86/BRZはコンセプトカーの段階から世界各地のモーターショーに出展され、また他に、ヨーロッパやアメリカにおいてテスト中の先行試作車の画像もスクープ専門カーサイトに大量に出回っていた。このことは、結果的には大規模なディーザーキャンペーンが行われたと言えなくもない。そして実際に自動車業界のあるレポーターが初めてトヨタ86のステアリングを握ったのが、2011年10月初旬だった。この時点での86には形ばかりのカモフラージュが行われていた。
そして数週間後の10月下旬には、自動車媒体向けに先行試乗会が伊豆サイクルスポーツセンターで限定的に行われた。それから約1ヵ月後の11月下旬に富士スピードウェイで開催された「トヨタGAZOO Racingフェスティバル」にも登場し、一般の目に触れたことは記憶に新しい。この時、ショートコースでは海外のジャーナリストも含め、多くのメディア、ジャーナリスト向けに短時間の試乗会も行われた。
トヨタ86、スバルBRZは2011年12月の東京モーターショーが正式デビューの場となり、同時期にトヨタ・メガWEBでは異例にも特設コースで一般人を対象にした86試乗会も行っている。
その一方で、スバルBRZの先行試乗会は行われる気配はなかった。自動車メディア向け試乗会が行われたのは年が明けた2012年2月8日である。なお86/BRZの生産に関しては、2012年3月末にスバルの本工場(太田工場)でスバル・サンバーの生産が終了し、同工場で4月1日から86/BRZ用の製造ラインが動き始め、量産が開始されている。
2012年4月に入って、トヨタ86の正式発売を迎えた段階で、初めての公道試乗会が開催され、スバルBRZの公道試乗会は4月25日に行われた。
こうした一連の86、BRZの出現の流れを見るとわかるように、試乗されたクルマの状態が異なることに注意しておきたい。
2011年12月までに行われたトヨタ86は明らかに11月以前に作られた「生産試作車」である。86/BRZの開発完了は2011年11月末とされている。したがって11月末以前に作られたクルマは、開発がほぼ完了し、ライン生産を行うための試作車だったといえる。
一方で、2012年2月に行われたスバルBRZの試乗会で使用されたクルマは、量産試作車である。量産試作車は、製造ラインを流すパイロット生産車を意味し、試作フェーズの違いによるクルマの仕上がりレベルは微妙に異なっているのだ。
そして、4月初旬のトヨタ86の公道試乗会には、昨年11月以前の生産試作車や11月以降の量産試作車、そして製造ラインが動き出した後の量産モデルも混じっていたのだ。
一方、4月下旬のスバルBRZの試乗会で使用されたクルマは完全な量産車のみであった。
↑ 量産車であることを示すシャシーナンバーとBRZ
2011年11月末に開発は終了したが、発売前までに量産モデルへは数少ない変更が盛り込まれた。それは電動パワーステアリングのアシスト特性の微妙な手直しで、ステアリングの復元性や手応えが改善されている。
またトヨタ86 GT Limitedだけには、ブレーキパッドにスペインのガルファ(GALFA)社製の摩擦材を使用したパッドが採用されている。これはトヨタ側がスポーツ性の高いパッド採用にこだわった結果だというが、ガルファの摩擦材は温度変化特性が大きく、鳴きが出やすい特徴を持つ。一方、スバル側は従来からスバルの他モデルでも採用しているドイツのユーリッド(JURID)社の摩擦材を使用しているのだ。
したがって、86/BRZの開発は発売直前まで行われていたことがわかる。こういった情報は自動車専門メディアやジャーナリストには広く知られる事実なのだが、試作車のフェーズの違いや仕様変更が行われていることにより、思い込みとも思われる記事も目にすることになる。
それは、86/BRZの発売前に試乗したレポーターが創った都市伝説で、トヨタ86はオーバーステア、スバルBRZは安定志向のアンダーステアという怪説だ。これは、86とBRZでサスペンションの設定が異なるという話がきっかけで、それをいち早く知ったレポーターが断定したことが発端のようだが、もちろんこれはまったく的外れであることはいうまでもない。
もうひとつ興味深い話題は、さっそくアフターパーツメーカーがローダウン・スプリングを開発し発売しつつある状況だが、そのスプリングレートに関してだ。発売メーカーの過半数は86/BRZのノーマルサスペンションのスペックを考慮しない奇妙なスプリングレートにしているようなのだ。
改めて言うまでもないが、86/BRZはフロントがストラット式、リヤがマルチリンク式のため、ダンパーやスプリングのレバー比、つまりホイールレートが大きく異なるので、ホイールレート=実行レートをベースにしたスプリングレートやダンパーの減衰力を計算する必要がある。ところが、その実効レートを無視したかのようなスペックを持つ製品が発表、発売される可能性があり、今後の市販ローダウン・スプリングのレートやダンパーの減衰力表を見るのが楽しみである。
86/BRZは海外にも送られ、徐々に試乗会が実施されている。その評価は今のところ日本車ではかつてないほどの絶賛を受け、ハンドリングはポルシェ・ケイマンに比肩し、コストパフォーマンス抜群といった評価がなされている。このため海外からの発注も予想以上に多くなりそうな気配で、当初の工場の生産能力である月産4000台の計画は見直され、倍増させようという勢いである。
従来の月産4000台が意味するのは収益が赤字にはならず、ゼロに収まるということだが、倍増となれば採算ラインに乗ってくるわけだ。また、この成功はトヨタを大いに勇気付けたようで、86をベースにしたスポーツセダン、スポーツSUVといった派生車種の企画、つまりは86ブランドの確立が加速しているという噂が流れている。
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