2015年4月6日、トヨタはオーリスのマイナーチェンジを行ない、新開発のダウンサイジング・ターボエンジン、8NR-FTS型エンジンを搭載したモデル、「120T」を新設定した。トヨタとしては初となる1.2Lの直噴ターボである。
より正確に言えば、レクサスNX 200tに搭載されている2.0Lの直噴ターボ、8AR-FTS型エンジンが自然吸気2.5Lエンジンを上回るトルクを実現したトヨタ初のダウンサイジングターボだ。そして、今回登場した8NR-FTS型はオーリス RSに搭載されている1.8Lの2ZR-FAE型に匹敵するトルクを発生させ、同時に燃費は20%も向上させており、トヨタのダウンサイジング・ターボエンジンの第2弾となる。
トヨタは、8NR-FTS型のポジションを、ヴィッツに搭載した1.3Lの1NR-FKE、カローラ・シリーズに搭載した1.5Lの2NR-FKEなど自然吸気エンジンに続く、新世代高効率・低燃費エンジンと位置付けている。と同時に、アクセル・レスポンスの良さや滑らかで爽快な走りなどスポーティな特性も訴求している。言い換えればターボエンジンで気持ち良い走りを可能としながら、燃費でトップレベルを狙うという役割を担っている。
新世代の高効率ターボエンジンという目標実現ため、トヨタはターボエンジンでも高い熱効率を目指し、最高熱効率36%を達成している。そのために、より高いレベルの燃焼速度の実現と、ポンピング損失を低減するためのアトキンソンサイクルとターボ過給の組み合わせを選択している。
1.3Lの1NR-FKE型、1.5Lの2NR-FKE型エンジンやマツダのスカイアクティブ・ガソリンエンジンはいずれも自然吸気のアトキンソンサイクル(正確にはミラーサイクル)であり、38%前後という最高熱効率を実現しているが、出力、トルクは同クラスの通常の燃焼サイクルのガソリンエンジンには達しない。この点が自然吸気アトキンソンサイクルの弱みだ。
このデメリットを解消し、より大きな出力、トルクを得るためにはアトキンソンサイクルにターボ過給を行なうことが必須となるのだ。低負荷時にはアトキンソンサイクルの領域を使用し、高出力が求めらる時には高圧過給を行なう、いわば究極の可変排気量システムとして機能させるわけである。なお、他社のダウンサイジング・ターボエンジンでも程度の差こそあれ、可変バルブタイミング機構や可変バルブリフト機構を使用して同様の手法を取り入れている。
■急速燃焼技術
トヨタは自然吸気エンジンの1.3L、1.5Lのアトキンソンサイクルエンジンでも吸気のタンブル(縦渦)流を重視しているが、今回の8NR-FTS型でも吸気ポート形状を最適化することで吸気時のタンブル流を強化し、さらに燃焼室内でのタンブル流が継続するようにピストントップ面に突起を設けている。こうすることで、低負荷時の吸気量が少ないときでも燃焼室内での空気流動を促進し、複数回の燃料噴射を行なう合わせ技で燃焼速度を速め、トルク、燃費、排気ガスの各性能を向上させている。
■冷却技術
また高圧縮比、高過給を両立させるためには、ノッキングの回避や、燃焼室周りの冷却も重要である。そのためには、ノッキングを遅らせる必要があり、吸気の冷却を行なう水冷インタークーラーを装備し、吸気温度を低減している。
コンパクトなパッケージング、高い冷却性能、吸気配管の短縮などのメリットが得られるため、フォルクスワーゲン・グループなどはターボエンジンのインタークーラーは空冷式から水冷式にシフトしており、そうしたトレンドをそつなく採用しているのだ。
燃焼ガスにより高温になる排気マニホールドは、8AR-FTS型と同様にシリンダーヘッド一体型とし、マニホールド部分を水冷としている。これは排気マニホールドの長さの短縮、熱損失を低減しより効率的に排気ガスをタービンに導入でき、マニホールド本体の重量も軽減できるなどのメリットがある。
燃焼室の温度を下げるために、ピストンの裏面にオイルを噴射するピストンオイルジェットを採用し、さらに燃焼室周囲を集中的に冷却するためにウォータージャケット内に樹脂スペーサーを挿入し、冷却水流をコントロールしている。
圧縮比はプレミアムガソリン仕様で10;0となっており、この圧縮比は現在においては標準的なレベルだ。なおプレミアムガソリン仕様となっているのは、このエンジンがヨーロッパ市場をメインターゲットしているからであろう。
■ポンピング損失の低減
ポンピング損失を低下するためには、低負荷の走行時でもスロットルバルブをできるだけ全開にすることが望ましい。そのために吸排気カムに連続バルブタイミング機構を採用し、吸排気のオーバーラップを拡大するアトキンソンサイクルが組み合わされる。
現在のターボエンジンは、大なり小なりこの手法を採用しているが、8NR-FTS型は吸気側に中間ロック式のワイドアングルタイプのVVT-iWを採用している。VVT-iWによりバルブタイミングのワイド化と、冷間始動性を確保している。
■技術開発
近年のトヨタのエンジンはCAEによるバーチャル設計と、実際に作動エンジンの可視化技術を開発の両輪としているという。例えば吸排気の気流はシミュレーション技術により、実際のタンブル流や燃焼状態はガラスシリンダーを使用しての可視化により実際の現象を観察することで、開発スピードを効率化している。
またトヨタはターボチャージャーを自社開発・内製としていることがユニークで、ターボやコンプレッサーの翼車もシミュレーションを駆使して開発しているという。
摩擦抵低減では、ピストンリングの摺動抵抗の計測や、ピストン側面の抵抗を計測しながらピストンリングやピストンスカート部の樹脂コーティングを採用。こうした積み重ねで摩擦抵抗を低減している。
■8NR-FTS型の性能
8NR-FTS型エンジンは排気量1196㏄、ボア×ストローク71.5㎜×74.5㎜で、従来は海外仕様のヤリスに搭載される3NR-FE型の1198㏄、ボア×ストローク72.5㎜×72.5㎜と比べ、ボアを縮小しストロークを伸ばした仕様といえる。NR系のエンジンのボアは72.5㎜で統一されているが、今回の8NR-FTSが専用の設定となっているのだ。
8NR-FTSの圧縮比は10:1(プレミアムガソリン)、直噴(D-4T)で、最高出力116ps/5200-5600rpm、最大トルクは185Nm/1500-4000rpmと低速型、トルク重視型になっている。このエンジンはアイドルストップ、加速時に充電を抑制する充電制御も装備している。
ライバルとなるフォルクスワーゲン ゴルフは1197㏄(71.0㎜×75.6㎜)、圧縮比10.5で、最高出力105ps/4500‐5500rpm、最大トルク175Nm/1400‐4000rpmであり、出力レベルでは8NR-FTS型が上回っている。ただし、燃費はゴルフは21㎞/Lでオーリスの19.4㎞/Lに勝っている。
なおこのエンジンはヨーロッパ市場がメインと想定され、トヨタとしてはより高い熱効率を指向した自然吸気アトキンソンサイクルエンジンの中の1バリエーションとしてターボ+アトキンソンサイクルエンジンを位置付けており、ダウンサイジング直噴ターボエンジンを全面展開する戦略とはしていない。