総括座談会 国産メーカーの新世代クルマづくりを斬る! 2回目

雑誌に載らない話vol268
こちらの記事は2017年5月に配信した有料メルマガを無料公開したものです。

前回に引き続き、「新世代プラットフォームと新しいクルマ造り」というテーマで、元自動車メーカーのエンジニア2氏と座談会を進める。前回はフォルクスワーゲン・グループから始まった新世代プラットフォーム戦略が、トヨタ、日産、ホンダなどに波及してそれぞれの取り組みを行なったというところまで話は進んだが…

総括座談会 国産メーカーの新世代クルマづくりを斬る! 2回目

■旧来の製造方法での対応に問題あり

編集部:新世代プラットフォーム戦略はやはり生産規模の大きな自動車メーカーにとっては必須のテーマになったわけですが、日本ではその他のメーカーも、一斉に取り組みましたね。

A:やはり、フォルクスワーゲン・グループのMQB戦略が各メーカーに与えたインパクトは大きかったんですよ。ひとつは、より効率的なクルマ造りをすることでコストダウンができる、さらにMQB戦略のように生産設備も革新させることで従来より軽量で高強度、高剛性のボディができ、結果的に走りにも有利。言い換えれば商品力をアップさせることができるということがわかったんでしょうね。

B:前回、日産とルノーの例で言いましたが、今ではルノーのほうが工場も最新設備、最新技術を使っている。日産だけじゃなくて、日本のメーカーは全体で、バブル崩壊からの失われた10年と、2008年からのリーマンショックでのドル安/円高による、大きな為替ダメージが続いて、どの自動車メーカーも工場などの設備投資も徹底的に抑えられ、開発費も絞りに絞られたわけですね。

トヨタのリーマンショックの実情
トヨタのリーマンショックの実情

編集部:乾いた雑巾を絞るというやつですね。

B:そうです。だから工場設備への投資が行なわれないどころか、新型車の原価も開発費も徹底的に絞られた。部品の購買費などは従来の20~30%ダウンなどでは承認が下りない。50%以上削れという話になりましたから。そこで我々はどうなったかというと、開発の、特に製品企画部は、部品サプライヤーに、50%以上価格を下げた部品を作ってくれと頼んで回わるような事態になりました。

リーマンショックで受けたトヨタのダメージ
リーマンショックで受けたトヨタのダメージ

A:そういえば開発期間の短縮、開発工数の縮小もきつかったですね。デザインが決定し、設計各部署の設計図ができてから11ヶ月以下で造れ、となった。まあ、先行開発ではそれより長い期間をかけてはいますが、実際の開発では試作車も1回造るだけで、その時点ですでに、あらかたでき上がっていなければならない、といった状態でした。当然、実験の期間も限られていて、やり直しもきかない。極端な時は他の車種で実験した結果をそのまま流用するとか。

B:あのフロント・ローディングというやつですね。まあ発想としては、製品企画の段階で設計、実験、生産、販売部門が集まって、お互いに企画を承認・確認して、後でズレや、やり直しが生じないようにする。つまり、最初から設計精度を高めて、後の修正を減らすということですが、それは悪いやり方ではないのですが、極端になると、開発中期以降は何も変更・修正ができなくなる。

A:だから、口うるさいテスト・ドライバーはお呼びがかからなくなる(笑)。要するに、最初に決められた通りに、いかにスムーズに開発をすすめるかがポイントになる。噂ですけど、業界での新車開発の最短記録は、設計図面ができてから9ヶ月以下という例もあるようです。

編集部:2016年に起きたモード燃費の不正データ事件の背景もなんとなく想像できますね。開発がそんな状態だから、工場での生産も合理化の徹底的な追求でしょうね。

B:もともと工場は造る方なので生産技術部や関係者の発言力は強いんです。生産現場はいかに手早く、簡単に造るかという点が勝負なので、造るのに手間がかかるといったことは最も嫌うし、そうした問題があれば設計はやり直すなどということも昔はありました。だから現状の工場の生産設備側の手直しはしても、造り方を大きく変えることには抵抗感があるんです。

A:それもそうですけど、やはり経営的に100億円単位の製造設備の更新の決断は、リーマンショック以降はできなかった。ひたすらコストダウンを追求したということでしょう。

■MQBが与えたインパクト

編集部:そんな状況が続いていた中で、フォルクスワーゲンのMQB戦略が強烈なインパクトになったのですね。

A:そうですね。MQBの登場で、今までのクルマの造り方を改めて再検討せざるを得なかった。投資額、特に工場設備の投資額は大きいが、造り方をうまく考えればコストも大幅に下げられることがわかりました。

B:もっともトヨタのTNGAなどは、工場への投資額は従来より大幅に抑えて、製造ラインの長さも極限まで短くして、新しいプラットフォームを製造することができるという、生産技術面でも革新をしているそうですが。C-HRの国内生産は、今までBセグメントしか造っていなかったトヨタ東北が担当し、大幅に製造ラインを更新することなく造り始めることができた。だからトヨタのTNGAはプラットフォームそのもの以外に、製造面での発想も含む概念なんでしょうね。ちなみにイギリス工場へのTNGAの設備導入で340億円の投資だそうです。

TNGAへの移行過程
TNGAへの移行過程
TNGAの世界展開構想
TNGAの世界展開構想

編集部:トヨタ、日産、ホンダ以外のメーカーではどうだったんでしょうか?

B:私は、スズキに注目していますね。新世代のプラットフォーム戦略を発表したのが2014年の春でしたが、それから考えると少なくとも2012年頃か、それより少し前にはプロジェクトがスタートしていたと思います。ということはほとんどTNGAと同じようなタイミングでキックオフしているはずです。スポット溶接1ヶ所でも、ネジ1本でも減らせ、というスズキの伝統が、一気に別のベクトルに向き始めた。これはすごいなと。

スズキの本田治副社長(当時)と新世代プラットフォーム
スズキの本田治副社長(当時)と新世代プラットフォーム

A:私は、当時の技術開発担当の本田治副社長が、製造、開発のための設備の大幅な更新と、新しいクルマ造りの方向性を決めたと聞いています。『軽自動車だから、という言い訳をするな、もっと見栄え、品質の良いクルマを造れ、そのために設備も更新する』というリーダーシップを発揮したそうです。

編集部:どうしてそんな革命的なことが起きたのでしょう?

A:大きく考えると、例のフォルクスワーゲンとの提携、結局は破談したのですが、技術部門での影響はあったと思いますよ。提携時には開発末期のフォルクスワーゲン up! が教材となって、一説にはスズキのエンジニアはドイツでup!に試乗して『いいクルマだけど、日本にはアウトバーンはないので、そこまでのクルマ造りは無駄だ』と言ったという噂もある(笑)のですが、やはり見るべきところは見ていたのではと思いますよ。

B:それと、現在進めている日本での小型車10万台販売体制が前提にあったと思うのです。軽自動車メーカーではなく、グローバルでのコンパクトカー・メーカーとして根を張りたい、日本でも軽自動車だけではなく5ナンバーサイズのコンパクトメーカーとしての基盤を作りたいという戦略です。そのためには、軽自動車から小型車までカバーできる新しいプラットフォームも必要だし、造り方全体を底上げしないとダメだということでしょう。そのために、工場設備も造り方も大幅に変わったのだと思います。

スズキの新世代プラットフォーム「HEARTECT」
スズキの新世代プラットフォーム「HEARTECT」

A:ボディの骨格でも、スズキは超高張力鋼板を拡大採用し、冷間プレスで行なうといったことまで進めています。使っている部品も大幅に見直し、さらにマイルド・ハイブリッドもかなり戦略的に進めていますね。

次世代軽量プラットフォーム

編集部:そうしたことから、さらにデザインも今までの殻を破って、見た目で変わってきていることがわかるんですね。

A:そうですね。やはり単にプラットフォームだけ新しくするというのではなく、クルマ造り全体を一段階上に持ち上げた。それが外観を見ただけで感じることができるのだと思います。ただ、造る側としては、全社的に相当な努力というか、意識改革をしたのではないか?と思います。

■ダイハツのDNGA
編集部:軽自動車でスズキのライバルとなる、ダイハツはどうですか?スモールカーに徹していますが。

B:ダイハツはグローバルで見るとヨーロッパ市場を捨て、東南アジア市場に絞っていましたが、トヨタの完全子会社になって、コンパクトカー・カンパニーという位置付けになった。そして新たにDNGAを開発してまた世界に打って出るというタイミングですね。だから今現在は、DNGAを企画・開発中ですね。

A:スズキと比べ、ダイハツは2011年の初代ミラ イースでプラットフォームを新しくし、その後はそれをベースに改良してきている。さらにボディはDモノコックという新しい発想を採り入れていることがユニークで、このDモノコックのコンセプトは恐らくDNGAにも採用されるのではと思います。Dモノコックは、大型の左右のサイドパネルを厚板の高張力鋼板とし、そのために従来の補強部品を減らし、軽量化と剛性の向上を両立させている。つまり昔風のモノコック・ボディの発想を現代風に取り入れたユニークな手法だと思います。

新型ミライースの取り組み
サイドアウターパネルに着目したダイハツのDモノコック

編集部:最近のダイハツの軽自動車は乗ってみるとけっこう剛性感を感じますが、やはりそのDモノコックの効果なんですかね?

B:そもそも、以前に豊田章男社長がダイハツの軽自動車に乗って、かなり痺れたらしい。これはトヨタでは造れない。トヨタはコンパクトカー造りが不得意だということでダイハツが、コンパクトカー・カンパニーの担当に決まったくらいですから。ダイハツはポイントを抑えたクルマ造りができ、そこに段階的に新しいワザを入れていっている感じですね。

新型ミラ イースのホワイトボディ
新型ミラ イースのホワイトボディ

A:そういえば、かなり昔ですが1.0~1.3Lのストーリアはニュルブルクリンクでテストしたという経歴もありますね(笑)トヨタはまだニュルブルクリンクなどは知らなかった時代にですよ。確か1998年くらいですか。そういう伝統もあるし、なにしろトヨタより長い、自動車造りの歴史もあるし(笑)

編集部:ダイハツは、トヨタ傘下ですがクルマ造りは一味違うわけですね。お話は盛り上がっていますが、長くなりますので、話は次回に続く、ということで一旦締めさせていただきます。この続きは、5月26日発行のメルマガvol.67号をお楽しみに!

COTY
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