2011年11月30日、第42回東京モーターショーのプレスデーで初めて全貌を明らかにしたのが、スバルのBRZだ。そのキャッチフレーズは「ピュア・ハンドリング・デライト(新しい次元の運転する楽しさ)」。水平対向エンジンの特徴である低重心、軽量、コンパクトさを生かし、フロントアクスル上にエンジンを搭載することで、誰もが安心して気軽にクルマを操る楽しさを実感できるハンドリング重視のFRスポーツカーとしている。なお型式名は「ZC6」となっている。
初の共同開発は決して平坦な道ではなかった
トヨタ86とこのBRZは、トヨタの商品企画とデザインに従って、スバルが設計、開発、製造を担当するという役割分担が決められている。またエンジンを含めてシャシーもボディ作りも、スバルの持つリソースをもとに開発されている。つまり開発に関してはトヨタがスバルに委託するというカタチになるが、当然ながらトヨタとスバルがこのような関係となるのは初めてのこと。2社の自動車メーカーとしての企業文化、技術文化の違いがあり、両社の社内の評価基準、評価手法も異なる。
このような違いをどのように克服して、スムーズに開発を進めることができるかが、ある意味では86とBRZの成否を決めたと言ってよい。トヨタとしてはスポーツ車両統括部が所管する特殊プロジェクトであり、商品企画のコンセプトやデザインは最優先とされるが、開発を担当するスバルはそれらを前提としながら両社の設計基準、評価基準のすり合わせが求められた。もし双方の基準を余裕を持ってクリアさせるとすれば、開発コストは一気に跳ね上がることが容易に想像できる。そして開発のあらゆる過程で、こうした問題を解消するためのすり合わせ作業において、双方の呼吸が合い、開発スピードが加速したのは最後の半年くらいに入ってからだという。
それまではスバルの仕様がトヨタの主張する仕様に変わり、最後にまた元の仕様に戻るといったやり取りが繰り返された。これは異なる企業のコラボレーションではやむを得ないプロセスと言える。スバルとしては初めてのFR駆動方式のスポーツモデルであるため、このテーマをどのように解釈するかが大きな壁となっていたわけだ。
水平対向エンジンを選択したことは正解
一方、トヨタとしてはトヨタ・スポーツ800 以来の水平対向エンジンの採用ということで、まずFRの先行試作車で性能を確認した。スバルの4WDモデルに比べて水平対向エンジンをより低く搭載したFR先行試作車は、直4エンジンを搭載したFR車と比べて優位性があるということが確認され、スバルでも改めて水平対向式エンジンの優位性が実感できたという。この資質を最大限に生かし、低次元のFR車ではなく、誰にでも乗りこなすことができ、ドライビングプレジャーを味わうことができる「スイートスポットの広いスポーツカー」とすることにしたのだ。
新世代のFB型エンジンをベースに開発された専用エンジンは、FA20型という呼称が与えられている。このBRZ専用にボア・ストロークは86mm×86mmのスクエアとなっているが、これは同社のヨーロッパ向けボクサーディーゼルと同じだ。
この専用エンジンはFB型に比べ、レッドゾーンの7400rpmまで軽く吹け上がる高回転型としているため、バルブスプリングの荷重が上げられ、吸気マニホールド、吸気ポートは高出力用に太くされた。また、より低い位置に搭載するため、吸気管の取り回しを低くし、エンジン直下に位置する排気マニホールドを上下に扁平な形状にし、さらに三角錐型のオイルパンも突き出し部分を抑えた扁平タイプに変更されている。オイルパンは形状が変更されたために横Gによりオイルが偏り、エアを吸い込むようになるのでバッフルプレートが内部に追加されている。
トヨタの直噴技術も性能向上をアシスト
エンジン出力とトルクは200ps、205Nmで、低中速トルクも十分引き出しながら高回転まで軽く吹け上がるようにしている。燃料噴射はトヨタのD4-Sと呼ばれるデュアル・インジェクター式だ。直噴インジェクターの噴射圧は従来のD4-Sより高い150気圧で燃焼室側方から噴射する。さらに低負荷時用にマニホールド・インジェクターを備えている。こちらは通常のマニホールド負圧に比例した燃圧で噴射するインジェクターだ。
デュアル・インジェクターを採用した理由は高出力用の吸気ポートのため、低負荷時には吸気流速が低くタンブル流が弱い。そして直噴インジェクターでの霧化では混合気が十分ではないため、ポート噴射に切り替わるようにしているわけだ。ちなみに圧縮比は12.5である。
水平対向エンジンのために等長吸気、排気は近年のスバル・エンジン同様に等長排気マニホールドとしている。吸気は従来のスバル車とは異なり、前方吸気としている。これは吸気管の短縮、直線化により出力的にも有利になる。また国産車では珍しいサウンドクリエーターを装備し、吸気音をキャビン内に引き込むという音響チューニングを行い、スポーツフィーリングを高めている。排気音に関しては特にチューニングされていないようだ。
重心高と前後荷重配分の数値が潜在能力の証
このエンジンをFR用として搭載するため、トランスミッションはアイシン製のFR用の縦置きを使用する。つまりFR化によりスバルの4WD用に比べるとフロントデフが不要になり、その分だけエンジン位置が後退し、エンジンはちょうどフロントアクスル上に位置する。また側面から見たエンジン位置は、AWD用の場合はフロントデフの出力軸、ドライブシャフトがフロントホイールの中心近くになければならないが、FRであればその必要性がないため、120mm低くエンジンが搭載されている。
このためにBRZの重心高は460mmとなり、ドライサンプのスーパースポーツカーとほぼ同レベルになっているのだ。低重心になるほど等価ロール剛性やピッチ剛性が向上するため、スプリングレートやスタビライザー径を低められ、ロードホールディングを高めることができるのが優位点だ。
また、エンジン搭載位置がフロントアクスル上にあるため、前後アクスルの荷重配分は53:47となっている。つまり特別な荷重配分対策を行わなくても良好な配分になったわけだ。これらの低重心や、良好な前後荷重配分は、クルマの運動性能や乗り心地のポテンシャルを高める要素になるのは言うまでもない。
トランスミッションは6速MTと6速ATの2種類。MTはショートストローク化、1〜3速にトリプルコーン・シンクロを採用してスポーツカーに適合させた。6速ATはレクサスIS-F用の6速ATの技術をベースに自動ブリッピング、マニュアルモードでのクイック&ダイレクト感を強調している。
基本デザインは同一もフェイスには個性が…
BRZはトヨタの86と同様に、トヨタ・ヨーロッパデザインが基本デザインを行い、トヨタ社内で量産適合を行っている。低いボンネット高、上面凹を設けた低いルーフ高、低いショルダーラインをベースにしながら、抑揚のあるフェンダーデザインとし、ロングノーズ&ショートテールのスポーツクーペ・デザインでまとめられている。
エクステリアでトヨタ86との違いは、フロントのバンパーとグリル形状だ。フロントグリルはスバルの統一デザイン・アイデンティティのヘキサゴン形だが、スプレッドウイングの横線は入れられていない。またバンパーはヘッドライトの中央寄りの端部をバンパーでカバーすることでトヨタ86とは違うスバル・フェイスの表情に仕上げられているが、ヘッドライトのユニットそのものは共通である。
エアロダイナミクスは、Cd=-0.27とハイレベルに仕上げられている。特に床下の整流のため、大面積のアルミ製エンジン/トランスミッション・アンダーカバー、フロア下の樹脂製整流カバー、前後のタイヤ直前にホイールハウス内への気流の流れ込みを制限するフラップを装備している。
衝突安全向上に3ゾーンマネジメントを新採用
ボディの骨格は新環状力骨構造を基本にしながら、FR用として3ゾーンマネジメントというコンセプトを採用した。これは軽量化、FR用を前提に剛性と衝突安全性を高める手段だ。フロントセクションは操舵の初期応答を高める部分とし、完全な直線形状のフロントサイドフレーム、Aピラーの根元とストラットアッパータワー部を三角形のガセット形状を設けているのが特徴だ。
キャビン部ではAピラーとBピラー、ルーフサイドレール部などに980Mpaクラスの超高張力鋼板を多用している。これは軽量化と強度、剛性を達成するためだ。また、低い車高のため、側面衝突に対する対策としてもBピラー周辺を大幅に強化する必要もあったのだ。
リヤセクションはフロントからの操舵入力を遅れなくリヤタイヤで伝達するために重要な部分で、サイドシル、太いセンタートンネル、極太のリヤ・トランスバースフレームを組み合わせたペリメーターフレーム的にフロア外周の骨格を太くする手法とし、Cピラーの基部とリヤダンパーアッパーを結合させることで剛性を高めている。ボディフロアにフレームを付けるペリメーターフレーム的なフロア構造は同時にシート取り付け点を思い切り低めることができることになる。
また結果的に、ペリメーターフレーム構造にしたため、国産車では異例の内側フレーム配置となり、床下面はフラットに整形されているのも大きな特徴といえる。
図では紫色が超高張力鋼板、赤色が高張力鋼板の採用部位となる。また左右フレームを連結するバンパーレインフォース部は1500Mps 級の超高張力鋼板だ。フロント床下のエンジン/トランスミッション・アンダーカバーはプレス成形されたアルミ製で、この部分も左右のサイドフレームとサスペンション・クロスメンバーを連結する剛性部材として機能している。これはBMWのM3に使われている技法と同じだ。また軽量化ではリヤクォーターとリヤガラスは薄板として軽量化、ボンネットはアルミ製、フェンダー部分の鋼板は薄厚タイプとしている。
ミニバンより20cmも低い位置に着座する
室内では低い着座位置にしたのが大きなアピールポイントで、その地上高は400mm。ミニバンやSUVに比べ200mm以上低いことになる。ステアリングホイールは直径365mmのスポーツタイプで、グリップの形状や硬さはスポーツカー用としてチューニングされているという。
シートはスポーツタイプで、サイドサポートがやや張り出した形状だ。またドアは以前のスバル車で定番であったサッシュレス・タイプのため、密閉性と閉まりやすさを両立させるために、開閉時にウインドウガラスが自動的に昇降する方式を採用している。リヤシートバックは一体可倒式でトランクスルーとなる。ラゲッジ容量はゴルフバッグを2セット搭載でき、タイヤ4本がリヤシートを倒すことで積載できるスペースを備えている。
シャシーはスバルの新世代プラットフォームを使用しているが、サスペンションはこれまで通りフロントはストラット式、リヤはダブルウィッシュボーン式だ。ただし、フロントはボンネットの高さを従来のスバル車より低くするため、ストラットの長さが短縮されストラットアッパー部が低められている。さすがに倒立式は採用されず、またキングピンのキャスター角もインプレッサと同等でFR車としては小さめだ。フロントのキャスター角をFR用に特に大きく変更しなくても十分なハンドリングを実現できたという。
エンジン搭載位置がインプレッサより後退しているため、クロスメンバーの位置も後退し、そのためロアアームは従来品を前後逆転させて使用している。したがってボールジョイントの位置は後方に移動し、L型アームの後端は、従来はボディに垂直ボルトで取り付けられ、大型のブッシュを採用していたが、BRZでは垂直ボルトの支点は前方に配置されている。ちなみにこのL型ロアアームは一枚板金プレス製で、路面側が開口したオープン断面式となっているのは異例。ロアアーム前方のブッシュマウント部には追加サポートが設けられ、取り付け剛性を向上。したがって結果的にロアアームのコンプライアンス量は減り、前後方向の動きは少なくなっている。
なお、フロントストラットの長さは、ボンネットの高さが低いため、取り付け点が低められており、結果的にインプレッサなどと比べると大幅にショートタイプとなっている。したがって、短い全長のダンパーでストロークを確保するために相当な苦心をしているはずだ。
したがって、巷間で語られているようなアフターチューニングにおける車高ダウンは、厳しいといわざるをえない。全長の短いストラットで、バンプラバー長さと折り合いをつけながらストロークを確保するのは容易ではないので、せいぜい10mmダウンといったレベルしか許容できないだろう。また同じくアフターチューニングでスプリングレートをアップすると、全体的にダンパーの油量が少ないだけに、減衰力の設定も簡単にはできないはずだ。
リヤ・サスペンションの構成は従来と大きな変更はないが、サスペンションリンクではアッパーアームやリンクブッシュは新設計となっている。サブフレームが抱えるリヤデフは従来より1ランク上のサイズになっている。リヤ・サブフレームの上下入力はこれまでよりはるかに大きいので、どのようなチューニングになっているかは興味深い。そして、リヤデフにはトルセン式LSDを装備する。
未確認だが、86とは違うスペックとの噂も…
なおトヨタ86とスバルBRZでは、ダンパー及びスプリングのスペックが異なり、フロントのスプリングレートはBRZが10%ほど高いと噂されている。ハンドリング、コーナリングでの両社の思考の違いを表しているとすればこれは大変に興味深い。ステアリングは電動パワーアシスト付きで、シンプルなコラムアシスト式だ。
ステアリングラックのマウントは2点のキャノンマウントを使用したボルト止めで、ギヤ比は13:0とクイックレシオにしているのが特徴。しかし、ギヤ比がクイックであればスポーツカー的とは言えない。あえてFR駆動にこだわったスポーツカーというからには、FRならではの質感の高い、正確でエモーショナルな操舵フィーリングがどのように達成できているのかが肝要だ。
タイヤは215/45R17がメインで、前後同サイズ。前後異サイズとしなかった理由はコスト抑制だろう。チョイスされた銘柄はミシュランのパイロットプライマシーHPで、プリウス用と同じ。このタイヤはハイパフォーマンス型ではなく燃費も重視したバランス型のタイヤだ。ブレーキは15インチ・ディスクで、前後ともベンチレーテッドを採用している。VSC(ESP)はオフ/ノーマル/スポーツのほかに2モード、合計5モードを切り替えることができる。
なお、このスバルBRZ、トヨタ86の開発はすでに完了し、現在は量産の準備を整えている段階。発売は来春が予定されている。しかし、この2ドアクーペでは収益はあまり期待できないということもあって、このパワーとレーン・パッケージを使用した4ドアスポーツセダン、スポーツSUVなどの企画も進展するのではないかと推測される。
最後にショー会場に展示されていたレース仕様だが、そのボディデザインはスバル・デザイン部が担当したとのこと。スーパーGTのGT300クラスへの参戦については、すでに11月13日に「2012年に参戦する計画を推進中」ということが発表されている。
■スバルBRZ主要諸元
●ディメンション:全長×全幅×全高=4240×1775×1300mm/ホイールベース=2570mm/車重=1220kg ※ ●乗車定員:4名 ●エンジン:水平対向4気筒 直噴DOHC/排気量=1998cc/ボア86mm×ストローク86mm/最高出力=147kW(200ps) ※/最大トルク=205Nm(20.9kgm) ※ ●トランスミッション :6速MT(6速AT) ●駆動方式:FR ●サスペンション(前/後):ストラット/ダブルウィッシュボーン ●ブレーキ(前/後):Vディスク ●タイヤサイズ(前/後):215/45R17(※は代表値または参考値)
文:編集部 松本晴比古