スバルテクニカインターナショナル(STI)がチューニングした限定コンプリートカーは、「S」モデルと「R」モデルというシリーズと、「tS」シリーズという2系統がある。現行モデルのGVB型では2011年11月に「S206」が限定発売され、「tS」は2010年12月に発売された。今回試乗したのは、軽量仕様のWRX STI specCをベースにした「tS TYPE RA」(300台限定発売)だ。

STIの限定コンプリートカーは、モデルごとにそれぞれコンセプトが異なっている。今回の「tS TYPE RA」は、STIが唱える「Sport, Always」の基本コンセプトの下で、「強靭でしなやかな走りに加えて、切れを狙いました」とSTI商品開発部・車両実験グループ・担当部長の渋谷真氏は語る。
ベースになっているのはスバルのライン生産モデルであるWRX STI specC。つまり競技車ベースの軽量モデルで、量産ラインから引き出し、STIが開発した専用パーツを装着させたモデルだ。ベース車としてspecCを選んだのはマニア向けにふさわしいことと、軽量な資質を生かした走りを磨きたいという理由だという。もっとも「tS TYPE RA」は競技車指向ではなく、あくまでロードゴーイングカーであり、日常のドライブでのスポーティな気持ちよさ、ドライビングプレジャーを高めるというコンセプトだが、一方で贅沢なスポーツ&ラグジュアリーといった側面も持っている。
「tS TYPE RA」が採用しているスペシャルパーツは、専用のダンパー/スプリング、シャシーチューニング用の付加補強パーツ、アップグレードされたブレンボ製ブレーキ、ボールベアリング式ツインスクロールターボ、専用チューニングされたRE070タイヤ、そしてWRC時代にWRXに採用されていた11:1というギヤ比のクイックステアリングだ。
限定300台の「tS TYPE RA」で、このうち200台が「NBR CHALLENGE PACKAGE」モデルだ。「NBR CHALLENGE PACKAGE」モデルはいつものように発売して即日完売という状態なのだが、実はこれは全国の販売店が一斉に仕入れているということで、全国を探せば未登録のモデルもあるはずだ。
試乗車は「tS TYPE RA」の「NBR CHALLENGE PACKAGE」+レカロシート付きで、508万2000円という価格。高価だが、ベース車の価格に特別装備したパーツの価格を考えると妥当といえる。
永らくスバルのスポーツエンジンとして採用されてきたEJ20型ターボエンジンも、時代を経るごとに何度も大規模な改良を受けてきたが、高出力でタフなエンジンとして記憶に残る。元々がスポーツエンジンとして企画されているので、現在でも8000rpmまで回る高回転エンジンは、中速域での過給圧のピークが1.7barまで跳ね上がるターボ・トルクが持ち味だ。さらに「tS TYPE RA」は、かん高いノイズがちょっと大き目だが、標準タイプより応答レスポンスが優れるボールベアリング・ターボを備えており、3000rpmを過ぎてからのエンジンの吹け上がりの速さと加速感はインパクトがある。308ps/430Nmの実力はスロットルを大きく踏み込むとまさに全身で感じることができる。強いて言えば回転が高まるとメカニカルノイズが大きくなり、爽快なサウンドというほどではないことは従来通り。

このエンジンは、ターボ、バルブタイミングの特性を考えると8000pmまで回す意味は余りない。実はこのエンジンはレース車でも7000rpmあたりでシフトアップしているのだ。また一方で最新のダウンサイジングコンセプトのスポーツ・ターボエンジンは2000rpm以下で最大トルクを発生させており、それと比べるとやはりEJ20型は高回転型だと実感する。
トランスミッションは6速MTで、国産MTの中では設計年度が新しい上に、すでに実績を積み重ねており、ニュルブルクリンク24時間レースでもこの量産トランスミッションにオイルクーラーを追加しただけでノートラブルで何度も走りきっているタフなユニットだ。設計時から、がっちりした剛性感と適度なストロークの操作フィールを追求しているが、その引き換えに操作はやや重めで渋さも感じられる。もちろん丁寧な操作で走行距離を稼げばもっと滑らかなフィーリングに育つはずだ。


タイヤはブリヂストン製ポテンザRE070で、タイヤサイズは245/40R18。レース用タイヤ並みの強固なビード&フィラーを持つドライグリップ重視のスポーツタイヤだが、かつてのR205モデルと同様に「tS TYPE RA」専用にスペシャルチューニングされており、ややしなやかなフィーリングになるようにしているという。フロント倒立式の専用チューニングされたストラットとの組み合わせで、RE070とは思えないほどの接地感の組み合わせは、乗る前のイメージとはかなり違った。だからかなり荒れた舗装路でも、ガツンと来る乗り心地ではなく、凹凸をいなすフィーリングだ。
その一方で大き目のうねりでは車体全体がひょこっと動かされる減衰の強さも感じられる。そういう意味で、スポーツモデルらしいバランスのとれたシャシーチューニングといえる。また、ボディ全体ががっしりと固めたように感じられる剛性感、どしっとした車体の落ち着き具合は、まさに熟成された「GVB」型の最終モデルといえる。
このクルマは世界ラリー選手権用のラリー車と同じ11:1という超クイックなステアリングギヤ比を持つ。このギヤ比はプレミアム・スポーツセダンなどが備えている可変ギヤ比式ステアリングの低速用のギヤ比とほぼ同等だ。
これだけクイックなギヤ比にしたのは、「tS TYPE RA」のコンセプトである「強靭でしなやか」さに加え「切れ」を表現するためだ。渋谷担当部長は、「以前からやってみたいテーマだった」という。WRX/STIは、歴代モデルに13:1という国産車では最もクイックなステアリングギヤ比を設定してきたが、初期のモデルでは切れ過ぎ感、落ち着きのなさが感じられたモデルもあり、初級ドライバーが乗ると、ギヤチェンジのたびに蛇行する有様だった。近年はこうした点も熟成されている。
今回は11:1を採用するにあたって、シャシーの剛性系を重視し、前輪の操舵に対して後輪が遅れないようにチューニングしている。特にリヤのドロースティフナーでリヤサブフレームにテンションをかけ、微小なガタやズレを抑制することで後輪のコーナリングパワーの立ち上がりをしっかりさせることで、操舵に対して車体が素直に応答し、滑らかに反応するのだ。だから、超クイックなギヤ比のわりに違和感なく滑らかな走りができ、しかも普通のクルマに比べれば半分程度の小舵角でコーナリングができ、高速走行なら数cm切るだけで車線変更が可能となるなど、ステアリングを切る楽しさが感じられる。そういう意味で、この超クイック・ステアリングの仕上がりは文句なしだ。
もちろん、路面からのフィードバックも十分あるが、中立から左右1cmくらいはインフォメーションが薄くなるのはタイヤの影響もあり、止むを得ないところか。
ステアリングホイールの革巻きも専用品、レカロシートのホールド感や座り心地、インテリアのトリム類の仕上げなど、インテリアの雰囲気もスペシャルモデルにふさわしいフィニッシュになっており、こうした限定車を所有する人にとって満足できるレベルだと思う。
WRX STI tS TYPE RA はドライビングの面白さ、気持ちよさと、所有する喜びを楽しむことのできる、国産車にあって稀有な1台ということができる。