マニアック評価vol103
久しぶりに、国産車で乗って楽しいスポーツカーが登場した。トヨタ86の車名の由来は車両型式「AE86」のカローラ・レビン/スプリンター・トレノへのオマージュだ。1980年代に登場し、街乗りはもちろん、モータースポーツシーンでも活躍し、生産が終了した後も、数少ないFRとしてドリフトのベース車として一世を風靡した。
新生86は、久しぶりの「FRスポーツカー」として注目を集めるとともに、もう一つ話題がある。それは、トヨタとスバルのコラボレーションによって誕生したクルマであるということだ。
86に搭載される、水平対向エンジンはスバルのお家芸。スバルのもうひとつのコアバリューはAWDで、もちろんFFモデルも持っているが、FRのラインアップは存在しない。つまり、この両社のコラボがなければ、「水平対向エンジン」を搭載した「FRスポーツ」は誕生しなかったということだ。両社の共同開発によって「トヨタ86」と「スバルBRZ」の兄弟が生まれたわけだ。水平対向エンジン搭載によって実現した低重心ならではのグッドハンドリングと、リヤ駆動のドライビングの楽しさが凝縮されたパッケーシングによる、コンパクトスポーツカーの登場を、まずは歓迎したい。
86は、2012年2月2日に発表されたが、発売前から注目度が高かった。そして、4月からようやくデリバリーが始まり、今回、いち早く公道で試乗する機会が得られた。
室内に乗り込むと、インテリアもスポーティ感があり、質感もクラス並みで悪くない。視覚的にも好印象だったが、走り始めてまず驚いたのは、ステアリングやペダル類が、従来のトヨタ車にはないくらい、剛性感やリニア感がありしっかりしている点だ。良い意味で適度な重さがあり、フィードバックが得やすい。
試乗は水平対向4気筒2.0Lエンジンに6速マニュアルトランスミッション、もしくは6速ATとあるが、まずはMTモデルに乗る。トヨタ車は数多くのクルマをラインアップするが、MT搭載モデルもごく一部のスポーツバージョンと商用車に限られ、もはや絶滅寸前といった気配だったのだ。
ギヤを1速に入れて加速し、シフトアップしていくと、ショートストロークで小気味良いシフトフィールだ。アルテッツァのマニュアルトランスミッションがベースと聞き、随分古いものを引っぱり出してきたな?、という印象があった。が、あくまでベースの基本設計がであり、中身の部品は新設計されているのでシフトフィールも異なれば、ギヤのステップ比も異なっている。
レッドゾーンの7400rpm近くまで回しながらシフトアップしていくと、ひとつ上のギヤでは4000〜5000rpmあたりのトルクのおいしいところにタコメーターの針が落ちる。しかし6速は、オーバードライブギヤでかなり離れた感じ。タコメーターの針が上がるとともに、水平対向特有のエンジンサウンドも高鳴っていく。ベースはスバルだが、トヨタの直噴技術D-4やサウンドクリエーターが採用され、これまでのスバルのエンジン音とも異なる、86独特のサウンドにチューニングされている。
↑スバルの水平対抗エンジンFA型にトヨタの直噴技術D-4ヘッドがつく。→アイシン製6速マニュアルミッション
一般道を走る実用域でも加速時などのトルク不足を覚えることはなく、扱いやすい性格。そして、高回転まで回していくと回転の上昇とともにパワーが盛り上がって行き、NAならではの気持ちよさがある。
一方、「楽しいスポーツカー」がセーリングポイントのクルマにとって、もっとも気になる日常域での乗り心地も、予想以上に快適だった。足回りのチューニングに加え、タイヤチョイスもあるだろう。試乗車はミシュランのプライマシーHPの17インチを装着していた。たとえばミシュランでいえば、スポーツ性能を重視したタイヤなら「パイロットスポーツ」がある。しかし、このプライマシーはハンドリングのみならず、快適性、あるいは燃費といった日常シーンでの使い勝手の良さも考慮されていることが伺える。
一方、ワインディングでは、素直なハンドリングが印象的だ。手応えがしっかりあり、インフォメーションのわかりやすいステアリングを切っていくと、ノーズが軽やかかつスムースに動く。そして、アクセルを踏むと、スーッとクルマを押し出してくれる感覚。限界域まで攻め込まなくても、「FR独特の動き」が伝わり、乗っていて気持ちがよい。
そして、コーナリング時には「低重心」効果も体感できる。通常、コーナーでステアリングを切り込むと、横Gがかかって外側にロールしていく。が、86は傾くというより、横に引っぱられるような感覚なのだ。もちろん、ロールもしているのだが、もともとの重心が低いから、体感的には「沈み込む」感覚は希薄で外側に力がかかる感覚の方が強い。その際の過渡特性も素直。一気にロールするようなことがなく、ステアリングを切った分だけ、シンクロするようにジワジワとボディも動くイメージだ。
個人的には、せっかくのスポーツカーだから、MTで乗って欲しい、という思いがある一方、AT限定免許の普及で、圧倒的にAT派が多いのも現実。その間口を狭めることなくATモデルが設定されているのもうれしい。そして、実際に乗ってみると、ATモデルもMTに引けを取らないくらいに楽しかった。GT、GTリミテッドのグレードにはパドルが装備される。パドルの操作フィールも良く、シフトダウンした際に、自動的にブリッピングしてくれ、ピタッと回転が決まるあたりは、運転がうまくなったような気分にしてくれるので、ATでもスポーツドライビングの醍醐味を十分に堪能できた。
スポーツカーのトップレンジには500馬力オーバーのクルマが珍しくない今、200馬力は、絶対的なパワー、あるいは速さとしては決して目を見張るレベルではない。しかし、エンジン性能に対してシャシー性能が勝り、手の内に収まるパワー感というのは、自分で運転している感、コントロールできる安心感が高く、乗っていて素直に「楽しい」と感じる。もちろん、グッドハンドリングと相まって。
「若者のクルマ離れが進んでいる」といわれる。クーペは売れない、スポーツカーは売れない。だから造らないというメーカーの論理。しかし、86に乗って、改めて思った。乗って気持ちよい、楽しいクルマがないから、若者がクルマから離れていったのではないかと。86は、AE86世代に響くのはもちろんのこと、新たな世代のクルマ好きが増殖してくれることを期待できるクルマだ。
■トヨタ86主要諸元
●価格199万円〜3050万円 ●全長4240mm×全幅1775mm×全高1285mm(アンテナ除く)、WB2570mm ●エンジンFA20型2.0L 水平対抗4気筒 ●最大出力147kw(200ps)/7000rpm、最大トルク205Nm6400rpm〜6600rpm ●トランスミッション6速マニュアル/6速AT