マツダのスカイアクティブという用語が誌面を飾り、デミオ、アクセラ、CX-5の評価も雑誌、Webなどで見かけるようになってきた。その名称はすでに耳に馴染んできたようだが、果たしてその意味まで理解されているのだろうか? ここでは、聞きなれてきたスカイアクティブについて、理解を深めるとともに、マツダが提唱するサスティナブルZoomZoomについて、マツダが向かい合っている将来について考察してみたい。
マツダはハイブリッドやEV車などの開発では、トヨタや日産、三菱など、また、欧州の各メーカーより出遅れているようにも見えるが、マツダの理念は一部の車種の燃費を飛びぬけた性能にするというものではなく、マツダ車全部のクルマの燃費が良くなることを目指している。運転して楽しい、所有して満足など、魅力的なクルマを提供し続けることを宣言しているのだ。そのための長期ビジョンがサスティナブルZoom-Zoom宣言というものだ。
つまり、永続可能な未来の実現に向けてマツダが取り組むことを宣言した、ということだ。その魅力のひとつとして2015年までに08年比30%の企業平均燃費向上という宣言も含まれている。そして、その実現に向けて製品のリリースがすでに始まっている。
その具体的方策のひとつがスカイアクティブになる。近年、EV車、PHV、HVなどガソリン消費量を抑える、あるいは使用しないパワートレーンが出てきているが、それは一部の車種によるもの。それではマツダの目指す、すべての車両の燃費を向上させるという目的とはズレが生じることになる。
そこで、クルマの基本的なベース技術を見直すことで、燃費を向上、CO2を削減するという方向性を選んでいる。ベース技術の見直しとは、エンジン、トランスミッション、ボディ、シャシーなどクルマづくりをもう一度見直すことからはじめている。そうした先にはマツダが目指す、全車の性能向上に繋がると考えているわけだ。
当然そこには、相反する課題を同時に解決するという発想があり、挑戦が始まっている。そこには技術的なブレークスルーがあり、それにともなう生産分野においても、新たな革新が必要であり、それを「もの造り革新」と位置づけ、クルマの製造そのものを変えていくというマツダの全社的な一大プロジェクトの活動となる。
さて、その企業理念はわれわれユーザーには直接関係してこないが、なんだかマツダのクルマに触れるたびにサスティナブルズーム・ズームとか、スカイアクティブとか、ビルディングブロック戦略、あるいはもの造り革新と、新語が羅列で押し捲られる。その中でも、直接ユーザーが肌で感じるもの、それは、これら新語がひとつの製品に注入されたものであり、つまり完成した車両がこれまでのマツダ車とは異なり、これまでのランクより上のレベルになっているということである。
具体的には、単に燃費がいいだけでなく、走る楽しさが追求されているように、ハンドリングが意のままに感じ、人が操作するものに対して、機械であるクルマが人の言うことを良くきくように反応することであったりするのだ。
では、そこまでに仕上げるために投入された技術は、何であろうか?そこには必ず技術的ブレークスルーが存在するわけで、その新技術の総称がスカイアクティブ技術となるのだ。
では具体的にそのスカイアクティブを見てみよう。そのきっかけは、やはり環境問題で、地球温暖化に影響があるとされるCO2の削減、また原油、つまり化石燃料の消費を減速させること。これらの問題に立ち向かった技術が、エンジン、内燃機関の効率を見直すことからだった。そしてマツダは他の自動車メーカーとは違うアプローチからスタートした。
マツダが見直した内燃機関
内燃機関の効率は、専門家(=研究者)の間では効率が悪いというのが常識化されている。120年もの長い歴史のある内燃機関だが、燃料のもつエネルギーの70%〜80%は途中で失われ、動力としてタイヤに伝わっていないという。その効率問題の解決に、燃料消費の削減=CO2削減がテーマとして開発され、その結果ハイブリッド、つまりエンジンをモーターでサポートする、あるいはモーターだけで走行するという手段を一部の車種に採用している。
しかし、マツダは全てのマツダ車が高効率であることを目指しているので、ダウンサイジングや補器類による手法は選ばなかった。エンジンそのものの効率を上げることで燃費やCO2削減に対処していこうというわけだ。したがって、ダウンサイジングも含め、補器類に頼ることより、高効率化そのものに正面からぶつかっている。その高効率化された内燃機関があれば、そこにターボやハイブリッドシステムを組み合わせることも可能で、そうすれば、これまで以上に高効率化される。したがって、まずは、コンベンショナルなものから見直すという方向で取り組んでいるのだ。
具体的には、燃料が燃焼することで発生するエネルギーのうち、70%〜80%を失っている。その内訳を見てみると、排気損失、冷却損失、ポンピング損失、機械損失という4つの主要損失に区分できると、パワートレーン開発本部長の人見氏は説明している。そしてこの損失を少しでも低減するために、制御可能なものは、圧縮比(膨張比)、空燃比(比熱比)、燃焼期間、燃焼タイミング、ポンピングロス、機械抵抗の6つであり、この制御因子を理想に少しでも近づけていくことが、内燃機関の進化を意味すると考えているわけだ。
ではその6つの因子4つの損失とはいったいどんなものなのかを見てみよう。
排気損失とは、排気ガスの持っている熱量のことを指し、燃焼により熱が発し、その発生熱量は排気ガスとともに、そのまま捨てられているということである。冷却損失は燃焼室内の熱量がエンジンブロックやピストンなどへ逃げる損失である。ポンピング損失とは、エンジンはポンプのように空気を吸入し、そして排気する。これを行うのにエンジンの出力が用いられ、エンジンの正味出力からみて損失となることを意味している。
そして6つの制御因子のなかでガソリンエンジン、ディーゼルエンジンともにキーとなったのが圧縮比であったとマツダの人見氏は説明する。そして技術的なブレークスルーを経て、ガソリンでは高圧縮比化することで、ディーゼルは低圧縮比化することで、最適噴射タイミングと機械損失を大幅に低減でき、クリーンで高効率なエンジンを実現できたとしている。それが、ともに圧縮比14という内燃機関というわけだ。
ガソリンエンジン=スカイアクティブG
さて、圧縮比をあげればさまざまなスケールメリットがあることはエンジニアの間では常識であったが、なぜ、圧縮比をあげることに挑戦しなかったのだろうか。これまでのガソリンエンジンではせいぜい10〜12程度までである。マツダの人見氏によれば、圧縮を上げていくとノッキングが発生しトルクの低下が起こる。だから、ある数値以上の圧縮比はトルク低下、ノッキングというデメリットばかりになり、メリットがないと考えられていたという。
しかし、あるレベル以上に圧縮比をあげると、低温酸化反応と呼ばれる現象が発生し、トルク低下が起こらないことがわかったと人見氏は説明する。この低温酸化反応は、ガソリンに含まれる分子内の結合が切れたときに生じるエネルギーによる発熱反応のことであり、この発熱の分だけ、エンジン内部での仕事が増加し、トルク損失がまかなえるという。そのためスカイアクティブGでは、点火タイミングを上死点後に設定し、上死点近傍から着火点までの間に生じる低温酸化反応による発熱反応で大幅なトルク損失とならないようにできるというわけだ。
高圧縮化することでクリーンなエンジンとなり、高効率なエンジンとなるわけで、圧縮比14.0(日本仕様は13.0で欧州仕様が14.0。オクタン価違いに対応)は現行比15%の燃費改善ができ、現行ディーゼルレベルと同じである。そして低中速トルクを現行エンジン比15%改善できている。が、一体高圧縮比化できたそのブレークスルーはどこにあったのだろうか? 答えのひとつが高圧縮エンジンの課題はノッキングの解消である。
ノッキングとは、燃料と空気の混合気が高温高圧にさらされることで正常な燃焼が終了する前に自己着火してしまう異常燃焼のことで、不快な高周波音を発生する。これは圧縮上死点付近の温度が高くなるために自己着火が発生しやすくなるためだ。
その対策として、残留ガスの低減に着目している。つまり圧縮上死点温度が上昇しなければいいわけで、排気されず燃焼室内に残る高温の残留ガスがなくなれば、あるいは少なくなれば、自己着火は起こりにくいというわけだ。マツダによれば、圧縮比が10、残留ガスの温度が750℃、新気の温度を25℃と想定した場合、残留ガスが10%残っていると、圧縮前のシリンダー内温度は約70℃上昇し、圧縮上死点温度では約160℃も上昇する計算になるという。つまり、残留ガスを8%から4%に半減すれば、圧縮比を3上げても、圧縮上死点温度は同じという計算もできるという。
その残留ガスを大幅に低減する手法のひとつが4-2-1排気システムである。それはエキマニが短い場合、排気された排気圧力波は吸気行程を迎えようとしている気筒へすぐに到達し、一度排気されたガスが再び燃焼室内に流入してしまい、高温の残留排気ガス量が増大する結果となる。しかし、エキマニの距離が長ければ、その到達時間も長くなり、他気筒への影響は少ないと言える。
もっとも、この4-2-1排気は、トルクを太らせる効果もあるため、レーシングカーやオートバイの排気管には昔から採用されている技術でもあったが、別な役目も果たすことがわかった。つまり、長い4-2-1レイアウトは排気高圧波が他気筒へ伝わるのは極低回転域に限られ、ほぼ全回転速度域で残留ガスの低減をはかることができるのだ。具体的には600mm超の管長が必要であったが、ループ型の排気管を採用することで省スペース化も可能にしている。
また、4-2-1排気の課題となるのは、触媒までの距離が長いため、排気ガスの温度が低下し、触媒の早期活性化ができないということが起こる。そこで、点火タイミングを遅らせることで排気ガス温度を上昇させている。スカイアクティブGでは、始動直後に点火時期を大幅に遅らせてもエンジンが不安定にならない燃焼を実現させ、触媒の活性化という問題を解決している。
それはピストン上面にキャビティを設け、さらに燃料噴射を最適化し、プラグ回りに成層混合気が生成されるようにしたことで、点火時期が遅れてもノッキングを起こさない燃焼が可能になったという。また、このキャビティを設けたことで、初期の火炎がピストンに接触し冷却損失も低減できているという。
また、ノッキング回避のため、燃焼時間の短縮にも取り組んでいる。燃焼時間が短縮すれば、未燃混合気が高温状態にさらされる時間が短縮され、ノッキングが起こる前に正常燃焼を完了させることができる。具体的には空気流動の強化でタンブル、スワールなどの渦流を利用し、噴射圧力の強化(150bar)、マルチホールインジェクター(6噴口)による噴霧特性改善などにより、従来以上に均質で、流動の強い混合気を生成させることができ、燃焼時間は短縮される。さらに、キャビティピストンが燃焼初期の火炎がピストンにあたり、火炎成長が阻害されることも回避され、より短時間に燃焼するようになる。
ここまでは燃焼に関するブレークスルーについてレポートしてみた。このほか、機械損失を低減するために、これら内燃機関に使われるパーツの軽量化とフリクションロスにも取り組んでいる。主に、往復回転系部品の小型軽量化はレスポンス向上にも大きく寄与しているという。
具体的には、ピストン&ピストンピンの軽量化(20%)、コンロッド(15%)、ピストンリング張力低減(37%)、クランクシャフトメインジャーナル小型化(径6%、幅8&)、電子制御式可変油圧小型オイルポンプの採用(オイル圧送時損失約45%)などなどが低減されている。
ポンプ損失に関するブレークスルーだが、現状スロットルバルブは採用しており、通常のエンジンと同様であるが、吸排気バルブの開閉タイミング、リフト量を可変とすることで、対応している。(可変リフトは採用していない)。そして、吸気バルブは超遅閉じという説明であることから、上死点後も吸気バルブは開いている可能性があり、いわゆる可変膨張比のミラーサイクル運転をしていると想像できる。
BMWが採用するバルブトロニックは、吸気バルブを機械的に直接開閉するため、ポンプロスは生じない。しかし、マツダでは、新たな機構を採用するには、コスト増にもつながるなどの理由で、現状はスロットルバルブを採用している。しかし、この先は再び、あらたな新機構が生まれる可能性はゼロではないと思う。
ディーゼルエンジン=スカイアクティブD
一方、スカイアクティブDと呼ばれるディーゼルエンジンの特徴は、世界一の低圧縮比エンジンで、尿素SCRやNOx触媒なしで、ユーロ6、新ポスト新長期規制をクリアしている世界で唯一のディーゼルエンジンなのだ。圧縮比はガソリンと同じく14.0である。
↑左がガソリンエンジンで、→はディーゼルエンジン。オイルフィラーキャップの横にレベルゲージがあるのがディーゼルだ
さて、ディーゼルエンジンの課題となるのは、排気ガスをクリーンにすることだ。ディーゼルの排気ガスに含まれる成分のうち、主に問題とされるのがNOx(窒素酸化物)とPM(すす)である。かつて石原都知事のパフォーマンスで一気にイメージダウンした原因がこのPMである。さらに、昨今の排気ガス規制は日本だけにとどまらず、世界中で規制は厳しくなっている。
中でも世界でもっともディーゼル規制が厳しい基準なのが日本というわけだ。その厳しい規制をクリアしたエンジンは、すでに数社からリリースされている。よく知られているものでは、メルセデス・ベンツのブルーテックと言われるエンジン。今年の3月に導入したBMWのブルーパフォーマンス、さらに日産のXトレイル、三菱パジェロに搭載したディーゼルなどがある。しかし、これらのディーゼルエンジンはすべて高価なNOx触媒を装着するか、あるいはアドブルーと呼ばれる尿素を使ってクリーンにするという、いずれかの装置を装備して、規制をクリアしている。
このスカイアクティブ・ディーゼルはこれらの特殊な触媒や装置を装備せずとも、この世界一厳しい規制をクリアしている世界で唯一のエンジンであるところに、技術的なブレークスルーを見て取ることができる。
ではどうやって、この問題を解決していたのかを見てみよう。
まず、ディーゼルエンジンは、高温高圧に圧縮した燃焼室に燃料を噴射し、自己着火(ディーゼリング)させることでエネルギーを取り出すエンジンである。そのため、通常の圧縮比は16〜18というのが一般的である。そして、この高温高圧縮の状態で、上死点における圧縮温度・圧力は非常に高くなっており、この状態で燃料が噴射され、適切な混合気が形成される前に着火し、局所的で不均一な燃焼が起こっている、というのが一般的なディーゼルエンジンである。
その結果、NOx(窒素酸化物)が生成されたり、酸素不足の燃焼によるPM(すす)の発生を招いているわけだ。このため、近年の厳しい排出ガス規制の下では、最適な効率となる上死点付近での燃焼を断念し、ピストンが下降し、圧力と温度が下がるのを待ってから燃焼させるようにしている。
であれば、圧縮比を下げてしまうという手段も生まれてくる。圧縮比を下げると上死点付近での圧縮温度、圧力は低くなり、燃料を噴射しても着火までの時間が長くなるため、燃料と空気の混合が促進される。その結果、均質な燃焼を得やすくなり、局所的高温や酸素不足が回避されNOxやPMの発生は少なくなると言うわけだ。また、実質の仕事量(膨張比)も大きく取れるので、従来の高圧縮タイプのディーゼルよりも高効率となるというわけだ。
そして、この低圧縮化にはある恩恵が生まれる。従来のディーゼルより、最大シリンダー内燃焼圧力が下がるため、ブロック剛性などの構造体の最適化ができ、大幅な軽量化を実現できたという。具体的にはシリンダーブロックをアルミ化が可能になり、単体で従来(鋳鉄ブロック)比-25kg軽量化できている。またピストン単体でも単体重量が25%軽量することができたという。クランクシャフトでもメインジャーナル径を60mmから56mmに細くでき、25%の軽量化を達成している。その結果機械抵抗も大幅に低減できたということだ。
このような低圧縮によるメリットが分かっていても実際にはできなかった要因として、圧縮時の空気温度を低減すると、低温時の圧縮温度が下がりすぎて始動性が悪くなる。そして暖気運転中の圧縮温度・圧力により半失火が発生してしまうという2つの問題があったのだ。
この問題を解決するための技術的ブレークスルーは何だろうか。
ひとつには燃料の噴射ノズルがある。マルチホールのピエゾインジェクター(デンソー製)の採用により、燃料噴射パターンを多彩化し、噴射量とタイミングを精密化することで、混合気の濃度制御の精度があがり、低温時始動性が確保できた。つまり、着火しにくい低温時には着火しやすい混合気を作り出すことができたということだ。この新たに採用したインジェクターは1燃焼あたり最大で9回の噴射が可能な高性能なもので、プリ、メイン、アフターの3回噴射を基本に、負荷状態によって様々な噴射パターンで対応している。そしたこの緻密な噴射制御とセラミックグロープラグにより、低圧縮比でも確実な始動を可能にしたということだ。
半失火に対しては、始動後の暖機運転中に起こるわけで、排気側バルブに可変バルブリフト機構を採用し、吸気行程中にわずかに排気バルブを開き、排気ポート内の高温の残留ガスをシリンダー内に逆流させることで、空気温度を高めて圧縮時の温度上昇を促進し、着火の安定性を向上させている。つまり、一度燃焼がおこれば高温の排気ガスとなり、その排気ガスをシリンダーに戻すことでシリンダー内の温度を上げることができるという理屈である。
一方、低圧縮による出力ダウンは2ステージターボによってトルクの向上を図っている。装備されるターボは大小2個のターボチャージャーを運転領域によって使い分けるというもので、低回転域では小型の高レスポンスタイプを使いトルクを確保すると同時にアクセル・レスポンスをよくしている。さらに大量EGR下でも十分な量の空気(酸素)を確保することが可能となったという。つまり、過給するので酸素量が多くなるからだ。また、中回転域では大小2個のターボを使用し、高回転域では大型のタービンのみに切り替わり、トルク、レスポンスともに確保している。
ここまでは、スカイアクティブのエンジンについて、ガソリンとディーゼルを考察してみた。この先の予定はパワートレインで見逃せない、トランスミッションを検証し、また、ボディ、シャシーを考察してみたいと思う。