【2012ニュル】スバルWRX-STIが達成した2連覇の軌跡

ニュルブルクリンク24時間レースの第2グループのスタート。先頭はシロッコGT24
24時間レースの第2グループのスタート。先頭はシロッコGT24

 

2012年6月17日、自宅の近くでオートバイに乗っていたマルセル・エンゲルス選手が事故により帰らぬ人となった。その葬儀にはSTIの唐松洋之社長と辰己英治監督が参列した。WRX-STIのニュルブルクリンク24時間レース・SP3Tクラス2連覇という快挙と、その後の悲劇を記さなければならないのは複雑な心境といわざるをえない。なお、6月20日に開催されたVLN第5戦では、マルセル・エンゲルス選手に黙祷がささげられた。

2連覇に向けて
STIの2012年のニュルブルクリンク24時間レース・プロジェクトは、2月18日に富士スピードウェイにおいて、2012年仕様のWRX-STIのシェイクダウン・テストから始まった。辰己監督は「昨年のニュルはまぐれでクラス優勝したと思っている人も多いと思います。2年連続で勝って初めてまぐれではないことが証明できる」と表明しているが、ドライバーも同じ思いだったのはいうまでもない。

そのため2012年仕様のWRX-STIはボディの軽量化やシャシーの改良、エンジンは340psまでパワーアップが行われ、シェイクダウンテストの時から2011年仕様よりかなり早くなっていることが実感でき、富士スピードウェイのラップタイムも約1秒短縮できたのだ。

ニュルブルクリンク24時間レースの画像
4月28日、VLN4時間レースに出場し、マシンの現場でのセッティングを行う。左から吉田寿博、マルセル・エンゲルス、辰己英治の各選手

VNL第3戦で、実戦チューニング
2011年にもSTIチームはニュルブルクリンク耐久レースシリーズ(VLN)に参戦している。そして、2012年も本番前に、ニュルブルクリンク耐久レースシリーズ(VLN)に出場することになった。

4月28日に行われたVLN4時間レースには、吉田選手と、辰己監督、地元のマルセル・エンゲルス選手の3名で臨んだ。このレースに出場する意義は、WRX-STIの現地コースでの細かなセッティングの煮詰めと、同じクラス(SP3T)のライバルの様子を見るためだ。辰己監督は実戦の場で自らステアリングを握り、シャシー、走りのセッティングの方向性を確認するために出場し、3人のドライバーで4時間レースを分担して走り切ることにしていた。

しかしこの時は肝心のエンジンが不調で、予選では満足に走ることができず、タイムは9分48秒848止まりで、SP3Tクラス10番手に終わった。しかし決勝レースまでになんとか対策を終え、レース中には9分07秒360のベストラップを記録し、手応えを感じることができたという。

レースは終盤に大事故が起き赤旗中断のままレース終了となり、WRX-STIはSP3Tクラス3位に終わった。同じクラスで驚異的な速さを見せたのはLMSエンジニアリングのシロッコGT24、2番手はセアトで、その実力もあなどれなかった。なお、吉田選手は、「2012年仕様のWRX-STIはコーナーからの立ち上がりは速くなっており、クルマの動きも安定しています。最高速は262km/hくらい」と語っている。本番に向け大いに期待できる手応えをつかんだのだ。

ニュルブルクリンク24時間レースの画像
↑サーキットに到着したWRX-STI
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↑340psまでパワーアップされたEJ20エンジン

 

このレースの終了後、WRX-STIはそのまま地元のガレージに置かれた。STIの主要メカニックは本番を迎えるための5月8日にドイツに入った。それは、24時間レースまでにエンジン、トランスミッションからサスペンションまで、すべて新品に交換するためだ。この最終的な整備段階でさらなる軽量化も行われ、24時間レースを迎えた時点では、クラスの規定重量である1200kgぴったりに仕上がっていたことも特筆すべきだろう。またシャシーのセッティングもよりリヤのグリップを高める方向にした。

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↑スタート前のピットレーンは大混雑
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↑WRX-STIのコクピット

 

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決勝レースのドライバー受付。ドライバーの装備もチェックを受ける

いよいよ本番を迎える
ドライバーやチームのスタッフは、決勝レースが行われる週の始めにドイツ入りした。チームの宿泊は昨年と同様アデナウ市内のホテルで、偶然にも日産チームの水野監督も同宿である。

例によってチームは、予選はあまり無理をせずWRX-STI-STIは9分16秒419のタイムでSP3Tクラス3番手、総合55位という位置に着けた。現状のWRX-STIはもっと攻めれば、あと10秒程度は短縮できる実力は持っているはずだ。同クラスでは相変わらずLMSエンジニアリングのシロッコGT24が圧倒的な速さを見せ、9分00秒774を叩き出した。1クラス上のSP4Tに匹敵する実力を見せ付けた。

実はこのシロッコGT24は2009年にVWのモータースポーツ部門が造ったワークスカーで、今回はそれをアマチュアチームのLMSエンジニアリングが借りての参戦なのだ。2カー体制での出場なので、STIチームにとって最も注意すべき存在だったが、レースが始まってみるとなんと1台はTカー扱いでピットに待機し、1台がレースを行うシステムだったので驚かされた。

ニュルブルクリンク24時間レースの画像
↑ライバル、シロッコGT24のドライバーと吉田選手
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↑GAZOOチームと記念撮影

4時間目にクラストップに
決勝レースのスタートは、5月20日16時。WRX-STIなど第2グループは第1グループより数分遅れでローリングスタートとなった。STIチームのドライバーの順番は佐々木-バンダム-マルセル-吉田の順で、全員が9周を走る。昨年は、佐々木とマルセルは走行燃費が悪いため1周少なくしていたが、今年は燃費もばらつきがなくなったからだ。

スタートを担当した佐々木は、後方にいたクラス上のマシンに先行されたため、クラストップのシロッコGT24を追いかけるのに手間取り、また今回のレースで唯一となる他車と軽い接触をするなど序盤はてこずり気味であったが、各車の間隔が開くと予定通りのペースになった。

その後は順調に走行を続け、4時間目にエンゲルス選手がクラストップのシロッコGT24を抜き、ついにクラストップに立つ。

6時間目、吉田選手がステアリングを握って走行中の午後9時半に日没を迎え、いよいよ漆黒のナイトタイムに入った。この時点ではクラストップ、総合30位にまでポジションをアップしている。しかし午前1時を過ぎる頃、ブレーキのフィーリングが悪化し始める。ペダルがぶかぶかになってきたのだ。

9時間目、バンダム選手からエンゲルス選手にドライバー交代するタイミングで、ついにフロントのブレーキローター、キャリパーのアッセンブリー交換を行った。これは結論からいえばスタート時に気温が低かったため、ブレーキ冷却ダクト入口をガムテープで覆っていたのでブレーキが過熱したことが原因だった。この作業は1周弱に相当する7分間で終了したが、クラス2番手を大きくリードしていたため、順位には影響がなかったのは幸いだった。今回はブレーキはパッドも含め無交換作戦だったのだが、予定外の交換となってしまった。

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思いがけないトラブル発生
明け方が近い11時間目頃からコースでは小雨が降り出した。これ以後、断続的に降る雨のため、他車はタイヤ交換やコースアウトなどで混乱する中、バンダム選手はスリックタイヤのままで安定して走り続けた。まさにAWDの本領発揮であり、2番手以下のクルマに大きな差をつけることができた。

夜が明けた15時間目頃には、コース全体が雨となり、それまでスリックタイヤで快調に走ってたバンダム選手からエンゲルス選手に交代するときに初めて浅溝レインタイヤを装着した。抜群のタイミングであった。

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↑モニターで戦況を見守るチームスタッフ
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↑手作りの夜食

午前9時頃から雨は止み、コースは乾いていった。この時点で、エンゲルス選手から吉田選手にバトンタッチし、タイヤもスリックに交換した。ところが30分ほど走ったところで、吉田選手は異常を報告する。コクピットはオイルの焼ける匂いが侵入し、油圧ゲージが時々異常を表示し始めたのだ。

やがて、オイル煙がコクピットに流れ込む。一度、点検のためにピットインしたが原因が判明しないままコースに戻るも、煙は一層ひどくなっていた。このため、ピットインして徹底的に修理することにした。

ターボエンジンの場合、オイル煙が出た場合は真っ先にターボの故障が疑われるが、過給圧やエンジンの回り具合には問題がないため、オイル配管からの漏れだと推測された。約40分間のピットストップで、ようやく漏れた場所の特定・対策が行われ、またこの時点でリヤのドライブシャフト・ブーツの亀裂も発見されたため、ドライブシャフトも急遽交換した。これはディーラー派遣メカニックの功績だ。

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SP3Tクラス2連覇を達成
40分間という長いピットストップにもかかわらず、幸運にもクラス1位のままでレースに復帰できた。2番手に10周の差をつけていたことが幸いしたのだ。ただし、総合順位は35位まで後退している。その後は、確実なペースで周回を重ね、それに伴って総合順位もすこしずつ繰り上がっていく。

そして24時間目、WRX-STIはゴールを迎え、136周(3451.408km)を走破し、SP3Tクラス2連覇を果たし、総合では28位に入った。

「昨年はノートラブルだったが、今回は思いがけないトラブルが出て、ちょっとカッコ悪いレースになり、パーフェクトなレースはできませんでしたが、応援していただいたファンの皆様との最低限の約束は果たすことができました」と辰己監督はほっとした表情で語った。

今年で6回目のニュルブルクリンク24時間レースとなった吉田選手は、「思いがけないトラブルが出ましたが、今回もメカニックたちが本当にがんばってくれました。この結果に満足せず、来年はまた新たな挑戦ができたらと思います」と語っている。

もしノートラブルであったら総合順位は22?23位に入ったのでは? と推測できる。名だたるGT3マシンの中にSP3TクラスのWRX-STIが割って入る様子を思い浮かべると、来年への期待もいやおうなく高まってくる。

取材協力:辰己英治氏/吉田寿博氏

スバル・モータースポーツ公式サイト

COTY
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