モータースポーツ用のベースカーとして発売されたトヨタ「GRヤリス」は発売されると同時にスーパー耐久選手権シリーズに出場するなど、注目を浴びています。ジェイテクトは、2020年9月に、同社が製造するトルセンLSDとITCC(Intelligent Torque Controlled Coupling)が採用されたことを発表しました。
トルセンLSD
トルセンLSDは、GRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”の前後のデファレンシャルに標準装備されています。トルセンLSDはヘリカルギヤを使用して差動制限を行なうトルク感応型のLSDで、高いトルク配分性能と高耐久性を誇り、さらにABSなどの制御とも両立できる特性を備えています。
ジェイテクトが生産するトルセンLSDには、AWD車の前後輪のトルク配分を行なうトルセン タイプCと、スポーツタイプの後輪駆動車、前輪駆動車に採用され左右輪のトルク配分を行なうタイプBがあり、GRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”には前後ともにトルセンLSDタイプBが採用されています。
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ITCC
ジェイテクトのITCCは、グローバルで高いシェアを占め、日本でも多くのメーカーのオンデマンドAWD車で使用されているシステムで、電子制御で駆動力を連続的に可変して伝達するカップリングです。その多くはAWD車のプロペラシャフトとリヤデファレンシャルの間に搭載し、前後の駆動トルクを連続可変配分します。
可変制御を担当する電磁多板式クラッチのディスク部はシリコンを含有したダイヤモンドライクカーボン(DLC-Si)と呼ぶダイヤモンドに近い特性の摩耗に強い非結晶の炭素を数ミクロンの膜にして被覆しています。また多板クラッチを作動させるフルードも専用で開発しており、小型で優れた耐久性と静粛性を実現しています。
GRヤリスRC、RZに新開発され採用されているスポーツAWD「GR-FOUR」も基幹部品としてITCCがリヤでデファレンシャルの前方に搭載されています。このITCCはモータースポーツでの使用も想定し、従来のものに対して耐熱性を高め、高容量化を図っています。
機能的には通常のFFベースのAWDと同様の配置となっていますが、「GR-FOUR」はトヨタのオリジナル開発により、前後の駆動トルク配分が100:0から0:100に近い可変配分ができるようになっているのが特長です。
通常、FFベースのAWDの場合、100:0の状態から、前輪が空転した状態でITCCをロック状態に締結すると駆動トルク配分は50:50となります。「GR-FOUR」のように、後輪により多くのトルク配分を行なう場合は一般的には前後不等トルク配分式のセンターデフを使用しますが、GRヤリスはよりシンプルな構造をとするため、センターデフを使用せず、専用のITCCと、前後のデファレンシャルの減速比を変えることで対応しているのが特長です。
トヨタが開発したのは、フロントデフの1~4速が3.941、5~6速と後退は3.350、リヤデフは2.277という前後不等減速比としていることです。これにより、一定の車速で後輪の方が回転速度がやや高くなり、その回転数差分だけ駆動トルクが多くなる仕組みとなっています。
もちろんこの状態でITCCのクラッチを完全に締結するとタイヤの回転数差でロッキング現象が発生します。そのため、「GR-FOUR」はITCCによるロックは行なわず、ロック直前の状態までとし20:80程度の前後駆動トルク配分を可能にしています。もし前輪が完全に空転するような状況では0:100の前後駆動トルク配分ということができます。
「GR-FOUR」は前後駆動トルク配分を、ノーマル、スポーツ、トラックの3種類としており、ノーマルは60:40、スポーツは30:70、トラックは50:50という駆動トルク配分となっています。トラックモードでの50:50の状態も含めてITCCは滑りを生じさせながら駆動トルク配分を行ない、滑りが多いほど前輪寄りの駆動トルク配分になり、クラッチの締結力を高め、滑り量を少なくするほど後輪寄りの駆動トルク配分になるわけです。
このようにITCCは常時クラッチを滑らせながらトルク配分の制御を担当することに加え、モータースポーツでのアクセル開度が大きい状態での使用が前提のため、標準のヤリスAWDのITCCに比べ2倍以上のトルク容量を確保。
メインの多板クラッチはノーマルの8セット構成から12セット構成とし、クラッチの摩擦材の耐熱性も高められています。
このようなITCCの働きにより、GRヤリスの「GR-FOUR」はきわめてシンプルな構造で前後の幅広い駆動トルク配分を実現しているのです。