PHEV襲来
江戸末期の黒船といえども、これほどの数が来襲したとは思えない。もし、あったとしたら2度にわたる元の来襲ではないだろうか。それほどの勢いで日本の市場にヨーロッパ製のPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)が押し寄せている。元の来襲は、いずれも元の船団が押し寄せた九州を台風が襲ったことで撃退できたが、PHEVの襲来はそういうわけにはいかない。<文:舘内 端/Tadashi Tateuchi>
しかし、日本の市場は強固に港を閉ざし、PHEVの襲来に備えている。まったくといってよいほど売れないのだ。ということは、日本の自動車マーケットはPHEVに対する関心も薄く、登場の意味も知らず、購買意欲はないということではないだろうか。 ヨーロッパ・マーケットの様子を知らないのでなんともだが、もしヨーロッパではPHEV登場の意味も理解しており、それゆえに関心も強く、購入意欲もあるということになると、日本は軽自動車ガラパゴス大国になって、世界の自動車孤児になりかねない。
一縷の望みは前回ご紹介したようにトヨタが今秋(2016年)に新型プリウスのプラグイン・ハイブリッド車を出すことだ。日本一、世界一の自動車メーカーが満を持して出すのである。宣伝等、用意周到に違いない。その巨額な宣伝費のおかげで世の中にPHEVが知れ渡ると、あるいはヨーロッパ製のPHEVも売れ始めるかもしれない。
ところで、量産ハイブリッド車の第一号である初代プリウスは、「21世紀に間に合った」というCMのキャラクターに鉄腕アトムを登場させた。そこで今回のプラグイン・ハイブリッド・プリウスは、鉄人28号で行くということだ(もちろん冗談だが)。それはともかく、巨額な資金を使って、新型プリウス・プラグイン・ハイブリッドを世に押し出すに違いない。だが、果たしてそれで市場は変わるだろうか。
実は中国では7倍も売れている
ところで、2015年4月~6月のEV/PHEVの世界販売動向をご存じだろうか。まず販売割合だが、ノルウェーでは販売台数の33%がEVであった。つまり上記の3カ月間で売れた自動車の3台に1台は電気自動車だったということだ。ノルウェーは特別な例だろう。
たとえば、オランダでは5.7%、英国で1.2%、米国で0.8%、ドイツで0.6%、日本で0.6%であった。ここにはPHEVも含まれるのだが、電欠の心配がないということで、EVよりも購入に当たっての心理的バリアが低いPHEVをもってして、このありさまである。
だが、販売の伸び率を見ると、EV/PHEVに対する意識は一変する。中国の伸び率は、なんと745%だ。ほとんどがEVと考えられるが、2014年の同3か月間に対して7.45倍も売れている。これは、前年の3カ月の販売台数が少ない割に市場規模がとても大きいことを考慮しないといけないが、それにしてもノルウェーは特別だ! 異常だ!といって済まされるわけではない。中国政府は、猛烈な勢いでEV/PHEVを増やそうとしていることが、ひしひしと伝わってくる。なぜ?
中国の主要な都市でエンジン・バイクが禁止されて、電気バイクが音も排ガスもなく駆け抜けていくことはご存じかもしれない。もっとも電気バイクは無免許で乗れるというのも大きな理由だが。
かつて上海に行った時には、赤信号になった大きな交差点に雨後の筍のようにグチャグチャと集まったバイクはみな電気で、信号が青になるとスルスルと音もなく走り出すのを見た私は、いかにEV慣れしているとはいえ、虫唾が走った。そして、後から騒音とPM2.5をまき散らしながら走って来た自動車が、何とも前世期の遺物に思えた。
中国政府は、自動車に関して2つの課題を抱えている。ひとつは環境問題、もうひとつはエネルギー問題だ。その詳細はまたの機会に譲るが、政府高官は、ある日、ガソリンの供給がひっ迫してガソリンスタンドのガソリンの在庫が底をつき、ガソリンを求めて列をなす大勢の中国人が、それに乗じて暴動を起こすという悪夢を何度も見ているに違いない。中国は自動車の保有台数を上げなければ経済は成長せず、増え過ぎればオイルショックを起こす。このジレンマと、そのときに起こるであろう暴動は共産党幹部の悪夢だ。
中国の太陽光発電は原発7万基分
その解決策がEV/PHEVだとは言わないが、そうとうに事態を解決に導くことは確かである。ゆくゆく再生可能エネルギーで発電した電気でEVを充電すれば、オイルショックはなくなり、共産党幹部の悪夢は霧散するに違いない。ついでにPM2.5が少なくなって、北京、上海にも青空が戻り、ぜんそく患者、肺癌患者が減り、花粉症も減って国家の医療補助が減る。
それを示すかのように、中国の再生可能エネルギー導入率はうなぎ上りで、太陽光発電はあっというまに日本を抜いて世界2位に躍り出た。そればかりか、2017年には原発7万基分にあたる70ギガワットになろうとしている。太陽光で原発7万基分の発電をするというのだから、それが何を意味しているかは、EVの急速な販売台数の増加と合わせてみれば容易に理解できるだろう。
先のEV/PHEV販売伸び率で中国に続くのがEUを離脱するという英国で392%だ。前年の同3カ月間の販売伸び率はほぼ4倍なのである。続いてフランスが1倍、ドイツが0.98倍、米国がほぼゼロである。それで日本はどうか。なんとマイナス0.2倍、20%のマイナス成長なのである。
日本はエコカー先進国、EV先進国と思っているかもしれないが、実情はPHEV後進国、EV貧国なのである。どうりで街中でEVをほとんど見かけないわけだ。
プリウスだって売れなかった
そのあおりか、まだまだPHEVには火がつかない。メルセデスS550eもC350eも、ゴルフGTEも、パサートGTEも、アウディA3 e-tronも、BMWのi8とはともかくとして、330eも、225xeツアラーも、X5PHEVも、740e(まだ入っていないか)も、ボルボXC90PHEVも、みーんな思ったほど売れていない。
その理由は、やはり充電の面倒さにあるようだ。とくに集合住宅にお住まいの方にとって、急速充電のできないヨーロッパ製PHEVは魅力半減である。200Vのコンセントを集合住宅の共同駐車場に設置するのがむずかしいからである。
だからといってPHEVのエンジンで充電して、その電気で走るのは燃費が悪い。エンジン→発電機→電池→モーター→タイヤというエネルギーの流れになり、これは寄り道が多いのでロスも多いからだ。エンジン→タイヤが効率が良い。
ということで、プラグイン・ハイブリッド車はその名前のとおり、家庭で充電して使うのが正しい。この場合、ときには100km/Lになる燃費も可能である。使い方によっては3カ月もガソリンスタンドのお世話にならないこともある。しかし、とんと売れない。
それももっともな話で、初代プリウスは1997年の年末に発表、発売になったが、売れ出したのは2002年、03年のガソリン価格の高騰からである。1ガロン=1ドルだったものが、この年以降、4ドルまで高騰した。もちろん、これは米国の話だ。プリウスが国内で本格的に売れ出したのは、2003年に2代目になってからである。それに比べれば、発売から5年で10万台(世界販売)を超えたリーフの方が販売のスピードは速い。あるいは予約受付1週間で32万台も予約が入ったというテスラ・モデル3はとんでもない販売スピードである。
ということで、プラグイン・ハイブリッド車も5年ほどすれば売れ始めるのではないだろうか。だが、地球温暖化は待ってくれない。現在、地球の大気に存在する二酸化炭素=CO2の濃度は、およそ400ppmである。ppmは100万分の1という意味である。したがって400ppmは0.04%となる。地球大気の0.04%がCO2ということになる。
これが450ppmになると、地球の平均気温は産業革命前に比べて2度Cほど高くなり、もう後戻りできないといわれる。そして現在、CO2は年に2~3ppmずつ増えている。450ppmを超すのにたいした時間はかからない。そして.... 地球温暖化と自動車の話は次回以降にゆずろう。