかに重心を低下させることができることと、振動が少なく滑らかに吹け上がるということである。
スバルの4WD用水平対向エンジンをFR用に変えることで、トランスミッション前部にあるフロントデフが不要となり、同時に前輪駆動用のドライブシャフトの取り出しも不要となるため、必然的にエンジン搭載位置は後退し、低下する。したがってエンジンの搭載位置が大幅に低くなり、車両の重心も低下させることができるわけだ。
これが新型スポーツカーの核心となり、大幅な低重心化をもたらすことになり、スバルにとっては水平対向式エンジンの資質を改めて再確認することになったという。しかしながらFR用の、それもスポーツカー用として新たに車両を企画するということは、インプレッサ用とは別なプラットフォームを作る必要があるのだ。実はタイミング的には、スバルはプラットフォームを一新した新型インプレッサを開発中であったが、これをそのまま流用することはできず、基本コンセプトや一部は流用するものの、FR専用のプラットフォームをインプレッサ用と並行開発で立ち上げる必要があった。もちろんこれは開発コストを飛躍的にアップさせてしまうのはいうまでもない。
だが現実的にはそれが決断された。これは、通常の車種のように役員会での営業的な評価や承認を必要としない特命プロジェクトだからこそ可能といえるかもしれない。
トヨタにもスバルにも、小型FRスポーツカーを造りこんだ経験は多くない。そのため、当初は小型FRの参考車としてBMW 1が、そして開発の途中ではポルシェ・ケイマンが参考車とされている。もちろん実際の86/BRZのターゲットはこれらのクルマではない。なおトヨタは86の販売の主力はアメリカとし、同社の若者向けブランド、サイオンのフラッグシップにするという販売政策的なターゲットがあった。ただし、このプランと本格的な小型スポーツカーにするという本来の開発コンセプトが整合するのか? という点もトヨタとスバルでは議論が生じたという。
専用開発されたボディ&プラットフォーム
86/BRZ用に新たに開発されたプラットフォームは、通常のクルマとは構造的に大きく異なっている。サイドシル、リヤ・クロスフレームを高張力鋼板を使用した大断面のボックス構造とし、補強を加えたセンタートンネルとの組み合わせでペリメーターフレーム(フラットなフロア面の周囲をボックスフレームで固めるフレーム構造)的な構造とし、ボックス断面フレームは通常とは逆に室内側にレイアウトしている。この構造により、フロア面のパネルは低められ、同時にプラットフォームの平面曲げ(水平方向の曲げ)剛性を飛躍的に高め、かつフレーム自体でも重心を下げているのだ。逆にアッパーボディは板厚が薄く強靭な980MPa級の高張力鋼を多用し、軽量に仕上げている。
また同時に、新型インプレッサで開発中のノウハウも生かされた。フロント・カウルトップ部へのボックス断面フレームの採用や、前後のサスペンション取り付け部の局部剛性を従来の常識より大幅に向上させているのだ。
ちなみにホワイトボディを見たレースカー製作業者は、「通常は後から溶接する場所に、最初からガセットなどの補強材がすべて入っている」と驚いている。またフレームのフランジ部にスポット増しの追加作業を行うにもこれまでのような自由が利かず、電気ドリルの刃も数箇所の穴空けでダメになるという。つまりそれだけ高強度の高張力鋼板が多用されているわけで、今までの国産車でこんなに剛性が高く軽量なボディは初体験だという。特にBピラーの硬さには驚いている。もちろんこの部分はホットプレス鋼板で最強の硬さを持っている部分なのだ。また、ボディの軽量さと剛性の高さも実感でき、通常のレース車両であれば既製品の7点式ロールケージを入れるだけで十分な剛性が得られるという。
また細部では、フロントサイドフレームと、フロントクロスメンバーとの結合剛性を高めるために、通常の樹脂アンダーカバーの代わりにアルミプレートがボルト結合されており、今までにはない凝った構造になっている。過去にはBMW M3で採用例があったことを記憶している。
軽量化のために、ボンネットはアルミに、ウインドウガラスも競技ベース車と同じように薄厚タイプにしている。また燃料タンクは複雑な形状に成形ができることと、軽量化のために樹脂製のタンクを採用するなど工夫も凝らしている。
ということで、結果的に86/BRZのボディ・骨格は異例なほど高い完成度を持つ仕上りとなっているといえる。
FB20からFA20に変更されたエンジン
86/BRZ用の水平対向エンジンは、当初はスバルが新開発したFB型が想定されていたが、トヨタから高回転特性を与えたいことと200psという出力の要請があり、その結果、仕様の変更を余儀なくされた。そのため、低中速重視のFB型ではなく86.0× 86.0mmというEE型ボクサーディーゼルと同じボア・ストロークが選択された。この決定は2009年に入ってからであった。
エンジン出力に関しては、スバルはEJ20型AVCS仕様で190psの出力を得ていた経験もあり、WRX-STI用のエンジンでは以前から8000rpmオーバーという高回転型も存在していた。が、86/BRZ用のエンジンは環境性能、そして、低中速トルクに余裕を与えるために、大径ポートとトヨタが新開発した、低圧のポート噴射は従来通りだが、最高200気圧と直噴は従来より高圧噴射化されたD4-Sという組み合わせが選ばれ、回転数は7400rpmとしている。トヨタとしては従来のD4-SではなくレクサスGS用に新規開発した新しいD4-Sをスバルに開示してよいのかという議論もあったが、この86に関しては特命プロジェクト扱いのために、大きな抵抗なくプロジェクトが進行できたという背景があった。
D4-Sの水平対向エンジンへの適合、キャリブレーションはスバルが担当し、目標馬力をクリアした。もちろん、古典的な高回転エンジンではなく中低速トルクを厚くした上での200psという出力である。
またスバルは、エンジンの搭載位置を極限まで下げるために、等長ダブルY型エキゾーストマニホールドを約15mmほど上下方向に圧縮して扁平化させて対応している。またオイルパンも15mm圧縮されたが、このため横Gでのオイルの偏り、低重心化による左右のシリンダーヘッドでのオイル滞留が問題となったが、オイル通路の改良、さらにオイルパンへのバッフル板の追加で解決している。ちなみにオイル容量は5.0L、オイルカートリッジを含めると5.2Lのオイル容量となる。しかし、水平対向エンジンの常識として、オイル交換でのオイル抜きの時間が直4エンジンなどよりかなり長くかかり、また左右の水平対向シリンダーヘッドにオイルが滞留するためドレン・オイル量は4.5~4.7Lとなる。このため、注入する新オイルは4.5L程度で十分。オイルレベルゲージの最高レベルより2、3目盛り下がベストな状態だ。
補機ベルト駆動用のプーリーは樹脂製のプーリーが採用されている。これは軽量化が主目的だ。なお蛇足ながら、低い位置にエンジンを搭載したため、左右のシリンダーヘッドの点火プラグ位置は、完全に左右のフロントサイドフレームに位置するため、点火プラグの交換は水平対向式エンジンに習熟したベテランが、独自の特殊な工具を使用する以外はスペースの狭さで無理と考えた方がよい。
なお、86/BRZで300ps以上を望むならば、ハイパワーチューニングで実績のあるEJ20ターボを搭載すれば可能だ。すでに最大級ではSEMAショーに登場した86のような600psが存在しており、また、近いうちにコスワースEJ27を搭載し700ps級を狙うトヨタ86が登場する予定である。
ただし、この場合はターボがエンジン前方下側にある最新式のEJ20型ターボではなく、エンジンの後方にターボを配置する旧レイアウトであること、通常のオイルパン式ではオイルパンが地面に近づきすぎるので、ドライサンプにするか、エンジンマウントを工夫してエンジン搭載位置を高める必要がある。
アイシン製のトランスミッション
FR用のコンポーネンツとして、トランスミッションはアイシンAI製のAZ6型6速MTとアイシンAW製の65SN型6速ATが搭載されることになった。もちろんスバル・エンジン用にハウジングのフランジが専用設計されている。
AZ6型は、かつてはアルテッツア、S15型シルビア、マツダ・ロードスター、RX-8(前期型)などに採用されている中容量FR用だ。このトランスミッションはもともと5速MTを6速用に設計変更したもので5速が直結という変則的なデザインであり、86/BRZ用のコンポーネンツとしてはもっとも基本設計が古い。
一方の65SN型6速ATは、スポーツカー用にふさわしいクイックな変速制御や自動ブリッピングなども盛り込まれている。MTに関しては、今回の86/BRZ用にはスポーツカー用にショートストローク化することと滑らかさの両立を狙って、2年前に1〜3速をトリプルコーンシンクロにするなど大幅な改良を加えている。しかし、ダイレクトシフト機構や変速ギヤの回転面が油面を攪拌する完全なウエットサンプ潤滑であるなど現代的とはいえない点もある。
そもそもスポーツカーのMTはショートストロークという固定概念が日本では強いのだが、それは往年のノンシンクロ常時噛み合い式のヒューランド製ミッションをイメージしたことに由来するのだろう。今日では、ある程度ストロークを与えた、より軽く振動・フリクションの少ない操作フィーリングが主流であり、横Gが強い状況下でもこちらの方がミスシフトが防げるはずだ。もちろん開発段階ではこうした議論もあったが、ショートストローク派の声が強かったというわけだ。
リヤ・デファレンシャルは、スバルが使用している最大サイズのR180型では容量が不足のため、トヨタ・マークX用が採用されている。これは実験的には、ギヤの当たりがなじむまで約8000km程度の慣らしが推奨されるという。なお86/BRZのセンタートンネルの断面積はきわめて太いため、WRX-STI用の6速MT、600ps以上に対応する大容量のホリンジャー製シーケンシャルまで問題なく搭載できる。
サスペンションの相違点
86/BRZのサスペンションはフロントがストラット式、リヤがマルチリンク式で、フロント・ロアアームの配置などに若干の違いはあるが、形式的には従来型のインプレッサ、レガシィと同じだ。そのためアッパーマウントなども流用できる。
開発の過程で、重心の低さがそのままポテンシャルの向上に直結し、恩恵を受けたのがサスペンションといえる。重心の低さによりコーナリングでは荷重移動が小さくなるので、それだけスプリング、ダンパーやスタビライザーの負担が減り、固める必要がないのだ。そうしたセッティングでもロールが少なく、しかも優れたロードホールディングが実現する。
イメージ的には、ステアリングを切った瞬間にコーナリングが始まり、ロールが後から発生するという、一般のクルマとは逆のフィーリングで、実際以上にステアリング・レスポンスが高く感じられる。また、それと同時に、リヤ・サスペンションのグリップ感、存在感が高められている。開発者は、決してリヤが流れやすいサスペンションを作っているのではなく、あくまでも4WDの前後トルク配分を0:100にしたイメージと語っている。
なお周知のように、86とBRZは開発の最終段階で、評価の意見が分かれた。それぞれの社内評価基準や評価の価値観を付き合わせると、折り合わない部分があり、それぞれのブランドで販売することや、スプリング、ダンパーの仕様の違い程度で妥協できるのであればということで、最終的には両車は別設定になったわけだ。
86のフロントはダンパー、スプリングレートともに約9%ほど柔らかめの仕様になっており、コーナーへの進入の段階でわずかに前下がりの姿勢となりやすいといえる。気になるスペックだが、BRZのフロント・スプリングレートは3.0kg/mm、リヤが3.8kg/mm。86はフロントが2.8kg/mm、リヤはBRZと同じだ。(いずれもメーカー公表値ではなく、第三者による計測値。なお、リヤのスプリングレートがフロントより実レートで硬いわけではない。前後のレバー比が異なることに注意して欲しい)
フロント・ダンパーの減衰力も低速域で10%弱の差があると見られる。したがって、86とBRZは明らかに差がある、といえるほど大きな違いではないのだ。なお、86/BRZはボンネットの高さが通常の乗用車より相当に低いため、アッパーマウントからハブブラケットまでの距離が短く、ダンパーの長さはインプレッサに比べ15cmほど短く、単体で眺めると極端に全長の短いストラットといえる。
この状態でストロークは20cm程度は確保されているため、バンプ側ストロークは約10cmで、バンプラバーの全長が8cm程度となっている。このため、ダンパーのチューニングを行う場合は、微低速域は高い精度が求められるし、車高のダウンも自由にはできない。車高を20mmダウンすると常時バンプラバーが接触状態となるのだ。
2012年の東京オートサロン会場でデモランした86は、45mmほど車高をダウンさせていたが、もちろん、うまくセッティングされていたわけではない。ストラットの全長が短いということは、オイル量も少ないため、横剛性を高めるための軸径のアップも難しい。したがって本格的にチューニングするためには、より全長の短い別タンク式ダンパーが必要ということになるだろう。
さて、ホイールアライメントに関してだが、86/BRZのホイールアライメントは、前後ともトー角はゼロ、キャンバー角はマイナス10分程度となっているようだ。従来のスバル車は、キャンバー角はマイナス30分程度であったが、キャンバー角の減少はロール角が小さいためだろうか。ジオメトリーに関しては、フロントはバンプ・トーアウト、リヤはバンプでのトー変化は小さく、横力を受けるとトーインに変化するサイドフォース・トーイン特性になっている。
こうしてサスペンションを考察してみると、86/BRZのアライメント、ジオメトリーにも違いがないことから、2車の間で、アンダー、オーバー、テールハッピーなどのステア特性において、極端な違いが存在するようなことはないのがわかる。
キャンバー角は、リヤに関しては従来通りカムボルトで調整できるが、フロントに関してはブラケットボルトの上下入れ替えのみとなっており、事実上キャンバー角の調整ができない。ただし、従来からスバルで使用されている偏芯ボルトをブラケットの上側に使用すれば通常のキャンバー角の調整は可能だ。
タイヤに関しては、17インチサイズはスバル側はハイパフォーマンスなブリヂストンRE050 を前提として開発していたが、トヨタの商品企画からの要請で、ややグリップレベルの低いプリウス用のミシュラン・プライマシーHPに急遽変更されている。
スポーツカーとしての持ち味、コーナリング、加速、ブレーキでのバランスの高さを実感できるのは、やはりハイパフォーマンス系のタイヤであることは間違いない。一方、標準装着タイヤでベストバランスしているのは205/55R16インチ装着車だろう。決してハイグリップではないが、接地性やハンドリングの手応えのバランスがよいのだ。なお、86/BRZは海外の公道やニュルブルックリンクなどではテストされているが、日本的なショートサーキットでSタイヤを装着してのテストは行われていない模様で、ブレーキやハブ周りの冷却が難しい低速サーキットで、負荷の大きなSタイヤを装着したようなケースでのハブベアリングへの入力と熱に関する耐久性に関しては今後の検証を要する。
ブレーキは、上級モデルがフロント16インチ・ディスク、それ以外は15インチ・ディスクだが、スバル製17インチ・ディスクへのアップグレードは容易だ。またキャリパーのアップグレードも容易である。
86/BRZは、トヨタの小型FRスポーツカーという商品企画からスタートしており、FR駆動方式に強いこだわりがうかがえるが、スポーツカー=FRかといえば現在では小型カテゴリーでFF駆動方式が主流だ。また今日では、FFかFRかといった論争はもはや時代遅れといえる。
技術的には、わずかにFFの方が軽量化できる強みがあり、FRには前後荷重配分を有利にできる可能性が大きいものの、キャビンスペースやラゲッジスペースですら駆動方式に左右されることはなくなっている。FRであっても一般的には前後の荷重配分は60:40にしかならず、パッケージ的に相当突き詰めない限り50:50には近づかない。一般的な横置きエンジンのFFは65:35程度となり、スバルの4WDは60:40で、通常のFR車と同等である。
86/BRZは、4WDよりエンジンを後退できたことで、特に極端なパッケージングを行うことなく53:47という前後荷重配分を得ている。
もちろんスポーツカーにとっては静的な前後荷重配分より、Z軸周りの慣性モーメント、つまり回頭性の方がはるかに重要ではある。
ではFRならではの、FFや4WDに勝る最大のメリットは何か。それは駆動力を負担しない前輪の上質な操舵フィーリングではないか。この場合の上質とは、滑らかさ、リニアさと正確なインフォメーションの両立だ。ただしこれらは、FRであれば自動的に得られるというわけではなく、FRをベースに強いこだわりを持ってチューニングし磨き上げる必要があるのだ。
86/BRZの場合は13.0というクイックなギヤ比を与え、ラックギヤの保持は大径ボルトによるキャノンマウントとしている。また搭載スペースの問題で電動アシストはコラムアシスト式となっているが、結果的には剛性感は高いものの、ややオン/オフ・スイッチ的な動きが強まっている。中立付近の締まりや小舵角での滑らかさなどの煮詰めはもう2ランクほど高めてもらいたいと思う。