SUBARU BRZ GT300は2020シーズンをチームランキング6位、ドライバーランキン5でシーズンを終了した。そしてファンの間ではすでに新型BRZ GT300マシンの情報が飛び交っている。新型マシンを得て、期待が膨らむ一方で、コアなファンからは2020年マシンのポテンシャルの高さを理解し、ニューマシンとなるリスクはないのかなど、さまざまな声もある。
そこで、昨季総監督を努めていた渋谷真さんに、詳しく話を聞いてみた。
編集部:2021年はニューマシンになりますが、開発はいつ頃から始まったのでしょうか。
渋谷:具体的な時期は言えませんが、例年より早い段階で始まっています。2020年がコロナの影響で開幕が遅くなりましたが、同時進行していたイメージでいいと思います。
編集部:異例の早さですね。平岡STI社長からもスバルの中村社長や役員が度々レースを訪れて、ファンとの繋がりにおいてスーパーGTはとても大切なものだということと、STIの活動が重要なことが実感として伝わっているという話を聞きました。
渋谷:そうしたことも影響していると思いますが、これまでのBRZ GT300 はトラブルが多く出ていて、私がPGM、総監督になった2017年シーズンからはそのトラブルとの戦いという言い方もできると思います。
編集部:2020年は開幕戦こそリタイヤですが、それ以外のマシントラブルはないように思えますが。
渋谷:そうですね、年々早くなっていくFIA-GT3に追いつくために、かなりチャレンジせざるを得ず、その結果パワーユニット関連のトラブルが多く、会社としても組織や人材を含め対策が必要という判断がありました。その成果が2020年シーズンのマシンで、耐久性、信頼性を上げることができました。もちろん、ブーストを下げてエンジントラブルを避けるということもありますが、それではレースに勝つことができませんから、並行して解決していくというのが重要だったわけです。
編集部:エンジン以外に2020シーズン前から改良を加えていたとはありますか?
渋谷:トラブルを出さないことと、レースで勝つために、基本諸元を良くしたかったというのがありました。ダンパーやバネ、スタビラザーなどでセットアップが変わる部分もありますが、劇的には変わりません。いつでもどこでも速く走るために諸元を良くしたかったです。そのためにエンジン搭載位置を下げ、前後重量配分を検討し、同時にラップタイムシミュレーションを繰り返し、そうした中シャシーの弱い箇所が数箇所見つかり補剛や剛性解析をして走ったのが2020シーズン前のテストでした。
編集部:またボディ形状も変更したと思いますが。
渋谷:フロントの床下の空気の流れがポイントで、如何にきれいに後方まで流すかというのが大事ですが、水平対向エンジンは真下にマフラーがあり、タービンはラジエターの近くにレイアウトされています。そのため、エンジン房内の冷却も必要でした。ですから単に整流して、後方まで流すだけでは冷却不足になります。我々は、スプリッター形状を変更して実車とシミュレーションを繰り返しながら作りました。それが成功して結果を出すことができたというのも2020年仕様です。
編集部:そして迎えた開幕戦でトラブルが発生しリタイヤしています。このときの原因は何だったのでしょうか。
渋谷:エンジン系センサーのトラブルでした。以前にもセンサーのトラブルがあったので、一つ一つ丁寧に確認して、かなり神経質になっている中でのトラブルだったので、『なんで開幕戦で出るんだ』という私の気持ちの中では許しがたいことでした。なんのためにやってきたのか、というやり場のない状況でした。原因は、センサーの断線なのですが、完全に断線するとフェールセーフモードになって、走行はできます。だからリタイヤすることはないのですが、中途半端に微電流がながれていたので、フェール判定されなかったわけです。そこで誤信号が出ていて結果的に走行不能になってしまいました。こうした反省も踏まえて新型には改良した回線方法でセンサーが取り付けられています。
編集部:なるほど、そうした知見が新型マシンには搭載されているわけですね。そのあたりを少しお話しいただけますか。
渋谷:まず、私は総監督を退任し、後任に今季パワーユニットのリーダーをしていた小澤正弘に総監督が代わります。その小澤と話をしているのが戦い方です。マシンについては、小澤に聞いてください。それで、2020年のレース結果をいま分析していますが、チャンピオンを獲ったKondohレーシングのGT-R GT3の56号車は予選順位を上回る決勝リザルトが6回あります。65号車のLEON メルセデスAMG GT3は7回もあります。SUBARU BRZ GT300は3回だけなんですね。みなさんもご存知のように今季のBRZは予選ではいい成績が獲れています。ポールポジションもありましたし、苦手だった富士やもてぎも得意なコースにできるまで成長しました。でもチャンピオンは獲れませんでした。
編集部:これまでは予選でポールを獲得し、決勝では逃げまくる作戦でした。逆に戦略はそれしかできなかったという印象ですが。
渋谷:その通りだと思います。ですから第6戦、第7戦のときのように、セーフティーカーが導入されると上位に戻れない結果になるんだと思います。でもいつまでも、そのリスクを背負ったままではだめですので、そうした戦略の部分が今季のステージになると思っています。来季はそうした戦略面での進化を目指してマシン開発をしています。
編集部:2020年シーズンではウエイトハンディを搭載しても速かったし、良くも悪くもダンロップタイヤの影響が大きかったように見えますが、いかがでしょうか。
渋谷:まず、ウエイトハンディはこれまで経験のない重量ですが、物理的な問題は想像ができます。例えば慣性が増える分、ブレーキがきつくなるとか、コーナリングが悪化するとかですね。それ以外はなかなか想定の域を超えられないという状況でした。でも、ダンロップタイヤの新しいタイヤがドンピシャでハマったという印象です。特にウエイトを搭載していない第2戦で予選4位、決勝2位の成績が出せています。このときはまだ「苦手な富士」と言われていました。また115㎏まで積んだときでも予選でポール争いができるまで速くなりました。ただ、路面温度によっては、十分に性能を発揮できない場合もありましたので、そこは課題です。でもそれは、ダンロップ側では原因と対策はあるようなので、来季には反映できると考えています。
編集部:逆に言えば車両重量が増えてもマシン本体は影響が少なかった?ということでしょうか?
渋谷:重くなってもそれを支えるタイヤ、シャシー、エンジン特性にはなっていたのは間違いないと思います。とくにレスポンスも改良したパワーユニットの効果があり、だから高いレベルで走りきれるマシンに仕上げることができたということで、それはR&Dスポーツ、ドライバー、ダンロップ、STIの信頼関係が構築でき、その信頼関係の中で作り上げることができた、ということだと思います。
編集部:それが2021シーズンのマシンにつながるということでしょうか。
渋谷:弱いところのあるシャシーにしない、空力はきれいに流し、かつ、冷却もキチンとする。そして重心を下げ、重量物をマシン中央に集め、マスを中央に集中させて諸元を良くするというのがニューマシンです。それと先程話した戦略の変更というのが来季の取組になると思います。
まとめ:渋谷真さんがリーダーとして4シーズン戦い、さまざまな成果を出してきた。それはマシントラブルの解決があり、組織、人材の変更まで広げた対応をした。それは2020年を見れば、その成果が出ていることが分かる。そしてR&Dスポーツ、ドライバー、ダンロップとの信頼関係もこれまで以上に強い絆が生まれている。
こうしたことはレースで勝つためには必須要件でもあり、その構築に費やした4年と言えるかもしれない。さらに、戦略の点でも幅広い作戦が獲れなかった理由に関し、データをオープンにしてGTA側へ伝え、その理解を得ることに努力してきたことは大きな業績と言えるだろう。これらを踏まえて開発している2021年マシンだからこそ、フルモデルチェンジとなったからリスクが大きいとは考えにくく、知見を活かし戦闘力アップしたマシンになっていると考えられるだろう。(マシン詳細は次回)
こうして2021年シーズンは開幕するが、これまで戦っていたステージを一段上の段へ引き上げた功績は大きい。今季のSUBARU BRZ GT300の戦いに注目だ。