フォルクスワーゲンのディーゼルゲート事件、そして先ごろのメルセデス・ベンツのディーゼル・リコール問題と、クリーンと言われているクリーンディーゼルについて、改めて検証してみたい。これは従来のディーゼルエンジンに革新的技術を投入しているもので、排ガスがクリーンであることから、乗用車向けはこう呼ばれている。その革新的技術とは何か?またマツダのスカイアクティブと他のクリーンディーゼルとは何が違うのか?見てみよう。
現在のクリーンディーゼルのベースとなる技術は、デンソーが1995年に商用車用ディーゼルとして世界初のコモンレール式直噴システムを開発した。また一方で、フィアットが開発していた乗用車用コモンレール式直噴システムをボッシュが引き継いで開発し、1997年に量産化したことでディーゼルのポジションは一変することになった。
コモンレール式とは、高圧ポンプで燃料を加圧して各気筒に分配し、気筒ごとに精密にコントロールされた燃料が電子制御インジェクターにより噴射されている。また燃焼行程では、複数回に分けて燃焼を噴射する多段噴射によって出力の向上、排ガスの浄化ができるようになった。そしてさらにターボチャージャーとの組み合わせで、高出力化も実現している。
これが現在のクリーン・ディーゼルのベース技術になっているものだ。また精密な高圧燃料噴射、つまり燃焼の制御を精密化させるために、本来はスロットルバルブのなかったディーゼルもその後は、スロットルバルブ、エアマス(エアフロー)センサー、燃圧センサー、O2センサーなど多くのセンサーを装備するようになり、もちろんECUは燃焼、触媒のフィードバック制御が採用されている。
ガソリン・エンジンの最高熱効率は30%台(40%超えるICEも出てきた)であるが、ディーゼルは40%以上であり、結果的に燃費、CO2排出量でディーゼルが有利となる。さらに低速で強力なトルクが得られる特性を持っているのがディーゼルだ。2000年代に入りこうした性能、特性がヨーロッパで受け入れられ、全乗用車の50%がディーゼル・エンジン搭載車になるまでに至ったわけだ。
ディーゼル車が乗用車の中で過半数に達しているのはヨーロッパと補助金制度のあるインドのみで、アメリカで2~3%、中国で1%と、グローバルで見て極端に偏りがあるのも現実である。ヨーロッパでは1998年では20%程度が乗用車ディーゼルであったが、2000年以降は急速にディーゼル比率が上昇している。その結果、BMWでは現在、全生産エンジンの65%がディーゼルとなっているのだ。
■PM、NOxをどう処理するのか?
ディーゼルはガソリン・エンジンよりCO2排出量は少ないが、有害物質であり、触媒を劣化させる硫黄酸化物(SOx)、すす(黒煙粒子状物質:PM)、窒素酸化物(NOx)が排出されるため、時代とともにこれらの対策が求められるようになった。
ディーゼルは高圧縮での圧縮自己着火システムであり、燃焼は希薄燃焼となる。このためガソリン・エンジンで使用される3元触媒、つまり理想空燃比の状態で炭化水素(HC)、CO、NOxを同時に処理して無害化する触媒が使用できず、有害物質を各物質ごとに処理する必要がある。
まずNOxに関して、燃料となる軽油の成分から、原因となる硫黄を除去する脱硫技術が、ヨーロッパや日本の燃料精製メーカーにより実現している。
CO、HCは酸化触媒を使用して除去することが可能で、黒煙由来のPMは微粒子捕集フィルター(DPF)で捕捉する。ただしDPFはすすが蓄積されるので、走行中に燃焼室に追加燃料噴射を行ない、フィルターを加熱して煤を再燃焼させるシステムを備えている。
ディーゼルの燃焼における黒煙の発生抑制とNOxの抑制は背反関係にある。黒煙の発生を抑制しようとするとNOxが大量に発生し、NOxを抑制するようにすると黒煙の発生量が多くなるのだ。公的機関による排ガス規制は、ディーゼル普及期にはCO、HC、黒煙の対策が求められたが、新たな排ガス規制では黒煙の抑制と同時にNOxの規制強化が行なわれ、ユーロ6(2015年~)、日本のポスト新長期規制(2009年~)ではNOxの対策が必須となった。
また、アメリカにおいてはTier2 Bin5規制(2004年~)によりディーゼル乗用車はガソリン・エンジンと同等の極少レベルまで抑制することが求められ、さらに使用後5万マイル、12万マイルの時点でも規制をクリアする必要がある、つまり触媒類の経年劣化が認められないのだ。
■NOx吸蔵触媒、尿素SCRには一長一短がある
そのため、ディーゼル・エンジンを製造するメーカーは、新たな規制に対応したNOx浄化技術の開発が求められた。ドイツ、日本のメーカーは、小排気量のディーゼルでは大量のEGRを使用してNOxの発生量を抑え、発生したNOxはNOx吸蔵還元触媒で処理するシステムを開発した。一方で、大排気量・大出力のディーゼルは発生したNOxを尿素還元触媒(SCR)を採用し、燃費や出力の低下なく処理できるシステムが脚光を浴びることになる。
NOx吸蔵還元触媒はガソリン・エンジンの希薄燃焼で発生するNOx対策としても使用されたが、ディーゼル用として採用されることになる。この触媒はNOxを蓄積するため、走行中に一定のタイミングで燃料を噴射し蓄積されたNOxを高温化して窒素に還元するリッチ・スパイク噴射が組み込まれている。ところが、NOx吸蔵還元触媒には、高価なプラチナやロジウムなど貴金属が使用され、そして燃料内の硫黄成分により劣化することが欠点でもある。
尿素選択還元触媒は、元々はプラント用に倉敷紡績などが開発・実用化し、その後は日本の大型トラック用として開発したシステムだ。触媒によりアンモニアと吸蔵されたNOxを反応させ、窒素と水に変化させる仕組みだが、還元触媒の他に尿素水を貯蔵するタンク、触媒に尿素を噴射する専用インジェクターが必要で、システム的には大掛かりとなる。
■実際の各社の排ガス対策方法は?
現在、クリーン・ディーゼルと呼ばれるディーゼル・エンジンは、世界各国の排ガス規制、特にユーロ6、日本のポスト新長期規制をクリアしたエンジンを意味し、そのためNOx対策を加えたエンジンの総称となっている。
またディーゼル・エンジン制御システムの総合的なサプライヤーは、ドイツのボッシュ、日本のデンソーがビッグ2となっており、エンジン制御、高圧燃料ポンプ、インジェクター、コモンレールなどをトータルでサポートしている。
さて、こうした最新の規制をクリアした代表例を上げてみると、最初の投入はBMWの2.0LディーゼルN47D20C型だ。コモンレール、ソレノイド式インジェクター、シングルターボで、NOx吸蔵還元触媒を装備。このディーゼルはガソリン・エンジンと共用したモジュラーエンジンで、また、X5の3.0Lディーゼルは尿素触媒式を採用している。つまり、排気量によって対策技術を使い分けているのだ。
メルセデス・ベンツCクラスに搭載されるディーゼルは、651型で、排気量は2.2Lだ。BlueTECの名称が付けられ、尿素触媒を装備。またターボは2ステージターボを採用するなど、大排気量ディーゼルと同等のシステムとしているのが特徴だ。
ボルボが新開発したD4も開発初期からガソリンとディーゼルの関係はモジュラー設計されており、エンジン部品の25%が共通部品、25%は別部品、50%は類似部品という構成になっている。このD4エンジンは、ボルボとデンソーで共同開発したものだ。
その特徴はデンソーが開発した乗用車として世界初の気筒別フィードバック制御「i-ART」テクノロジーを採用していることだ。i-ARTはソレノイド式インジェクターに燃焼温度モニターと噴射圧力モニターを一体化し、複数回の噴射ごとにフィードバック制御を行なうことで、各気筒の噴射圧や噴射量のばらつきを抑え、正確かつ精密なマルチ噴射が可能になっている。
またECUは気筒ごとの空燃比を正確にコントロールすることができ、排出ガスや黒煙の低減、出力の向上を実現。NOxの発生を抑えた上でNOx吸蔵還元触媒を採用している。またD4は出力を向上させるためにシーケンシャル・ツインターボを採用している。
ジャガーXEに搭載されている新型の2.0LエンジンはINGENIUM(インジニウム)エンジンという名称が付けられ、ガソリン、ディーゼルともに新規に開発されている。ディーゼルは可変エギゾースト・バルブ・タイミング、低圧クールドEGR、尿素SCRシステム を採用し、ユーロ6、ポスト新長期規制をクリアしている。
新世代のクリーン・ディーゼルでユニークなのはマツダのスカイアクティブDだ。日本製のクリーン・ディーゼルは、ミツビシ、日産がNOx触媒を装備して先行したが、マツダは14.0:1という空前の低圧縮比を採用し、さらにEGRを加えることで低温燃焼を実現しNOxの発生をさえることでNOx吸蔵触媒、尿素SCR触媒なしで規制をクリアしている。
メルセデス・ベンツの651型ディーゼルエンジンは圧縮比16.2、BMWは16.5、ボルボは15.8といった圧縮比で、これまでミツビシ・ディーゼルが14.9と最も低圧縮であったことを考えると、スカイアクティブDは思い切った低圧縮比であることがわかる。しかし、冷間始動で着火が困難になるため、グロープラグで着火し、着火後は専用に装備した可変リフト式排ガスバルブを開いて排ガスを逆流させて着火を安定させている。また出力を確保するために2ステージ・ターボを装備しているのも特徴的だ。
このようにマツダを除き、各エンジンは従来の排ガス処理システムに加え、NOx吸蔵触媒、尿素還元触媒を装備し、さらに精密な燃焼制御を行なうことで排ガス規制をクリアしているが、ガソリン・エンジンに比べ、高圧直噴システム、ツインターボ、各種触媒の装備などにより結果的にコストが高くなっているのも実情だ。
■次々と要求される新技術
またフォルクスワーゲンのアメリカにおける不正プログラム事件を契機に問題になっている、排ガス試験モードではない、通常の公道走行における排ガスレベル、つまりReal Drive Emission(RDE)も改めて注目されてきている。
現在の排ガス、燃費性能は各国のテストモードに合わせ、台上試験、つまり、一定の気温、気圧のもとで、シャシーダイナモ上でテストモードに合わせた運転を行ない、排ガスを測定検査する方法で行なわれるが、テストモードを超える急加速や高速運転では当然ながら規制値を上回る排ガスレベルとなることは言うまでもない。そこでRDEの手前としてWLTCが採用されている。こちらはテストモードが市街地や高速道路など実際の場面に近いモードが設定されているので、実用燃費により近づいているわけだ。
高効率でパワフルというディーゼル・エンジンではあるが、RDEやPM2.5といった新たな規制の動向を見ると、今後、新たな高いハードルが生まれ、クリアする技術の開発が求められることになるだろう。