スズキの渾身の新型軽自動車、アルトは暮れも押し迫った2014年12月22日に発表された。2014年12月12日にはダイハツの新型ムーヴが、ホンダのN-BOXスラッシュはアルトと同じ日に発表され、年明けの初売りから軽自動車市場は熱気が高まっている。
■スズキの挑戦
軽自動車は従来からの軽自動車購入層だけでなく、小型車からダウンサイズするユーザー層を取り込みながらまだこれから伸びていく。その期待は各メーカー共通の認識であり、成熟市場となった日本の自動車マーケットの中で異例の存在なのである。それだけに、軽自動車の開発競争は激しさを増している。
スズキは、2014年4月に今後投入する新世代技術を発表したが、新型アルトがその新世代技術を投入した第1弾のオールニューモデルなので、試乗も大いに楽しみだった。
1979年発売の初代アルトから数えて8代目となる新型アルトは、発表会で鈴木修会長が語ったように、原点に戻るということが最も重視されている。ただしそれは単純な先祖返りではなく最新の技術を駆使して実行されている。スズキの新世代プラットフォームを初めて採用し、徹底的に軽量化を実施した。軽量化は低燃費のためにも、コストを削減するためにも、動力性能を始め走りの性能を高めるためにも大きな効果を発揮する。
そればかりか、樹脂製のフロントフェンダー、複合樹脂製のフロント・ロアクロスメンバーなどの軽量材料を採用し、シートやドア、エアコンユニットなども徹底的に軽量化されている。この結果、車両重量は最軽量モデルで610kg、全グレードの平均で約650kgとなり、さすがに500kg台の初代アルトのには及ばないものの、2代目アルト並みのレベルになっているのだ。もちろん当時と今ではボディサイズの規格が違うため、当時のサイズに当てはめれば初代を凌ぐ軽さと言える。また、こうした大幅な軽量化を行ないながら、高張力鋼板を大幅に採用することでボディの曲げ、ねじり剛性は従来型より30%も向上していると言う。
もうひとつはエンジンだ。今回は自然吸気だけの設定だが、カタログ上はR06A型で従来と同じだ。しかしシリンダーヘッドは新設計され、タンブル流の強化、ベースグレードの5速MT仕様のエンジン以外は吸排気カムにVVT(連続可変バルブタイミング)、シリンダーヘッド一体型エキゾーストマニホールド、EGRの採用など、新しい技術が投入されている。
さらに減速エネルギー回生システム(エネチャージ)、アイドルストップを備え、吸排気VVT仕様のエンジン搭載モデルはJC08モード燃費37.0km/Lと、ガソリンエンジン車でトップとなる燃費を実現している。もちろんこの燃費性能も、ボディの軽量化、エンジン、CVTの改良などの合わせ技だ。副変速機付きのCVTは変速比幅が7.2というワイドで、動力性能にも燃費にも有利である。
スズキの近い将来の燃費目標は40km/L、2020年までに軽自動車のエンジンの熱効率を40%にまで高めるというロードマップを描いているが、今回のエンジンはその最初のステップということができる。
新型アルトの注目点としてデザインの革新も採り上げる必要がある。軽自動車は規格サイズぎりぎりのボディを作る結果、一般的にデザイン要素が少なくなり、画一的で没個性になりやすい。ハッチバック・スタイルのアルトは、軽自動車の中ではハイトワゴン、スーパーハイトワゴンの市場拡大に伴い縮小傾向にあるが、軽自動車の原点であり、普遍的な存在といえる。実際、ハイト系ワゴンに比べ、熟年層から若い世代、法人まで幅広いユーザー層であることが特徴だ。
そのため、普遍的で、プロポーションが美しく品格を感じさせる高い次元のデザインが追求されている。これは軽自動車デザインの中にあって、独創的であり、画期的である。新型アルトのデザインは、シンプルでありながらバランスが取れたプロポーションとし、サイドウインドゥ底辺のショルダー部のエッジを効かせ、さらにドア表面をインバース(へこみ面)させて、張りを与え、フロンとマスクはヘッドライトをデザインににより、新しい眼差しを感じさせる表情を生み出している。
インテリアも、シンプルでクリーンに処理し、インスツルメントパネルやドアのアームレストはホワイト塗装のような表現で、豪華さとは正反対の手法で質感を高めている。エクステリア、インテリアともにフォルクスワーゲン up!を思わせるもので、新奇さではなく普遍的なデザインとなっており、日本において、インパクトのある新たなデザイン表現と言ってよいだろう。
新型アルトが原点に立ち返り、新たな挑戦のスタートに着いたと言えるが、それをダイレクトに表現しているのが価格である。乗用車モデルのベースグレード「F」が84.78万円、最上級「X」グレードが113.4万円とハイトワゴン系より大幅に安く設定され、バンの5速MTモデルは69.66万円に設定されており、価格面でも大きな魅力を与えている。
■試乗インプレッション
試乗テストできたのは、トップグレードの「X」(113.4万円)と、乗用タイプのベースグレード「F」の2車種だった。まずは「X」から。
XはCVTとの組み合わせで、タイヤはシリーズで唯一の165/55R15サイズで、アルミホイールを組み合わせて装着している。その他のグレードはスチールホイールに145/80R13サイズだ。走り始めてまず気が付いたのがシートだ。
新開発のシートはシートバックに剛性感があり、形状も腰椎部をしっかり支持してくれるのはこれまでにない感覚だった。ただ、少し残念なのは座面が見た目は十分な後傾角があるのだが座っているとフラットな感じで、もう少し後傾角を付けた方が姿勢が安定するはずだ。
エンジンは、ヨーロッパ式のペンデュラム(振り子)マウントにした効果もあり、振動感がなく気持ちよく軽く吹け上がるフィーリングだ。もちろんクルマの重量が軽くなっていることも理由だろうが、この自然吸気エンジンでも動力性能的に不満はない。加速する時にはエンジン回転が高まり、それに比例するエンジン音は静かとはいえないが、雑味のない音質なのが救いだ。また郊外の道路など、交通の流れに乗った巡航状態では室内はかなり静かに感じた。
ドライバビリティでは、やはりCVTの制御が気になった。市街地での走りはJC08モード燃費的な走りになる場合もあり、そこからの緩加速ではCVTが低回転を維持しようとがんばり、エンジンの回転が上がってから加速に移るというルーズさが顔を出しやすい。このあたりは燃費性能を意識したチューニングの影響といえるかもしれない。
走行中にボディの剛性感があるのは感じられるが、乗り心地はフリクションが大きめに感じた。また路面の凹凸に対してもう少し自然なストローク感があれば文句なしだ。ステアリングのフィーリングは従来のものと大きな違いは感じられず、操舵力はとても軽い反面で、センター付近の落ち着きがない。近距離のドライブなら問題ないが、ある程度長距離を走るシーンを考えるともう少し締まった感じがよいだろう。
パッケージングは、ホイールベースを伸ばし、室内長を最大限に追求しているため、リヤシートの足元スペースは十分に広く、大人が長時間乗ることにも耐えられる。またフロントシートの助手席との間隔も広げられているので狭い感じはまったくない。ハイトワゴンと違う点は、Aピラーの角度が強めで、室内側に倒れ込んでいることと、ルーフの高さがハイトワゴンほどはないないことだ。ただ、普段は小型車に乗っている人から見ればまったく気にならない思う。
次はベースグレードの「F」だ。バンと、このベースグレードには5速MTと5速AGS(シングルクラッチ自動トランスミッション)が設定されている。「F」のエンジンは「X」と同じで、トランスミッションだけが違うわけだが、このAGSのダイレクト感のある加速フィーリングは抜群だ。AGSは、電動ポンプで発生された油圧でクラッチ断続とギヤチェンジを行なうシステムで、トランスミッション部分はMTとまったく同じ。
AGSはCVTとは異なりアクセルを踏んでからの加速に遅れがなく、まさに意のままの走りができる。AGSは、P、R、N、Dの4ポジションで、Dの位置で横に倒すとマニュアルモードになり、セレクターを上下させることでシフトチェンジができる。セレクターの場所、形状はCVTモデルと同じため、マニュアルシフトを少し手を伸ばして上下させることになる。このAGSは、他車のAMT(オートMT)と比べPポジションがあり、停止からブレーキだけ開放するとクリープもするので、AT車、CVT車から乗り換えても戸惑うことがない点も評価できる。
実際のところDレンジのままで、アクセルペダルのオンオフを使うことで、まったく変速ショックなく自在に走ることができる。逆に言えばDで、アクセルペダルを変速タイミングでうまく調整しないと一瞬のもたつきやショックを感じるかもしれない。
スタートでアクセルを踏み込み、エンジンが吹き上がってシフトチェンジしたいタイミングで一瞬アクセルを戻してやると上手にシフトアップし、ショックなくクラッチが繋がる。この繰り返しで気持ちよく加速できるのだ。つまり、アクセルをコントロールすることでギヤを自在に操ることができるドライビングプレジャーがあるのだ。
「X」と大きくフィーリングが違うのは乗り心地や操舵フィーリングだ。「F」は80扁平のローコストタイヤと言うこともあって、グリップレベルも低く、タイヤ&ホイールの横剛性も弱めだ。さらに前後のスタビライザーもなし。そのため乗り心地的には15インチ・タイヤより優しく、力を抜いて走るには案外バランスがよいと思う。もちろん操舵フィーリングはセンター付近はあいまいで、一世代前の軽自動車フィーリングと言えなくもない。できればもうワンランク上のタイヤに交換すれば、このあたりはかなりよくなると思う。
新型アルトは、乗用車はもちろんバンにもレーダーブレーキサポートが設定されおり、従ってESPも標準装備されており、安心感は高い。またブレーキのフィーリングも軽自動車と思えない剛性感のあるしっかりしたフィーリングである点も評価したい。
新型アルトにはまもなくターボモデルのターボRSも追加される。これはスポーツモデルと位置付けられ、トランスミッションはAGSが設定されるそうで、これも楽しみなモデルである。
<レポート:松本 晴比古/Haruhiko Matsumoto>