【繁浩太郎の言いたい放題コラム】第14回 メルセデス・ベンツって大衆車なの?

元ホンダのエンジニアだった繁さんは、何台も開発主査を経験している。その専門家の目線から見た今回のコラムネタはメルセデス・ベンツにみるブランド力の話だ。 

メルセデス・ミー
羽田空港内にオープンしたメルセデス・ミー

◆ベンツが好調なワケ

先日、何かのニュース番組で、メルセデス・ベンツ日本の販売がすごく伸びていると言っているのを聞きました。

メルセデス・ベンツの商品ラインアップは、Aクラス、Bクラスというベンツとしては比較的小型で価格も安くて買いやすい商品も加わっています。今ではそのAクラスの販売台数が3割強を占めているらしいです。

また、メルセデス・ベンツ日本は、高級車=価格が高い=限られた輸入車のお客さん・・・という図式だけでなく、国産車に乗っているようなユーザーをもっと取り込んで行きたいという戦略をしています。例えばカフェやブティックを併設した「メルセデス・ミー」を羽田空港に立ち上げたりして、「親しみのブランド化」を推進していくとニュース番組では言っていました。

旧来のベンツにはない低価格領域の商品と親しみで、国産車ユーザーとの距離をぐっと縮めて、結果販売台数アップにつなげて行きたいという狙いで、結果もそうなってきています。

A250_front_exterior
Aクラスはメルセデスの中で3割という人気ぶり

これって大変喜ばしいことですが、「意外な課題もある」のではないかと感じました。

大昔のベンツは、ボディが大きく、価格も高く、まさに高級車で、限られたユーザーにしか関係がなかったと思います。

その造り方も、当時比較的小さな190EやCクラスでも、ベンツはベンツという考え方で、大きいSクラスのスタルイメージを持たせたりしながら、高級車感を漂わせていました。もちろん、価格もそれなりに高価格でした。

Mercedes-Benz S-116 (1972 bis 1980).
Mercedes-Benz S-116 (1972 bis 1980).ベンツらしいという印象

つまり、メルセデス・ベンツは押しも押されもしない「高級車ブランド」を続けてきたのです。そのスローガンも「Best or Nothing!」で、高級車ブランドそのものです。

そのベンツが本格的により小さなクラスを販売するようになったのは、ヨーロッパCAFE(Corporate Average Fuel Economy)の対応が大きいと思われます。(CAFE =企業平均燃費の規制で、CO2排出量を2021年で95g/km <燃費換算24.4km/L>が達成目標)

190E
当時のメルセデスで最もコンパクトな190EでもSクラスの風格がある

◆規制がクルマ造りを変えさせる?!

カーメーカーとしては、CAFE規制がどんどん厳しくなって、当然大きいクルマは燃費が悪く、規制をクリアするためには、クルマ(=エンジン)を小さくするか、「環境車」を販売しクレジットするという方法になっていきます。

また、アメリカには厳しいカルフォルニア州のZEV規制というのがありまして、これはEV、FCV、PHEV等が必要になります。ハイブリッド車ではだめなんです。ハイブリッド車を環境車とは認めてくれません。

SclassPHEV
SクラスにもPHEVが投入された

「環境車」の中でもPHEVは燃費が良いばかりでなく、ヨーロッパCAFEでは「CO2が50g/km未満の車両は2020年では販売台数を2倍でカウント」してもらえます。

通常のハイブリッドでは50g/km到達は困難ですので、この「2倍でカウント」は今のところPHEVだけとなります。よって、メルセデス・ベンツだけでなく、EUで販売される乗用車は、「小型化」、「PHEV化」になってきているのです。

環境車や小さなクルマを数多く販売するということは、収益的には厳しくなる方向ですが、さらに問題なのは「ブランド」です。

言いましたように、メルセデス・ベンツが長年培ってきたのは、「世界の高級車ブランド」なのです。 そこにPHEVは良いとしても、比較的価格の安い、小ぶりなクルマの販売を加速するということは、「高級車ブランド」と一般的には逆行します。

SクラスPHEV
SクラスPHEV。これがやはりメルセデス・ベンツらしい?!

これを長く続けていくと、そのうち「ベンツ=高級車ブランド」というユーザーの認識が、やはり変わっていくのではないでしょうか?

街で見るベンツが「なんだか小ぶりだな」と感じるようになり(今でも3割以上がAクラス)、「結構、安いらしい・・・」となると、その後は想像できますよね。また、一方で「本来のベンツのユーザー」と「その予備軍ユーザー」にとれば、商品やお店を通してベンツ・ブランドにプレミアム感を感じていて、気持ち的にもくすぐられていたものが、価格の比較的安いクルマが同じベンツ・ブランドとして販売され、そしてディーラーにいるユーザー層も変わってくると、プレミアム感は少なくなります。

つまり、高級ブランドが比較的安い商品を出すと、当面は「あのブランドがこの価格で買える」、「私でも買える」となり、ユーザー層は下に広がり、数は売れるようになりますが、それと共にブランドが一般化していくと「本来の高級車ユーザー」にとっては、少し面白くない気持ちが出てくるものです。

しかし、高級ブランドだからとあぐらをかいて何もしないと、これはこれでブランドは陳腐化していくでしょうし、何かしらの施策をチャレンジし続けないと駄目なのは言うまでもありません。大切なのは、まず「ブランドをこうしたい」という経営の意志があって、それを柱にしてブレない「施策」を打っていくことだと思います。

CAFEのような外力で、経営の意思=ブランドを変えざるを得ない時もあるでしょうが、その時にどういうブランドに変化していくのか?

または、ブランドの柱は変えず外力に対する施策に知恵を絞っていくのか? まさに、考え抜いて自分達の方向性をキチッと定め、メルセデス・ベンツブランドを落としていくのでなく、より盤石なものにできるかどうか? 応援していきたいと思います。

◆CAFEとは

ここでCAFE(Corporate Average Fuel Economy=企業平均燃費)に関して少し追記しておきます。

CAFE のCO2規制値は、EUで販売する乗用車に対し、 2015 年で130g/km。2021年で95g/km (24.4km/L、57.4mpg)となっています。

この規制値は、EU 域内て?一定数以上の台数販売を行なったメーカーが対象で、 その年に販売した車の CO2 排出量を加重平均して算出します。また、その規制値をオーバーしてしまうと罰金を支払う、というものです。

2014年度の全メーカーの乗用車の平均排出量は、127g/kmとなって規制値をクリアしています。

もし、CAFEの規制値に収まらなかった場合は、2019年以降はg当たり95ユーロ ×台数の罰金が課せられます。

例えば、1gオーバーで13.3億円/10万台(140円/ユーロとして)の罰金です。

その他、先ほど書いた50g/km未満の車両については、CAFEの販売台数のカウントを2020年で2倍とする規定等、CAFEには特殊な規定があります。このためDセグメントといった大型車はPHEV化してカウントを稼ごうとしているわけです。

COTY
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