前回では、燃料電池車(FCV)とEV自動車の違いを踏まえ、なぜ、燃料電池車の普及に力を注ぐのか?というポイントを整理してみた。化石燃料からの脱却が前提としてあり、クルマの燃料問題だけでなく産業エネルギーの変革としてとらえなければならない、という概念が国のエネルギー政策であるというところまでだったが、では、実際にどんなところまで進んでいるのか?など、今回は企業の立場からの講演をレポートしよう。<レポート:高橋 明/Akira Takahashi>
■大学の研究室からは
東京工業大学のグローバル水素エネルギー研究ユニットの特命教授 岡崎健教授が講演した。内容はCO2フリーとなる水素サプライチェーンとするための多くの課題を整理し、それらをクリアしていくことで、可能になるというのが大筋の話となるが、最大の願望として、国が予算をつぎ込んでこれらの課題に取り組み、研究開発のサポートも行なっているが、ある程度の見込みができると国は予算を打ち切り企業に委託する。当然、税金を使ってのことだから当たり前のことになるが、国からの補助金がなくなった途端にすべてが終了してしまうという事例を数百例として見てきているという。
企業は採算が見込める確かな状況にならない限り、会社の予算を投入しないし国の見極めでは「あとは企業努力」と判断したタイミングのズレで、ロードマップも途中で挫折してしまうということが続いてきたわけだ。この水素社会の構築はこうした状況にならないことを切に願うというのが教授のポイントだった。
■川崎重工からは
「水素エネルギーサプライチェーンの実現に向けた川崎重工の取り組み」は、現在の取り組み状況と今後の予定を技術開発本部水素開発センターの副センター長/理事である西村 元彦氏が講演した。
内容は前述した諸問題に実際にどのように取り組んでいるのか?といった内容でより具体的な技術的な課題も含めた講演だった。例えば褐炭(かったん)に関しオーストラリアの埋蔵量は日本の240年分の褐炭があり、その褐炭は世界中に分布しているという。したがって褐炭の利用はCO2フリーの水素サプライチェーンにおける供給の安定性に高い貢献度があるという説明。
また、川崎重工が取り組む技術によって日本の技術・製品でエネルギーが確保できること、水素の普及で関連産業が成長することなどが挙げられ、日本の成長戦略への貢献とインフラ輸出への展開なども説明があった。
現在の日本の水素エネルギー活用としては世界で最も進んでいる状況であり、川崎重工のように、世界に先駆けて課題をクリアしていくことが、日本の将来につながるというのは説得力のある講演でもあった。
■イワタニからは
クルマ用の水素ステーションを現実に展開しているイワタニは、ガスが得意な企業であり水素への取り組みは1941年から始まっているという。したがって国内には液化水素製造拠点や圧縮水素ガス製造拠点などを持っている。さらに液化水素の輸送や貯蔵もすでに行なっており、サプライチェーンの一翼を担っている現状の説明があった。
そして水素による電力貯蔵システムにも着手しており、イワタニが目指す2050年までのロードマップは着々と進んでいるという講演だった。
■ホンダからは
ホンダは本田技術研究所の四輪R&Dセンター上席研究員の斎藤信広氏の講演があった。ホンダの燃料電池車はすでに市販され、クラリティFCの姿を見た人もいるだろう。だが、今回の注目はクルマをFCV化することの他に、水素を使って電気を作る技術開発における魅力的な話があった。
それはSHSと呼んでいる技術で、電気の供給を行なう装置が非常に小型で水素を作り貯蔵しFCV車へ供給するというもの。しかもごみ焼却の余熱から発電し水素をつくるSHSや、さらに小型の太陽光パネルを使った「ソーラー水素ステーション(SHS2)」というものだ。
いわゆるガソリンスタンドの代わりとなるような水素ステーション用は、通常は設置に数億円の費用と200m2のスペースが必要とされるが、SHSは小型で必要なスペースはわずか7.8m2という狭さで設置できる。工事期間も数週間必要なステーションに対して1日で設置可能というホンダが開発した水素ステーションだ。これはすでに埼玉県庁に納入され、主要な諸元も公表されている。
さらに小型のSHS2はパーソナル向けのものであり、一般家庭に設置することを想定したもので「差圧式高圧水電解型ソーラー水素ステーション」を製作した。これは一般的な高圧水電解スタックに比べ、構造がシンプルであり小型化することが可能であることや、水素発生機能と水素昇圧機能をあわせ持ったものであり、これを搭載したSHS2では小型高効率で低騒音の家庭向け水素製造装置を実現することができるとしている。
これは、新たに開発した革新的技術であり、同日講演していた東京工業大学の岡崎教授も絶賛していた。その理由だが、コンプレッサーが省略できていることだという。つまり、高圧による加圧水電解が素晴らしいという。気体の状態で加圧せず水を加圧している点だと説明する。また、差圧式高圧水電解スタックを投入したことで、このスタックは酸素極側と水素極側がともに高圧状態に保たれている一般的な高圧水電解スタックとは異なり、酸素極側は常圧であり水素極側のみ35 MPaの高圧状態に維持されているという特徴をもっている。
こうした小型の水素充填設備が家庭に設置できれば、自家用車にも自宅で充填が可能となるわけで、非常に大きな可能性と価値を秘めた画期的な製品開発をしたと思う。こうした新技術によってサスティナブルな水素社会へ一歩近づいているのかもしれない。クルマでの実用化は公共性のあるクルマから始まり、一般に普及するのは、グローバルで考えなければならないため、見えない状況だ。補助金が終わった後の企業次第ということかもしれない。