2012年9月18日、VW up!が発表された。ヨーロッパでは2011年11月から3ドア・モデルが発売され、2012年の春から5ドア・ボディの生産が開始された。またASG(ドイツ語でAMT、つまり自動化されたMTの意味)の生産も軌道に乗ってきたことから、このタイミングでの日本導入になったという。
3ドア・モデルのベースグレードは149万円で受注生産扱いとなるが、これは日本では3ドアモデルは少数しか売れないという判断だという。ただし最初の輸入でかなり3ドアボディも含まれているので、当面は納車時期が長くなることはなさそうだ。
メインモデルは5ドアのmove up!で168万円。フル装備モデルがhigh up!(183万円)ということで、軽自動車ハイトワゴン上級グレードから、ヴィッツ、フィットなどはもちろん、トヨタ・アクアくらいまでが価格的にターゲットゾーンに入る。
エンジンは1.0L・3気筒で、ヨーロッパでは60ps、75ps、それと天然ガス・エンジンがの3機種が設定されているが、日本は75psの1機種のみとしている。
ヨーロッパでは最廉価モデルは100万円程度から設定されいるが、これはESP、エアコンなどもない本当のベースモデルだ。対して日本仕様はシティエマージェンシーブレーキ(30km/h以下での衝突防止自動ブレーキ)、ESP、4エアバッグ、CD/MP対応オーディオなどを標準装備化しており、国産車に多いオーディオレスではない。ナビはPNDタイプをオプション設定している。ヨーロッパでは、新しいスタイルのオートクレジット、若者層にも加入しやすい車両保険などを設定しており、日本でも残価設定方式など新たな買い方を提案している。
up!は日本車キラーとして騒がれているが、本来のコンセプトは、VW社のニュースモールファミリー(NSF)とされる車種で、基本コンセプトはウルトラコンパクト・シティカーだ。
コードネームはタイプAAと呼ばれる。2007年にRR駆動のコンセプトカーとしてスタートし、その後、量産化にあたってFFに変更された。RRとするためには投資額が多くなり過ぎること、その後のグループ会社全体でのMQB(モジュラー生産コンセプト)とも整合しないと判断されたのだ。
up!は、ヨーロッパにおける若者層へのシェア拡大、韓国製などシェアを伸ばす低価格車に対抗すること、企業平均燃費の低減、新興国でのエントリー量販車という、多くの役割を持つ戦略モデルで、VWが2018年に世界No1メーカーになるという目標達成のための重要な役割を担っている。
日本市場では、低価格が売り物というより「デザインや質感にこだわりのあるクルマ」の路線を選んでおり、やはりDas Autoを前面に打ち出すのが得策と考えているようだ。おりしも軽自動車のスズキ・ワゴンR(111万円〜161.3万円)が発売されたばかりだが、ESPやエアバッグ、オーディオ、非常時自動ブレーキなどを標準装備するup!に対し、多くの国産車競合車より優位に立つ。
低価格だけが売り物ではないとはいえ、23.1km/Lという燃費(2013年半ばにはさらにアイドルストップ、減速エネルギー回生を採用しさらに燃費は向上するはず)、そしてVW一族らしい走りの実現は、日本の自動車メーカーを震撼させることは間違いない。ユーザー層は若者世代からダウンサイジング指向の熟年層まで幅広い。
クルマとしては、これまでのVW車と同様にクラスレスで、さらにup!はタイムレス(時代を超越)だとしている。
up!のボディサイズは全長3540mm、全幅1640mm、全高1480mm、ホイールベースは2420mmと、軽自動車よりわずかに大きいだけで、車重は900kg。
チェコのブラチスラバ工場で製造され、ボディは75%が高張力鋼板製。しかも超高張力鋼板、ホットプレス鋼板の合計が58%に及び、こうしたボディのつくりは圧巻といえる。高張力鋼板の多用により強度・剛性と軽量化を両立させているわけだ。軽量なボディにもかかわらず、静的捻じり剛性は1万9800Nm/度に達し、剛性の高さ、静粛性などもこれまでの常識を打破している。また1.8mm厚の高強度スチール製のフロント・クロスメンバーの強度・剛性も突出している。
up!の電動パワーステアリングはピニオンアシスト式で、多くの国産車がコラムアシスト式でチューニングに苦労しているのと対照的だ。フロントの剛性とこのピニオンアシスト電動パワーステアにより、直進安定性の高さ、中立でのステアリングの落ち着き、プログレッシブで自然な操舵感が実現されている。ちなみにロックツーロックは2.9回転だ。
エクステリアのデザインは、シンプルさ、明快さ、機能性といった要素を重視した、工業デザイン的な側面が強いが、同時の初代ビートルや初代ゴルフと同様にVWとしての歴史的なアイコンになることを意識しているという。ゴルフ由来の太いCピラー、水平なラインを駆使した端正なフロントマスクなどVWのDNAを採用している。
しかし細部を見るとボディ側面のプレスラインで生み出される陰影や張り、彫刻的な美しさが表現され、寸法的に限られたドアやボディサイドの張り出し面で、デザインが意図した彫刻的な面処理を実現する生産技術もきわめて高いと感じさせられる。
エクステリアで、5ドアと3ドアの識別はリヤ・サイドウインドウ後端の処理が異なり、5ドアモデルは水平に、3ドアモデルは跳ね上がり形状になっている。またリヤハッチは全面がガラス製で、スマートフォンのディスプレイをイメージさせる仕上がりだ。リヤコンビランプはボディ側に取り付けられているが、リヤハッチと一体のように見える。
インテリアは、大人4人がロングドライブできるスペースを持ち、ラゲッジ容量は251L、リヤ席を折り畳めば951Lとなる。インスツルメントパネルは上面がシボ付きの樹脂、ドライバーに正対する面の樹脂は、ボディカラーと同色塗装で仕上げられ、ビートルを彷彿させる独特の見栄えとなり、ありがちなデザインとは一線を画しているし、今の時代では新鮮が感じられるデザイン処理だ。メーターパネルは、ワゴンR、三菱ミラージュなどと同一のサプライヤー製で、デザインもほぼ同一である。
シートは薄型だが、ホールド性やフィット感は長時間ドライブにも堪えられるしっかりとしたものといえる。
エンジンは新開発の3気筒(EA211)で、DOHC・4バルブ、排気量999cc、圧縮比10.5で、出力75ps/6200rpm、最大トルク95Nm/3000rpm〜4300rpmだ。出力特性は低速型に特化させている。コストを重視したためポート噴射で、バランスシャフトはない。3気筒の偶力振動対策は、優れたエンジンマウントと、エンジンの運動部品の高精度化で対応しているという。
カムシャフトはベルト駆動、バルブ駆動はロッカーアーム式、吸気カムシャフトは可変タイミング機構が装備される。シリンダーはライナー入りのアルミダイキャスト/オープンデッキ構造で、エキゾーストマニホールドはシリンダーヘッド一体構造としている。
エンジン自体は、飛び道具を持たない定番技術でまとめられ、フリクション低減を徹底し、軽量、低速トルク型、高精度組み立てによって燃費と扱いやすさを重視しているといえる。
トランスミッションは、ヨーロッパでは5MTがメインだが、オートマチック版としてシングル自動クラッチ/自動シフトのASG(SQ100型)を採用する。専用開発された5速MT(MQ100)はわずか25kgとクラス最軽量だが、自動クラッチ&シフトのSQ100は+5kgの30kgに収まっている。ツインクラッチのDSGは約65kgだから、その半分の重量に仕上がっているのだ。コスト、重量、燃費の観点からup!にASGを採用したのは必然で、燃費はMTを上回る。
しかしながら、日本ではこれが一番の争点になる。これまでAMTがまったく定着していない(かつて電磁粉式自動クラッチ、いすずNAVI5、トヨタMR-S、イタリアやフランス車のAMTは存在するのだが)ため、自動車ジャーナリストの多くもトルコン式AT、CVTと同等の価値感から「ぎくしゃくする」、「変速が遅い」と非難することになる。
up!のASGに限らずAMTは、自動化されたマニュアル・トランスミッションで、加速時にはシフトアップのタイミングで一瞬アクセルを戻してやるだけで失速感なしにスムーズに走ることができる。なおASGはDレンジではエコドライブ用のギヤシフト制御がプログラムされている。
したがってこのプログラムに拘束されずに走るには、手動でギヤシフトを行う。操作としてはクラッチ操作なしのシーケンシャル・シフトというイメージだ。もちろんダウンシフトでは自動ブリッピングも行われる。動力性能は、0-100km/h加速が13.2秒、最高速は170km/hだ。
ステアリングを握って走り出すと、まず最初にステアリングのセンターが座り、しっかりとした安定感が実感できる。そして小舵角ではゆっくりと応答し、舵角が大きくなるにつれしっかり切れるというプログレッシブなステアリングのフィーリングと、路面からのフィードバックの正確さが感じられる。
車速が上がるといっそう直進安定性の確かさとボディのしっかり感が伝わってくる。これは言い換えると小さなクルマに乗っている感覚ではなく、もっと大型のクルマのような錯覚を感じるし、走り味がゴルフと同じフォルクスワーゲン一族だということもわかる。繰り返しになるが超コンパクトカーとは思えない走り味なのだ。
ボディの動きはフラットで、路面が荒れていても上下方向の動きで収まり、ピッチング方向の動きはよく抑えられているのも好ましい。エンジンは低速でもフレキシブルで、しかも滑らかなフィーリングだ。100km/hで2800rpmあたりとなり、最近のワイドレシオ化したクルマよりは高回転でのクルージングになるが、エンジン音の低さ、キャビン内の静粛さは特筆ものだ。そういう意味でup!は超コンパクトカーとはいえ、ロングドライブも平気でこなすことができると思う。
インテリアの質感、仕上げなどもさっぱりとまとめられ、オーナーの年代にかかわらず不満は出ないはずだ。シート形状も国産車とはかなり見栄えが違うのだが、座ってみるとフィット感やホールド性なども優れていると思う。
気になるASGだが、発進時にはクラッチが接続される時に微振動が感じられ、いうまでもなくATともCVTとも異なるフィーリングで、まさにMTの発進と同じ感覚なのだ。
このASGはエコドライブ、クルージングで使うならDレンジ。また加速時にシフトアップのタイミングでアクセルを戻すのが面倒なら、加速時でもアクセルを踏み込み過ぎないようにすれば滑らかに走るし、当然ながら燃費もさらに向上する。燃費に関しても、市街地でも20km/Lは容易に維持できると予想される。
きびきび走るなら2ペダルのMTと割り切ってマニュアル操作でギヤシフトするのが一番だ。なおこのASGには「P」ポジションは存在しないので、エンジンの始動は「N」のみで行う。またヒルホールド機能はブレーキを踏んで停止後2秒で解除されるので、坂道発進などはパーキングブレーキを操作するほうが確実だろう。
up!は価格そのものというより、コストパフォーマンスの驚くべき高さという観点で評価すべきだと思う。また愛らしいスタイリングからは想像しにくい直進安定感、しっかり感のある走りが安心感をもたらし、ツールとしての質の良さとドライビングが楽しくなる資質を十分に備えていると思われる。またハイブリッドカーに迫る燃費性能も大いに評価すべきだろう。