またまた激震が走った。2018年6月11日、ドイツ政府は11日、排ガスを不正に操作するプログラム(ディフィート・デバイスという)を搭載しているとして、ダイムラー社に対しメルセデス・ベンツのディーゼル車3車種のリコールを命じた。
■ダイムラー社が新たにリコールを命じられる
リコールの対象になったのはメルセデス・ベンツ「Cクラス」、SUVの「GLC」、商用バンの「ヴィトー」で、ドイツ国内のリコール対象車は23万8000台だが、ヨーロッパ全体では77万4000台を改修する必要がある。また、リコールと引き換えにダイムラーは約4800億円ともいわれる罰金を免れることができた。
実は、このリコールの決定前に、アンドレアス・ショイアー連邦運輸相とダイムラー社のツェッチェCEOとの会談がベルリンで2回行なわれ、2回目の会談の直後に、ショイアー連邦運輸相は「即刻かつ正式なリコール」を命じた。ツェッチェCEOは不正なエンジン制御プラログラムを搭載していることを認めなかったとされるが、ツェッチェCEOは運輸大臣から、4800億円の罰金か、あるいはリコールかを迫られ、リコールを選んだのだ。これは一種の司法取引と言えるかもしれない。
こうした決定の裏で実際に調査や判断を行なっているのは検察当局だ。自動車の型式認証などの権限を持つのはKBA(連邦自動車庁)だが、KBAは自動車メーカー側の事情に詳しいだけに検察側から見れば馴れ合いに見えるのかもしれない。
ダイムラー社は、今からおよそ1年前の2017年7月にもディーゼルエンジンを巡って、問題が発生した。検察当局は2017年5月にディーゼルエンジン車の排ガス制御プログラムに不正がある疑いで、ダイムラー関係先の家宅捜索を行なうなど詐欺などの容疑で捜査を開始していた。
しかし、ダイムラー社は不正行為を否定、ツェッチェCEOは「ディーゼルエンジンに関する議論で不安が生まれており、技術に対する顧客の信頼を高めるため、追加的な措置を決めた」と語っている。つまり、疑惑の目で見られているディーゼルエンジン車に対し、公式な措置のリコールではなく、自主的な改修、つまりサービスキャンペーンを行なうことを取締役会で決定した。対象車種はヨーロッパだけで300万台に達している。
ダイムラー社は大規模な自主的なサービスキャンペーンにより、排ガス制御プログラムのアップデートを行なうことで疑惑の矛先をかわしたわけだが、今回の件でも明らかなように検察当局はダイムラー社の追及を諦めていたわけではなかったのだ。
そして今回は、自主的なサービスキャンペーンではなく、行政命令としてのリコールを行なうに至った。ただ、ダイムラー社にとって、今回のリコール対象車の台数はそれほど多くない、という点は幸運といえる。
■アウディのシュタートラーCEOの容疑確定、BMWも・・・
このダイムラー社に対するリコール命令とほぼ同時期の、6月11日にフォルクスワーゲン・グループのアウディに対するディーゼル車排ガス不正捜査で、同部門のトップ、ルパート・シュタートラーCEOと購買担当責任者のベルント・マルテンス取締役が容疑者として特定され、家宅捜索を受けたことが明らかになった。2名ともにヨーロッパでのディーゼル車販売に関する詐欺、ならびに文書改ざんの容疑だ。
実は、アウディもディーゼルエンジンに関し85万台のリコールを命じられ、同社のディーゼルエンジンを搭載するポルシェも同様にリコールを行なっている。このリコールの原因を検察当局は突き止めようとしているのだ。
また過去にはBMWもユーロ5仕様のディーゼルエンジンのリコールを自主的に行なっているが、2018年3月に検察当局がBMWに対し最新モデルの新たな排ガス不正ソフトウェアに関する捜査を行なっている。捜査対象となったのはミュンヘン本社とオーストリアにあるシュタイヤーのエンジン工場だ。
検察当局は不正ソフトウェアに対する調査に着手して約1カ月を経て、約100名の捜査員がBMWの拠点への捜索を実施。捜査のターゲットは、750dとM550dの1万1400台に対して、実走行で排ガス制御を停止させるプログラムを搭載した証拠を得るためだった。
この不正ソフトウェアに関してBMWは「意図したものではなく、誤って搭載された」と主張し、KBAは不正プログラムとは考えないとしている。しかしその一方でBMWは、実際の運転条件でより多くの排ガスが発生していたことを認めており、いずれにしてもこれらのモデルに対してはリコールが予定されている。
■フォルクスワーゲンは、すべて決着か?
ドイツのディーゼルエンジンに関する疑惑は、フォルクスワーゲンの事件が出発点であることは間違いない。フォルクスワーゲンのアメリカ市場でのディフィートデバイス(不正なエンジン制御プログラム)の搭載が発覚し、最終的にはヨーロッパも含め1100万台という膨大な台数のリコールを強いられた。
またヨーロッパでも、従来のユーロ5、ユーロ6などの排ガス規制だけではなく、実走行でどれほどの排ガスレベルなのかというRDE(実走行排気ガスレベル)が注目を浴び、フォルクスワーゲンだけではなく、他のブランドのディーゼル車も厳しく調査されることになり、ダイムラー、BMW、アウディ、ポルシェなどが次々にリコール、また自主改修を行なわざるを得なくなった。
フォルクスワーゲンはアメリカ市場での不正プログラム搭載を認め、アメリカ政府に対し3.3兆円におよぶ空前ともいえる巨額の制裁金を支払う結末となった。また、リコールとして排ガス制御プログラムのアップデート、ユーロ5の車両は一部部品の交換を行なう措置を行なった。
そして最終的にドイツ、ヨーロッパ市場で排ガス不正プログラムを搭載した事実に対し、2018年6月14日にウォルフスブルクを管轄する検察局は、フォルクスワーゲン社に対して10億ユーロ(約1300億円)の罰金を支払うよう行政命令を出した。フォルクスワーゲンは「ディーゼルエンジンに関する責任を認める」とし、罰金を受け入れる。
この罰金は、2007年頃から2015年までの期間に1070万台で排ガス中の有害物質を除去するシステムに、実走行で排ガス制御停止プログラムを搭載していたことに対する罰金だ。10億ユーロの内訳は500万ユーロの制裁金と、不正に得た利益に対して9億9500万ユーロとされる。
フォルクスワーゲンは公式声明で「罰金の支払いの承諾をもって進行中の行政罰の手続きはすべて完了する」と発表した。フォルクスワーゲンは罪を認め、制裁金を支払い、一連のディーゼルエンジン問題に対していち早く決別しようというわけだ。
しかしながら、何のための規制なのか?という根本に戻れば環境破壊抑止が目的なわけで、罰金を払ったらすべてOKというようには、日本人としては考えにくい。やはり、誤った判断をしたという道徳的な部分は見直すべきではないだろうか。
■ダイムラー、アウディ、BMWは?
罰金を受け入れ、決着を急ぐフォルクスワーゲンに対して、ダイムラー、アウディ、BMWは、排ガス制御の不正プログラムの搭載を認めていないため、今後も検察当局は追及の手を緩める気配はない。
実は、検察当局の動きにはもう一つの伏線がある。ドイツは企業同士の談合、カルテルに対しては厳しく、政府機関として連邦経済技術省には連邦カルテル庁がある。そのカルテル庁は、2016年にフォルクスワーゲン、ダイムラー、BMW、アウディ、ポルシェの5社が部品調達から搭載技術の仕様まで、カルテルを結んでいるとして捜査に着手している。
ドイツのメディアによれば、この5社のカルテルは1990年代から行なわれていた疑いがあるとされている。フォルクスワーゲンはカルテル庁の捜査開始直後に自己申告し、ダイムラーも同様に自己申告した。ただ、この時点では鋼板の価格に関する価格調整疑惑に対しての自己申告だった。
だがカルテル庁は、本命はディーゼル排ガス対策システムに関する談合、さらにSCR触媒に噴射するアドブルー(尿素水)のタンク容量に関する談合があったと見て捜査を継続している。タンク容量が小さければ、ユーロ6の規制値を測るテスト以外ではアドブルーの噴射量を本来の必要量より抑え、結果的に実走行ではNOx排出量が増大するわけだ。
つまり捜査の本命はディーゼルエンジンの不正プログラムの搭載の温床となっているカルテルの有無なのである。もし最終的にカルテルが認定されれば、各社に巨額の制裁金が課せられる可能性もある。またいち早く、排ガス制御不正プログラムの責任を認め、罰金の支払いを受け入れたフォルクスワーゲンだけは一抜けた状態になるのだろうか?