ベンチャー企業のテスラがミッドシップ電気駆動のロードスターを発売したのは2008年のこと。このロードスターの発売は世界を驚かせたが、ロードスターはテスラにとってはロータスをベースに開発したテスラの技術を投入した実証実験的なクルマであった。テスラにとっては2010年モデルとして計画されたモデルSこそが、初の本格的な量産車と位置付けられている。<レポート:松本 晴比古/Haruhiko Matsumoto>
テスラはモデルSの開発に当たって、自動車設計の経験があるエンジニアを集めている。モデルSの開発コンセプトは、独自のEV技術を採用しながら、アウディ、BMWなどドイツ製プレミアムブランドに対抗できるプレミアム・セダン(正確には5ドア・ハッチバックだが)だ。
テスラ第一作のロードスターとは異なり、アルミ製のEV専用シャシー、ホイールベース内側のフロア面に敷き詰めた18650規格のリチウムイオン電池など、テスラSには後のテスラのさまざまな車種のベースとなるプラットフォームが採用されている。このプラットフォーム、オールアルミシャシー、リヤアクスル上にマウントする駆動モーター、というレイアウトは、BMW i3とも共通しているのもおもしろいところだ。ただしモデルSのアッパーボディはアルミ製の骨格とし、フロントのサイドアッパーフレーム、Bピラーの内部は高強度スチールのハイブリッド構造としている。
モデルSの発売は当初の予定より大幅に遅れ、アメリカでは2012年6月からはじまり、日本導入は2014年9月からとなった。アメリカでも日本でも2010年頃から受注を開始しており、顧客は自らの意志で先行予約を行ない、納車を待つというのがテスラならではの販売スタイルだ。予定よりもデリバリーが遅れたのは、イーロン・マスクCEOがクルマの仕上げにこだわり、開発途中で多くの部分をリメイクしたからだという。
現在のモデルSのラインアップは、バッテリー容量の違いによる60kWh、85kWhと、85kWhバッテリーでデュアルモーターの85D(4WD)、P85D(パフォーマンス4WD)という4機種だ。
60は388psのモーターを搭載し、ヨーロッパ燃費サイクル(NEDC)で航続距離は390km、85は388psで502km、85Dは前後モーターで合計380ps、航続距離は502km、P85Dは前後モーターで合計700ps、航続距離は480kmとなっている。P85Dは2015年6月以降にデリバリーが開始される計画だ。価格はそれぞれ60が871万円、85が1000万円、85Dが1055万8000円、P85Dが1289万5000円となっている。
なおリチウムイオン・バッテリーは、ロードスターの初期モデルは民生用のリチウムイオン・バッテリーであったが、後期モデル以降からモデルSまでは自動車用規格の18650サイズを採用。バッテリーパックは水冷式としている。
さて今回試乗できたのは、モデルS 85(右ハンドル仕様)だった。プレミアムカーとしてのターゲットはアウディA6とされており、その影響もあってデザインはアメリカ車というよりもヨーロッパ風のテイストだ。
ボディサイズは全長4978mm、全幅1964mm(ドアミラー格納時)、全高1435mm、ホイールベース2960mmで、まさにDセグメントのフルサイズ・セダンだ。
ビッグサイズのクーペ風のボディだがパッケージングは独特で、リヤゲートを持つ5ドアとなっている。通常の5人乗りに加え、後ろ向きの折り畳み可能な3列目のシートをオプションで選択することができる。ただしこのラゲッジスペースに設置される3列目シートは、子供用のサイズだ。
この他に、エアサスペンションやプレミアム・インテリアパッケージ、自動運転と呼ばれている高度ドライバー支援システム、モーター出力、バッテリー容量、ボディカラーやホイールなども、注文時に自由に組み合わせカスタマイズできるのもテスラの特徴だ。
モデルSに乗り込むには、そのアクセス方法も独特で、マウスの形をした電子キーを持って、埋め込まれたドアハンドルに指を触れるとハンドルが自動的にせり出してくる仕掛けだ。インテリアは本革張り、本木目のトリムで、過剰なデザインではなくシンプルでシックなもの。インテリアでテスラならではの存在感を示すのはフル液晶のメーターパネルと、センターコンソール部にある17インチのタッチスクリーン式の液晶ディスプレイだろう。
メーター表示の主要項目は日本語表示となっている。ただ、各種のメーターディスプレイの表示項目や数字はけっこう細かく、走行中に見やすいとは言い難い。一方、センター部にある17インチディスプレイは、超大型サイズのタブレットといった印象で、Googleマップ、インターネット、Bluetooth対応の電話、カレンダー、エネルギー消費表示、メディア対応、そして車両コントロールのすべてがここに集約されている。画面をタッチして操作でき、表示される文字サイズも大きく、見やすい。
この17インチタッチスクリーンは、クルマのすべての機能を統合コントロールするパソコンといったイメージで、まさにテスラならではの装備だといえる。このディスプレイのソフトウェアは定期的にアップデートができるというのも、いかにもパソコン的だ。
EVの起動は、ブレーキペダルに触れるとシステムが起動し、メーターパネルに各種メーターが表示される。そしてステアリングコラムのレバーをDにすると走行できる。停車する場合はレバー先端のPボタンを押せばOKだ。なお、万が一の場合に備え、17インチ・ディスプレイ上で車両のシステム全体の強制シャットダウン・スイッチも設けられている。
走行モードは、コンフォート、ノーマル、スポーツを選択でき、アクセルペダルの反応、モーターの出力特性、ダンパーの減衰力がそれぞれ変更となる。またアクセルオフ時のモーターの回生力もスタンダード、ローという2種類を選択できるのもおもしろい。
走り出すと、やはり300psをはるかに超えるモーターのトルクとパワーは強烈だ。ちなみに0-100km/h加速は5.6秒、最高速は225km/hと発表されており、2108kgの車両重量と大きなボディサイズをまったく感じさせない、本格的なスポーツカー並みの加速力だ。
アクセルの特性も熟成されていて、わずかに踏み込んだ時は穏やかに、踏み込みに合わせた遅れのない加速を引き出してくれる。しかも加速中でも静かで、車内に聞こえるのはかすかなモーターの回転音というのもEVならではといえる。ただし、リヤシートではロードノイズや風切り音がやや大きくなる。これは大きなリヤハッチを持つからだろう。
さて強力な加速力とは裏腹に、ブレンボ製対向ピストン型を持つブレーキの初期タッチは、剛性感はあるが少し甘めとなっている。テスラSでのドライブでは、ブレーキペダルに踏力を強めにかける必要があるだろう。その一方で、アクセルオフでの回生ブレーキは、標準設定では強めで、素早くペダルを離すとブレーキランプが自動点灯するくらいの回生ブレーキがかかる。市街地でのブレーキはこの回生ブレーキを有効に使って走るのが快適だ。反対に高速走行では、回生ブレーキが弱めになる「ロー」を選択した方が乗りやすい。
電動パワーステアリングの操舵力は軽めで、しかも俊敏だ。ステアリング自体の剛性感は高いが、コンフォート、ノーマルではわずかな操舵にも車体が反応するクイックな特性を持っている。クイックなステアリング特性を好むドライバー向けのセッティングなので、高速道路などではスポーツを選択した方が操舵力も重めになり、直進安定性も高まると感じた。もちろんスポーツを選択すると、ダンパーもかなり締まったフィーリングとなる。
乗り心地はスポーツモードでもそれほど固めではなく、一般的なスポーティセダンのレベルだ。しかし、リヤシートはクッションの厚みも少し薄めで、乗員のシートに対するフィット感も物足りなく感じた。そういう意味では、やはりフロントシート優先のクルマと考えてよい。
EVとしては、500kmといった航続距離を持っているため、他のEVのように電池の充電状況を気にするというストレスがないのもモデルSの特徴だ。これだけの航続距離があれば、出先での充電は必要がなく、帰宅して夜間に充電するだけという使い方ができる。
テスラはアメリカでは自宅での充電や独自の無料急速充電システム(スーパーチャージャー)も提案しており、日本では東京、横浜、京都、大阪、神戸に設置されている。このスーパーチャージャーは世界最速の充電システムで、モデルS 85の電池を40分で80%充電できるという。しかし現時点で日本仕様は、CHAdeMO(チャデモ)急速充電に対応したアダプターが標準装備されている。
モデルS 85は、ヨーロッパ製のプレミアムカーを目指したクルマ造りと、現代のアメリカのIT文化を満載しているというふたつの側面を持ち、他のクルマとは比較しようのないテスラならではの個性を持つクルマということができる。