コンパクトで扱いやすい、軽自動車と同等レベルの価格、そして今一番人気のクロスオーバー・デザインという商品企画から生まれたスズキのニューブランド、イグニスの注目度は高く、企画・コンセプトは正解だった。<レポート:松本晴比古/Haruhiko Matsumoto>
イグニスは2015年3月のジュネーブモーターショーにコンセプトカー「iM-4」として出展され、10月に開催された東京モーターショーでは「イグニス」の車名で参考出品され、2016年2月下旬に発売を迎えた。
イグニスのボディサイズは、全長3700mm、全幅1660mm、全高1595mm、ホイールベース2435mmというAセグメントのクロスオーバーで、新世代のAプラットフォームを使用している。コンセプトやサイズから考えるとフィアット・パンダ4×4、クロスup!が同クラスで、この2車以外には競合モデルは見当たらない。
なぜヨーロッパの競合モデルを引き合いに出すかというと、イグニスは日本で最初にデビューしているが、ジュネーブで初披露されていることからわかるようにグローバル戦略車と位置付けられ、それにふさわしい仕上がりになっているからだ。
コンセプトは、そのものずばりの「使い勝手のよいスタイリッシュなコンパクト・クロスオーバー」だ。スズキは4WDモデルのDNAが濃いのでクロスカントリー4WD、SUV、クロスオーバーをモデルごとにはっきりと使い分けているが、イグニスはまさにクロスオーバーで、コンパクト・ハッチバックの使いやすさにSUV風のデザインを加えている。デザイン性やライフスタイルといった要素を強調しているのだが、その一方で最低地上高は180mmとし、アプローチアングルやデュアルパーチャーアングルも十分配慮し、雪道のわだちやラフロード走行性能も確保されている。
イグニスのボディタイプは全車5ドアで、MZ、MX、MGの3グレードがあり、それぞれに2WDと4WDが設定されている。試乗車は2WDのMZだった。エクステリアを一目見るだけで分かるように、なかなか印象的なデザインだ。実はイグニスはデザインが重視され、スズキの過去のクルマのデザイン要素も盛り込みながら、新たにシンプルだがインパクトのあるデザインに挑戦している。
クロスオーバーらしく張りのある前後のフェンダーと引き締まったアッパーボディというデザイン構成だが、よく見るとサイドウインドウの上側ライン、つまりドアの上側ラインが後傾しており、リヤ席への乗り降りでは頭を少しかがめる必要がある。このあたりはデザインを重視した影響なのだが、エクステリアからは明確なデザインメッセージが伝わってくるのは確かだ。
デザイン・モチーフの一つの要素になっているのが、スズキのこれまでのモデルたちで、クラムシェル(貝殻形)ボンネットはエスクード2.4、ブラックアウトしたAピラーはスイフト、丸型ヘッドライトは懐かしいセルボ、リヤクォーターのフィン型アクセントもかつてのフロンテ・クーペなどで、これらを採り入れることでブランドの一貫性も主張している。しっかりとした骨格とシンプルさ、ブランドの一貫性が新世代のスズキ・デザインなのである。
もうひとつ、ボディをよく見ると、サイドのプレスラインがくっきりと際立ち、張り出したフェンダーのラウンド処理も、これまでは考えられないレベルに仕上がり、周囲の景色の映り込みがきれいに浮き上がるようになっている。もちろんこれは工場の生産技術の革新が行なわれていることを意味する。アルト、ソリオから始まった新世代プラットフォームの投入とデザイン、生産技術の革新は新しいスズキのクルマ造りなのだ。
インテリアのデザインもシンプルさと印象的なディテールを組み合わせ、ドアグリップやセンターコンソール、空調コントロール、エアアウトレットなどにこだわりの造形を採用。シンプルだがチープさがなくセンスの良さを感じさせる。室内のパッケージングは、大人4人のスペースが確保され、リヤ席の居住スペースは十分だ。
クロスオーバーのイグニスは、ドライバー席のヒップポイントは地上から615mmと高めのポジションになっており、乗り降りのしやすさ、前方の視界の広さなどもこのカテゴリーならではのメリットだ。またシートスライド機構付きのリヤ席はフロントシートよりさらに着座位置が高くされているので圧迫感もなく快適だ。
イグニスに搭載されているのは1.2LのK12C型と呼ばれる高効率エンジンで、マイルドハイブリッド・システムと組み合わされる。発電機兼用の駆動モーターがベルトを介してクランクをアシストし、減速時にはエネルギー回生を行なう方式だが、もちろん加速時でもドライバーはそのアシストを体感できない。
エンジンは118Nmで、駆動モーターは50Nmのアシストを行なうが、なにしろイグニスはボディ重量が900kgと軽いので、加速性能は十分だ。トランスミッションはCVTで、急加速時やアクセルの踏み直しの瞬間には滑り感があるのはやむを得ない。ただ、燃費は28.0km/Lと文句なしの省燃費レベルになっている。急加速時でも室内は騒がしい感じはしないが、エンジン音がちょっと味気ない気がする。
新世代のプラットフォームを採用し、軽量さと高剛性を両立させたイグニスは、走行中にボディの剛性感が感じられる。国産車でトップレベルの高張力鋼板を使用したボディはしっかり感があるのだ。乗り心地は固めだ。イグニスに限らず、最近のスズキ車は硬質な乗り心地を目指しているようで、その意味でぶれていない。しかしリヤシートに座ると路面の凹凸による振動感がダイレクトな感じで、このあたりはもうちょっとだ。
ワインディングでのステアリングフィールも剛性感があって気持ちよく感じたが、センター部へのステアリングの戻りだけがあいまいに感じた。ステアリングを保持して操舵している状態では何も問題はないが、直進時にセンターが3cmほどの遊びがあるのだ。実用上は問題ないのだが少し違和感はある。これはメカ的な要素よりも電動パワーステアリングの制御の問題だろう。
イグニスは、装備面もかなり充実している。マイルドハイブリッドを搭載している以外に、パッケージ・オプションでデュアルカメラサポート、カーテンエアバッグ、サイドエアバッグ(セーフティパッケージ:10万円弱)、4個のカメラによる全方位モニター付きメモリーナビ(14万円)、スマートフォン連携はApple CarPlayなどが設定されている。パッケージ・オプションを追加すればカテゴリーを超える装備だ。
特にステレオカメラ式のドライバー支援システム、クルマの全周の映像が写る全方位モニターなどはイグニスのもう一つの魅力ともいうことができる。
イグニスはAセグメントのコンパクトなボディサイズで都市部でも取り回しに優れ、パッケージングや使い勝手も一つ上のクラスに迫るレベルだ。このセグメントは燃費性能やコスト・パフォーマンスといった点が重視され、デザイン、存在感などはあまり重視されない傾向があったが、イグニスはそうした点にも配慮するという新しいクルマ造りが感じられ、ダウンサイザーにとって気になるクルマである。
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