2014年シーズンWECのマニファクチャラーとドライバーズの両タイトルを獲得したトヨタ・レーシングが、活動報告会を開き、世界チャンピオン獲得の喜びを語ると同時に、ル・マン24時間レースでの7号車リタイアの真相を明かすなど、興味深い話もあった。
トヨタ・レーシングは2014年シーズンを全8戦中5勝という成績を残し、シリーズチャンピオンを獲得した。報告会出席者はトヨタ自動車取締役嵯峨宏英氏、モータースポーツユニット開発部 部長村田久武氏、トヨタモータースポーツGmbH社長 木下美明氏、そしてトヨタ・モーターセールス&マーケティングの高橋敬三氏らが報告を行なった。
「ドーハで行なわれたプライズギビングで、レッドカーペットの上を蝶ネクタイ姿で歩き、そして各国のオートモーティブフェデレーションの代表の方々からお祝いをされたとき、やっとワールドチャンピオンを獲得したんだという実感が湧きました」とTMG社長の木下氏のコメントから報告会は始まった。
「初戦のシルバーストーンはハイダウンフォースのコースで、次戦のスパ・フランコルシャンはローダウンフォース。そしてメインレースのル・マンもローダウンフォースのコースで、両方の仕様のマシン製作が必要だった」と説明。また、2014年シーズンのシリーズチャンピオンを獲得できた要因として、レギュレーションの変更があり、ディーゼルとガソリンとの差が公平になったこと、トヨタが望んでいたストロングハイブリッドが使えるようになったこと、そして開発の狙いがぴたり当たったことの3つの要因があったという。
これまではレギュレーションにより、トヨタは60psのハンデを背負っていたが、今シーズンは公平になったと。このことについては、エンジニアの村田氏からハードに関する情報暴露があった。
「今年はレギュレーションの変更があって、トヨタはフル・ブースとなる8メガジュールまでブーストをかけてもいいよということでしたが、去年までは500キロジュール/セクターなので、ル・マンだと7セクターあるから3.5メガジュールまででした。今年はそれが8メガジュールまでOKなので、できるものならやってみろとACOから言われているようなレギュレーションでした。しかし、クルマの最低重量規則は870㎏で、30kgのフロントモーターを乗せる必要があり、結局900kg、6メガジュールで参戦しました」
車両重量と使える燃料の関係の微妙な駆け引きがあったが、このレギュレーション変更は、じつに画期的な変更だったという。
「エンジン出力はこれまでエアを絞るリストリクターで制限していました。だから、どうしても馬力が欲しいのでA/F(空燃比)は燃料を濃くして馬力を出していました。だから、市販車技術の逆で回転数を上げて馬力を絞り出すという手法にレース業界は走っていました。今年の変更は1周で使っていい燃料を制限するというもので、空気はいくらいれてもいいですよ、というレギュレーションに変わりました。燃料を馬力に変えるつまり、熱効率を上げる方向になり、市販車技術と同じになったわけです。このTS-040は熱効率が40%以上を達成しているので、市販車のトップでも38%強というから、市販車よりずっと熱効率のいいレースエンジンと言えます。したがって、ここで培った要素技術は市販車にも生かされると思います」と村田氏。
余談になるが、ポルシェが使っている排気エネルギーでタービンをまわして発電する方式は、トヨタの計算ではマイナス要素が多く、メリットがないという見解も公表した。
「大排気量のディーゼルだと効果が高く、ガソリンエンジンだとマイナスの影響は少なからずあります。じつは15年ほど前からこの技術には取り組んできていて、40%という高い熱効率のガソリンエンジンでは、プラスマイナスを足すとプラスにはならないというのが我々の現段階での判断をしています」と木下氏が説明する。
◆シルバーストーンでは
さて、2月の合同テストでは6月のル・マンまで4ヶ月あり、4ヶ月あれば新たな部品の製作や調達が可能であるため、この合同テストでは最新の部品は使用しない、古い部品を使う、あるいはわざと部品を外していたりしていたという。「それはアウディも同じで、この時一生懸命走っていたのはポルシェだけ。僕らは60ラップした中古タイヤを履いて、燃料を満タンにして車両重量を重くし、セクションタイムが分からないように走行していました」
こうした状態から本当のことがわかるのがシルバーストーンでの開幕戦。
「始まるまでどこが速いのかわからないから、すごくドキドキして開幕を迎えたけど、僕たちは速かった。アウディは空力の狙いを外したと思いました」と木下氏。アウディはトヨタと逆にレギュレーション変更によって2013年シーズンよりパワーがなく、その分空力で補う必要があった。
「コーナーは速いけど直線では馬力を落としている分、馬力で引っ張れない、つまりストレートが伸びない。だから高速セクションは全部遅かった。僕たちは昨年と同様の馬力だから、レースが始まってもその状況は変わらず1、2フィニッシュできたわけです」
この時の7号車と8号車の仕様の違いについては、「じつは全く同じ条件で、シーズンを戦ったのですが、このシルバーストーンだけは違う仕様でした。それは、雨予報の影響で、タイヤをどの仕様にするのかわからないので、7号車と8号車で分けました。レースでも途中からの雨量がわからず、雨が強くなるのか、弱まるのか、それで違うタイヤを使い、たまたま条件にあったのが8号車で、それで優勝できたわけで、諸元を分けたのはこの時だけです」と木下氏。
次戦のスパ・フランコルシャンでは、ル・マン用の空力を持って行った。ローダウンフォース仕様であっても高速の第1、第3セクションはトヨタとポルシェが速く、第2セクターはアウディが速いという結果だった。この時の空力開発について木下氏によれば、
「約900kgのマシン重量は、前後450kgの自重がかかり、280km/hの速度で走行すると、フロントに640kgの、リヤ810kgのダウンフォースが発生し、理論的には裏返しでも走行できる。これは風洞実験で行なっていくが、このダウンフォースが必要な時はストレートを走る時ではなく、じつはコーナリングやブレーキングの時に必要になるんです」
つまり、ブレーキを踏んだり、コーナーを曲がるときにこのダウンフォースが欲しいという。
「実際のブレーキング中や前後の姿勢変化では、空気の乱れも生じています。速度が落ちれば前後にかかるダウンフォースも減る。しかも均一に減るわけではないのです。ハンドルを切っても640kgのダウンフォースは変わらないでほしい、ブレーキを踏んでもリヤの810kgのダウンフォースは変わらないでほしい、というものを目標に開発をし、1つのポイントを計算するだけでも5000回のテストをするわけで、計測箇所はたくさんあり何万回もテストを繰り返し、作り直す作業を繰り返しやりました」
それがこの図のデータとなるわけだ。
木下氏によれば、空力はやればやるほど性能向上が見込める。エンジンはどこかで限界がきてしまうが、空力にはそれがない。だから毎年性能向上していく理由がそこにあるのだと。マシンは空力半分、タイヤ半分の性能追求をしているという。
「サスペンションはそこそこのもので間違いのないものが、ちゃんとした場所についていればあとは空力とタイヤの性能で決まります」
◆ル・マンのリタイア
そしてル・マン。
「一貴はなぜか、ル・マンは速い。1年目、初めて乗って、夜も乗って、どんどんタイムを更新してくる。結局どのドライバーよりも速かった。だから2年目は最初から一貴でアタックすると決めてました」という木下氏。周囲の期待を集めた中嶋一貴のル・マン2年目の挑戦は、見事期待通りにポールポジションを獲得。日本人として初めてル・マンのポールを獲った。
決勝レースは7号車、8号車ともに速く、アウディを12時間もすればラップできるだろうというほどスピードがあり、実際、14時間付近で7号車がアウディを追い抜くべく仕掛けたところで、トラブルとなりリタイアしている。
「惜しいトラブルで勝ちを逃した本当に残念なレースでした。クルマの性能からすれば楽に勝てていて、7号車にはペースダウンの指示も出ていました。あと10時間流せばゴールだった」と悔しがる。
この時の様子を村田エンジニアは「14時間のとき、テレメーターでフロントに使っている電流量が表示されなくなった。電流センサーの取り付け部が出火場所でした」と具体的な原因を話す。
「発熱の予見はあったけど、あとから取り付けを指示されたセンサーで、太い配線を切って、そこに割り込ませるように配線していました。でも、それだと接触抵抗が起きるので心配だから、そこにだけ温度センサーも付けていました。温度は上がってないけど、ここの電流値がテレメトリーに表示されないので、ものすごく発熱しているのではないか?今度ピットに入ったら手で触ればわかるので、触ってみよう。もし発熱していたら5分の交換作業だと話をしてました」と鮮明に覚えている事実を今は淡々と話す。
ところが、「サラザンがピットに入ってきた途端に、テレメーターもなぜか復帰したので、急遽、通常ピットインに切り替えて、ドライバーを一貴に変えて給油してピットアウトしました。そしたら2周目でそこから発火してリタイアしました」と言葉が詰まる。
その結果わかったことは、電流センサーの、物のバラつきが原因だったため、ここはきっちり対策を済ませ、次戦以降立ち向かっている。
ル・マンの後のアメリカは3か月間空いてからのレース。レースはゲリラ豪雨で、この時のレギュレーションではピットにいるときに赤旗が出された場合、無条件で周回遅れの扱いになるという、おかしなルールだったので、ひどい雨だったが、ピットにも入れられず、2台ともステイアウトさせていた。しかし雨は酷くなる一方でついに8号車がスピン。路面には5センチもの深さになるほど水は溜まり、あまりに危険だという判断で7号車をピットに入れた。すると、その途端に赤旗が出て、結局優勝を逃すことになる。
次の富士からは非常に順調で、全く問題なかった。
「富士はストレートが長く、ポルシェが電池システムなので、少し心配しましたが、それも何も問題なく、僕たちのほうが速かった。上海でも同じで、心配はなかったです。ここはタイヤに厳しいコースでタイヤに負担がかかる。けど、トヨタのマシンはタイヤにやさしいのでここでも勝てました」
バーレーンは8号車のオルタネータートラブルがあってマニファクチャラーとドライバーズの両方のチャンピオンは決められず、ドライバーのみチャンピオン獲得となった。
◆最終戦
最終戦のブラジルになぜ中嶋一貴は出場しなかったのか。意外な理由を木下社長は明かした。
「ブラジルは主催者のインビテーションを元に、短期就労ビザが必要で、欧州人はビザが不要。しかし日本人は必要でした。われわれはドイツにいるので、そのままドイツのブラジル大使館に申請して発給・受理していました。一貴君は日本にいたので、日本から申請したのですが、主催者のインビテーションがポルトガル語で書かれていて、よく見ると『このレースはボランタリーイベントで入場料は取りません。だからこの人にビザを与えてください』と書かれていて、WECはれっきとした興業イベントですから、短期ビザが必要なんです。ですからレターをもう一度書き直してもらうことにして、連絡すると、また、似たような文言があり、結局このやり取りをしているうちにタイムアウトとなり、一貴君にビザが発給されずレースに出ることができなかったというわけです」。なんとも意外な理由だった。
一方レースでは、コースのあるサンパウロは標高800mほどでNAエンジンは約10%ほどパワーダウンする。アウディ、ポルシェともにターボなので、パワーダウンはしない。
「このレースだけ50psのパワーハンデを背負いました。だいたい50psというと約1秒遅くなります。だからこのレースでは3メーカーとも差がなくなり、激戦になりました」
激しいトップ争いは6時間のレースで5時間30分競って、トヨタはニュータイヤに交換してポルシェを追撃。あと12秒というところまで追い上げていた。
「残りは30分あるので楽にかわせるだろうと思ってました。しかしマーク・ウエーバーがクラッシュして、SCが入り、差は2秒まで縮まりました。グリーンになればコーナー2つくらいでポルシェを交わせるという状況でしたけど、結局そのままグリーンにはならず終了してしまいました。今年は全部で74時間レースをして、最後の30分だけレースを見ないで終わったという消化不良でした」
やはりチャンピオンはレースに勝って決めたい。しかも大逆転の勝利が目の前にあり、チーム全員が勝利を確信している状況で、グリーンフラッグは振られずSCに先導されたままチェッカーという、なんともすっきりしない勝利で、しかもそれでシリーズチャンピオンが決まるという、盛り上がる場所を取り上げられた終わり方だった。
それでもバーレーンで行われたプライズギビングでは、アウディのトップ、ドクター・ウルリッヒといろんな話をすることができ、「ここがF1と大きく違うと感じたことですが、レースがおわれば戦ってきたライバルチームもドライバーもノーサイドとなって、健闘をたたえ合い、仲良くなれる。この欧州のレース村に溶け込めているという実感が湧きますね」と木下氏。
そして最後に木下氏は、「写真はウルリッヒ氏がトヨタのハイブリッドのエンジニアと写真を撮りたいというので、彼にストロングハイブリッドが欲しければ彼らと写真を撮れって言ったら、撮ったんですね。だからアウディはストロングハイブリッドが欲しいんです」