この動画はFMヨコハマ「ザ・モーターウィークリー」のDJであり、自動車ライターの伊藤梓さんが番組企画で「体当たりチャレンジ」した動画ですが、その中でもディーゼルエンジンは「静かで力強く走る」と評価しています。今回のautomobile studyはそのエクリプスクロスに初搭載された4N14型クリーンディーゼルエンジンの考察です。
部品と制御を極上に
さて、静かで力強く走るこのディーゼルエンジンの技術的ハイライトだが、パーツではダミーヘッドを使ったブロック加工があり、制御ではショック対策制御を取り入れていることがポイントになる。そのダミーヘッドとショック対策制御を中心に見てみよう。
2.2Lの4N14型ディーゼル・エンジンは先代のデリカ:D5に搭載していたが、2019年2月のデリカのマイナーチェンジに合わせて、このエンジンもリニューアルされている。エンジン型式の名称に変更はないものの、使われるパーツ、制御は新規開発されていたのだ。
三菱のパワートレイン開発の岩室信夫氏によると、エンジン型式は排気量や気筒数、ターボなどの補器類などに変更がない場合、型式は継承されるのだという。そのためこのエクリプスクロスに搭載したエンジンも型式変更がされなかったわけだ。しかし、エンジンそのものは新規開発レベルの改良が行なわれている。公には「50%が新規で50%流用」とされているが、流用の50%の内容はボルトやナットのいわば汎用パーツ系であり、重要部品はほとんどが新規開発されている。
ハイライトはダミーヘッドを使った加工
このエンジン部品における最大の特徴にダミーヘッドを使ったブロック加工がある。市販エンジンではあまり一般的ではなく、レースエンジンを作る工程においては常識的に使う手法だというが、真円率をあげるための加工工程で、仕上げはホーニング加工が施されている。と説明していただいたのは、前述の岩室氏だ。
オールアルミ製エンジンの4N14型はシリンダーの周りにウォータージャケットのあるオープンデッキタイプのシリンダーブロックだが、ボルト組付による高い締結力がかかると変形しやすいこともわかっている。そのため、その変形レベルを織り込み真円率を高めるためにダミーヘッドを使った加工を施したというのが最大の特徴だ。
真円率が高いとフリクションは少なくなり、滑らかで、静かに回るエンジンになることは容易に想像できよう。そのため走行音も静かだということになるわけだ。したがって、このシリンダーブロックは新設計であり、クランクシャフト、コンロッドを含め主運動パーツに関しては軽量化した新設計ものになっている。
燃焼室形状の変更
ディーゼルの場合、ガソリンエンジンのような燃焼室をシリンダーヘッドに持たないため、ピストントップの形状変更で燃焼室の形が変更される。また、ピストンスカート長も短く変更され、フリクション・ロスへも貢献している。
また圧縮比は14.4:1であり、ディーゼルエンジンの優秀さで評判のマツダ・スカイアクティブDと同じ低圧縮比だ。もともと4N14型は14.9の圧縮比を採用していたため、低圧縮比でのディーゼル運転のノウハウを三菱は持っていたわけだ。そのため低圧縮であることはほとんどアピールしていない。奇しくも排気量はスカイアクティブと同じ2.2Lで、違いはツインターボとシングルターボの違いがある。ちなみにCX-5に搭載しているからエクリプスクロスはガチ・ライバルでもある。
当然ツインターボのほうがパーツコストは上がるわけで、三菱ではシングルターボの味付けでツインターボ並みのレスポンスを確保する技術を投入している。
タービンは三菱重工製VGターボで、可変翼アクチュエーターにリフトセンサーを追加し、フィードバック制御を取り入れコンプレッサーの効率を上げている。また軸受けを水冷化し信頼性をあげている。
インジェクターは最新世代のソレノイドインジェクターへと変更されている。従来の8噴口から10噴口タイプに代わり、2000barの噴射圧力で6回のマルチ噴射をしている。パイロット噴射、プレ噴射、メイン噴射、アフター噴射をおこない、キレイに燃焼させるための噴霧角度変更などの高効率化が行なわれている。
そして、冷却系では欧州車に多く見られるリザーバータンクにラジエターキャップを使わないホットボトルタイプに変更し、積極的に気液分離を行なう仕様に変更している。
こうした新設計の4N14型ディーゼルは、高回転まで滑らかにまわり3500rpmで最大出力145ps(107kW)、最大トルク380Nm /2000rpmを発揮するエンジンになっている。
クリーンな排ガス
従来はNOxトラップ触媒への燃料噴射で触媒を活性化させてNOxを排除していたが、尿素SCR=アドブルー方式に変更している。燃費の問題もありSCR方式を選択している。
尿素SCRは一般的に車検ごとに補充するレベルであり、その容量も10数L程度のため、ユーザー自身がガソリンスタンドで補充するといった手間はほとんどない。もちろん走行距離によってその消費量はかわるので、業務利用など年間の走行距離が伸びるユーザーは、車検前に補充が必要になる場合もあるだろう。それでもディーラーへ一度行けば解決できるメンテナンスレベルだ。
8速ATの新トランスミッションを搭載
4N14型ディーゼルと組み合わされるアイシンAW製の8速ATだが、力強い加速に寄与する制御として、アクセルを素早く踏み込んだ場合にキックダウンを促進する制御を織り込んでいる。同じアクセル開度に対する操作でも、アクセル踏み込み速度によりA/T内で演算される疑似的なアクセル開度を変化させ、選択される変速段を変える制御としており、同一アクセル開度に対する操作であっても、変速段を変化させることでドライバーの意図に応じた加速が得られるような制御としている、とドライブトレインコンポーネント開発担当の佐久間修一氏は説明する。
トランスミッションとしては2019年2月にマイナーチェンジしたデリカD:5に搭載しているものと同じだが、ハードとしては最終減速比が異なっている。デリカが3.075で、エクリプスクロスは2.955となっている。また、エクリプスクロスとはおおよそ300kgの車重の違いもあり、制御の変更は行なっている。特にロックアップ領域の拡大などでドラビリに好影響を与えている。
制御の極み
アクセルペダルはストロークセンサーとなっていて、踏み込み量で出力するトルクを決める。エンジンとATが新作となったことで、従来からの制御を一新できたと説明するのは、ディーゼルエンジン適合開発担当の越野邦彦氏だ。
浅いアクセル開度でも力強く加速することができるように出力トルクを適合している。ただ、この方法だと浅いアクセル開度では力強いものの、深いアクセル開度では加速に伸びがなくなる。つまり最大出力、トルクが変わるものではないからで、そうしたことに対し6速から8速へ多段化したことで、踏み込む量でトルクバンドをコントロールできるため、力強い加速が長く続き伸びを欠くことがないということだ。
また、ショック対策制御もポイントだという。以前から取り入れていたが、アクセルを早く踏んだ時に大きなトルクが出ると加速のショックが大きくなる。そのため、目標トルクへの到達時間を抑える制御をしていた。しかし、今回はエンジンとATの一新にあわせて適合を変え、目標トルクへの到達時間も速くするようにしたという。
以前は、アクセルをダンと踏み込んだ時、エンジントルクもドンと出力するが、その出力にはどんなエンジンにも出力の波があり、「トルクの揺れ」が収まってから目標トルクに到達するように制御をしていた。そうすることでショックを感じないという制御だったわけだ。
しかし、目標トルクへの時間を速くする場合、ドンと加速したあと揺り返しが起こり、それは不快感にも繋がってしまうのだという。そこで、その揺り返しを抑える制御を盛り込んだのが、新たな「ショック対策制御」というわけだ。
到達時間を速めることに加えて少し難しいが、エンジン出力は波を打つ波形で出力しているため、その波形に対してエンジン回転数を微分すると位相が進角する。そこでトルクピークに打ち消すトルクを入れると、出すぎたものは抑えることができるというわけで、微妙なトルクの波形を作り込んでいるわけだ。つまり、イメージとしては、出力波形と同様の波形をずらして当て込むことで、出力の波が打ち消され、結果として、力強くフラットな加速が持続するということになる。
一般的には滑らかに加速するのが当たり前なのだが、こうした制御がないとギクシャクした加速になってしまう。また、このショック対策制御を入れない制御の場合は、エンジンが持つ最大トルクをうまく使いこなしていないことにもなる。
このショック対策制御は、実はディーゼルエンジンとしては初めて挑戦した新しい制御方法で、エンジンというハードが持つ能力を、より使い切るための制御が確立できたというわけだ。実に地味で裏方的な存在でもあるが、エクリプスクロスのディーゼルは、高い技術力によって静かで力強く走ることができることがわかった。<レポート:高橋明/Akira Takahashi>