2012年6月3日、ル・マン24時間レース(6月16日〜17日)のための公式テストデーが開催された。その内容、結果に触れる前に、レースを直前にした主要チームの最近の動向をまずチェックしてみよう。
■トヨタ・レーシング
↑初期段階のテスト走行でのオンボード映像
トヨタ・レーシングは、予定されていたWEC第2戦のスパ・フランコルシャン6時間レースへの出場を見送った。マシンの準備が整わなかったためだが、その間に大きな変化があった。
まずは、マシンのTS030ハイブリッドのカラーリングが当初の赤/白のトヨタ・ワークスカラーから青/白のニューカラーに変更。このため、ル・マン24時間レースの主催者の公式ポスターは、アウディR18 TDI e-ttronハイブリッドと並んで描かれているTS030は当初の赤/白で制作されているままで、公式ポスターと実戦マシンとはカラーリングが異なる事態となった。
TS0303ハイブリッドの外観も変化している。主として空力特性の改良が各所に加えられ、特に前後のホイールハウス部分やフロントエンドのディテールが変更されているのが目に付く。初期モデルのテストの結果、大幅な変更に踏み切ったことがわかる。
また、ドライバーは、7号車:アレックス・ブルツ/ニコラス・ラピエール/中嶋一貴に変更はないものの、8号車は当初予定されていた石浦宏明が体調不良のために辞退し、その代役としてステファン・サラザンが加わり、ドライバーはアンソニー・デビッドソン/セバスチャン・ブエミ/ステファン・サラザンとなった。サラザンはこれまでプジョーのル・マンチームのエース格ドライバーを務めており、結果的にトヨタ・レーシングのドライバーの中では、ブルツ、デビットソン、サラザンの3名が元プジョーチームで、ルマンの経験が豊富なベテランを確保したことになった。ただし、そのサラザンは自転車事故直後のため、ル・マン・テストデーには参加しなかった。
■アウディ・スポーツ
アウディ・チームもドライバーを変更した。ベテランのティモ・ベルンハルトが内臓系の体調不良のため、マルク・ジュネがステアリングを握ることになった。
また、2012年仕様のマシンの詳細も次第に明らかになってきた。特に3.7L・V6型 TDIエンジンの概要が公表されたのだ。2006年のエンジンは5.5LのV12 型TDIであったが、現在は規則に従い3.7L・V6型となり、実に排気量は32%もダウンサイズされている。しかし、ラップタイムは6秒も向上しているのだ。もちろん、これはエンジンの性能だけではなくシャシーや空力の性能の大幅な向上も大きく寄与していることは言うまでもない。
エンジンでは、今や空前の燃焼圧、燃焼温度に達しており、ピストンの燃焼室は2006年対比で60%も負荷が増大しているという。現在のエンジンは120度V6型のVバンク谷間(ホットサイド・インサイド)にツインエントリー・シングルターボを配置。
このターボはハネウェル・ギャレットとの共同開発で完成したものだ。この大型シングルターボは、可変ジオメトリーターボであるが、Vバンク中央にターボを配置することで排ガスの流路は最短になり、熱損失を抑えることができるため、きわめて高効率となる。
このターボ・コンプレッサーは1時間当たり2000立方メーターの空気を過給する能力を持ち、2006年の550ps・V12型エンジンのツインターボと同レベルの過給能力で、結果的にこの3..7Lのディーゼルターボ・エンジンは510psを発生する。
新開発されたこのツインエントリー・シングルターボは、その名称通り左右各バンク専用の排気ガスの入り口を備える。また可変ジオメトリーの機構はアウディの市販車、TDIターボシステムの改良版で、高い熱負荷に耐え、優れたアクセルレスポンスを実現している。ちなみにこのターボ内の最高温度は1050度Cにも達し、通常のターボより100度C以上耐熱性が高いという。
レース中のギヤシフトは電子制御によりクラッチ操作なしで30mm/sec以内に行われるが、この瞬間にインジェクターは減圧し、同時に可変ベーンが作動してまったく過給圧が変動しない。なお直噴燃圧は市販モデルが2000barであるのに対し、ルマン用は2600barとなっている。
この燃圧により、出力、燃費、排ガスともに向上しているが、燃焼室における熱負荷、強度的な負荷は大幅に増大するため、その対策はアウディの先行技術開発部門が担当して解決したという。
R18 TDI Ultra、R18 TDI e-tronは今回からカーボン製ギヤボックス・ハウジングを採用し軽量化。またルーフアンテナの後方に、リヤビューカメラを装備し、レース中のドライバーの後方視界の改善に貢献するなど新たな技術も次々と導入している。
■日産
日産は、ヨーロッパ・ル・マンシリーズ、WEC、ル・マン24時間レースの出場チームに、レース用のVK45DE型エンジンを多数供給し、特にル・マン24時間レースでのLMP2クラスで18台中11台が日産VK45DEを搭載しているのだ。
しかし今年のル・マン24時間レースで、アウディやトヨタ・レーシング以上に注目を集め話題を独占するのは、ル・マン・コンセプトカーとも言える日産デルタウイングだろう。日産デルタウイングは近未来のル・マンのレースを模索する実験的なレースカーで、現状では車両規則に適合しないため、主催者公認のエキシビション参戦となるが、その独創的なデザインやコンセプトで観衆を圧倒することは間違いない。
↑発表時の日産デルタウイング。現在とは異なりノーズ形状が鋭角的デザイン
プロジェクト56と名付けられたこのコンセプトは、小型・軽量で空力を追求することで新しい耐久レースマシン像をプレゼンテーションすることである。
この企画は、コンセプトとデザインをベン・ボールビー氏が担当し、製作やチーム運営を行うのはドン・パノス氏とダン・ガーニー氏という名門のオールアメリカン・レーシングで、アメリカをベースにしているプロジェクトだ。エントリー名は「ハイクロフト・レーシング」だ。またデルタウイングは特殊なサイズのタイヤを使用するため、ミシュラン・アメリカも共同開発プロジェクトに参加している。
搭載されるエンジンは日産がこのデルタウイングのために開発した直4型1.6Lの直噴ターボエンジンで、日産の「ピュア・ドライブ」のコンセプトをサーキットに導入したものといえる。出力は300ps/8000rpm。エンジン重量はなんと70kgだという。トランスミッションは縦置き5速・電子シーケンシャルだ。
マシンは上面から見て3角形のまさにデルタウイングである。3輪車ではなく、フロント・トレッドは600mmときわめて狭いものの、2輪を装備する。車重は475kg、Cd=0.24という数値。ボディサイズは全長4.65m×全幅2m×全高1.03m、ホイールベース2.9m。まさに規格外のマシンだ。
特徴的なフロント・トレッドは0.6m、リヤ・トレッドは1.7mで、タイヤサイズはフロント=4.0/23.0 R15、リヤ=12.5/24.5 R15。前後の荷重配分は27.5:72.5と意図的にリヤ荷重を大きくしている。
デルタウイングの目標は、LMP1とLMP2クラスの間のラップタイムとされている。パワーは半分、ただし空気抵抗も従来のプロトタイプマシンの半分で、全高は驚くほど低いシルエットが存在感を高めている。
日産デルタウイングは、3月12日にWEC第1戦のセブリングで発表され、デモランを行った。その後、主としてフロントまわりの空力的改良を行い、ル・マン・テストデーに登場した。
ルマン主催者は、日産デルタウイングに車番0を与え、テストデーの記念写真ではアウディとトヨタの間のど真ん中に置かれ、その存在感を見せ付けた。
ドライバーは、マリノ・フランキティ、ミハエル・クルム、本山哲が担当する。
■ル・マン・テストデー
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ル・マン24時間レース開催まで残り2週間となった6月3日に実施された公開テストデーで、アウディは多くのデータを収集しながら最終準備を調えた。この日のトップタイム、3分25秒927は2号車のステアリングを握ったアラン・マクニッシュがアウディR18 e-tron quattroで記録した。結果的にアウディチームのラップタイムで1〜3番手と6番手を占めている。
チームとしては、各2台のAudi R18 e-tron quattroとAudi R18 ultra合計4台で4497kmを走破し、公道を利用したル・マンのコースに合わせ、サスペンションやエアロダイナミクスの調整、タイヤテスト、燃料消費量の実証試験などを行い、数多くの貴重なデータを収集した。
またアウディのドライバーの中で、1人だけル・マン24時間レースへの出場経験が無かった、マルコ・ボナノミは今回のテストで、初出場ドライバーに義務付けられている最低周回数である10ラップを超える距離を、4号車のAudi R18 ultra走行している。
一方、トヨタ・レーシングは初めて2台のTS030 HYBRIDがサルテ・サーキットに登場し、ライバルのアウディ・チームと顔を合わせた。これまで車番7の車両1台のみでテストをこなしてきたトヨタ・レーシングにとって、今回が2台のマシンを走らせる初めての機会となったのだ。このテストデーに間に合わせるべく、TMG直前の6月1日に車番8の簡単なシェイクダウンを実施し、ようやくここに漕ぎ着けたという。
7号車は既に確定しているアレックス・ブルツ、ニコラス・ラピエール、中嶋一貴の3人がテストを進める一方で、車番8はアンソニー・デビッドソンとセバスチャン・ブエミの2人で走行を担当。自転車事故に遭い、擦過傷を負ったステファン・サラザンは、回復のために、もう少し時間をかけることにし、ステアリングは握らなかった。
2回に分けて行われたセッションのいずれも最高速ランキングではトップ2をTS030 HYBRIDが記録した。ちなみに最高速は、7号車でニコラス・ラピエールが331.1km/hを記録。8号車も330km/h台を記録している。アウディチームは、e-tronではなくR18 ultraがトップで、327.1km/hであった。
今回のテストデーでチームに課せられた義務は、ル・マン24時間レース初参戦となる中嶋一貴、セバスチャン・ブエミの2人に10周を周回させることであったが、これは午前中に行われた。
木下美明氏(トヨタ・レーシングチーム代表)は、「今日は我々にとって重要な節目となった。ル・マン24時間レースのライバル達と共に、TS030 HYBRIDがコースを走るのを見る、初の機会だからだ。ラップタイムで全てを判断するのは難しいが、トップスピードの記録をはじめ、我々の士気を高揚させるものであった。2台の車両に特に大きな問題は無く、ほぼ1日の走行を終え、総じて満足のいくものとなった。些細な出来事としてはボディへの小規模なダメージくらいだ」と語る。
また村田久武氏(トヨタ・レーシングWECプロジェクトリーダー)は、「ル・マンのサーキットをTHS-Rで走るのを、我々は長い間夢見て来た。我々は継続的にシステムを調整・改良しており、日々前進してきたが、ギヤのダウンシフトと減速時の回生の組合せが、実に上手く協調して機能している。これを準備するために懸命に努力してくれたドイツ・ケルンと東富士の仲間全員に感謝をしている」と語っている。
アウディ、トヨタに続いたのが7番手のタイムを叩きだしたストラッカーレーシングのHPD ARX 03a/ホンダ(LMP1クラス)だ。LMP2クラスのトップはオークレーシングのモーガン/日産である。
注目の日産デルタウイングは、総合32番手で、LMP2クラスの下位グループに割り込んだ。直4型・1.6Lの直噴ターボエンジンを搭載したマシンとしては驚きのパフォーマンスであることを実証したといえる。