【ベントレー】 ミュルザンヌ、それは1930年に成し遂げたル・マン5勝の英国魂を現代の技術で再現 by九島辰也

マニアック評価vol63

21世紀に入り、コンチネンタルGTシリーズでその名を知らしめたベントレー。バブル崩壊から“失われた10年”も過ぎ、デビューと同時にそれを手にした方も多いのではないだろうか。2000万円のベントレーと言えばアフォーダブルなプライスなのは間違いないが、2006年に500台以上国内で登録されたことには驚かされる。

しかs、それ以前のベントレーの代名詞となっていたのは、先代のミュルザンヌに他ならない。1980年にリリースされて92年まで生産が続けられたが、コンチネンタルTやアズールなどの車種を派生させた起源である。また、ミュルザンヌ自体も同ターボや同Sなどをラインアップ。ホイールベースもショートとロングが用意され、ターゲットユーザーの要望に応えた。

伝統の24時間耐久レースの名所が車名の由来

ちなみに名前の由来は、ご存知サルテサーキットの一部にあたる地名、ミュルサンヌ・ストレートと呼ばれるそこから付けられた。現地ではミュルサンヌだがベントレーはミュルザンヌと表記する

もちろん、公私ともにそれが許されるのは、ベントレーが輝かしい成績を残してきたからに違いない。このメーカーは1919年8月に創業するのだが、23年から始まったル・マン24時間耐久レースで1930年までに5度の優勝を遂げている。1924、27、28、29、30年だ。前回、新型コンチネンタルGTの原稿でベントレー・ボーイズに触れたが、まさに彼らが活躍していた時代である。いまでも、ミッレミリアに代表されるクラシックカーレース及びラリーで、ベントレー・スピードシックスが崇められるのは、そんな実績を残しているからだろう。

?ただ、創業者でありエンジニアであるW.O.ベントレーがかつて鉄道の技術者であったり、第一次世界大戦中は航空機のエンジンを開発していたことを鑑みれば、そういった成績も不思議ではなかった。産業としては、自動車業界よりもそれらの方が進んでいたのは明白である。

それにしてもまだ国際レースになるかならないかの時代のル・マン24時間耐久レースに、ベントレーがそれだけ真剣に取り組んでいたのも興味深い。耐久レースがクルマの開発に役立ち、その結果が販売につながることを熟知していたのだろうか。と同時に、彼ら英国人は本当に自動車レースが好きなんだなということを感じる。

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英国人のレース好きは、このベントレーから?

ベントレーは1931年以降ロールスロイスの傘下に入ってワークスのレース活動を中断するが、それに代わるようにアストンマーティンやMGが矢継ぎ早にル・マンに参戦した。まるで、フランスの田舎町を占拠するように、である。

話を車名に戻すが、ベントレーの歴史の中でこういった地名がネーミングになるケースは近年からとなる。それまでは3リッターや4 1/2リッター、6 1/2リッターというように排気量を表すモデル名が付けられていたし、それ以外では「シリーズ」や「マーク」、「タイプ」というコード名のような呼び名が多かった。

で、最初にそれを破ったのがコーニッシュ。コーニッシュというと「ロールスロイスの間違いじゃない?」といわれそうだが、71年モデルのベントレーにはその名が付けられた。ニースからモナコへ向かうワインディングの道路名である。風光明媚であることは、言わずもがなだ。

丸型2灯のヘッドランプは1930年代の再現

では、新型ミュルザンヌへ話を移そう。

このクルマは1930年型のベントレー8リッターをモチーフに作られた。その背景には、W.O.ベントレーの「私はいつも時速100マイルで走れる静かなクルマを作りたいと考えていた。そしてこのモデルでそれを実現したと思う」という言葉がある。つまり、静かで快適な空間を速いスピード領域でも手に入れられるというのが、ミュルザンヌのコンセプトだ。もちろん、ライバルを含め現代における高級車の大半はそういった目標で作られる。が、それをおよそ80年前に掲げていたのだから感心するしかない。

デザインもまた、8リッターの代表的なデザインキューを取り入れている。存在感ある大きな丸型ヘッドライトもそうだし、高級感と安心感をもたらす太いリアピラーもそうだ。もっといえば、ロングノーズ、ショートオーバーハングというのもそうかもしれない。

↑パドルシフトも装備している。タコメーターが5000rpmまでなのに注目

それでいて至って現代的な流れるようなフォルムも持ち合わせる。スポーティなリアデザインやフローティングウインドウと呼ばれるガラス周りの処理がそんな感じだ。先代のミュルザンヌとのエクステリアの違いはそこが大きい。そしてインテリアに目を移すと、明らかにコンチネンタルGTシリーズとは異なる世界が広がる。

大胆に使われるウッドパネルとそこに配されるクロームメッキが施された丸型メーター類が、イメージ通りのベントレーを感じさせてくれる。これぞまさに“英国の高級車”といえんばかりの仕上がりだ。資料によると、ミュルザンヌを製造する全行程のおよそ半分となる170時間をインテリアの製作に注ぎ込むらしい。

本物のクラフトマンシップを感じさせてくれる

そのインテリアで目を惹くウッドパネルひとつとっても、さまざまな選択がきるのがベントレーの醍醐味。バーウォールナットがポピュラーではあるが、この他にもイングリッシュオーク、ニレ、ウォールナット、サトウカエデ、マドローナ、ヴァヴォーナなどが用意される。彼らは切り倒した後に植樹をしているが、マホガニーなど絶滅危機にある植物は使用しない。

↑どの席に座ろうとも、それぞれに満足感を与えてくれる

パネル用木材は2週間かけてシート化し、さらに13日かけて貼れる状態にもっていく。そこからラッカーの5層塗りを施して3日間寝かせ、目の粗さの異なる5段階のサンドペーパーをかけ、最終的にはガラスのような光沢を生み出すといから…気が遠くなる。

パワートレインは、6 3/4(6.75)リッターV8+ツインターボエンジンとZF製8速トランスミッションが組み合わされる。最高出力は512psで、最高速度は296km/h、0-100km/h加速は5.3秒というから、トップクラスのスポーツカー並み。というか、どこかのフレーズじゃないけれど、“必要にして十分”だ。ブロック自体の設計は伝統のそれを使っているそうだが、重量を23kg軽量化するなど現代の技術で仕上げている。というか、ここでは6 3/4という数字だけでベントレーファンはくすぐられてしまうはずだ。

↑OHVのV8だが気筒休止システムを持ち、巡航時は4気筒で燃費を稼ぐ

古典的なV8だが、期待を裏切ることはあり得ない

ベントレーのパフォーマンスについては、あまりとやかく言うものではない気もする。我々の期待を裏切ることはまず考えられないし、逆にいつもいい意味で驚かせてくれる。もし、それをじっくり語るのであればサーキットへ持ち込むのがいいだろう。4つのドアがあろうとベントレーはピュア・スポーツカーであり、それがW.O.ベントレーへの敬意ともなると思う。

■ベントレー? ミュルザンヌ 主要諸元

●ディメンション 全長×全幅×全高=5575×1926×1521mm/ホイールベース=3266mm/車両重量=2585kg ●エンジン V型8気筒OHV+ツインターボ/排気量=6.75L/最高出力=377kW(512ps)/6000rpm/最大トルク=1020Nm(104.0kgm)/1750rpm? ●駆動方式=FR ●トランスミッション=8速AT ●車両本体価格=3380.0万円(消費税込み)

REPORTER’S PROFILE

九島辰也(くしまたつや)

東京・自由が丘出身のモータージャーナリスト。外資系広告会社から転身し、自動車雑誌業界へ。「Car EX」副編集長、「アメリカンSUV/ヨーロピアンSUV&WAGON」編集長などを経てフリーランスへ。その後「LEON」副編集長も経験。趣味はサーフィンとゴルフの“サーフ&ターフ”。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員/2011-2012日本カーオブザイヤー選考委員

九島辰也オフィシャルホームページ

ベントレー モーターズ ジャパン公式サイト

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