2017年12月2日のつい先ごろ、フォーミュラEのシーズン4が香港で開幕した。電動のフォーミュラカーによる市街地レースは立ち上げからわずか3年で世界的な自動車メーカーやサプライヤーが次々と参戦を始めている。
2017年7月24日、ダイムラー社は現在参戦しているドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)から2018年末を持って撤退し、2019/20年のシーズン6からFIAフォーミュラEに参戦すると発表している。
これに続くように、7月28日、ポルシェは11月のバーレーン6時間レースを最後に世界耐久選手権(WEC)から撤退し、2018/19年のシーズン5からフォーミュラEにワークス参戦することを発表。 同じく18年間という長きに渡って世界耐久選手権シリーズに出場してきたアウディも2016年末で同シリーズから撤退し、2016年秋からフォーミュラEに本格参戦している。そして、日産も2018/19年シーズン5からワークス参戦することを2017年の東京モーターショーで発表している。
アウディ、メルセデス・ベンツ、ポルシェ、日産がこぞってフォーミュラEレースに参戦し、一方で、世界的サプライヤーのZFもワークス体制でモナコを拠点とするフランスの老舗自動車メーカー、ヴェンチュリーチームをパートナーに参戦を開始している。
■フォーミュラEとはどんなレースか
では、フォーミュラEとはどのようなレースなのか? その実像に迫ってみよう。フォーミュラEは、2012年8月27日、国際自動車連盟 (FIA) がシリーズ設立を発表した。
都市部の大気汚染対策となる電気自動車の普及促進を狙い、レースは既存のサーキットではなく、世界各地の大都市や有名リゾート地の市街地コースで行なわれるのが特長だ。エンジン音も排ガスもないレースのため、その特徴を最大限アピールしているわけだ。
シリーズは秋に開幕し、年をまたいで年間12戦程度が行なわれるため、これから始まるシーズンを「2017/18年シーズン」というように表記する。運営の効率化やチーム運営費用の削減などの目的もあり、レース本部と各チームのファクトリーは全てイギリスのドニントンパークに集約されている。
レースフォーマットはおおむね他のレースと同様だが、ユニークなのは予選と決勝でモーター出力に制限がかかることだ。シェイクダウンでは110Kwに制限され、予選は200Kwに引き上げられる。そして決勝は180Kwで戦うという制限がある。
フォーミュラEの初年度となった2014/15年のシーズン1は「スパーク・ルノー・SRT 01E 」と呼ばれる専用マシンを用いたワンメイクレースとして実施された。この最初のシーズンは2014年9月に北京で開幕し、2015年6月のロンドンまで世界10都市で11大会が開催されている。
翌2015/16年のシーズン2は、シャシーはワンメイクのままだが、パワートレーン(モーター、インバーター、クーリングシステム、ギヤボックス)についてはチーム独自に製造・改良することが認められた。しかし、搭載バッテリーはワンメイク指定だった。そのため充電量に限度があるため、ドライバー1名あたり2台のマシンを使用し、レース中にピットで乗り換えるというレース方法が採用されていた。
この乗り換えは、シーズン5となる2018/ 19年から、乗り換えなしでドライバーは1台のマシンで完走することが求められるようになる。こうした試みは、将来的に停車中にワイヤレス充電するシステムや、コース上の給電レーンを走行してワイヤレス充電する「ダイナミック・チャージング」の導入を目指しているのだ。
■チーム変遷の歴史
さて、開幕当初のシーズン1ではプライベートチームが多かったが、シーズン2からモーターやインバーターが自由化されたため、アウディ、ルノー、ジャガー、シトロエン/DS、マヒンドラ(インドの自動車メーカー)、がフォーミュラEに加わっており、さらに有力サプライヤーのZFもバックアップを行なっている。
そして冒頭で触れたように、現在ワークス参戦しているアウディ、ジャガーに加え、シーズン5からはポルシェ、BMWが加わり、シーズン6からメルセデス・ベンツも加わるため、少なくともバッテリーを含めてマシンは完全自由化となり、2018年/2019年のシーズン5からはメーカーのワークスカーレースになると予想されている。
さて、歴史を紐解いてみると、シーズン1に使用されたワンメイクマシンは、スパーク・ルノーSRT 01Eで、その概要は、スパークレーシングテクノロジー社、ルノーを中心とするコンソーシアムにより開発されたフォーミュラE選手権用のマシンだった。
・最高出力:200kw(馬力換算270bhp相当)
・レースモード出力:133kw(馬力換算180bhp相当)
・追い抜き用エキストラパワー:67kw(91bhp相当)
・0-100km/h加速性能:約3秒
・最高速度:225km/h(FIA既定によるリミット設定)
車両のスペックは、全長5000mm、全幅1800mm、全高1250mm、トレッド幅:1300mm、最低地上高75mm、重量:880kg(ドライバー含む)となっており動力性能的にはF3相当とされている。
シャシーはダラーラ製のハニカム構造カーボン/アルミコンポジット。バッテリーマネジメント用の電子制御、ロガーシステムはマクラーレンエレクトロニクス製ECU/データログシステムだ。
タイヤ、ホイールはワンメイクで、ミシュラン製オールウェザー18インチ・タイヤ、OZレーシング製マグネシウムホイールで、ホイール幅はフロント260mm/リヤ305mm、タイヤ径はフロント650mm/リヤ690mm。ブレーキはアルコン製F1仕様のカーボンブレーキを使用。インバーターはマクラーレンエレクトロニクス製で、モーターにシーケンシャルギヤボックスが組み合わされている。バッテリーはウィリアムズ・アドバンスドエンジニアリング製というものだった。
そしてシーズン2(2015/16年)からはモーター、インバーター、バッテリーマネジメント制御、そしてトランスミッションが自由化され、自動車メーカーやメガサプライヤーが加わっているチームは、かなり技術的なアドバンテージを持つことになった。ZFやシェフラーといったサプライヤーが参戦する理由がこの辺りにある。
シーズン3の2016/17年はルノーe.DAMSとABTシェフラー・アウディスポーツチームの戦いになり、最終的にABTシェフラー・アウディスポーツチームのドライバー、ルーカス・ディ・グラッシがチャンピオンに、チームチャンピオンはルノーe.DAMSが3シーズン連続で獲得している。
そしてつい先ごろ、2017/18年のシーズン4が開幕したわけだ。また、来るシーズン5にはシャシー、バッテリーが一新される予定なので、マシンの乗り換えは今季が最後のシーズンとなる。長い目でみれば、レースカーの乗り換えという珍事は、必ず歴史に刻まれ記憶に残るレースとなるわけで、見納めのシーズンということになる。
■ZFの参戦
シーズン4は自動車メーカーやサプライヤーのワークス参戦が目立つシーズンだと説明した。中でも注目は世界的サプライヤーであるZFが参戦していることだ。ZFはドイツDTMのスポンサーを務めていることからもわかるように、モータースポーツを開発の最前線として位置付け、モータースポーツと共に成長を続けている企業でもある。
ZFはシーズン5には独自に開発したギヤトレーンをヴェンチュリーチームに搭載予定だという。もし、そのパーツに対し、他チームが興味を持てば柔軟に検討していきたいとZFレースエンジニア社のCEOノイベルト・オーデンダール氏が語っている。また、すでに、ZFが開発したショックアブソーバーも他チームへの供給は行なっているという。
まさに、次世代モビリティの開発最前線であり、サプライヤーとして自動車メーカーに供給できるものは、供給し、必要なものはレースという過酷な場で研究開発をしているというわけだ。
ZFレースエンジニア社のエンジニア、ペーター・ライポールド氏は、最先端の技術を開発していく中で、あるタイミングで、今必要な技術はこれだという確信をもって進める決断力が必要であり、それはとても難しく、神経を使う作業だとコメントしている。
本当に過酷な場で、最良のバランスを探し当て、これだ!という技術を見極める、ということを繰り返していることがよくわかる。こうして高められていく技術はレースごとにレベルが上がり、熾烈な戦いが市街地で繰り広げられているのがフォーミュラEであり、近い将来、まったく予想できないほどのレベルになると思われる。
■フォーミュラEレースの難しさ
さて今季の注目ドライバー、チームを覗いてみよう。フォーミュラEは1dayで開催され、開幕の香港は12/2、3日に、2連戦行なわれた。そして小林可夢偉選手が、MS&ADアンドレッティチームからエントリーした。が、結果は15位、17位と振るわなかった。じつは、日本人ドライバーとしては2014年に佐藤琢磨選手、15年に山本左近選手につづいて3人目となるフォーミュラEデビューだった。
そして、シーズン3のシリーズチャンピオン、ルーカス・ディ・グラッシがドライブするアウディスポーツ ABTシェフラーが注目される。ここは新体制としてアウディワークスとなり、2台エントリー。そのもう一台をダニエル・アプトがドライブする。トヨタのWECで活躍したセバスチャン・ブエミはルノーe.DAMSで、そして同じくWECポルシェで活躍したニール・ジャニがペンスキーのドラゴンチームで出場。
インドのマヒンドラ レーシングはF-1で活躍したニック・ハイドフェルドがエントリーし、パナソニック ジャガーレーシングにはネルソン・ピケJrが走る。さらにZFが運営するヴェンチュリーフォーミュラEチームも2台体制で、マロ・エンゲルがシーズン3に続きエントリー。もう一台は初出場のエドアルド・モルタラというチーム&ドライバーで、全10チーム20名のドライバーが参戦し14戦の戦いが幕を開けた。
レースは混戦を極め接触やクラッシュも多く、目が離せないレース展開が繰り広げられている。フォーミュラEの難しさのひとつに、ドライバーが走行しながらエネルギー・マネージメントを考えながらレースをしなければならないことがある。時にはアクセルを抜き回生エネルギーを優先する場合もあるからだ。そしておおむね1ラップあたりエネルギー消費は4%~5%という目安で走行していくのだ。
シーズン4開幕の香港第1戦では、混戦をサム・バードが制した。そのときのエネルギー残量は0%でドンピシャなエネルギー・マネージメントで勝利している。それ以外の上位ドライバーも軒並み1%から3%程度のエネルギー残量なのだが、今回初参戦した小林可夢偉が11%、アンドレ・ロッテラーが5%、エドアルド・モルタラも5%という残量で、もう1~2周できるエネルギーを残している。それだけドライバーの負担も大きく難しいレースであることがわかる。
続く翌日の第2戦では、前日5%ものエネルギーを残していた新人、ヴェンチュリーのモルタラが終盤までトップを快走。だがヘアピンで単独スピンして初優勝を逃し、3位フィニッシュしている。レース後モルタラ選手は「普通だったら、デビュー2戦目で3位表彰台はいい結果ですが、優勝を終盤のスピンで失ったのですごく複雑な心境です。(終盤は)少し、自信過剰になっていたかもしれません。今後は、今回の教訓を生かしてミスのない走りでいい結果を出したいですね。」とコメントしている。また、レース後の車検で優勝のダニエル・アプトのマシンがレギュレーション違反となり、モルタラは繰り上げ2位となった。
レースで繰り広げられる人間ドラマも魅力あるが、先端技術の開発の現場という意味でも大注目のフォーミュラEレース。残念ながら日本での開催は今のところない。噂はたくさんあるものの、実現していないのだ。が、EVテクノロジーの最先端があるフォーミュラEには注目し続けたい。