これまでハイブリッド車は燃費性能に優れ、環境技術の決定版と位置付けられており、日本市場の中では大きな存在感を見せている。しかしヨーロッパではそれほどハイブリッド車が重視されず、ディーゼル・エンジンが主流になっている。
その一方で、日産、ルノーが主導する電気自動車(EV)の推進や、トヨタ、ホンダが市販化した燃料電池車(FCV)が究極のエコカーとする動きも出てきた。が、ここ1、2年でドイツ車メーカーから相次いでPHEV車が登場し、新たな潮流を作りつつある。
日本ではミツビシがいち早くアウトランダーPHEVを発売し、トヨタもプリウスPHVを販売するなど、PHEV車でも世界をリードしたと言える。しかし、ドイツ車メーカーは、単一の車種ではなく、次々に既存の車種にPHEVモデルを追加・拡大する戦略を採用している。日本車メーカーではミツビシ以外ではまだこのような次世代戦略を描いていない。この温度差はどこに起因しているのだろうか。
■アメリカのZEV規制
アメリカのカリフォルニア州の大気資源局(CARB:California Air Resources Board)は1990年代からZEV(Zero Emission Vehicle:排ガスを出さないクルマ)の構想を進めてきている。これは、カリフォルニア州は公共交通が乏しく究極のクルマ社会であり、クルマが多いことと地形的な特徴から空気が全米で最悪といわれている。大気汚染は深刻な大問題と考え、アメリカ政府は、よりはるかに厳しい排気ガス規制を模索する背景となっている。
そうした状況の中、1990年9月にカリフォルニア州法により低公害車導入プログラムLEV(Low Emission Vehicle Regulations)を制定し、従来の規制値を強化するだけでなく、低公害車の販売を義務付けた。しかし、その後は排ガス・ゼロを目標に自動車メーカーへの義務付けを段階的に強化している。
当初はGMを筆頭に自動車メーカーは実現不可能と反対したが、GMの破産以後はそうした反対の機運は弱まり、ZEV規制は本格的に動き出した。ZEVの目標は2050年頃には、文字通りすべてのクルマが排ガス・ゼロの電気自動車か、あるいは燃料電池車にすることが目標とされている。
ZEV規制は、州内で決められたある台数以上の自動車を販売するメーカーは、その販売台数の一定比率をZEV規制に対応しなければならないとした。ただし、電気自動車や燃料電池車のみで規制をクリアすることは難しいため、プラグインハイブリッドカー、ハイブリッドカー、天然ガス車など、排ガスが極めてクリーンな車両を組み入れることも許容されている。
2012年時点では、カリフォルニア州で年間6万台以上販売するメーカー6社(GM、フォード、クライスラー、ホンダ、日産、トヨタ)がZEV規制の対象であった。ところが2018年型以降、販売台数が中規模のメーカー(BMW、メルセデス・ベンツ、現代・起亜、マツダ、フォルクスワーゲン、スバル、ランドローバー、ボルボなど)にもZEV規制が適用されることに変わったのだ。
これが「ZEV 2018年問題」である。実は、カリフォルニア州が決めたZEV規制は、アリゾナ、コネチカット、メイン、メリーランド、マサチューセッツ、ニュージャージー、ニューメキシコ、オレゴン、ニューヨーク、ロードアイランド、バーモントの各州にも適用され、この問題をクリアしない限りアメリカにおける自動車販売は危機的な状況を迎えることになる。
こうした中、各メーカーの総販売台数の一定数をZEV規制対応車とすることでクレジット(実績係数)が得られるという方策がある。仮に目標のクレジットが不足すると、CARBに罰金を支払うか、クレジットに余裕を持つ他メーカーから購入する必要があり、いずれにしてもZEV規制を達成できない自動車メーカーは大きな負担を強いられることになるのだ。
すでに現在でも、GM、ホンダを筆頭にEVメーカーのテスラ、日産からクレジットを購入しているといわれ、テスラは2013年前半だけでクレジット売却利益は140億円を得たと公表されている。
また2018年以前のZEV規制では、ハイブリッド車、天然ガス車、低燃費ガソリン車もZEV対応車と認められていたが、2018年以降はこれらを認めず、EV、FCV、PHEVに限定されることになったのだ。したがって、ZEV規制の対象となる自動車メーカーはEV、FCV、PHEVのいずれかを開発しなければならない。しかし、自動車メーカーとしては、こうしたZEV対応車を作っても、一定数の販売が見込めなければ本来の目的は達成できないのだ。つまり総販売台数に対する比率が上がらなければZEV対応したことにはならない。結果、売れなければ意味がないことになるのだ。
EV電気自動車やFCV燃料電池車をある程度の数の販売台数を稼ぐことは現実的ではないのは理解できる。ところが、EV、FCV、PHEVともに排ガス・ゼロの走行距離に基づいてクレジットを算定するので、EV、FCVは有利なのはいうまでもないが、PHEVでもバッテリー容量を十分確保できればよいということになる。現状ではEVはバッテリー価格、航続距離で課題があり、FCVは車両価格、水素供給インフラに課題があるため、いくらカリフォルニアといえども一般ユーザーは購入しにくい。だが、PHEVであれば俄然、現実味を帯びているというわけだ。
■ヨーロッパのCO2規制
一方、ヨーロッパでは、自動車メーカーの企業平均(その自動車メーカーで販売している全部のクルマの加重平均値)となるCO2排出量規制は、2020年には95g/kmとする規制が始まる。この規制は当然ながら大排気量車を多くラインアップしているプレミアム・メーカーには厳しくなる。もちろんヨーロッパの使用環境では、EVは価格と航続距離、FCVは価格と水素インフラの課題があるため、ここでもPHEVの必然性が大きくなってくる。
さらに、ヨーロッパのCO2排出量規制では、PHEVの排出ガス=燃費計算には「ECE R101」と呼ばれる計算式が適用され、充電された電力での走行(充電電力の発電時のCO2はゼロと計算し、排出ガス・ゼロとする)、ハイブリッド走行でのCO2排出量、エンジンのみでのCO2排出量(走行距離25kmに限定)を前提とした計算式=25km+EV走行距離/25kmでトータルのCO2排出量を算定するしくみだ。この計算式で25kmという距離はヨーロッパの都市圏での平均的な1日の走行距離を根拠にしている。
例えばこの計算式によると、メルセデス・ベンツS500(435ps/V8型エンジン)の燃費は12.9km/L、CO2排出量は210g/kmだが、S500 PHEV(333ps/V6+80kWモーター)では30kmのEV走行ができる。ハイブリッド走行化によりCO2排出量は約73%程度にまで削減でき、これをPHEVによる削減係数値で割ると、燃費は3.0L/100km、CO2排出量は69g/kmと計算され、CO2排出量は66%低減できるとされる。
しかもベース車へのPHEV導入コストは専用開発が求められるEV、FCVの開発より圧倒的に安く、小型車における48Vマイルドハイブリッドと並んで、最もコストパフォーマンスが優れていると考えられるのだ。一方で、当初はEVほどではないにしてもリチウムイオン電池の供給の問題が存在もしている。
それは、ミツビシ・アウトランダーは自社のEV電池技術をベースにいち早く実用化できたのだが、それ以外のカーメーカーはリチウムイオン電池の確保が大きなハードルになっていたのだ。ところが現在では、主として韓国のLGやサムソンから安くリチウムイオンバッテリーが得られることができるようになりPHEVの実用化が加速しているわけだ。
またヨーロッパのメーカーはこれまでディーゼル・エンジンによりCO2排出量削減を指向していたが、RDE(公道での実排気ガス)の導入の気配や、近い将来に導入されると予想されるPM2.5規制を考慮すると、今後は電気駆動のEV車とガソリン・エンジンによるPHEVが有力と考えられるのだ。こうした背景によりPHEVモデルが続々と登場しているというわけなのだ。
このようにアメリカでのZEV規制、ヨーロッパでの企業平均CO2排出量規制を両立させるには、大排気量モデルが多いドイツのプレミアムカー・メーカーはPHEVの一択しかないのである。これがPHEVに集中しているトレンドの背景となっている。
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