今マツダに何が起きているのか? SPCCIという独自の燃焼方式の誕生 3/5

マツダ次世代技術徹底考察2017 vol.3/5

Automobile Study
3回目の次世代技術徹底考察はSPCCIについて。このSPCCIとはなんだ?という話だが、内燃エンジンの理想の燃焼像として昔からHCCI(予混合圧縮着火)という燃焼方法がある。1980年代にメルセデス・ベンツが取りくみ、それ以降各社が取り組んだが、実現できず、それは現在も実現していない理想の燃焼方法だ。マツダのSPCCIというのは、そのHCCIの一歩手前といったイメージで捉えていい先進技術だ。

つまり、自己着火せず、最初のきっかけにプラグ点火を採用し、そこから火炎伝播が始まり同時多発的に自己着火していく仕組みを発明したわけだ。マツダはこのSPCCI燃焼するエンジンを「スカイアクティブX」と命名し、量産される次世代のICEという位置付けになる。

vol.1vol.2でマツダは、コーポレートビジョンをベースに、新たな取り組み、ユニークで専門的な取り組みをしていることを見てきた。そこから生まれてきた次世代技術のひとつとして、新しい燃焼方式のスカイアクティブXが産まれてきた、というのがこれまでの話だ。今回はこの排気量2.0LのスカイアクティブXとSPCCIを探求してみたい。

マツダ スカイアクティブX テストカー 走行イメージ

■リーンバーン燃焼

マツダがたどり着いたSPCCIという、プラグ点火をしつつ圧縮着火させていくという方式になぜ、考え出せたのか。燃費をよくしてCO2を削減するには、熱効率を飛躍的に上げる必要がある。そのためには圧縮比と比熱比を上げていくという理屈があり、圧縮比を上げることは既存の技術からも問題とはならないが、比熱比を大きくするにはどうしたらいいか、ということになったと説明する。

マツダ スカイアクティブX 既存エンジンとの立ち位置

ちなみに、スカイアクティブXの圧縮比は15から16、で燃料によって多少の変化がある。オクタン価は95と91に対応し、95は欧州でのレギュラー、91は国内や北米でのレギュラーガソリンに相当する。このあと試乗するプロトタイプ車には95Ronのガソリンを使ったモデルでの試乗だった。

さて、比熱とは、流体の温度を1℃上げるのに必要な熱量のことで、気体の場合、温度上昇によって圧力や体積が変化するため、比熱には2種類ある。圧力を一定に保った場合の比熱である定圧比熱Cpと、体積を一定に保った場合の比熱である定積比熱Cvのふたつ。このふたつの比熱の比を比熱比といい、比熱比κ(カッパー)はκ=Cp/Cvで求められる。

マツダ スカイアクティブX 比熱比改善目標グラフ

それで、この比熱比を上げるためには、燃料に対して空気の比率を大きくすることと、燃焼温度を下げるという2つの要素で比熱比は上がる。つまり、空気を薄い状態にして燃焼させることで、それはリーンバーンということになるが、リーンにすればするほど、比熱比は上がるということになる。

ちょっと話は逸れるがキーになるポイントがある。それは、実際の空燃比を理論空燃比で除した(割った)値が大きくなるとリーンになる=空気過剰率を大きくするということで、空気過剰率は実際に供給する空気量をL、理論上必要な最小空気量をL0とあらわすとき、このλ(ラムダ)が空気過剰率になり、λ=1が理論混合気(14.7)、λ>1がリーン、λ<1がリッチ混合気ということになる。

次に燃焼温度を下げるのは、燃料に対して気体の比熱比を上げることになり、つまり、リーンバーンである。もしくは大量のEGRによって比熱比は下がってくる。この時、燃焼温度が高いと分子が振動したり、分解したりすることにエネルギーを取られる。そのため温度を抑えたほうが比熱比はあがるわけで、熱が仕事しやすい、熱効率が高いということになるわけだ。

マツダ スカイアクティブX 燃焼温度と比熱比の相関関係グラフ

こうしてリーンにすれば、リーンにすること自体で比熱比が高くなり、燃焼温度が低下することも加えると、ここでも比熱比が高くなる。つまり、熱効率があがるわけだ。熱効率が高いということは少ない燃料で走行することができるということでCO2削減という図式になる。

さらに、リーンにするとピストンやシリンダーヘッドの壁面との温度差が小さくなり冷却損失が減る。そして空気量を増やすのでスロットルバルブによるポンプロスも低減できるというメリットも生まれてくる。

■SPCCIという燃焼方式

では次にどのくらいのリーンにするのか?というと、このスカイアクティブXは、現在のスカイアクティブ-Gの約2倍の空燃比というリーン燃焼だ。つまり空燃比λ>2 であり、30以上の空気過剰率を狙っているのだ。(λ1=14.7、λ2=29.4)

マツダ スカイアクティブX 理想とする空燃比のグラフ

A/F(空燃比)>30レベルのリーン燃焼がスカイアクティブXの正体なのだが、その課題として、火花点火では火炎伝播できず燃えなくなる。そこで、理論空燃比の2倍以上の薄さでも、高圧縮で高温・高圧にすれば圧縮着火により燃焼が可能になるのが理屈だ。

マツダ スカイアクティブX SPCCIの有利な点の図解

ただし、NOxの発生も確実に発生を抑えつつ燃焼を起こすために、プラグ周辺では少し濃い混合気で着火させているという。このときの空燃比はどの程度なのか。λ1とλ2の変化は?そして、NOxはλ1に適応する三元触媒で処理しているのか?など不明なことはあるが、マツダの説明ではグラフのような制御が行なわれており、ブレークスルーしていることは間違いない。

■HCCIの高い壁をブレークスルー

さて、なぜいままで圧縮着火が実現できなかったのか。

シリンダー内の温度が低いと燃焼不安定、高いと騒音過大、燃焼圧力が大きいという問題が起こる。そこで燃焼温度を+ー3度Cでコントロールする必要があり、その温度に制御できないと燃えてほしいところで燃えないことが分かったという。世界中のいつでもどこでも、どの標高でも吸気温度を一定に保つことは不可能に近い。そこで温度でコントロールするのが難しければ、圧力はどうか、といいうことにトライしたという。

マツダ スカイアクティブX 圧縮着火の問題点

しかし、全運転領域で燃焼させるには理論空燃比がλ1からλ2の間で瞬間的に圧縮比が変化しなければ不可能で、その要求速度に対応する機構はないという壁にぶつかったわけだ。

そこでどうしたのか?といえばスパークプラグで点火制御する圧縮着火SPCCI(Spark Controlled Compression Ignition)を考えだし、実現したということになる。

マツダ スカイアクティブX スパークプラグの点火を制御因子とした圧縮着火のメリット

ベースの圧縮比を15から16に設定し圧縮する。そして圧縮の途中で点火プラグ周辺だけ理論空燃比になるように燃料を噴射して点火すると、膨張火炎ができ、その火炎で周りが圧縮され温度も上がる。膨張火炎=エアピストンと名付け、そのエアピストンでさらに圧縮され自着火する、という理論だ。

CI(圧縮着火:compression ignition)しにくい状況は軽負荷、高回転、低外気、低気圧などで、その場合は早めにプラグ点火し、エアピストンで圧縮する。反対に、容易にCIする条件下では、遅くSI点火して小さく圧縮するということを瞬時に行なうことでSPCCIを実現している。

マツダ スカイアクティブX SPCCIによって燃焼成立範囲の拡大と制御性が向上

こうした点火のコントロールと火炎伝播による圧力コントロールをすることで、SPCCIを実現したというわけだ。考えただけでも想像を絶する瞬間的な制御の世界だ。また、こうした制御にすることで大きくロバスト性が改善し、HCCIよりも燃焼成立範囲が広くなったという。

マツダ スカイアクティブX SPCCIによって燃焼成立範囲の拡大と制御性が向上

ちなみに、この自着火の状況は、4気筒独立の筒内圧センサー(CPS:Cylinder Pressure Sencer)によって圧縮着火が解析でき、そのデータからフィードフォワードやフィードバックすることが可能となって理想の燃焼状態に制御できるということになのだ。

■48Vマイルドハイブリッド

こうした新しい燃焼技術、制御技術から生まれたのがスカイアクティブXで、その制御を作りだせたのがvol2で説明したモデルベース開発というツールを使いこなした結果だ。そして、ハード部品の視点では、このCPSの他、空気を大量に送り込む必要があるためスーパーチャージャーを利用している。これをマツダでは高応答エアサプライと呼んでいる。

マツダ スカイアクティブX ハードの構成

SPCCIはスパークプラグの周辺では成層燃焼に近い状態の空気過剰率でSI着火し、それをきっかけに火炎伝播でCI自着火するが、その時、空気過剰率が常に変動し、急にリーンバーンをしようとしても空気量が不足する。そのため、スーパーチャージャーを使って大量の空気を強制的に押し込み、λ2を作っているという。しかも水冷のインタークーラーを装備している。もちろん、少しでも燃焼室内温度を下げるために、そしてNOxを減らすために大量のEGRを使っているということだ。

また燃料噴射もコモンレールを装備し、高圧な燃料噴射と、そのストイキとリーンの変化に反応する速度の高応答なインジェクターが必要となるため、専用の燃料インジェクターを開発している。

マツダ スカイアクティブX エンジンルーム

もちろん、Tier1の開発によるものだが、サプライヤーのラインアップ製品には当然品揃えをしているはずもなく、サプライヤーにとっても新規開発のパーツであることに違いない。特に、コモンレール、インジェクターは、このエンジン専用となるため、サプライヤー探しも苦労したという。おそらくイタリアのマニエッティ・マレリ社の協力を取り付けたのではないだろうか。

もうひとつ、このエンジンでポイントとなるのは電動化だ。48Vのマイルドハイブリッドであるが、その部分の説明は全くない。マツダのロードマップによれば2018年にマイルドハイブリッドの導入があるので、そのタイミングでの説明を待つことになるのだろうが、現時点では、このISG(integrated starter generator)を装備するも、電動アシストはされていないという。

マツダ スカイアクティブX テストカー走行イメージ

そのマイルドハイブリッドがなぜ稼働していないのかは不明だが、、トルク特性が極端に異なるソリューションだけに、いかに統合制御されていても加加速度(かかそくど)のコントロールは難しく、難易度が高いということかもしれないと勝手に想像する。だが、エンジン開発の人見氏によれば、SPCCIで動かすだけでも大変で、モーターまでやる時間がなかったという。また、別のエンジン制御関係者は、手こずっているとも言っていた。

まぁ、SPCCIの制御が想像を絶する制御の深い深い海の底の階層まで制御し続けるのがイメージできるだけに、そこに新たなソリューションも加えて制御をするのは、さらに深淵に到達していくことが容易に想像できる。2019年の発売のタイミングには、「ちゃんとやっておきますから」という人見氏の言葉からも苦労を感じ取れた。

さて、次回は次世代技術のプラットフォーム、ボディについても考察してみたい。国産初のメーカーマーク入り指定タイヤ誕生があるかもしれない。

*一部記事を訂正しました(2017年11月10日)

シリーズ:マツダ次世代技術徹底考察2017

Automobile Study

ページのトップに戻る