スーパーGT2020も後半戦に入りシリーズチャンピオンを狙うSUBARU BRZ GT300。絶対に落とせないレースになった第6戦鈴鹿ラウンドで、チームにとって、今後影響するであろうマシンづくりと、セーフティカーの導入という2つの激震が起きた。
重量増のネガポイント
第5戦の富士ではピックアップの現象が直接的な原因としてクローズアップし、当サイトでもタイヤが合わなかったということをお伝えしている。その一方でドライバーからは115kgのウエイトハンディを搭載した状態では、マシンは止まらないし、動きが大きく乗りにくいという声はあった。
当然といえば当然なのだが、そこはチームも経験したことのない重量増であり、土曜の朝の公式練習で走ってみて初めて実感するという状況だった。その状況下でも予選、決勝ともに好調で、ピックアップが出るまでは期待されるレース運びだった。
レース後、渋谷真総監督は「タイヤの問題はあったかもしれませんが、マシンにも、もう少しできることがあるのではないか」というコメントをしている。それは重量増となったことで、マシンの慣性モーメントは経験のしたことのない領域に入り、マシンコントロールという点でも、セットアップという点でも初体験となることが多かったという。
そして渋谷総監督は、なによりドライバーが「乗りにくい」というコメントを大きな課題としていた。渋谷真総監督は「ウエイトハンディが増えたということは、運動エネルギーが大きくなったわけでK=1/2mv^2の式に当てはめても、質量が増えた分大きくなっていきますから、考え直さないとだめですよね」と説明している。また「F=maの式からも質量が増えた分の加速は悪くなります」とも。
これはm=質量とv=速度の2乗の1/2がK=運動エネルギー(キネティックエネルギー)であり、速度が同じであっても質量が増えれば、運動エネルギーが大きくなるという物理の常識だ。これは、今までより重たくなればブレーキが効かない、加速が鈍る、コーナーでは動きが大きくなる、ということを意味している。それに対応するためにF=maという方法があり、質量が増えてもエンジンパワーがあれば加速力はキープ、もしくは高めることができる、という意味だ。
だが、ご存知の様にスーパーGTではエンジンチューニングはできない。しかもBRZ GT300は規則で500rpm刻みの過給圧制限をされているため、Fの力すら変更できない。マシン重量は増える、加速力も変えられない、でも運動エネルギーは増大し、ヨーやロール、ピッチの慣性モーメントも増える。だからドライバーは「乗りにくい」と感じているわけだ。
アドレナリンでは速くならない
そこで渋谷総監督はドライバーが乗りやすいと感じるにはどうすれば良いかを検討した。115kgの重量を搭載しても、ブレーキが効き、コーナリングでもピタッと決まるマシンにすることだ。そうすればレースになるというわけだ。
つまりK=1/2mv^2で大きくなった運動エネルギーを常識のF=maで解決するのではなく、別の方法で最適解を求めるということで、渋谷真総監督は、ジオメトリーの調整、空力の変更で対応しようと考えた。
鈴鹿サーキットはブレーキ負荷が少ないレイアウトなので、今回ローター径を小さくしている。ブレーキが効かないから大きくするのかと思いきや、小さくしている。これは片側2.3kg軽量になり、合計4.6kgの軽量化につながる。つまりマシン全体の質量がわずかだが小さくなる。そこも方程式では重要なポイントになる。そして、ローター径は小さくしたとしても「マシンは止まる」というのだ。実際ドライバーからもブレーキに対する不安のコメントは全くなかった。
次にジオメトリー。これは従来のセットアップの中から、キャスターやキャンバーを変更することで、グリップ感を作る。これは主にヨーモーメントに影響する。そしてピッチングでは、ダンパーの伸び側と縮み側で調整する2種類の手法があり、今回は鈴鹿のS字をターゲットとし、そこでのピッチングを抑えるセッティングにした。それは伸び側を調整することで全体のバランスを整えたという。こうしたサスペンションのセットアップは、第5戦富士でのデータをもとに、シミュレーションを繰り返し算出している。
さらに空力でダウンフォースとドラッグの変更を試みる。今季のマシンはエアロダイナミズムが成功しているだけに、「大きな変更」は逆効果になる可能性があった。第5戦でトライしたリヤウイングの変更もそのひとつで、あそこまで大胆に変更するには時間をかけたテストが必要になると判断し採用を見送っている。その経験から、今回はリヤウイングの角度調整というレベルで対応することにとどめていた。
渋谷真総監督は「物理を超える速さは存在しない」と話す。ドライバーが乗りにくい状況は、人間が100%だとすればマシンが100%ではなく、足りていないものがあるのだと。つまり、第5戦富士の時は、タイヤのグリップを100%引き出せていなかった。だから乗りにくく、ピックアップも出たと。ドライバーが乗りやすいマシンになれば、速く走らせるマシンの物理は100%に近づくのだという。例え115kg搭載しても、その重量に見合ったセットアップができれば、ドライバーはこれまでどおり、乗りやすいと感じるはずというわけだ。
また、ピックアップは自身のタイヤがコーナリングで溶け、それがストレートを走行するときにタイヤの温度が下がり、溶けたゴムが固まってしまう現象だ。そのためフラットに接地しなくなるのでタイムが出ないという症状。第5戦富士では、顕著にこの症状が現れた。だが、BRZ GT300は以前から出る症状でもあったという。ただ、路面温度やコースレイアウト、路面のミュー、風(m/s)などいくつかの条件が重なると出るもので、毎回発生するものでもなかった。
この件に関しても渋谷真総監督は、マシンが100%タイヤの能力を引き出せれば、溶けたタイヤのゴム片は飛ばされるのではないか?冷えた時でもタイヤに留まらず千切れるはずだという。
あわやポールポジション
こうした考えをベースにして、第5戦富士の仕様を変更し、第6戦鈴鹿に乗り込んできたのだ。BRZ GT300は土曜日朝の公式練習、公式予選で快調に走った。ドライバーからは重さは感じにくく、走りやすいというコメントが出てくる。だからタイムも伸び、公式練習ではトップタイムを連発する好調さがあった。
115kgの重量増を見事に跳ね返した瞬間でもある。そして迎えた公式予選でも山内英輝選手が2位を獲得する。トップとの差は0.238秒。ポールを奪った96号車は24kgのウエイトハンディだ。それを考慮すれば大健闘なのは誰の目にも明らかだった。
この考え方はこれまでのモータースポーツにおいて、わかっていても、どこかドライバーのアドレナリン、集中力に期待していた部分で納得していたと思う。だが渋谷真総監督の話を聞けば、アドレナリンが出る状況は、マシンの物理が100%に近づくと期待できるものだということがわかる。BRZ GT300が目指すものは、100%の物理ということだ。
完璧なレースメイク
決勝レースでは、加速力の変更ができない苦しさを露呈するシーンがあった。トップを走る96号車はRC F GT3マシンで5.2L V8型エンジンを搭載する。7周目あたりから山内選手は96号車に接近する。ヘアピンの立ち上がりでイン側に入り、200R→スプーンで並走に近い状況になる。が、バックストレートで車両一台分96号車が前に出てしまう。
スリップに入ることもできない距離になるが130R→シケインで追いつき、最終コーナーでBRZ GT300が前に出る。そしてグランドスタンド前で再び追い抜かれてしまうのだ。このバトルはS字まで繰り広げられた。そしてついに山内選手は、マシンのセットアップターゲットだったS字コーナーで96号車を仕留め、トップにたった。
トップスピードは鈴鹿ではライバルとの差がほぼない。だが最高速に到達するまでの時間が全然違っていた。これは重量増の影響もあるし出力制御されていることもある。そしてその領域には対応策はないのが現状だ。ひねれば空気抵抗を減らす方法はあるが、ダウンフォースとの二律背反になる・・・
そのあとのレース展開は山内選手の快走が見事だった。ご存知のように15秒強のリードを築いた。そのギャップを活かしてトップを死守することができる状況にまで作り上げていた。その背景にBRZ GT300の燃費の悪さがある。そのためピットでの給油時間が長く、リードしたタイムを失うことがしばしばあった。だから2番手にどれだけギャップを作れるかが勝負の分かれ目になるのだ。この山内選手の作ったリードは完璧なまでのギャップだったのだ。
それはないだろう
だが、夢を砕く出来事があった。セーフティカーの導入だ。そのタイミングがBRZ GT300にとっては最悪で、ピットインする直前に入られてしまった。そのため、作り出したリードは全てゼロになってしまった。下位チームはすでにピットインを済ませており、BRZ GT300はピット作業時間、ピットロードの走行時間分丸々を失うことになったのだ。その時間約1分。井口卓人選手はその1分を背負って走ることになった。
もはやトップ死守のレースから10位以内完走へと変わる残酷な瞬間だった。
実はSCが入る時、オフィシャルのモニターにはコースアウトするマシンが映し出されていた。それを確認したチームは直ちにピットインの無線を飛ばした。が、悔しいことに山内選手はピットロードへの車線変更禁止を意味するゼブラゾーンの真横を走行していた。
BRZ GT300はレース後半に搭載する燃料を計算すれば、21ラップは最低でも走行しなければならず、燃費が戦略の幅を狭めていたのだ。また燃料タンク100Lのレギュレーションも痛い。(GT3は120L)
SCの入り方は今後運営サイドでも議題にはなるだろうが、渋谷総監督は以前「燃費が改善できれば、戦略の幅が広がり、ミニマムな周回数も変わります。タイヤのマネージメントも変わるので、マシンの改善課題はあります。ただ、今のエンジンで出来る燃費改善は織り込んでいるが、大幅な改善は不可能であり燃料タンク容量の増量も訴えていきたい」と話をしている。
つまり、今回、不運なSCの導入は、こうした戦略の幅の狭さも関係していると考えているようだ。チームからすれば、早めのピットインでタイヤ4本交換という戦略が取れるわけで、もし、燃費がよければSCの影響は受けず、ライバルは6号車のみで、逆にぶっちぎりの優勝が可能だったということもあり得る。が、「タラレバはない」とも言う。
結果としては12位完走で3ポイントを獲得。シリーズを争うチームは軒並みSCの影響を受け、多くのチームが完走ポイントだけになった。皮肉なことに、SUBARU BRZ GT300は6位から5位に浮上した。
次戦はウエイトハンディが半減され51kg搭載となる。BoPでのウエイトは不明だが、K=1/2mv^2の方程式に立ち返り、勝てるマシンづくりが期待される。言い換えれば、ウエイトが減れば速くなるという単純なことではく、その質量に合わせたセットアップで、ドライバーが「乗りやすい」というマシンに仕上げられるかがポイントになるということだ。<レポート:高橋明/Akira Takahashi>