燃料電池車 「MIRAI」は水素社会のドアを開けたのか?

東京都心の芝公園にオープンしたイワタニ 水素ステーション芝公園。今回はここで水素重点を行った
東京都心の芝公園にオープンしたイワタニ水素ステーション「芝公園」。今回はここで水素充填を行なった

燃料電池車(FCV)のトヨタMIRAIは、2015年2月24日に市販1号車のラインオフが行なわれているが、初期受注が予想以上の台数になっているため、納車待ちの状態はまだまだ続く。現状では月産50台~60台のペースだが、今後は増産体制をとり、2016年には月産150台以上にする計画だ。

通常のライン生産のクルマとは異なり少量生産になっている理由は、燃料電池スタック内部の空気流路である3Dファインメッシュが超精密加工を要すること、高圧水素タンクの強度を高めるためのカーボンファイバーの巻き付け工程が匠の技、つまり手作業に頼っているからだという。

トヨタ 元町工場のMIRAI生産
トヨタ 元町工場のMIRAI生産

増産決定により、2017年には年産3000台とする計画だが、一般的なクルマに比べれば圧倒的に少ない。月産数1000台といったレベルに引き上げるためには、FCスタック内のセルの構造のさらなる革新、高圧水素タンク製造の自動化など、大量生産のための新たな技術開発が求められている。

3Dファインメッシュ
超精密プレスで作られる3Dファインメッシュ
ナイロン樹脂、カーボンファイバー、ガラスファイバーの3層構造の高圧水素タンク
ナイロン樹脂、カーボンファイバー、ガラスファイバーの3層構造の高圧水素タンク

MIRAIはマスコミでは「究極のクリーンエネルギー車」と言われているが、現在のMIRAIは、水素をエネルギー源とする燃料電池車という新技術の尖兵という役割であり、経済産業省が2014年6月に発表した「水素・燃料電池戦略ロードマップ」に従ったクルマで、まだ量産化への道筋は容易ではない。

ロードマップでは、2015年~2025年を燃料電池技術の実用化、水素利用の拡大の段階と位置付けており、その代表選手が家庭用燃料電池(エネファーム)と燃料電池車だ。燃料電池車は2015年に量産型乗用車の投入、2016年には量産型バスの市場投入が見込まれている。そして燃料電池車は実用・普及段階の2020年頃には約5万台が普及し、2025年頃には大量生産が可能になり、車両価格も現時点のハイブリッド車と同等とすることが目標とされている。

また一般的には、水素・燃料電池戦略ロードマップの目指すものが誤解されていることが多い。策定されたロードマップの冒頭には、「我が国のエネルギー供給は、海外の資源に大きく依存しており、根本的な脆弱性を抱えている。また、新興国のエネルギー需要拡大などによって、資源価格が不安定化している。そして、世界の温室効果ガス排出量は増大し続けている。(中略)本年(2014年)4月に策定された新たなエネルギー基本計画では、エネルギー政策の基本的視点として、「3E+S」、つまり安全性(Safety)を前提とした上で、エネルギーの安定供給(Energy Security)を第一とし、経済効率性の向上(Economic Efficiency)による低コストでのエネルギー供給を実現し、同時に、環境への適合(Environment)を図ることが確認され、多層化・多様化した柔軟なエネルギー需給構造の構築に向けて取り組んでいくこととされた」と述べ、エネルギー・セキュリティを高める手段とされている。

つまり中東依存の石油エネルギーと、ベースロード電源と位置付けられる原子力発電の危険性や存続の不透明性が現れている現状から、海外依存度の小さく、多様な原料から精製でき、安定的なエネルギー供給ができる第3のエネルギー源として水素が位置付けられいる。これまでの石油から原子力発電へというエネルギー政策から、石油、原子力、水素という分散型エネルギー政策へのシフトを意味している。そして将来的には水素を利用した発電、産業用電源をも視野に入れられているのだ。

現状の水素は、ほぼ化石燃料、石油や天然ガスから生成されているため海外依存度は高いが、本質的には製造原料の代替性が高く、将来的には国内における再生可能エネルギーから水素を製造することも視野に入れられている。したがって現状の燃料電池技術、燃料電池車は、使用段階でのゼロエミッション、ゼロCO2フリーに限られており、この点では電気自動車と同様である。

オフサイト型水素ステーションには圧縮機や高圧水素の貯蔵タンクなどが必要
オフサイト型水素ステーションには圧縮機や高圧水素の貯蔵タンクなどが必要

2015年を水素エネルギー普及元年と位置付け、燃料電池車・MIRAIはその先駆けとされているのは、燃料として使用される水素のインフラの整備が求められるからだ。燃料電池車より先に実用化、量産化された家庭用電源「エネファーム」は都市ガスを利用し、水素に改質して燃料電池発電を行なうシステムであるため、都市ガスの既存インフラを利用できるが、純水素を使用する燃料電池車には水素ステーションを全国に展開し、水素製造メーカーから各地の水素ステーションに水素を運搬する供給網を構築する必要があるのだ。

ENEOSのDr.Drive海老名中央店。ガソリン、水素の併売店
ENEOSのDr.Drive海老名中央店。ガソリン、水素の併売店

電気自動車のための充電インフラは、水素ステーション網の構築に比べればはるかに低コストで、急速充電器、通常充電システムの普及にはそれほど大きな問題はない。電気自動車の問題は充電のためインフラ構築より1回の充電時間が急速充電でも30分程度が必要となり、より普及するにつれこの充電時間がボトルネックになるのだ。

ガソリンスタンドの新規建設コストは約1億円といわれるが、燃料電池車の普及に必要な水素ステーションの建設費は現時点では4.5億円~5億円と想定され、高コストだ。しかも普及初期段階でステーションに来店して水素を充填するクルマの台数は限られており、採算性は無視せざるを得ない。すでに現存している水素ステーションは、オープンしていても燃料電池車がやってこない日が続くというのも実情で、多方面でのバックアップなしには展開は難しい。水素ステーションの建設コストは、2020年頃には高圧の水素ガスの規制緩和や技術革新により半減を目指すとされている。

 
イワタニ
水素ステーション芝公園
水素のディぺンサー。充填㎏、温度、圧力が表示される
水素のディぺンサー。充填㎏、温度、圧力が表示される

水素ステーションの-253度の液化水素貯蔵タンク
水素ステーションの
-253度の液化水素貯蔵タンク
80MPaまで昇圧するリンデ製パッケージコンプレッサー
80MPaまで昇圧するリンデ製パッケージコンプレッサー

経産省のロードマップでは、「(インフラの構築)を一体的に解決するためには、社会構造の変化を伴うような大規模な体制整備と長期の継続的な取組が求められる。また、様々な局面で、水素の需要側と供給側の双方の事業者の立場の違いを乗り越えつつ、水素の活用に向けて産学官で協力して積極的に取り組んでいくことが必要である」としている。

MIRAIに水素を充填中。
MIRAIに水素を充填中。作業は専門係員が行なう
充填した水素の納品伝票。30%の水素ガス補給で約200㎞分
水素の納品伝票。1/3の水素ガス補給量で約200㎞分

一方、水素の供給元である岩谷産業は、すでに以前から産業用水素の販売を行なっており、生産、供給は実績を持っている。現在の水素は産業用として製鉄、石油化学、半導体、電子部品製造、グラスファイバー、太陽光パネル製造などで幅広く利用されている。

そのため岩谷産業は水素の輸送のために圧縮水素ガスから、体積が1/800となりより効率的に輸送できる液化水素技術を導入し、工場や水素ステーションにタンクローリーにより液化水素を供給する体制を整えている。液化水素はロケット燃料のために開発された技術だが、水素の物流に有利と考えられている。

JXの水素備蓄量JXの水素ステーションの位置付け

一方で、石油精製、ガソリンスタンドを展開するJX日鉱日石エネルギーは、既設のガソリンンスタンド店で、ガソリン、電気、水素のいずれのクルマにも対応できることをコンセプトに水素の供給、水素ステーションの展開を開始している。もちろん次世代のエネルギー源としての対応でもあり、水素専門の供給会社としてENEOS水素エネルギーサプライ&サービスも設立している。

JX 水素ステーションの展開JX の水素の常温液体化構想

JX日鉱日石エネルギーはもともと石油精製が本業だが、水素に関しては石油精製の過程で副生水素が発生し、その水素は軽油やガソリンの硫黄成分の脱硫に大量に使用している。しかし石油精製の季節変動に対応するため製油所には大量の余剰水素を持っており、その量は燃料電池車500万台分に相当するという。これは産業界でも最大の余剰水素であり、水素インフラのために振り分けることは容易なのだ。

なお水素の供給・輸送に関して、JX日鉱日石エネルギーの新エネルギーカンパニー・水素事業推進部の和久俊雄部長は、現在の圧縮水素ガスから今後は常温・液体で輸送可能とするため、トルエンや有機ハイドライドと化合させる技術を目指すという。

水素ステーションは、ロードマップにより2015年度中に全国の4大都市圏を中心に100ヶ所程度の開設が予定されており、これはほぼ実現される見込みだ。

MIRAIの発売と水素ステーション網の確立により水素社会の扉は開きつつある。これまでは産業分野に限られていた水素だが、一般ユーザーが初めて水素と直接接することになる。2020年で保有台数5万台程度という燃料電池車の普及に向けて、自動車メーカーも、水素供給メーカーも長期的な視野で取り組みが求められていることは間違いない。

水素・燃料電池戦略ロードマップ

トヨタ公式サイト
岩谷産業公式サイト
JX日鉱日石エネルギー公式サイト
経済産業省公式サイト
資源エネルギー庁公式サイト
水素供給・利用技術研究組合公式サイト
燃料電池実用化推進協議会公式サイト

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