マニアック評価vol171
2012年1月のデトロイトショーでワールドプレミアされた、キャデラックのエントリーラグジュアリースポーツセダンATSがいよいよ国内デビューする。発売に先立って、国内公道試乗会があり参加してきた。
キャデラックはご存知のようにGMのアメリカンラグジュアリーブランドであり、アメリカ大統領御用達のイメージも強い。100年を超すそのブランドだが、リーマンショックを期に一度倒産を経験し再生している。再生後、アメリカ市場ばかりに目を向けたクルマ造りから、世界に目を向けた商品造りへと舵が切られ大きく変貌している。その新生GMからもっとも変化の象徴となるキャデラックATSがいよいよ国内デビューする。
現在のキャデラックのラインアップをみると最上級にフルサイズセダンのXTS、CTSスポーツセダン、CTSクーペ、CTS-VとCTSシリーズがあり、SRXクロスオーバー、そして今、アメリカの成功者の証とも言われるエスカレードというラインアップがあり、いずれもボディサイズは大きく、国内なら巨大なサイズともとれる大きさのモデルがラインアップしている。
そのキャデラックブランドに仲間入りするATSはいわゆるC/Dセグメントに属するサイズで、デトロイトで生まれ、ニュルブルクリンクで鍛え上げられたというのがキャッチだ。グローバル市場に目を向けたこのクルマは、必然的にライバルはメルセデス・ベンツのCクラス、BMWの3シリーズ、アウディのA4ということになる。ボディサイズは全長4680×全幅1805×全高1415、WB2775(mm)でライバルとほぼ同じようなサイズとなっている。
しかし、どうだろうひと目見てキャデラックであり、プレミアム感があり、そしてアメリカ車であることをはっきり感じるのではないだろうか?デザインはやはりキャデラックの伝統を活かしつつ斬新なスタイル、美しさを持っている。ドイツのプレミアムブランドとは明らかにデザイン言語が異なるのがわかる。
「アート&サイエンス」をデザイン言語としてデザインされ、ATSは100%オリジナルで、それはインテリアも同じだ。使用されるアルミ、レザー、カーボンはすべて本物素材が使用され、イミテーションはない。上質なレザーがふんだんに使われ、ピアノブラックとメタルの装飾、回り込んだドアトリムによる囲まれ感と優雅さが同居する室内だ。違うのはフワッとした座り心地ではなく、超高速ドライブをイメージさせるシートだ。
座面、シートバックは太もも、尻、腰をリラックスさせながらも支えている感触があり、自然なドライビングポジションが取れる。そう、ニュルブルクリンクで鍛えたということは、走行性能を欧州基準で仕上げていることを意味し、走り出す前からその素性の良さが伝わってくる。
なお、ハンドル位置は左のみの販売であり、国内販売戦略では苦戦することが予想される。日本のために右ハンドルを製造するには、相当な販売台数がなければ実現できないだろう。
ボディはセダンタイプのFR。後輪駆動を採用し搭載するエンジンは、海外では直列4気筒の2.0L+ターボと2.5L+ターボ、そして3.5LのV型6気筒の自然吸気エンジンがあるが、国内は2.0L直噴+ターボの6速ATを搭載したモデルのみとなる。導入モデルは2グレードで3月2日発売が、今回試乗した「ラグジュアリー」、少し遅れて「プレミアム」が発売になる。
両グレードの最大の違いはシャシーで、磁性流体による減衰力制御のマグネティック・ライドコントロールと機械式LSDの装着である。それに18インチのタイヤ&ホイールという組み合わせ。今回試乗のラグジュアリーは通常のショックアブソーバーに17インチというベーシックモデルとなる。
ちなみに、この磁性流体の電子制御ダンパーは、流体に細微な鉄粉を含み、磁力が発生すると鉄粒子は瞬時に方向性を持ち、それが抵抗となって減衰力を生み出す仕組みのもの。必要とされる減衰力はセンサーによって検知され、センサーは路面状況を1/1000秒単位でセンシングし、5/1000秒でダンピング特性を変えるという先端技術のものだ。
インプレッションと解説
早速走り出してみる。都心から首都高速、東名高速と走り、箱根のワインディングを試走するルート。ニュルブルクリンクで鍛えた走りとは・・・
走り出してすぐの印象は「もはやアメ車ではない」。しっかりした操舵感はかつてのアメ車とは似ても似つかぬフィールで、ニュルが故郷という意味はすぐに理解できた。都心から首都高速に乗り、東名高速を目指す。細かなスロットルワークが要求される六本木周辺。タクシーの乗降、路線バスに、路駐だらけの車道を勢い良く走り抜ける自転車と、気を使いながらパーシャル&ブレーキングを繰り返すなか、キャデラックATSは滑らかに静かに走る。
首都高速に乗る。スロットルをやや踏み込めば本線合流はいとも簡単。低速からのトルクがしっかり立ち上がるのでこうした場面で焦燥感はない。0-100km/hを6.1秒で加速し、276ps、353Nmは1580kgの車体を頼もしく加速させる。本線合流後も6速まで滑らかにピックアップされ、静かに走る。100km/hはDレンジで1800rpm付近を示し、エンジン音は室内に入り込まない。
静かさの秘密にはBOSEのサウンドシステムも一役買っている。BOSEアクティブ・サウンド・マネージメントシステムは、3つのマイクで常時監視し、不快なノイズのみキャンセルするアクティブノイズキャンセレーション(ANC)機能を持ち、結果吸音材を減らし車輌の軽量化にも貢献しているのだ。
エンジンはアルミブロック&ヘッドの直噴4気筒。ツインスクロールターボは最大1.38barで過給され276ps/353Nmの「エコテック」と呼ばれるエンジンだ。他社の2.0L+ターボエンジンはフォードがエコブーストを持ち、ジャガーXJやXF、フォード・エクスプローラーに搭載している。出力は240ps/340Nm とGMのエコテックのほうが出力は大きい。また、BMWの2.0Lターボは3シリーズの328iが最もハイパワーな仕様だが、245ps/350Nm とわずかにこちらもGMエコテックの勝ち。車重もATSは1580kg、BMW328iが1560kg、ジャガーXFが1760kg。
直進安定性の座りもいい。ドイツ・プレミアムブランドと比較すると、やや甘い印象となるが、キャデラックユーザーやアメリカ車を知る人には十分アピールできる。このセッティングはやはり、従来からの顧客の期待を裏切らないための味付けも必要で、座りのしっかりしたニュートラルゾーンからの切り始めは、ややもすれば「重い」と言われかねないため、エンジニアの官能フィーリングに委ねられるフィールドでもある。
高速での車線変更などわずかにステアリングを切ったとき、滑らかに車線を移動する。わずかなステア操作に対して正確なハンドリングをするので、運転がしやすく疲れない。電動のパワーアシストを採用するが、ZF社のEPSapaという第3世代の電動パワーアシストが装備される。ラックにベルトを掛けるタイプでBMWX3に最初に採用し、多くのBMWモデルに使われているものと同じだ。手応えはコラムアシストタイプよりナチュラルで手応えがしっかりあり、スポーティドイラブに適している。
ワインディングでの走りは、ステアリング操作に正確に反応すること。そしてロールからヨーモーメントを感じ、リヤタイヤのグリップ感を腰で感じながらスロットル調整ができるリニアな印象だ。ボディ剛性の高さから包まれ感があり、安心感が高くどんどんハイペースになっていく自分に気づく。「もっと踏め」という、突き上げるような欲求を感じながら自制するいわば、明るい欲求不満に陥るのだ。
そして安心感の高いブレーキ、リニアなステアフィールが楽しい。やはりニュルブルクリンクで鍛えるためにはしっかりとしたボディが必要であり、シャシーの強化にとどまらず、ボディもしっかり造り込んだ成果だといえる。ブレンボのブレーキが装備されるが、ブレンボの性能をフルに発揮させるシャシーとボディであることが安心感という言葉で表現できる。
高張力鋼板、超高張力鋼板を広範囲に使用し、ボディ剛性を高めている。他にも異なる厚みの鋼板をプレス加工できるテーラードブランク工法の採用やスポット溶接、1台あたり100mにもなる接着剤の使用などで世界で戦うボディが造られている。
サスペンションでは、フロントがストラット式だが、ロアアームがA型ではなく、2本のリンクで構成され、ハブ取り付け部がボールジョイントのダブルピボットとしている。したがって仮想キングピン軸をタイヤ接地面中央にできる限り近づけることが可能となっていて、BMWと同じ方式でジオメトリーをつくっている。
リヤはマルチリンクでキャデラック初の5リンク式ということだ。アッパー/ロアの各2本で構成し、ダブルウイッシュボーンのようなレイアウトだが、リンクは個別に取り付けられているため、ジオメトリーの自由度が高く、リヤのコーナリング安定性に繋がる。
安全デバイスのコンセプトは「コントロール&アラート」でレーダーやカメラ、超音波センサーなどの先進技術が投入され、衝突回避/被害軽減がされる。イメージとすれば、車輌の周囲にレーダー、カメラ、超音波でバリアのようなシールドを張り巡らせ、危険を検知するとドライバーに知らせ、あるいはその被害を最小限に抑えるというシステムだ。
セーフティアラートドライバーシートは警告振動機能で、車線逸脱などを検知するとシートが振動してドライバーだけに知らせる。他にも警告機能として前方衝突事前警告機能(フォワードコリジョンアラート)、車線逸脱警告機能(レーンディパーチャーワーニング)、後退時安全確認警告機能(リヤクロストラフィックアラート)、サイドブラインドゾーンアラート、フロント&リヤパーキングアシストがある。
そしてドライバーアシスト機能では、前後で機能する衝突被害軽減ブレーキ(オートマティックブレーキ)、衝突事前対応ブレーキ(オートコリジョンプレパレーション)、そしてACC(アダプティブクルーズコントロール)でサポートされる。さらに、歩行者保護機能としてアクティブエンジンフードが装備されている。
最後にCUEについて少し触れておきたい。キャデラックユーザーエクスペリエンスの略のインフォテイメント統合システムだ。ナビ画面が接地されるセンタークラスターに接地されスマートフォンやタブレットと同じ感覚でつかるタッチパネルだ。
人の手が近づくと自動で画面が表示される近接感知や触覚フィードバックなど静電容量式のタッチパネルで業界初のインターフェイスとなっている。
新型キャデラックATSはベースグレードのラグジュアリーが439万円、上級のプレミアムが499万円の2グレード構成。価格も戦略的であり、国内でどのような評価になるのか楽しみな1台である。
価格
ATS Luxury 439.0万円
ATS Premium 499.0万円