おそらくエンスージャストならその名前を聞いたことがあるだろう。しかし一般的には日本では今ひとつブランド名が浸透していない「ZF」だが、ヨーロッパでは4位、世界でも有数の自動車部品サプライヤーで、2012年には174億ユーロ(約2.3兆円)を売り上げ、従業員数は7万5000人、世界中に121ヶ所の生産工場を展開するという規模を誇る。
またその一方でツェッペリン財団がZF社の株式の94%を保有し、財団は非営利事業、慈善事業を行なうというドイツでは少なくないが独自性のある企業形態を持っている。このためアメリカ型企業とは異なり、長期的な視野の下で研究・開発を行なうことができ、エンジニアの育成に力を注ぎ、結果的に高い技術水準に支えられた品質・性能重視のもの作りを企業哲学としてきている。
代表的な製品は、プレミアムブランドのクルマに多用されている8速AT、電動パワーステアリング、連続可変ダンパー(CDC)、ポルシェやBMWのサスペンション、アクスル、ドラック/バス用のトランスミッション、バス用のサスペンションから風力発電用ギヤボックスまで多様だ。
ヨーロッパでは乗用車/商用車用のATでは2位、世界で3位、大型商用車用AMTでは世界No1 、商用車用ATで世界2位、油圧パワーステアリングは1位、電動パワーステアリングで2位、商用車用のショックアブソーバーでは2位と、ヨーロッパでも世界市場でも自動車産業の中で大きなシェアを占めている。
ZFは、ドイツの南端、スイスと国境を接するフリードリッヒスハーフェン市に本社を置いている。ZF社の歴史は20世紀初頭にまでさかのぼる。硬式飛行船で有名なフェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵が設立したツェッペリン飛行船製造会社(1909年)が起源となる。ツェッペリン飛行船製造会社に加わったダイムラー社の出身技師、アルフレード・フォン・ゾーデン伯爵が1915年に飛行船用のエンジン、トランスミッション、プロペラを製造会社としてフリードリッヒスハーフェンに「ツァーンラート・ファブリーク(「Zahnradfabrik:歯車工場)」を設立した。企業名はその後、フリードリッヒスハーフェンの歯車工場の頭文字を取って「ZF」となる。
ツェッペリン伯爵はエンジン製造のためにダイムラー社の技師、ウイルヘルム・マイバッハとともに航空機エンジン製造会社を設立。この会社その後「マイバッハ・モトーレンバウ・フリードリッヒスハーフェン」と名付けられ、後に自動車用の高出力エンジンを製造した。この企業は大出力ディーゼル、航空機用エンジンメーカーのMTU社となっている。
またツェッペリン伯爵の飛行船製造会社は現在はヨーロッパの大手航空企業であるEADS(ヨーロッパ防衛航空機・宇宙企業:エアバス社と統合予定)となり、南ドイツの小都市、フリードリッヒスハーフェン市でのツェッペリン伯爵の飛行船にかけた情熱が今日まで脈々と受け継がれている。
ZFは、1919年から自動車用トランスミッションの開発・製造で躍進し、1932年からはステアリングシステムの開発・生産を開始。第2次世界大戦中はドイツ軍戦車のトランスミッション製造を一手に受け持った。戦後は再び自動車用のトランスミッションやパワーステアリングを製造しサプライヤーとしての地位を確立する。また、バスやトラックの大型トランスミッション、バスのシャシーでは圧倒的なシェアを占めるようになった。
乗用車のシャシーではポルシェ、BMWなどのサスペンション、サブフレームの開発・製造・組み立てまでを担当。また2001年にはヨーロッパで圧倒的なシェアを持つザックス社を傘下におさめ、ダンパーの分野においても市場をリードする存在となっている。とりわけ連続可変ダンパーシステム(CDC)はプレミアムカーの標準装備となっているほどだ。
電動パワーステアリングでは、究極のシステムといわれるベルト駆動/リサーキュレーティングボール式ラックアシストシステム「EPS apa」(電動機械式と呼ばれる)をいち早く開発し、BMW全車に標準装備されたのを始め、プレミアムカーの多くが採用するシステムとなっている。
トランスミッションでは、ポルシェ用の7速MT/7速PDKを開発し、上級FR車用には8速ATを展開。この小型・軽量の8速ユニットは同時に開発された1モーター式ハイブリッドシステムも組み込むことができるモジュール設計である。また次世代FF社用に世界初の9速ATを開発し大きな話題となった。この新型トランスミッションは2014年からいよいよ市場にデビューすることになっている。
またZFは近年、モータースポーツのサポートにも力を注いでいる。ドイツ・ツーリングカー選手権(DTM)、日本のGT選手権、WEC、WRCなどで、ZFのパーツの使用例は無数にあり、ZFのロゴマークを目にする機会は多いはずだ。
ZF社は、高性能・高品質にこだわるもの作りと、パワートレーンやシャシーを革新するという二つの側面を企業哲学として、それを堅持する姿勢は過去から現在、そして将来も変わることはないだろう。