トヨタは2022年7月15日、最近では異例ともいえる大規模な発表会で劇的に変貌した16代目・新型クラウンのワールドプレミアを行なった。そのため、TVニュースを始めとするマスメディアは一斉に採り上げ、大きな話題になっている。
「クラウン」というブランドは、長らくトヨタの頂点に立つ上級モデルであり続け、クルマにまったく興味のない老齢者でもその車名くらいは知っており、そのクラウンのブランド・キャラクターの方向転換を行なうという大幅なモデルチェンジはニュース性が高いということだろう。
また実際に、豊田章男社長自らが登壇し、そのキャラクター・チェンジの意義に対して熱弁を振るったことも、ニュースとしては格好のネタになったということもできる。
16代目となる新型クラウンは4ドア・セダンベースの「クロスオーバー」として登場し、さらに今後1、2年の間に「スポーツ」、「セダン」、「エステート」を送り出すとしている。つまりクラウン=セダンという枠を破り、多車種展開して、従来のような日本専用車種ではなくグローバル市場に打って出ようということだ。ただし、グローバル市場では「クラウン」というブランド名はほぼ無名で、今後はニューブランドとしてアピールして行く必要があることはいうまでもない。
このようなクラウンは大きな方向転換を行なった背景には、従来のようなクラウン像では収益を確保できないという判断があった。
様々な「顔」を持つクラウンの変遷
クラウンは、トヨタの最上級セダンという顔と、公用車、パトカー、企業の役員クラスの送迎車という顔もあるという日本車では稀有のフォーマルカーでもあった。まだ一般家庭ではクルマに縁のなかった1961年に年間5万台を販売し、マイカー元年といわれる1966年頃には6万9000台に。そして高度成長と連動して販売台数は増加し、バブル末期の1990年には何と年間20万8000台を販売している。
高価格帯のクラウンが年間20万台というレベルで、どれほど収益性が高かったかがわかるほどのドル箱だった。しかしこれがクラウンの頂点であり、バブル崩壊を迎えてから徐々に販売台数は低減し始め、1998年には10万台の大台を割り込み、特に2000年代に入るとさらに減速する傾向が強まっていった。
その背景には、より高級なレクサスへユーザーが移行したことと、価格帯がオーバーラップする上級ミニバンに法人ユーザー、公用車が移行したこと、そしてセダンというカテゴリー自体のトレンドが激減するというクルマに対する価値観の変化があった。
そしてレクサスの縦置きFRプラットフォーム「TNGA-L」を採用し、輸入プレミアム・セダンに挑戦した15代目は、2021年には2万2900台となり1959年頃の販売台数レベルとなった。販売台数から見ると2009年頃から採算面で厳しくなり、赤字に転落したということができる。
したがって、従来通りの16代目のクラウンの存続はありえなかったのである。では、クラウンは消滅させるのかどうか・・・このあたりが企画段階での争点だろう。一方で、現在のトヨタはグローバルカーのカローラ・ブランド、つまり廉価で、実用性は高いがチープ感のあるイメージの変革を目指しており、トヨタとしては伝統あるクラウンのブランドを消滅させず、カローラと同様にグローバルカーとして存続させる手段もあるのではないか。こうした議論の果てに、クラウンはグローバルカーとして生まれ変わる事が決定された。
ただ、クラウンのようなDセグメントで、グローバルでポジションを確立するためには、単一モデルでは難しいため、4バリエーションを用意することになった。これは各国の市場の特長を取り込んだわけだ。例えば、中国市場ではロングホイールベースのセダンも不可欠という判断だろう。
海外でのブランド構築がポイント
クラウンは、かつて1958年に初代クラウンをアメリカに輸出したが、アメリカでの高速走行でオーバーヒートするなどトラブルが続出し、ついに輸出をストップした苦い経験を持っている。それ以後もクラウンの本格的な輸出は行なわれず、日本専用のブランドとなっていたので、今後、アメリカ、中国などの大市場でどのようなブランド構築を行なうかがポイントになる。
アメリカ・トヨタは16代目の新型クラウン・クロスオーバーについて「大胆なスタイルと新型ハイブリッド・パワートレインを搭載した新型クラウンが戻ってくる」とニュースを発信している。そうはいっても、クラウンのイメージができる一般のアメリカ人は皆無であろう。実質的にはこれまでの最上級モデル「アバロン」の置き換えモデルということになる。一方、トヨタ・ヨーロッパでは新型クラウンに関するニュース発信はされていない。
まずはクロスオーバーから投入
新型クラウン・シリーズのトップバッターがクロスオーバーである。しかし、そのシルエットを見る限りはクロスオーバーというよりはセダンである。クロスオーバー的な要素は、通常のセダンよりシートの着座位置をやや高めにしていること、外径730〜740mmという大径のタイヤを装着していることという程度だ。最低地上高は145mmで、一般的なセダンと同レベルだ。
エクステリアのデザインでは、ボルダー(大胆)デザインとしているが、車両のプロポーションはセダンと同等で、このあたりに企画の苦しさが感じられる。
一方で、2023年にデビュー予定のセダンは全長5030mm、全幅1890mm、全高1470mm、ホイールベース3000mmと公表されており、クロスオーバーより一段と長いボディだ。このサイズ感は、まさに中国市場向けとなっている。
同じく2023年デビュー予定のスポーツは、奇妙なモデルだ。デザイン的にはクロスオーバー・イメージのスポーツモデルとなっており、ボディサイズは全長4710mm、全幅1880mm、全高1560mm、ホイールベース2770mmとされている。
ただ、このスポーツのデザインは、2021年12月に行なわれたトヨタの電気自動車戦略発表会に登場したクロスオーバーBEVそのものである。この時には電気自動車として公表されているが、今回の発表ではBEVとは明言されていない。来年にデビューするこのスポーツは果たしてBEVなのか、内燃エンジンを搭載しているのか? 謎である。
また大人の雰囲気で余裕のある走りを持つ機能的なラージSUVとされるエステート(ステーションワゴン)もターゲット市場が不明なモデルだ。現在ではアメリカ、中国ではステーションワゴンの需要は皆無に近いからだ。全長4930mm、全幅1880mm、全高1620mm、ホイールベース2850mmというサイズだが、想定される市場はヨーロッパなのだろうか?
プラットフォームとパワトレに迫る
次は、新型クラウンのアーキテクチャーだ。今回の発表ではTNGAを採用したFFベースのプラットフォームとされているが、これはまぎれもなくTNGA-K改プラットフォームである。TNGA-Kは大型FFプラットフォームで、カムリ、アバロン、ハリアー、RAV4、レクサス ES、レクサス NX、レクサス RXなどに採用されている。
とりわけレクサスの最新のRXからはTNGA-K改と呼ぶべき改良プラットフォームに進化しており、新型クラウンもこれを採用している。したがって新型RXと新型クラウン クロスオーバーのホイールベースは共通の2850mmなのだ。
パワートレインは、新型RXは2.4L-T HEV DIRECT4 (RX 500h)、2.5L PHEV E-Four (RX 450h+)、2.5L HEV E-Four FF (RX 350h)、2.4L-T AWD FF (RX 350)という4種類で、PHEVをラインアップしていることと、FFモデルも設定していることが新型クラウンとの相違点だ。
つまり新型クラウンは、2.4Lターボ+DIRECT4(リヤ・モーター付きAWD)、2.5Lアトキンソンサイクル・エンジン+ハイブリッドはPHEVではないE-Four(リヤ・モーター付きAWD)というラインアップになっている。
アトキンソンサイクル・エンジン+ハイブリッド(THS-Ⅱ)は既存のトヨタ式遊星ギヤ式電気CVTのハイブリッドで、リヤにe-アクスルを搭載したAWDだが、注目はレクサスではDIRECT4と呼び、トヨタでは「2.4L デュアルブーストハイブリッド」と呼んでいる。
搭載エンジンは高出力タイプの2.4Lターボ・エンジンで、6速ATとの間に円筒形モーターを置き、そのモーターの前後にクラッチを配置したシステムで、これはヨーロッパ・プレミアムカーのPHEVに用いられているパラレル式ハイブリッド、言い換えればモーターアシスト式のハイブリッドであり、既存のTHS-Ⅱとはまったく違う1モーター式なのだ。
上級クラスのクルマでは、やはりハイブリッドであっても大出力が求められ、滑り感のないダイレクト感のある加速、高速での伸びなどの動力性能が重視され、結局ヨーロッパで主流の1モーター式のパラレル式を選択したということができる。
なお、この「2.4L デュアルブーストハイブリッド」のモーターやハイブリッドシステム、6速ATを開発しているのは「BluE Nexus(ブルーE ネクサス)」社で、この会社は電動化時代に向けて2019年に設立されたデンソーとアイシンの合弁会社だ。「BluE Nexus」は、この新ハイブリッドだけでなく、従来型のTHS-Ⅱハイブリッドの開発、供給も担当している。2社の役割分担は、モーターとトランスミッションの開発をアイシンが、インバーターの開発をデンソーが担当し、生産はアイシンが行なっている。
6速ATは新開発されたダイレクトシフト/6ATと呼ばれ、駆動モーター、インバーターを一体化したユニットになっている。発進はトルコンではなく高耐熱タイプの発進クラッチを装備。発進用クラッチとは別にエンジン断続クラッチを装備し、あらゆる状況でスムーズかつ静粛にエンジンの始動や停止が可能で、コースティング走行も実現している。
モーターは大径扁平タイプとすることで、2つのクラッチをモーターのローター内側に配置し、ユニットの全長の増加を抑えたコンパクト設計になっている。また、インバーターをトランスミッションに直上搭載した機電一体構造となる車両搭載性を高めている。
そしてこのシステムでは、モーターはエンジンの駆動アシストと同時に発電も担当し、駆動アシスト、発電、回生を行ない、バッテリーへの蓄電、リヤ駆動モーターへの電力供給も担当している。
なお後輪を駆動する高出力型e-アクスルは電気自動車「bZ4X」のリヤ・モーターと共通のユニットだ。
新型クラウン クロスオーバーの日本での月間販売計画は3000台とされている。つまり年間で考えると15代目よりやや多目となっているが、このあたりが現実的な目論見だろう。ただ、TNGA-K改の採用などにより収益性は改善されているはずだ。豊田章男社長は4車種がラインアップされた段階で、40カ国と地域で年間20万台を販売する計画と発表しているが、まずはクラウンをどのようにしてグローバル・ブランドとするかが最も重要な戦略になると想定されている。