2011年11月27日、トヨタは第42回東京モーターショーに小型FRスポーツカー「86(ハチロク)」のプロトタイプを出展すると正式に発表した。11月15日にトヨタは東京モーターショー出展車の概要を発表しているが、その時点では出展リストに「小型FRスポーツ」と記載されているのみで、車名を含めてクルマに関する概要説明はなかった。
ファン感謝デーで社長自らがお披露目
それが、27日になって追加発表という異例のカタチになった理由は、同日に富士スピードウェイで開催されたファン感謝イベント「トヨタ・ガズー・レーシング・フェスティバル2011(TGRF2011)」で、サプライズとして豊田章男社長が自らステアリングを握って登場し、「86」のデビューを宣言するという演出が仕込まれていたからだ。
トヨタのプレスリリースでは車名は「86」としながらも、東京モーターショーに出展される車両は86コンセプトモデルとされている。富士スピードウェイに登場したクルマもプロトタイプとされるが、これまでのショーに出展されたFT-86コンセプト、サイオンFR-Sとはバンパー形状などディテールが異なり、ほぼ市販モデルと考えられる。さらにスペックも公表され、ようやく全貌が明らかになりつつある。ちなみに車名バッジは数字の86の両側に水平対向エンジンのピストンを図案化したものだ。
トヨタ86という車名は、1983年に発売されたAE86型(カローラ)レビン/(スプリンター)トレノに由来することは間違いない。ただし、AE86自体はコンパクトサイズで当時としてはハイパワーの4A-GE型1.6Lエンジンを搭載し、装備を充実させたGT的な性格である。
そのため86のルーツは1965年に発売され、長谷川龍雄氏が主査を勤めたトヨタ・スポーツ800(UP15)とされている。このクルマは当初からスポーツカーとして企画され、空冷・水平対向2気筒エンジンを搭載したFRモデルだった。一方、デザインではトヨタ2000GTのボディフォルム,特にサイド・ウインドゥノグラフィックスがモチーフとされている。このようなストーリーからも、トヨタ86はトヨタのDNAを受け継いだスポーツモデルと位置付けられていることがわかる。
スバルとの業務提携を機に開発計画は一気に加速
トヨタはセリカが2006年に、MR-Sが2007年に生産終了して以来、スポーツ系モデルは皆無という状態になっていた。このため、2005年頃から商品企画部ではトヨタにおけるスポーツ・ブランドの消滅を危惧し、新たなスポーツ・ブランドの立ち上げが研究・検討されていた。これが、2005年の富士重工との業務提携を機に実現することになる。
86の製品企画は2007年にほぼまとめられ、2008年4月に共同開発が発表された。トヨタ・スポーツ800の時は関東自動車に開発委託するなど、各種のクルマを外部企業に開発委託しているが、富士重工の場合は独立した自動車メーカーである点で、異色の組み合わせといえる。
商品企画、デザインはトヨタが担当し、開発・製造は富士重工という役割分担になっている。したがってエンジンはスバルの最新版FB20型をベースに、86専用にボア・ストロークを設計している。スバルではEJ20型の自然吸気エンジンで190psを発揮するエンジンをすでにBL/BP型レガシィに搭載した実績があるが、今回は低中速を重視したロングストロークのFB型がベースのため、ボア・ストロークを変更する必要があったわけだ。また出力と排ガス性能を両立させるために、トヨタのD-4S、つまり直噴+ポート噴射のデュアルインジェクター方式としているためにシリンダーヘッドも新開発となり、事実上の専用エンジンとなっている。
エンジンは高回転化され、リッター100psへのこだわりから出力は200ps/7000rpm、205Nm/6600rpmを得ている。許容回転数は7500rpmで、トルク特性も含めて高回転型に見えるが、ピーク値はともかくかなり低速からトルクを出していると見られる。圧縮比は12.5。もちろんプレミアムガソリン(ハイオク)を使用する。
またこの新型エンジンは、従来のスバル・エンジンとは異なり、後方吸気から前方吸気へと変更されている。これはエンジン搭載位置が後退しているため取り回しの上での必然だ。また、ラジエーター上部から走行風圧をそのまま取り込む前方房外吸気(前方外気吸気)になっている点も注目したい。水平対向エンジンのために等長吸気となるが、排気系も近年のスバル・エンジンと同様に等長排気とされている。なおこのエンジンはサウンドクリエーターを装備し、吸気の脈動を拾って級気音を増幅し、室内に流すという吸気音メインのサウンド演出を行っている。
低重心がこの新型スポーツカーの生命線
シャシーはスバルのプラットフォームだが、FR駆動用にかなりの手直しをしている。フロントのストラット、リヤのダブルウイッシュボーンという形式はスバルの現行モデルと同じレイアウトとなっている。フロントダンパーのアッパーマウント位置の低下、タイヤとストラットとの干渉を避けるためにキングピン傾斜角の直立化などが行われているはずである。同時にAWDよりホイールベースが短縮されている分だけ、フロントのロアアームの取り付け位置も変更されている。エンジン搭載位置はAWDのスバル車と比べて240mm後退し、搭載高さも120mmダウンしている。前者はフロントデフが不要な分だけ後退させ、後者は前輪駆動用のドライブシャフトの取り出しが不要な分だけ下げられるというわけだ。
この結果、86の重心高さは460mmで、オイルパンのないドライサンプ式本格スポーツカーと同等レベルに。この点が86の最大の訴求点になっており、ハンドリングのアドバンテージともされている。VSC(ESP)は、ノーマル/スポーツ/OFFの3モードに切り替えられるスイッチがシフトレバー付近に配置される。
タイヤは市販バージョンでは16インチ、17インチがメインだが、東京モーターショー用にはフロントが215/40R18、リヤが225/40R18とされている。このサイズはオプション設定だろう。実際の主流装着サイズは215/45R17と想定できる。16インチなら205/55R16となる。パワーステアリングは電動式で、ギヤ比は13:0とクイックな設定。スバルのスポーツモデルのギヤ比だが、トヨタとしては異例のクイック比と言える。
86はこれらの低重心化によりフロントのグリップを高めることになり、リヤは横力トーイン変化特性によりグリップ・コントロールの幅を広げているものと考えてよい。このあたりをスイートスポットの広いハンドリングと表現しているのだろう。またエンジン搭載位置が後退して、フロントアクスル上に位置するため、前後荷重配分は53:47になっている。ちなみにバッテリーはエンジンルーム内に配置されている。
トランスミッションはアイシン製の6MTと6ATで、ATはスポーツATとしてダイレクトシフトを追求。IS Fに採用されているATを86用に専用チューニングしたものだ。またシフト制御モードは、ノーマル/スポーツ/スノーとMモードをスイッチで選択できる。MTもシフトフィーリングやクオリティを追求して、かなりの部品を新設計しているという。またリヤデフにはトルセンLSDを装備する。
スバルとサイオンからも同時に新ブランドが発進
デザイン的には水平対向エンジンならではの低いボンネットと、強い表情のフロントマスクをしているものの、ロングノーズのクーペ・スタイルとしてまとめられている。フロントマスクは「キーン・ルック」と呼んでいる。ボディの特徴はルーフ中央部を凹形にしたパゴダルーフ形状。ボンネットは軽量化のためにアルミ製にしている。
インテリアは機能性を重視しながらもシンプルにまとめられ、極端なドライバーオリエンテッド・デザインとはしていない。ドアトリムは、カスタマイズできるようにニーパッドやショルダーパッドは脱着式になっているのが特徴だ。メーターパネルは中央に大型のタコメーターを配置し、スピードメーターはやや小径になっている。また、ステアリングホイールは、トヨタ史上最小の365mm径となっている。またステアリングポストはチルト&テレスコピックが装備されている。
シートはセミバケットタイプで、着座位置は地上高400mmと意識的に低められ、スポーツカーらしさを強調。シートスライド量は240mm。シートは4座席とされているが、事実上は2+2である。
トヨタ86は、富士重工ではスバルBRZ、アメリカ市場においてはサイオン・ブランドとさまざまな顔を持ち、今後はそれぞれ異なるキャラクターとなると考えられるが、まずはそのスタート地点に着いたということができる。
■トヨタ86プロトタイプ主要諸元
●ディメンション:全長×全幅×全高=4240×1775×1300(ルーフ高:1285)mm/ホイールベース=2570mm/トレッド(前/後)=1520/1540mm ●乗車定員:4名 ●エンジン:水平対向4気筒 直噴DOHC/排気量=1998cc/ボア86mm×ストローク86mm/最高出力=147kW(200ps)/7000rpm/最大トルク=205Nm(20.9kgm)/6600rpm ●トランスミッション :6速MT(6速AT) ●駆動方式:FR ●サスペンション(前/後):ストラット/ダブルウィッシュボーン ●ブレーキ(前/後):Vディスク/Vディスク ●タイヤサイズ(前/後):215/40R18/225/40R18 ●燃料タンク:50L(無鉛プレミアム)
文:編集部 松本晴比古