2016年12月6日、トヨタが2016年4月に発足させたカンパニー制度の中のひとつである、パワートレーン・カンパニーが今後の戦略と、新開発した高効率自然吸気エンジン、最新トランスミッションについて、水島寿之プレジデント、岸宏尚バイスプレジデントが公表した。
トヨタのカンパニー制度には、レクサス、商用車、小型車、中型車などクルマのセグメントごとに開発組織をまとめ独立させた7つのカンパニがある。その中のひとつにパワートレーン・カンパニーがあり、トヨタ、レクサスの全エンジン、トランスミッションの開発を担当する。
今回はそのパワートレーン・カンパニーの今後の戦略説明と、世界最高の熱効率を実現したエンジン、10速ATなどの新開発ユニットが公表された。
■パワートレーン戦略
パワートレーン戦略の最大の目的は、新世代プラットフォームのTNGAに合わせてエンジン、トランスミッションを一新するとことだ。トヨタは世界各国の燃費・排ガス規制に合わせ、省燃費、燃料の多様化、普及を前提としたエコカー開発というテーマを掲げてるが、その基盤となるプラットフォーム、TNGAに適合できるように多種類のエンジンやトランスミッションに統一性を持たせるのだ。
トヨタのこれからのエコカー戦略は、2020年段階でも内燃エンジン搭載車の方が圧倒的に多数を占めているとし、内燃エンジンの燃費・排ガスの向上、THS Ⅱをメインにしたハイブリッド車開発を継続・発展させることで、グローバルでのCO2排出量の低減を推進するとしている。
そして、エコカー戦略を展開するために、新開発されたTNGAプラットフォームを前提に、従来のトヨタ車で欠けていたダイレクトでスムーズな優れた走行性能を併せて追求。高い環境性能とドライバーの意思をリニアに反映する走りを両立させたクルマを開発するということも重視されている。
TNGAの導入を契機にクルマのユニット構成、加工基準などをグローバル展開している全工場で統一し、高速かつフレキシブルな製造ラインを実現すること、ユニットをモジュール設計とすることで開発効率を高める、付加価値を高め商品力を向上することも新戦略に含まれている。
TNGAに合わせたエンジン、トランスミッションとは、エンジンの排気量、気筒数に関わらず搭載角度、搭載位置を共通化。当然トランスミッションもエンジンとの結合ヵ所、搭載位置を共通化する。これはフォルクスワーゲンのMQBと同じ手法といえる。
具体的にはエンジンは、搭載時に後傾角を付けられ、前方吸気、後方排気のレイアウトに統一される。またエンジンの種類も現行より40%削減される。
エンジンは2021年までに9種類/17バリエーション、トランスミッションは4種類/10バリエーション、ハイブリッドシステムは6種類/10バリエーションを展開するという。グローバル市場で新型モジュラー・エンジンの搭載車を2021年までに60%以上にし、その結果として総CO2排出量は2015年比で15%以上削減できるとしている。
パワートレーン全体では、低燃費でよりクリーンな排出ガスを達成すると同時に、スムーズで思い通りの発進加速、意のままのリニアな走り、リズミカルで心地よい加速といった感性性能を重視する。これまでのトヨタのパワートレーン開発とは一味違う走りを重視するという目標を掲げ、「トヨタの走りを変える」こともアピールされている。
エンジンのモジュール設計については、すでに世界の各自動車メーカーが取り組んでおり、トヨタはむしろ後発といえるが、やはりエンジン機種数が圧倒的に多いトヨタは身動きが遅くなってしまったのだという。
エンジン、トランスミッションがモジュール化されることで、世界各地の工場での製造時の加工・組み付け基準の統一、工程、工場設備の統一などが計られ、多機種のエンジンを高速で展開し、フレキシブルに生産できる体制が確立できるのだ。
パワートレーン開発体制は、開発、評価、試作&工法開発を同じ施設建屋内で実施する一体開発オフィスを採用。この開発体制では、トヨタ・グループ各社、サプライヤー、設備メーカーも参加する体制となる。<次ページへ>
そして、キーとなるパワートレーン技術を厳選してトヨタで内製化する一方で、グループでの共同開発もより幅を広げるという。電気駆動に関しては今後、より重要性が増すため電動化のコア技術と位置付けている。ハイブリッド技術の開発については、大幅に強化し2021に年までに開発エンジニアを30%増強する方針だという。
■TNGA用の新世代モジュール・エンジン第1号は4気筒・2.5L
TNGAプラットフォーム(TNGA-C)を最初に採用したのがプリウスで、第2弾が2016年12月14日に登場したC-HRだが、実はこの2車種のエンジンとTHS Ⅱ機構部分を除くトランスミッションは新世代モジュラーシリーズではなく、旧世代となる。
今回発表されたモジュラーエンジン第1号となる自然吸気2.5Lエンジンは2017年にアメリカ市場で導入予定の新型カムリ用だ。つまりTNGA-Dプラットフォーム用のエンジンである。
このエンジンの目標は高出力&ハイレスポンスと燃費・排ガス性能を両立させ、従来の燃費、排ガスを重視する一方で加速性能、動力性能はグローバル標準以下のレベルのエンジンとは一線を画している。具体的には、従来の2.5Lエンジン(2AR-FE型)に比べ燃費を20%、動力性能は10%向上させているという。
この新しいTNGA用のエンジンは最大熱効率を世界トップレベルに引き上げ、低燃費ゾーンを拡大し、トルク、レスポンスを向上させることが目標とされている。そのため、高圧縮比化(13.0、ハイブリッド用は14.0)、低負荷時にアトキンソンサイクル運転を採用している。このエンジンは新たに「ダイナミックフォース・エンジン」と名付けられている。
また、これから展開される新エンジン・シリーズは各種損失の低減、高速燃焼、吸入効率の向上などを実現する技術手法としてコモン・アーキテクチャーと呼ぶ開発システムを採用している点も革新的だ。
ここでいうコモン・アーキテクチャーとは、最適な燃焼技術を確立させ、その燃焼技術を物理モデルとして他のエンジンに展開できるように設計諸元をモジュール化。結果としてすべてのエンジンの開発のスピードアップさせ、より短い開発期間で生産投入できることを目指す。これは最新のモデルベース開発手法により実現している。
新エンジンの具体的な開発目標は、吸入空気量の増大化とタンブル流(吸入時の縦渦)の強化による燃焼速度の向上であった。そのため抵抗の少ない理想的なストレート形状の吸気ポート、高圧縮比、高タンブル流を実現。またバルブ挟み角は従来より10度以上拡大して41度に。バルブ挟み角を拡大した理由は直線的な吸気抵抗の少ない吸気ポートとするためだ。
そしてストローク・ボア比は1.2に固定するという設計上の諸元を基準モデル化。この基準モデルをベースに小排気量から大排気量エンジンまでモジュールとして展開するわけである。
スポーツ用エンジンと同様のストレート吸気ポートで高タンブル流を発生させるために、かつてセリカに採用されたレーザークラッド・バルブシートが採用されている。かつては手作業でバルブシート部に行なわれたレーザークラッド加工だが、今回から新材料を使用し自動化により大量生産に対応している。レーザークラッド処理とは金属粉末をレーザーで溶融させ、バルブシート部に肉盛する技術で、この肉盛りされた突起により吸気流を剥離させ高タンブル流を発生させる。
吸気カムは電動VVT、排気カムは油圧VVTを採用し、軽負荷ではアトキンソンサイクル運転を行ない、高負荷では理想空燃比運転を行なう。
また大量のクールドEGRも併用し、ポンピング損失を低減している。その他にピストン・オイルジェット、電動ウォーターポンプ&サーモスタット、可変容量オイルポンプ、直噴・ポート噴射併用のD-4Sなど、従来はコスト面で採用されなかったメカも全面投入されている。
この結果、新型2.5Lエンジンの最大熱効率は40%、ハイブリッド用は41%、リッター当り出力82ps/Lと、熱効率、リッター当り出力で世界トップレベルに立つことになった。
■新トランスミッションと進化型THS Ⅱ
新しいTNGA用エンジンと合わせ、トランスミッションも新世代化している。その象徴が、今回発表された横置き用の8速AT(名称:ダイレクトシフト-8AT)と、FR用の10速AT(ダイレクトシフト-10AT)だ。8速ATは新型カムリ、10速ATはレクサスLC500に搭載される。<次ページへ>
いずれも機械損失の低減、ロックアップ領域の拡大、クイック変速を目指して開発されている。なお横置き用の8速ATは、これまでに北米用RX、ボルボに採用されたアイシンAW製が存在するが、この新型8速ATはTNGA用に変速機構部分を短縮し、より幅広い車種に搭載できるように改良されたユニットだ。もちろんTNGA用エンジンに合わせてトランスミッションケース形状も新設計されている。
内部構造は、ロックアップ用の多板クラッチ、超扁平トルコン、高減衰ダンパー、超仕上げギヤ歯面(ギヤの歯面を鏡面処理し、同時にオイル保持溝を持つ)などを採用し、ロックアップ域を大幅に拡大し、機械損失を低減している。
FR用の10速ATは、5.0L V8型エンジンと組み合わされる新開発ユニットで、0.22秒と世界最速の変速速度とワイドな変速比幅を実現している。採用技術は横置き8速ATと同様で、ユニットのサイズは従来の縦置き8速ATとほぼ同等とコンパクトに仕上げ、クロスレシオを生かした気持ちよい、ダイレクトな変速を実現している。
もちろん、横置きタイプTHS Ⅱ、縦置きタイプともにハイブリッド用ユニット(マルチステージTHS-Ⅱ)も設定している。横置きタイプのシステムはすでにプリウスに採用されている新世代ユニットで、トルク容量を2.5Lエンジンに合わせて強化したものだ。
一方、新開発となる縦置き用マルチステージTHS-Ⅱは、強力な加速性能と低燃費を両立するために開発され、駆動モーターと4速の変速ギヤを組み合わせたユニットで、システム出力と伝達効率を大幅に向上。低速時から高速時まで最大のエンジン出力とモーター駆動力を引き出すことができるようになっている。またこのユニットは擬似的な10速ステップ変速モードも備えられ、スポーティ・ドライビングに適合できるようにしているのもTHS Ⅱとしては初の試みだ。
このユニットは3.5L V6型エンジンと組み合わされるが、同クラスのプラグインハイブリッド車を上回る動力性能と燃費性能を実現しているという。
トヨタのエンジン、トランスミッションは、TNGAの採用に合わせ、コモン・アーキテクチャーを採用したモジュラー・エンジンにすると同時に、走りと低燃費の両立させるという新たな発想を打ち出している。
また今回発表されたパワートレーン・カンパニーの戦略とは別に、豊田章男社長直轄の電気自動車開発プロジェクトも動き始めており、2021年に向けトヨタは大きく舵を切ったということができよう。